全て掌の上で
「ただいま、ハル……父様も来たね」
「アヤネ、これは一体…?」
偵察に向かっていたアヤネが屋敷に戻った。
困惑する父に対して、彼女は可能な限り掻い摘んで状況を伝えた。
「迷宮の地下に居たヤバいのが目覚めた。下手したら簡単に国を落とせるレベルでヤバい。そいつがここら辺の魔物を従えてこの街に攻め込もうとしてる」
「な、何だって!?」
キールが驚くのも無理はない。
何せ瑤華でさえ、敵がモンスターを操るとは思っていなかったのだから。
「どうしてそんな重大な事を黙っていたんだ!!?」
「あの迷宮、元々は王国の研究所だったの。中には色々問題のある資料も残っていて、下手な事を言えば国を敵に回す事になる……その覚悟があったの?」
「それは……」
「まぁそんな事より、今はこっちに向かってる魔物の大軍をどうするか……」
操られている所為か、敵の移動速度は異常に速い。
領民を逃がしている余裕は無い。
「近衛騎士と街の傭兵ギルド、あと冒険者を掻き集めたらどれくらいになる?」
「……恐らく、500は集まる」
「……少な過ぎる…防御に徹するにしても、もっと欲しいところだけど」
そもそも、傭兵ギルドはともかく冒険者が要請に応じるとは限らないのだ。
「アヤネ……お前の力で何とか出来ないのか…?」
「無理。私そんなに強くないし」
「お前は……この街の事を恨んでいるのか?」
「……あー、私が恨み辛みを理由に出し惜しみしてるんじゃないかってこと?」
キールは勘違いをしている。
アヤネだって、自分の力で戦局を変えられるなら迷わずやる。
だが冷静に考えて不可能なのだ。
アヤネの無縫艶舞はまだ未完成、数時間に渡って動き続けられる瑤華に対して、アヤネはいつ動きが止まるかも理解らない。敵のド真ん中で限界が来れば、反動で動けないまま喰い殺される未来が待っている。
そんなのは許容出来ない。
ハルを残して死ねないし、アヤネが死んだら……瑤華はもう立ち上がれないかも知れない。
「別に恨んでない。単純に、賭けた命と得られる成果が釣り合わないからやりたくないだけ」
「王国からの救援は……」
「来る訳無いじゃん。そもそも丸1日籠城戦出来る戦力が揃ってない」
そもそも、瑤華が勝てる見込みすら無いのだ。
最悪瑤華が殺されて、街に件のバケモノが攻めて来るかも知れない。
そうなれば、仮に他の領地に避難した所で追い付かれてまた蹂躙されるのが関の山だ。
「そんな顔しなくても、フラウロス領は守るよ。逃げられない以上、ハルを守るにはそれしか無い」
「アヤネ…」
「ハルもそんな顔しないで。絶対置いて行ったりしないから」
「……うんっ!」
……と、ここまで話している間にアヤネは唯一作戦らしい作戦を考えた。
「……あはは、馬鹿みたい。よくよく考えたら当たり前の事じゃん」
「えっ?何か思い付いたの?」
「うん、数に眼が眩んでたけど……こんな数の大群、単体で制御出来ないに決まってるじゃん」
「??」
そう、幾ら敵が国を滅ぼせる強さを持つとは言え、数万のモンスターを全て操るなんて現実的ではない。
「あの大軍の中に何体か、指揮官役のモンスターがいる筈。ソイツを叩けば、持久戦に持ち込んでも勝てる!」
アヤネはハルの腰を抱き、キールの首根っこを掴んで風魔法で防壁の上まで移動した。
街を囲む壁の上から見えた景色は、或る意味壮観だっただろう。
緑の大地を、ほぼ全方位から黒い影が侵蝕しているのだから。
「こ、こんなの……」
「勝てる筈が無い!今すぐ逃げよう!そうすればまだ……」
「……」
「アヤネ!うたた寝している場合か!? 今すぐありったけの馬車を──」
「うっさい、ちょっと黙っててッ!」
彼を連れて来たのは騒がせる為ではない。
