差し引きでマイナス
前回から間空いてしまった。
そして、自分で言うのもおかしな話だけど作者イカレてんな
「……ぁえ?」
幸運な事に、瑤華は頑丈だった。
脳内麻薬と慣れのお陰で痛みに強く、アーツによる再生速度は目を見張るモノがある。
今みたいに両眼を抉られても、3秒もあれば視界は回復する。
眼帯は壊れてしまったが、失明していた訳ではないから大した問題は無い。
「ぁ、やめ──ガアッ!!!?!?」
不幸な事に、瑤華は頑丈だった。
今みたいに、胸に大穴を開けられて心臓ごと吹き飛ばされても、脳をミンチにされない限り再生してしまう。
再生が終わるまでの時間は、控えめに言って地獄だ。
焼けるような痛みは勿論、再生したパーツが馴染むまで誰かに躰を操られているような不快感に襲われる。
「──うぐっ…はぁ…はぁ……ぎぁッ!!?」
触手に捕えられ、両腕両脚を乱暴に引き千切られる。
傷口には掌が添えられ、再生した直後に吸収される……ギリギリ耐えられる痛みを味わい続けなければならない上に、敵の魔力タンクに成り下がった瑤華。
舌を噛んで自決しようにも、猿轡のように宛てがわれた触手の所為でそれも叶わず、魔力を得て巨大化した敵の胸元に埋め込まれてしまった。
唯一残された手段は、自分の血を操って爆発させること。
しかし、それを試みようとする度に、思考を読んだかのように目の前に愛刀が突き付けられる。ヒラヒラと刀の周りを動く掌が「いつでも壊せるぞ」と脅しをかける。
「や、ゃめて……い゛やぁ!」
これが瑤華によく効くのだ。
何せ瑤華の愛刀«玖音断»は、師匠であるエレナと瑤華を繋ぐ絆そのもの。
受け継いだ想いの結晶であり、瑤華にとっては命よりも重い価値がある。アーツの副作用で心が弱っている瑤華にとって、«玖音断»を壊される事は心を挫される事と同義だ。
……問題は、敵がそれを理解している事だ。
元々は、健康診断と偽ってユイナから採った血をベースとして、複数のモンスターや人間の遺伝子を混ぜ込んだ合成獣だ。アーツに匹敵する能力を複数持っていても不思議ではない。
だが、知性に関しては瑤華の読みが外れた。
瑤華の予想では、キメラの知能は低く本能的に動く筈だった。
それ故に厄介な所もあるのだが、知性が備わっているとなればもっと酷い。
先程までの攻防で、瑤華が刀を庇っているのに気付くだけの観察眼と考察力。
長期戦になればなるほどその知識量は増え、打てる作戦も絞られていく。
「ユイ…ナ……ア…ヤネ…」
アーツの効果が切れ、意識が薄れていく間際……瑤華は大切な人の名前を呼んだ。
◇◇◇◇
「火力が足りねぇ!人手回してくれ!」
「コボルドのボス撃破したぞ!」
「ゴブリンの数が多過ぎる!いったい何体の指揮官が居るんだよ!? 」
「ミノタウロスはヤバい、押し込まれるぞ!」
同時刻、アヤネ達は善戦を続けていた。
死者は無く、街を囲う防壁も突破されてはいない。
「あぁもうしんどい!」
「アヤネ!お疲れ様、向こうは大丈夫そう?」
「うん、指揮してた奴は仕留めた」
アヤネは戦線が崩れる度にその場所に出向き、立て直すまでの時間稼ぎをしていた。
とは言え、アヤネの力では……と言うより集まった兵士や冒険者ではとっくに街は蹂躙されていただろう。
それを、ギリギリで持ち堪えられているのは……
「いや〜瑤華の弟子って言うからどんな子かと思ったけど、強いナ〜」
「私なんてまだまだです。皆さんが増援に来てくれなかったら危なかったし」
……瑤華が呼んだ革命軍からの増援、人狼族長ペネットと結美の師匠のマリアを初めとした連合部隊のお陰だ。
「個人の力なんてそんなもんダ」
「でももっと、強くなりたいです…」
アヤネは初めて亜人種に会ったわけだが、さして緊張も恐怖も抱かなかった。
そもそも瑤華が吸血鬼族なのが大きな理由ではあるが、それを差し引いてもペネットは親しみ易い。
「この街は取り敢えず大丈夫……問題は瑤華の方カ」
「……もう2時間経ってるのに………」
