悪意は実を結ぶ
屋敷を出て門の前まで行った私を出迎えた領民は、軽く見ても200人は居た。
勿論、歓迎はされてない。
「申し訳ございません」
私の第一声はそれだった。
「今回のサヤカの暴挙、そして私がかつて犯した過ち……皆さんに多大な迷惑を掛けました。本当にごめんなさい」
私にだって思う所はあるけど、やっぱり私に非があるから。
ケジメは絶対に必要だと思う。
「ふ、ふざけるな!」
「あんな事をしておいて、謝っただけで済むと思ってるのか!?」
「そーだそーだ!」
まぁ、そうなるよね…。
私にしてもサヤカにしても、何人も犠牲になった人が居る。
許しを期待してた訳でもない。ただ──
「もう止めてよ!!」
「………ハル?」
振り返ると、瑤華に匿って貰ってた筈のハルが居た。
「アヤネは声が出せなくなるくらい自分を追い詰めてたんだよ?それなのに、寄って集って更に追い詰めて……やってる事が酷い事だって思わないの!?」
「ハル、もう良いから…」
「良くない!大体、アヤネを責めて良いのは家族が死んじゃった人達だけじゃないの!? 全然関係無い人までアヤネに酷い事して…………そんなのまるで、鬱憤晴らし為のサンドバッグじゃん!!」
ハルの叫んでる事は、きっと何年も抱え続けてた事なんだと思う。
「あの日の事を責めたいなら、一緒に森に入った私だって同罪だし、他にも沢山一緒に行った子が居たのに……責められてるのはアヤネだけじゃん…」
泣きながら庇ってくれたハルを、私はそっと抱き寄せた。
「無理しないで」
「だって、アヤネばっかり悪者にされるのはおかしいもん…」
「気持ちだけでも嬉しいのに…でもありがと」
呆気を取られたのか、後暗い事があったのか……さっきほど騒がしくはない。
「私はもう、この街の貴族として生きていくつもりは無いよ。そしてもうこの街には関わらない……皆に納めて貰った税で生きていく事はしない。不満なら周辺の街にも言いふらせば良い…『アヤネは貴族としての位置を奪われ、領地を追放された』ってね」
「アヤネ……」
領地を追放なんて、貴族にとっては極刑の次に重いと言っても過言じゃない。
でもどうせ、学校は一度入れば無償で卒業まで勉強出来るし、そもそもユイナさんはすぐに辞めるつもりらしいから大した問題じゃない。
ハルには苦労を掛けるかもだけど、仕送りは殆ど手を付けてなかったから王都に住んで貰う事も出来る。
瑤華に頼んで、革命軍に保護して貰うのもアリかもね。
「ハルは一緒に来てくれる?」
小声でそう尋ねると、しっかりと頷いてくれた。
「後の事はフラウロス家に言って」
「ま、待って!」
屋敷の中に戻ろうとした私達を止めたのは……ハルの両親だった。
「ハル!一体どうしたの!? 」
「昨日だって、何の連絡も無しに帰って来ないから心配したんだぞ?それが突然どうして……」
「父さん…母さん……私、アヤネと一緒に行くから…」
2人の視線が私に向いた。
結構ガチで睨まれてる…。
「育てて貰った恩もあるし、申し訳無いとも思うよ……でも………アヤネを、私の1番大切な人を、毎日毎日悪く言われるのはもう、耐えられないよっ!」
「は…?」
「何を言って…」
「アヤネは傷だらけになっても私を守ってくれて、私に危害を加える人を許さないでくれた。格好良いと思うし、大好きなの」
……待って!
私へのダメージが半端じゃないんだけど!?
「ずっと想ってたし、ずっと隠してた……父さんも母さんも、街の人達も全員…アヤネを見ただけで悪口ばっかりで……」
「それは、あなたを守る為なのよ!」
「そうだ!俺達はお前の為に──」
「──そういうのが気持ち悪いって言ってるの!!!」
ハルは本気で怒ってる。
痛いくらいに私の服を掴んで来て……辛い思いをしてたのは、私だけじゃなかったって改めて思い知らされた。
「声が出せなくなるくらい自分を追い込んで、全身に消えない傷跡を負ってでも、強くなろう…って努力し続けたんだよ?もう良いじゃん!これ以上アヤネを苦しめて何が面白いの?ずっとずっと嫌だった、何でもかんでもアヤネが悪いみたいな風潮も、ずっと気持ち悪くて仕方無かった……」
泣き噦るハルを、私はしっかり抱き締めた。
ハルの事をずっと、他人を恨んだりしない優しい性格なんだと思ってた。
でも違うんだね……ハルは溜め込んじゃうんだ、溜め込んで溜め込んで、どうしようもなくなって溢れ出しちゃった。
「ハル、ありがと」
「………」
「私の為にいっぱい悩んでくれたんでしょ?」
「…アヤネ……」
「大好き。これからはお互い、溜め込み過ぎないようにしようね」
「うん…うん!」
ハルの想いを聞いた以上、私はもう下手に出る訳にはいかなくなった。
ありったけの怒りを込めてハルの両親を見る。
「ハルは私と一緒に来てくれるって」
「お、お前……もしかしてハルの弱みを…」
「そんな訳無いじゃん…」
「ハルは、お前なんかに渡さないわ!」
「……あっそ、好きにすれば」
説得でもなんでもすれば良い。
ハルを改心させる事なんて出来ない、私達はもう共依存してる状態なんだから。
「…でも、ハルに少しでも暴力を振るったり監禁したりしてみろ…………今度は関わった奴を全員消すから」
誇張でも何でもない。
ハルを苦しめるなら、たとえ瑤華でも斬る覚悟はある。
「もう良いよね?……ハル、屋敷の後始末手伝ってくれる?」
「うん……先に瑤華さんがやってくれてる筈だし…合流しよ」
本当なら真っ先に私がやらなきゃいけないんだけど、瑤華には頼ってばっかり──
────ォォォォォオオオオオオオオォオオオォオッ!!!!
