命よりも
剣を抜いた時点では、確証が無かった。
でも僕の勘が、あれは瑤華だ…って叫んでる。
そしてその勘は、敵の攻撃範囲に入る頃には確信に変わっていた。
敵の肌とは違う、澄んだ美しい黒髪。
髪と同じ色の右眼と、血を思わせる紅い左眼。
手足は肌に埋め込まれてしまってるけど、躰に刻み込まれたケロイドだって、何度も見てきた。
「ふざけるな」
1週間以上会えなかったんだぞ。
こんな再会なんてしたくなかった。
腹立たしい……彼女をこんなにした存在に、僅かにとは言え自分の遺伝子が組み込まれてると思うと反吐が出る!
「ふざけるな」
瑤華は僕のモノだ。
僕が近付くのは当然の権利なのに、それを無数の腕が妨害して来る……腹立たしい。
しかも、想像以上に硬くて上手く躱しながら進まなきゃいけないから尚腹が立つ。
「ふっ──ざけるなッ!!!!」
そして何より、1番許せないのはお腹に突き立てられた刀。
瑤華が師匠から貰ったって言う刀が、瑤華に突き立てられている事が、僕の逆鱗に触れた。
お前は知らないだろ?
その刀について語る時、毎晩手入れする時、どれだけ瑤華が幸せそうな顔をするかなんて…。
そこは僕すら割って入る事が許されない────まさに聖域なんだぞ!
それを、ぽっと出の第三者が穢すなんて許せないッ!!
「"私が照らし、私が与える。温もりを与え、情熱が焼べる──"」
詠唱が必要なのは最高位に属する魔法だけ。
当然魔力消費量が多いそれを、今使う事に迷いは無い。
「"その煌めきは純真、故に残る者は無し。寂寞の前の狂騒に身を委ねよ──"」
僕の怒り、その一部だけでも思い知れ。
「──«振り撒かれる滅光»」
僕を中心に散乱するレーザーが、迫り来る腕を焼いていく。
半分近くを吸収されてしまったけど、それでも隙は十分に出来た。一気に駆け上がって、瑤華の所まで辿り着いた。
「瑤華、助けに来たよ!」
「……ぁ………」
「冷たい…それに、抜けない…」
瑤華の躰は冷たくて、酷く憔悴していた。
しかも、埋め込まれた手足は敵本体に癒着してるみたいで、全然動かない。
今はまだ追撃が無いけど、受けたダメージを回復されるまでの時間は少ない。迷ってる暇は……無い。
「瑤華ごめんね、後で恨んでもらって構わないからッ!」
敵の躰を斬るのは時間が掛かる。
だから僕は──瑤華の手脚を斬った。
瑤華は声に出さなかったけど、とても痛いと思う。瑤華は繊細だから、僕に裏切られたと感じるかも知れない。それでも良い……瑤華が生きてる事の方が優先事項だから。
「もうちょっと待ってね」
どうにか止血はしたけど、手脚は失われたまま。
«治癒»魔法が不得手な僕でも、瑤華に限って言えば癒してあげられる。
ただ、戦いながらだと絶対不可能な方法だから、まずは街まで戻らないと──
「よっこいしョーー!!」
「ッ!?」
気付けば僕は空を飛んでいた。
正確には、空中を走るペネットさんに首根っこを掴まれてるんだけど……。
「無茶するなァ」
「愛してますから」
「アハハ、瑤華ったらとんでもない奴に好かれたもんだナ!」
そう言って笑うペネットさんの左腕から、血の匂いがした。
きっと、恐怖に打ち勝つ為に自分でやったんだと思う。
この人がどれだけ瑤華を大切に思っているかは話してれば理解るし、その想いを僕にも向けてくれた事が……少し、嬉しかった。
◇◇◇◇
「瑤華!?」
「瑤華ちゃん!!」
「瑤華さん、すぐ治療を──」
「待って、僕に任せて欲しい」
防壁の上まで戻ると、皆が瑤華の元へ駆け寄ってその身を案じた。
酷い損傷を見たマリアが治療しようとするのを、ユイナは敢えて止めた。
確かに、マリアの魔法なら一瞬で躰の傷を癒せるだろう。しかし、心に負った傷は治せない。
光を宿さない眼は、恐らくアーツの酷使による精神汚染の影響が大きい。
ここに来るまでの道中で結美からその話を聞いたユイナは、その時からこうなる事を覚悟していた。
「もしかして、血を?」
「……やっぱり、吸血鬼族の結美は気付くよね。今更だけど、文句言わないでね?」
