そして少女は勇者となる②
僕は瑤華に出逢って、やっと自分の使命が理解った……つもりでいた。
僕は瑤華を導き、支え、一緒に幸せになるんだって信じてた。それがどうだ、今も瑤華は僕よりずっと前を走ってる。
立ち止まったままの僕にはもう、届かないくらい遠い所に────。
──パチンッ!!
「ッ?!」
何が起きたのか、一瞬理解らなかった。
遅れて殴られた事に気付くと、胸が痛くなった。
「アヤネ…?」
「……」
アヤネは剣を支えにして、フラつく躰で立ち上がろうとしていた。
頻りに口を動かして、何かを伝えようとしてる。
『 た た か え 』
アヤネが伝えようとしていたのは、読唇術が得意じゃない僕でも理解る4文字だった。
「……ごめん、無理だよ。僕は知らなかったんだ……こんなに簡単に人は死んでしまうんだって、僕も…簡単に死ぬかもしれないって……」
情けない泣き言だって知ってる。
でも本当に怖くて動けないんだ。
「いざ本当に死が近付いて、僕は何も出来ない……怖いんだ、死にたくない…って思っちゃう!」
ずっと楽観視していた。
勇者の力なら、何とかなると心のどこかで思い込んでいた。
そのツケが回ってきた……ただそれだけ。
たったそれだけの事で、僕は押し潰されそうになる。
『 に げ る な 』
アヤネの眼には怒りが籠ってる。
当然だよね、あれだけ瑤華の事を特別扱いしてたのに、此処一番で自分可愛がり。我ながら反吐が出る。
嫌い、こんな僕は大嫌いだ……でも、どうして動けないの?
瑤華は何度も自分の心臓を壊して、暴走を続けてる。
もういつ死んでもおかしくない。
なのに僕は何もしないの?
おかしい。
おかしい。
おかしい。
おかしい。
おかしい。
……そうやって思考停止状態の僕のすぐ前に、瑤華が降って来た。
「ガッ……はぁ、はぁ……」
「瑤華」
「……ユイ…ナ…」
全身がグチャグチャだった。
手脚はまさに肉塊で、肌はズタズタ。綺麗な顔も、今は血と生傷で見るに堪えないぐらい壊されてる。
……でも本当に恐ろしいのは、瞬きする間にその傷が治ってること。
僕がどうにか彼女を抱き締めた時には、心臓も完全に戻っていた。それは同時に、瑤華がもう戦えない事を意味するんだけど…。
「ユイナ……ごめんね…」
「えっ?」
謝らなきゃいけないのは僕なのに、どうして瑤華が謝るの??
「……私、もう動けない……言い出しっぺ、なのに…」
「そんなの…」
「良いの、かな……沢山殺して…奪った私が……大好きな人の腕の中で………こんなにしあわせで……」
「いや…死なないで!僕は何も出来てないのに!」
「………あいしてる」
そう言って瑤華は僕の唇を奪った。
これで2度目。でも前より冷たくて……ずっと重い。
「もっと早く、出逢いたかった……」
「……瑤華、諦めるの…?」
蹲って何も出来ない僕が言って良い言葉じゃないのは理解ってる。
けど……瑤華が諦めるなんて、僕には想像出来なかったから。瑤華が諦めるなら、僕も楽になれるかな──なんて、本当に自分勝手で反吐が出るけど。
「もう、疲れちゃった……今ならアーツの所為にして逃げられそうだし……………………………ごめん、嘘。諦めたくないよっ、守りたい…皆には幸せになって欲しい……」
…本当に、諦めてくれたら僕も瑤華も楽だったのに。
「……やだ、何で私こんなに弱いの!?何も守れてないじゃん…強くなって、それで……」
しがみつく瑤華の手に力が入って、僕は少し顔を顰めた。
痛くて、辛くて、何を言えば良いのかも理解らなくて……でも、次に瑤華が零した言葉が何より痛烈だった。
「…私、ユイナが普通の女の子として生きていけるようにしたかったのに……ッ!」