激しい地鳴りと一緒に、そんな声が響いた。
その声は、まるで泣き喚く赤ん坊みたいで……でも赤ん坊とは違って、低くて重い……心の底から恐怖を誘って来る声で……。
「アヤネッ!」
「瑤華、これは一体…」
見れば、瑤華も血の気が引いて真っ青になってる。
周囲の人は困惑するだけなのに対して瑤華のこの反応……まさかとは思うけど、心当たりは1つしか無い。
「昨日の時点でまだ6層ぐらいを彷徨ってた筈……最下層まで進むには早過ぎる……!」
「瑤華……もしかして………」
「……アヤネ、冒険者を掻き集めて迎撃準備。アレが目覚めた所為で、魔物の群が雪崩込んで来るかも知れない」
「瑤華は…?」
ハルが置いてけぼりだけど、今はそれどころじゃなくヤバいから。
瑤華が指揮を執るのが最善なんだろうけど…
「エリュシオンの皆がこっちに向かってる。革命軍にも今さっき増援をお願いした……私は合流までの時間を稼ぐ」
「……………………理解った。私の事は忘れて、瑤華は瑤華の事だけ考えて!」
「……ごめん、こっちはお願いね」
そう言って、瑤華は凄まじい速度で走っていった。
「ハル、父様連れて来て」
「えっ!?」
「私は一旦戦況の把握の為にここを離れる。突然で混乱するかもだけど……ここはもう戦場の真っ只中なの」
「ッ!」
「今、私が1番頼れるのはハルだけなの。お願い」
「うん!気を付けてね!」
急いで街を囲む城壁を登って、迷宮のある方角を確認しに行く。
本当は怖くて仕方が無いけど、私は瑤華の一番弟子。
何がなんでもやり遂げなきゃ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
〜迷宮最深部〜
「ふぅ……やっとここまで辿り着きました…」
そう言って服に付いた埃を払い落とすのは、瑤華達のクラスの担任であるハーマ・アンディエンスだ。
彼女は引率の立場にあるが故に、本来なら積極的に迷宮を攻略するのは御法度だ。
しかし彼女は、引率とは別に密命を受けてここに居る。
『君には迷宮最深部の、ある設備を起動させて欲しい。あそこは元々王国の研究所なのだがね、厄介なモノがまだ残っているんだ。それを動かして、勇者の妹に罪を擦り付ける。頼むよ……ハーマ君、これが終われば君は晴れて我が校の特別教授になれる』
胡散臭いとはハーマも思っている。
起動するだけで罪と言われる装置なんて、危険な匂いしかしない。
しかし、通常の教師よりもワンランク上の特別教授になれるという見返りは大きかった。
10組の担任という役を担わされ、自尊心を傷付けられていた彼女を釣るには恰好の餌だ。
「確か……ここをこうして、最後にこのボタンを…」
………押してしまった。
「何も起きない?でも一応離脱して様子を──」
──プシュー。
彼女が操作した機械の右側、汚れたガラスに遮られ見えない奥の部屋からそんな音が聞こえた。
そこで逃げるべきだったのかも知れない。
しかし彼女は、興味本位でガラスの汚れを拭ってしまった。
その先には…
「(培養ポットが開いてる……?何、あの黒い物体?)」
ソレは、全身が黒い人の形をしていた。
のそのそと立ち上がるソレは誰かに似ているようで、ハーマは逃げる事も忘れて見入ってしまう。
……………そして、目が合った。
「(ヒラヒラ)」
「?」
左手を伸ばし、手を振るように揺らすソレ。
ハーマはそこでやっと、逃げようと一歩後退り────
────バリンッグチュグチュグチュグチュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュグチュグヂュグヂュグヂュグヂュグヂュ……。
ガラスを突き破る程に膨張し、分裂して襲い掛かってきた腕に呑まれ、喰われていった。
…いや、喰われたというのは正確ではない。
正しくは、掌に触れられた瞬間、躰を魔力に変換吸収されたのだ。
「オオオォォォォォオオオオオオオオォオオオォオッ!!!!」
歪んだ産声を上げ、周囲の壁や器具もハーマと同様に魔力として吸収していく。
破壊と吸収によって散らかった部屋を、ソレは楽しそうに浮ついた足取りで立ち去る。
散乱した書類のうちの1つに書かれていたのは──
──『勇者遺伝子強化培養計画』