そう言うとユイナは自分の左手首を切って、流れる血を口に含んだ。
……そして、瑤華に口移しで飲ませていく。
「──うぐっ…」
変化はすぐに訪れた。
まず肌に仄かな赤みが戻り、呼吸が安定し始める。
まだ魔力が足りていないのか、手脚の再生は遅々としているが、問題無い。
今度は制服のボタンを外し、首筋を晒す。
丁重に抱き締めてやれば、瑤華は自ずから吸血を始める。
「んっ……」
「ふふっ、可愛いね」
ユイナが優しく頭を撫でると、噛む力が少し強くなった。
傷もみるみる再生して、キツくユイナを抱き締める。
「っはぁ……ユイナ…」
「久し振り。本当は、もっとゆっくりしたいんだけど…」
「……ごめんなさい。私、失敗した」
「1人で戦って、生き残ってくれたなら満点だよ。だってアレ、僕が最高位魔法を使っても時間稼ぎにしかならなかったんだよ?」
「そうだゾ。瑤華は頑張ったんだから泣くナ」
「寧ろ、危険な任務ばかり任せてごめんなさいね」
「ペネット様…マリア様……」
嬉しい、悔しい……そんな複数の感情が相俟って、瑤華は泣き出してしまう。
そんな瑤華の姿は、この状況下で数少ない救いだったのかも知れない。
◇◇◇◇
「ちょっと整理させてくれ」
少し落ち着いた頃、敵が動かないのを確認したシャムがそう提案した。
彼を含め、当事者である瑤華とユイナとアヤネ、結美に加えてナナミとカナミを除く全員……エリュシオンの半分が話に付いて来れていなかった。
「入学式の日にマスターがスカウトした4人は、全員革命軍の密偵で、マスターを引き入れる為に画策してた……ここまでは合ってるか?」
「はい、流れとしては」
「んで、色々とはっちゃけた瑤華が教師や貴族にとっては目の上のたんこぶで、態々こんな辺境の地で戦死させようとした」
「地元を辺境って言われると傷付きますね…合ってますけど」
だが、この先がシャムにとって不可解だった。
「じゃあアレはなんだ?」
「アレは……」
瑤華は少し言葉を詰まらせた後、ゆっくりと言葉を発した。
「…アレは、人間とモンスターの合成獣を使った『蠱毒』なの…」
「?」
「蠱毒は本来、毒を持った虫や蛇を殺し合わせて、残った1匹を依り代に行う呪術……それを王国は…っ……強引にキメラにされた、まだ知性の残った人間でやった……」
正確には、ユイナの遺伝子を組み込んだモンスター1体とモンスターを混ぜられた人間数体なのだが、それを敢えて語ったりはしなかった。
「大体は理解した。ここに革命軍が居る理由もな……で?これからどうするよ?」
「どうするって?」
「あんなの戦っても勝てない。街の人間は逃がそうにも、モンスターに囲まれてて不可能。«転移»魔法だって運べる人数には限りがある」
つまりシャムは、誰を切り捨てるのかを聞いている。
咄嗟に口を開こうとした結美を止めたのは、意外にもマリアだった。
「……確かに、アレを倒すとなれば革命軍にも大きな犠牲が出ます。個人的には、このまま王都に向かって聖十二騎士を狩ってくれれば嬉しいくらいです」
「師匠!?」
マリアは無慈悲だが、エルフ族のNo.2としては当然の判断だった。
何万という命を、生かすも殺すも自分次第。
何も知らない民にも被害は出るかも知れないが、研究所の資料は瑤華が回収済み。上手く使えば革命軍の不利益にはならない……合理的な選択だ。
……だからこそ、受け入れられなかった。
「…私がアレの気を引けば、全員連れて逃げ出せますか?」
「……可能です、と言ったらどうするつもりですか?」
「«月夜魅»を抜いたまま、アーツを使います」
その瞬間、マリアの平手打ちが瑤華の左頬に炸裂した。
「以前それで心を壊しかけた事、忘れたのですか!??」
「覚えています」
「ならば何故、そんな事を…」
「………私と、同じ境遇の子供がこれ以上生まれないで欲しいからです!」
「命を落としますよ…?」
「構いません!ここで逃げるくらいなら、戦って死んだ方がマシですッ!」
瑤華は何の迷いも無くそう言い切った。
