そして少女は勇者となる①
空を赤く彩った爆炎。
それがダリウスの自爆である事に、ユイナはすぐに気付いた。
瑤華はその隙を逃さない為に既に駆け出していた。
「僕は……」
見れば、ペネットやマリアは苦戦を強いられつつも戦線を維持している。
結美は負傷者を治療し、ナナミとカナミはその直援に、アヤネは積極的に敵の気を引いて周囲の手助けをしている。
……ユイナだけが、立ち止まっている。
ユイナだけが、その場に俯いて動かない。
「僕は……っ…」
勇者であるユイナが1番恐怖に駆られている。
その事実が、更にユイナの心を締め付けてしまう。
瑤華の遺言めいた言葉を聞いて、固かった筈の決意は砕けてしまった。
ユイナの自信は、今まで本気で命の危機に瀕した事が無いからこそ成り立っていた面が大きい。
「ユイナ危ないっ!!」
「あっ──」
ドリル状の触手がユイナを襲う。
反応が遅れたユイナはそのまま串刺しに──なる前に、瑤華が割って入った。
受け切れないと判断して、鎬で受け流そうと刀を振るった。
────キンッ!
「……は…?」
瑤華の技量が足りなかった訳ではない。
ただ、過酷な戦いに耐えられなくなっただけ。
理由としては酷く単純で、仕方の無いモノだった。
……だとしても玖音断が折れるなんて、瑤華には許容出来なかった。
「ぐっ…があっ!?」
砕けた刀身に視線を奪われた所為で、左肩と脇腹を穿たんとする触手を躱せなかった。
「よくもぉッ!」
更に心臓に迫っていた触手は、ギリギリの所で追い付いたアヤネが叩き斬る。
しかしそれでも、瑤華を貫く触手は健在で、そちらに構って居られない程の触手が3人を襲う。
「無縫艶舞«裂海»ッ!」
手首を回して左右から迫る触手を牽制、正面から迫る1本を受け流し、そのまま振り抜く。
衝撃でかなりの数の触手が斬り落とされたが、アヤネは自分の死角……真下から迫る触手には気付けなかった。
「カッ──!?」
マチェットのように鋭い先端が、アヤネの喉を穿った──かのように思われた。
しかし、役目を終えた触手が塵となって崩れた後に、傷口は残っていなかった。
アヤネ自身が混乱して、頻りに喉を触ったりしているが、何度確かめようと傷口が無い。
不思議に思うも、2人に大丈夫と伝えようとして……アヤネは気付いてしまった。
「 」
「……どうしたのアヤネ?」
「 」
「アヤネ?」
「 」
必死に口をパクパクさせるアヤネを見て、瑤華は気付いてしまった。
「アヤネ……声が、出せないの…?」
「(コクコク…)」
「あ…あ、ぁ……ぁああああああぁぁぁぁぁぁっ!!?!?!?」
瑤華は泣き叫んだ。
愛刀が折られ、愛弟子は声を失った。
「あ゛っ、がっ!あ゛ぁぁあぁあああぁッ!!!!」
何度も頭を地面に叩き付けて、やり場の無い怒りをぶつける。
それでも、瑤華の心に溜まった負の感情が減る事は無かった。一度破れてしまえば呆気無いモノで……それらは溢れ出し、淀んだ瘴気となって瑤華に纏わり着いて……。
「最初から……こうするべきだったんだ…」
「……瑤華?何を…」
虚ろな眼をした瑤華が、徐ろに立ち上がる。
「このまま何も守れないくらいなら……」
月夜魅を逆手に持ち、
「……もう、これ以上命を出し惜しみなんて…しない!」
……自分の心臓に突き立てた。
◇◇◇◇
実は、瑤華はアーツを使った時のステータスを完全には使い熟せていない。
身に余る力に肉体が耐えられなくなる直前、本能が肉体にリミッターを掛ける。その最たるモノが心臓だ。
血液には酸素や栄養素の他に、魔力や気と呼ばれるモノが乗せられて全身を巡っている。
その量を調整し、必要なら抑制したり過剰運転する器官が心臓。
……なら、その心臓を──生命維持の最終リミッターを自ら破壊した瑤華を待つのは"破滅"だ。