「ッ?!」
瑤華がそんな事を考えてたなんて知らなかった。
僕が普通の女の子として生きる……それは望んでた事だったけど、出来るとは思ってなかった。そもそも瑤華に伝えた事も無い。
「瑤華ぁ、ごめん…ごめんなさい!」
「ユイナ?」
「僕は、いつも瑤華に甘えて……肝心な時に役に立てなくて……」
僕は馬鹿だ。
こんな所で泣き叫んでも何も変わらないのに…。
「僕のエゴで……瑤華の時間も沢山無駄にして──」
「ユイナッ!」
瑤華が僕を強く抱き締めた。
弱々しい脈拍が近くで感じられて、こんな状況なのに安心しちゃう…………。
「私ね、ここまで生きてきて負けてばっかりなの……沢山目の前で仲間が死んだ。何度も地に伏した。誰にも誇れない生き方してるって思ってる…」
「そんな事──」
「でもね、そんな人生でも無駄だったなんて思わない。誰にだって言わせない!逃げた事も、屈辱的な事も…全部が今の私を作ってる。そんな私を、ユイナは好きになってくれた。アヤネが信じてくれた……だから絶対無駄なんかじゃない」
「瑤華…」
「弱い私は大ッ嫌い!死ねよって思う!……でも、ごめん……それは弱気になって良い理由にはならないよね」
瑤華は立ち上がって、もう一度刀を抜いた。
「ユイナは私を沢山救ってくれてるよ…今みたいに心が折れそうになっても、ユイナの笑顔の為なら幾らでも頑張れる。大切な事を、ちゃんと思い出せる────だからユイナ守らせて?アナタの夢も希望も、その命も」
瑤華は最後に少しだけ笑って、行ってしまった。
何かもう、阿呆らしい…………相思相愛だなんて思い違いだった。瑤華が向けてくれる感情の方が、圧倒的に重くて強い。比べるべくも無いくらいに…。
「良いなぁ……僕も、壊れるくらい瑤華を好きになりたいなぁ……」
理解ってる、あと一歩なんだって。
正気を捨てて狂気を受け入れる、言葉にしてしまえば簡単なこと。
瑤華は心を壊して、僕で修復してる。
その逆をやれば良い。その果てに生まれる共依存の味は、きっと甘くて中毒性に満ちてる。
堕ちてしまえばもう戻れない……もしも瑤華が死んだら、僕は禁断症状で真面には死ねないだろうね。
──それで良い、ううん……それが良い。
堕ちてしまおう。
瑤華以外が希薄になるくらい、瑤華の事だけを考えて瑤華の為だけの勇者になろう。
「…………何だろう、凄く力が湧いてくる」
それだけじゃない、何となくだけど瑤華の考えてる事が理解る。瑤華が向けてくれる愛情が直に頭に流れ込んで来て気持ち良い。負けていられない、僕ももっと……瑤華の事を想わないと──。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『ユイナ、よく聞け』
『はい、義父上…』
『お前はまだ勇者の力の扱い方を知らない』
『はい』
『今日教えるのは、«共鳴»という現象だ』
『はい』
『«共鳴»は感応現象の1つだ。お前と他者の間に強い信頼関係や友情が生まれた時、その深度によって互いのステータスが呼応するように上昇するのだ』
『よく理解りません』
『俺も経験が無いから理解らぬ所は多いが、過去の文献に拠れば、極めれば互いの思考を読み取ったり負の感情を浄化する事も出来るらしい』
『強者を率いる勇者に相応しい能力ですね』
『……少し違う。この力の最も優れた点は、«共鳴»すればするほど、自分の本来の力を使えるようになる所だ』
『?』
『肉体というのは、自身の100%の力を無意識にセーブしてしまうのだ。しかし«共鳴»はそれをノーリスクで突破してしまう、覚えておけ』