理不尽に幸せを奪われる子供を、1人でも多く救う。
それは瑤華の存在意義だ、合理的な選択でないと理解っていても、譲る事は出来ない。
「命よりも大切な事なんて無いでしょう!?」
マリアの言う事は、生きていく上では当然の感覚だろう。
しかし、そう思えるのは恵まれているからでもある。
「瑤華…」
「ユイナ、止めないで」
「……そう言われても、キミの居ない世界で生きていくのは少し耐えられないんだよ」
「……」
「だから、僕も一緒に行くよ」
「…えっ?」
「死ぬ時は一緒だよ。生き残れたらそれはそれで嬉しいけど、まず無理だろうからね」
ユイナの突飛な発言に、瑤華は声を荒らげる。
「何言ってるの?そんなの──」
「僕はさ、瑤華から生きる理由を奪って、死んだように生きていかれるくらいなら誇りの為に死んで貰って構わない。この時点で瑤華の我儘は許容してるんだよ?僕の我儘も許容してくれて良いんじゃない?」
「それは……」
ユイナの眼を見て、瑤華は諦めざるを得なかった。
痛いくらいに真っ直ぐな眼をするユイナは、梃子でも動かない。
「……理解った…………でも、私より先に死んだら許さないから」
「ふふっ、寂しがり屋だね」
「なら、私も残る」
「アヤネは駄目」
「そうだよ…ハルを守るんでしょ?」
アヤネの申し出を2人して拒否する……が、瑤華の周りには頑固者が多いらしい。
アヤネは食い下がった。
「直接は戦わない。ただ、アレがモンスターを操れる以上は周りの掃除はしなきゃ戦い難いでしょ?」
「そうだけど……」
「だったら、私が足手纏いじゃないなら……私を頼ってよ!」
「ッ……その言い方は、狡いよ…」
アヤネに続き、1人…また1人と戦う意志を示す。
その中に結美やペネットが混ざっていた事もあって、マリアは諦めたように、
「まっっったく!揃いも揃って馬鹿なんですか?ペネットは族長だという自覚を、瑤華さんは革命軍の筆頭戦力である事を理解して下さいッ!もうこうなったら全員で倒しますからね!」
一息でここまで言ってみせた。
革命軍としても、今の戦況で瑤華を喪うのはかなりの痛手だ。そこに勇者が付いてくるとなれば、尚更そんな事態は避けたい。
「弱点は判りますか?」
「私が居た真後ろ、魔力の流れが1番濃かった」
「ならば遠距離攻撃で支援するので、早々に倒して来て下さい」
「マリア様…」
「暫くは馬車馬の如く働いて貰いますからね?」
「……はいッ!」
その後手早く割り振られた人員は、突撃部隊として瑤華、ユイナ、ペネット、ダリウス。遠距離部隊としてマリア、結美、クオリア、シャム、他に革命軍の魔術師が数名。敵の増援対策としてアヤネ、ナナミ、カナミが選ばれた。
全体の指揮はマリアと、非戦闘員であるエリュシオンの軍師レオが担う。
「瑤華、仕留める直前までアーツは使うなヨ?」
「…それは」
「絶対に送り届けル、だから信じロ!」
「………犠牲が出ないうちは、使いません」
「それで十分ダ」
ペネットに頭を撫でられた瑤華は、懐かしい感触に目を細めた。
しかしすぐに俯き、恐る恐る…と言った様子である問いを投げかけた。
「ペネット様は、私の考えに反対ですか?」
「……」
「…………やっぱり、そうですよね…」
「別に、反対してた訳じゃないゾ」
「えっ?」
「でも、言える訳無いだロ………弟子に『死んで来い』だなんてサ……」
その言葉に、泣きそうなペネットの笑顔に、瑤華は目頭が熱くなるのを感じた。
瑤華にとっての師匠はエレナだけで、ペネットはそれを了承した上で瑤華を『弟子』と言った。
ペネットからすればなんて事無い言葉だったかも知れないが、だからこそ余計に瑤華の心に伸し掛る。
「ちょっと、僕を忘れてない?」
「わっ!ユイナ今そういう流れじゃ…」
「アハハ、これから毎日2人の痴話喧嘩が聞けるのカ。革命軍は騒がしくなるなァ」
そうやって戯れ合ってるうちに他部隊の用意が終わり、張り詰めた空気が漂う。
瑤華は«月夜魅»を抜き、革命軍以外の面々の前で初の二刀流で構えた。
「作戦……開始ッ!!」