「大丈夫、瑤華は死なないゾ」
ペネットだって、遠方から感じる途轍も無く強大な気配には気付いている。
自分では到底敵わないであろう事にも……。
「今の革命軍で、瑤華はトップ3の実力だゾ?勝つ事は出来なくても、上手く時間稼ぎしてくれるって信じてル」
「そう……ですね」
支援要請が入り、アヤネはそちらに向かった。
連戦で疲労は溜まっていたが、それでもペネット始め主力部隊は温存し続けている。
瑤華が敵を、遮蔽物の多い山間部から迎撃し易い平野部まで、時間稼ぎをしつつ誘き出す。その後、革命軍の主力部隊で叩くのが作戦の流れだ。アヤネは組み込まれていない。
しかし、アヤネはそれを悲観的に捉えなかった。
主力部隊が全力で戦えるよう陰で立ち回る…それが自分に与えられた役割だと理解し、全力で臨んでいる。
「あれは……ッ…」
とは言え、街に向かって来る馬車を見付けた時に感じた胸の痛みを、完全に無視する事は出来なかった。
◇◇◇◇
「っ、どうするよマスター!? 馬がビビって先に進めないぞ!」
「私の«転移»魔法で──」
「却下、全員を運ぶとなるとそれなりに魔力を消費する。こんなヤバい気配がしてるのに無駄遣いしたくない」
結美の提案を、ユイナは渋い顔をして拒んだ。
馬車に乗っているのはエリュシオンの面子だが、その表情はとても暗い。魔物の大群もそうだが、遥か遠方から感じる肌を刺すような殺気が大きな原因だ。
「…マスター…、魔力の温存には同意しますが…」
「このままじゃ、街に居る人達とも合流出来ないよ」
ナナミとカナミが問う。
その手は震えていて、結美の躰をしっかりと掴んでいた。
「……僕とダリウスで先行して道を開く」
「危険です!」
クオリアが即座に反論するも、じゃあ他に手はあるの?と聞かれて押し黙ってしまった。
「他に意見はある?」
『……』
「じゃあ僕が「その必要はありません」…え?」
初めて聞く声と、肉片へと代わり撒き散らされるモンスターの群。
慌てて荷車から降りた一行が見たのは、見違える程に逞しくなったアヤネの姿だった。
「アヤネ、声が…」
「それも含めて後で話します、今はまず街に入って革命軍の主力部隊と合流して貰います!」
「おい待て、1人で突っ込んだら…」
止めるロクドウをスルーして、アヤネは刀を構えた。
流石にユイナも止めに入ったが……
「大丈夫です──無縫艶舞«裂海»ッ!」
制止に構わず刀を振るうアヤネ。
腕、手首を鞭のように撓らせて振るわれる剣戟は、ゴブリン程度の小型モンスターなら吹き飛ばす程のインパクトを伴って敵を襲う。
«裂海»の特徴は、撓りによって生まれる瞬間の破壊力と、刀身の3倍は下らない斬撃域にある。
前者は鍛錬の賜物という他無いが、問題は後者だ。
アヤネは異常な斬撃域を"延太刀の連続使用"で生み出している。
行使され続ける延太刀は、精度を一切度外視した代わりに瑤華よりも安定して放つ事が出来る。圧倒的多数と戦う事を想定した、アヤネが独自に生み出した型だ。
「凄い…」
「まるで別人ね」
結美とダリウスが思わず零した言葉に、誰もが共感を隠せなかった。
以前のアヤネのイメージは、内気でいつも瑤華の後ろでひっそりとしてる……率直に言えば影のような人物だった。
それが今では、凄まじい勢いで敵を蹂躙している。
たった1週間程度で、見違えるほどに成長した。
「シャム、付かず離れずで行って」
「無茶言うなぁ……まぁ了解だ!」
握っていた手網を、シャムは勢い良く振るった。
一行が街に入ったのは、それから僅か5分後だった。
◇◇◇◇
「初めまして。音に聞く勇者と相見えられるとは光栄です」
「こちらこそ、エルフ族のNo.2とお会い出来るとは思ってませんでした」
作戦本部となっているフラウロス家の屋敷で握手をしたユイナとマリア。
普通なら有り得ない光景に、アヤネの父であるキールの汗を拭く手は止まらない。
「時間も無いので単刀直入に聞きますが、何が目的ですか?」
「目的とは?」