もう一度意識を研ぎ澄まさせたアヤネは、鍛錬で養った気配察知能力で複数体の目星を付けていた。
「感知出来たのは8体、試しに倒してみたいけど距離がな〜」
「アヤネ、何がどうなってるの?」
「特に面倒臭そうな気配があるから潰してみたいんだけど、距離が遠くて攻撃するのが難しいの」
「前使ってた、斬撃を飛ばすのは出来ないの?」
「延太刀の射程は100メートルが限度…しかもちゃんと狙った所に飛ばそうとすると、私は5メートルも飛ばせない」
最寄りの指揮官役はホブゴブリンだ。アヤネも視認はしているが、体長2メートルの敵が米粒に見える距離ではまず当たらない。
「となると魔法なんだけど……ハル、魔力貰える?」
「えっ?」
「今魔力が半分も無いから、出来るだけ温存したいの」
「良いけど、魔力って受け渡し出来るの?」
「うん、魔力を受け渡そう…って意識だけして目を閉じて」
困惑しつつも言われた通りにするハルに、アヤネは何の躊躇いも無くキスした。
「んっ!?……んぅ…」
驚いて離れようとしたハルだが、アヤネが左手で抱き寄せていた所為でそれも叶わない。
しかも、追い討ちをかけるように舌を絡められるものだから、ハルは腰が抜けそうになった。
そうでなくとも、自分から何かが抜けていくような感覚に陥っていたのに……。
「っは!いきなり何を…」
「ごめんごめん、でもこれで魔力の受け渡しは終わったから」
「そうなの?」
「うん。互いに渡す意思、貰う意思があれば唾液とかの交換で受け渡し出来る…って、ユイナさんが言ってた」
この話をした時に瑤華が真っ赤になってたのは内緒である。そもそも、本来の定義は体液の交換で、2人の場合は血液だった。
瑤華は断じて、唾液や他の体液で魔力補給をしたりしていない。
「まぁそれは置いといて……」
左手を翳し、アヤネが詠唱を始めた。
詠唱が必要なのは、最高位に分類される魔法……たった1つではあるが会得していたのだ。
長い式句を終える頃には、翳した手には荒々しい炎の渦が纏わり付いていて──
「«終炎ノ波»」
──それらが一気に解放された。
防壁から数百メートル先に降り注いだ炎の帯が、荒れ狂う波のように敵の群勢と大地を焼き払いながら進む。
波は標的だったホブゴブリンを呑み、その後は静かに燃え広がってから消えた。
「やっぱり……見てよ、オーガやスケルトンは焼け野原でも構わず進んでるのに対して、ゴブリンだけ進行が遅くなってる」
「本当だ……」
「種族ごとに1体、指揮官がいるってこと?」
「そういうこと……種族ごとで指揮系統が分かれてるのは嬉しい誤算だね、情報伝達をしっかりすれば敵を倒す時の優先順位が決めやす……ぁ…」
……と、アヤネが膝を着いた。
「アヤネっ!」
「ごめん、一気に魔力が削り取られたから貧血みたいになっちゃった…」
ハルの肩を借りて立ち上がったアヤネは、キールを見て言った。
「私が提示する作戦は、敵の指揮官役の排除。その後に残った敵の掃討、攻めて来る奴だけ倒せば良い…逃げるなら追う必要は無い。他に妙案があるならそれでも良いけど、5分以内に思い浮かばないならこれで決定。すぐに戦力を掻き集めて」
「……理解った。お前はどうするんだ?」
「ギリギリの戦いになるだろうし、戦線が崩れそうな所のサポートに入る。後は…正直温存させて欲しい」
瑤華が負けた時、アヤネは囮になるつもりだ。
さっき言った事とは矛盾するが、そうでもしないと……いや、そうしたところでハルを守れるか理解らない。
可能性がほんの少しあるだけだが、その可能性に賭けている。
だがその考えは、ハルに筒抜けだった。
「アヤネ……その時は私も一緒にいくよ」
「……えっ…」
「私、結構重いからね」
そう言って、ハルは震える手をそっと握った……。
次回は瑤華の話です。