アーツの効果で心臓の傷が修復されるまで、5分。
その間、瑤華は破壊の権化に成り下がる。
「凍レ」
流れた血を凍らせて即席の刀を創る。
同時に、纏っていた瘴気が分裂して7本の刀を形成した。宙を漂うそれらは、常人であれば触れるだけで発狂する程の呪詛が込められている。
その状態で瑤華は、刀が十字に交差する様に構えた。
それはユイナもアヤネも見覚えがある……以前、«漆閃延太刀»を行使した時の構えだ。
しかし、決定的に違うのが──
「«千閃延太刀»」
──その圧倒的な斬撃数。
瑤華は全身の筋繊維が千切れ、血が吹き出したのに対して、敵はほぼ全ての触手を木っ端微塵にされた。
そして、それでも余りある剣閃のうちいくつかは、瑤華の心臓を更に破壊した。これにより更に10分、瑤華は暴走状態を維持出来る。
「無縫艶舞«月蝕・一ノ太刀»」
ユイナですら追い切れない速度で肉薄し、斬撃を叩き込む瑤華に続き、ペネットやアヤネ、アーツを使ったナナミとカナミが白兵戦を仕掛け、結美やマリアを始めとする革命軍の魔術師が自分が使える最高位の魔法を次々と詠唱していく。
斬られた腕や触手は少しずつ再生しているが、ほぼ全てが瑤華に向かっている。
それだけ瑤華が危険視されたお陰で、ペネット達はかなり動き易くなっていた。
「«流星群»ッ!」
ペネットが遂に胸部の核まで辿り着き、全力で拳を振るう。
«流星群»は攻撃が当たり続ける限り、それまでに与えたダメージが上乗せされ続けるという特殊効果を持つ技だ。
連撃が10発を超えた辺りから瑤華に向かっていた攻撃がペネットにも分散し始めたが、そこに最高位魔法の雨が降った。
炎の波が、氷の矢が、風の刃が波状攻撃によって絶えずペネットを狙う触手を妨害する。最高位魔法でも妨害しか出来ないが、今は妨害さえ出来れば良いのだ。それさえ出来れば、ペネットは攻撃に集中出来る。
殴って殴って、衝撃で自分の拳にヒビが入っても構わず殴る。
涙が出るほど痛くて、拳を振り下ろそうとする度に躊躇いそうになる。それでも奥歯が砕けそうなくらい歯を食い縛って殴り続けて……遂に黒い体表が弾け飛び、紅い核が剥き出しになった。
まるでミンチのような右手ではもう殴れない。
そう思って、ありったけの力を左手に込めて殴り掛かったペネットの姿に、マリアですら一瞬気を緩めてしまった。
「縺?◆縺?縺阪∪縺!?」
核を囲い込むように巨大な歯型が現れ、左右からペネットを噛み砕かんと迫る。
前傾姿勢のペネットに躱す余裕は無く、かと言って咬み千切られるより先に拳を振り抜く事はまず無い。
……どう足掻いても詰み。
ペネットが無力に苛まれながら眼を閉じようとした瞬間、強い衝撃が彼女を襲った。
「間ニ、合ッタ」
「瑤華、お前もうッ…」
瑤華の姿は最早バケモノに近かった。
真っ赤に充血した両眼からは血が流れ、茨のようにして全身を縛り上げる瘴気の塊は、実は内側からの破裂を抑え込むモノ。それでも抑え切れなくて、所々紅い筋が見え隠れしてる有様だ。
右脚は膝から下が吹き飛んだのか、途中から血で出来た刃が脚の代わりに生えていた。
「瑤華、アタシの事は捨て置けッ!」
「イヤ」
「瑤華……頼むかラ!」
「大切ナ皆ヲ守レナイクライナラ、手足ガ消シ飛ブ方ガ余ッ程カ良イッ!!!!」
そう言って瑤華が駆け出す。
一度に攻撃しても防がれると学習したのか、今度は波状攻撃が瑤華を襲った。
「«円相八環»、«零月陣»、«邪鬼爆血・葬»……」
パターンが変わった事で、瑤華も戦法を変えた。
無縫艶舞よりも連撃数の少ない剣技を多用し、着実に攻撃を打ち落とす。
アヤネはおろか、結美やペネットですら見た事が無いその剣舞を………
「…………」
……ユイナはただ呆然と、虚ろな眼で見ていた。