「話は瑤華から聞いていますが、今一度アナタが革命軍に加担しようとする理由を教えて下さい」
「僕は、瑤華がやりたい事を手助けしたいだけなんですけど?」
「ペネット、どうですか?」
「ん〜、嘘は吐いてないけど本音は隠してるナ」
ペネットは、匂いから相手の嘘や感情を見抜く能力を持っている。
マリアは決して瑤華が裏切るなんて考えていないが、ユイナが彼女の観察眼すら欺いている可能性も考えて、ペネットの能力を頼った。
「……カマを掛けられてる訳じゃ無さそうだし……えっと、これ瑤華には言わないで貰いたいんですけど…」
「内容によります」
「…………その、ゆくゆくで良いけど、どこか静かな所で瑤華とのんびり生活したくて…それを確約して欲しいなぁ……って」
「………………はぁ?」
「ブフッ!」
唐突に惚気られて、マリアは呆れ、ペネットは吹き出した。
「え、いやその!瑤華の意思は尊重しますよ!? 」
「いえそうではなくて……本気ですか?」
「勿論」
「ペネット」
「本気で言ってるゾ」
「アナタの鼻を疑ったのは初めてですよ…」
頭を抱えるマリアに対して、ペネットは嬉しいような、悔しいような顔をしていた。
「瑤華に体術を教えたのはアタシだからナ、『弟子はやらないゾ!』って言おうと思ってたけド………ここまでベタ惚れだと止めるのも馬鹿らしいヤ」
「……はぁ、理解りました。我々はアナタを全面的に信頼すると約束しましょう」
マリアはそう言うと、頬を緩めて結美の方を見た。
「遅くなりましたが…久しぶりですね、結美」
「お久しぶりです、師匠」
「良い方向に成長したようですね。後ろの2人が、以前話していた子達ですか?」
視線を向けられ、ナナミとカナミは臨戦態勢を取るが、結美が2人を止めた。
「はい。私の大切な人です」
「………本気、なんですか?」
「本気です」
「理解りました、今は何も言いません」
徐々に近付いて来る気配。
それを感じ取った上で、敢えて他愛も無い話をしていた。
これが最後かも知れないと、アヤネと同席していたハルですら気付いていたから。
でももうそれも終わり。
マリアが地図を開いて作戦の説明をしようとした時──耳を劈くような、聞くだけで心臓を握り潰されるような恐怖を抱かせる笑い声が聞こえて来た。
『ッ……!?』
その場の全員が、声も出せず震えた。
ハルやキールに至っては、歯がガチガチと音を立てる程に。
アヤネがそれに気付いてハルを抱き締めるが、その手だって震えている。
「……外を確認しよう」
「そうだナ…」
「«転移»魔法で移動します、良いですね?」
耐性ステータスの高いユイナやペネットは比較的早く動き始めたが、マリアですらその動きは鈍い。
«転移»した先は、迷宮があった方角の防壁。
その上から見たモノに、誰のかも理解らない乾いた笑い声が響いた。
「……どうして王国は、あんなモノ作ったのかな…?」
「あんなのどうやって勝つんだよ…」
「増援の要請するカ?」
「……無駄死にするだけでしょう…」
数百メートル先に立つ、体長30メートル程の頭部の無い巨人。
ソレを見据えたマリアの頬に一筋の汗が伝う。
「……………尤も、それは私達も他人事ではありませんが」
頭部は無いが、首から上が無い訳ではない。
生えているのは……無数の腕。
躰の色と同じ、汚泥のような濁った黒色の腕が放射状に伸びていて、足元の魔物達を襲う。
「おいおい、誰か夢だって言ってくれよ…」
「冗談抜きで、悪夢って言われた方が良い……」
掌が触れた魔物達はすぐに消失していく。
魔力の流れを読むのが得意なマリアは、すぐにそれが『吸収』されて魔力として貯蔵されている事に気が付いたが、それに気付いたから何か変わる筈も無い。
寧ろ、この街がただの食卓である事に気付いてしまったのでマイナスな事しかなかった。
「………あ、あれ…」
ユイナが視線を向けた先……人間でいう鳩尾辺りに白っぽい何かを見付けた。
よく眼を凝らして見て……それが何か理解った刹那、ユイナは既に抜剣して地を蹴っていた。




