結ばれ、しかし平穏には遠く
百合の日なので1日早く投下しました!
来週は普通に出します!
目が覚めるとそこは、アヤネが以前使っていた部屋だった。
白を基調とした、必要最低限の家具しか置かれていない部屋。
「……そっか、私…気を失って…」
起き上がろうとして、全身に激痛が走る。
そこでやっと、自分が強引に無縫艶舞を連発していたのを思い出し、思わず苦笑してしまう。
「格好悪い、王子様が聞いて呆れる…」
「んぅ…」
「……はぁ、出来れば見ないフリしたかったな」
実は割と最初から気付いていた、アヤネのお腹を枕にして眠る少女…。
「ハル、起きて」
「ん、ん……」
アヤネが頭を撫でながら呼び掛けると、ハルは長い睫毛をゆっくりと揺らした。
「おはよ」
「おはよう……って、アヤネちゃん起きたの!?」
「うん。どれくらい寝て──わぷっ!!」
「心配したんだよ!5日も目を覚まさないからっ!」
泣きながら抱き締めてくるハルを宥めつつ、動揺を隠せない。
何せ、5日も眠っていたらもう迷宮の攻略期間は折り返しを迎えている。
「ごめんね、心配掛けて」
「ううん……それよりも、傷が…」
「治癒魔法で何とかする」
「そうじゃなくて……背中の…」
「あぁ……そう言えば、あの3人は?」
アヤネが言うのは、保身の為にアヤネを滅多刺しにした者達の事だ。
「瑤華さんが地下牢に叩き込んだって言ってた。その後の処遇はアヤネちゃんに任せるって」
「そっか…で、傷の話だよね」
治癒魔法で回復して、ベッドから降りる。
クローゼットの前に置かれた姿見で自分の姿を確認したら、それはもう酷い姿だった。
全身に包帯が巻かれていて、特に激痛が走った右腕にはギプスが巻かれていた。
とは言え、治癒魔法で傷は殆ど完治したのでそれらは不要となった。邪魔な拘束と解いていくうちに、アヤネはケロイド塗れの背中を見ることになる。
「……わぁ…かなりやられたね。」
「アヤネちゃん、綺麗な肌だったのに…」
「別に、最近は怪我しっ放しでケロイドが増えてたし、全然気にする事じゃないんだけどね」
「でも…こんなのって…」
「……ハルは、イヤ?」
「?」
質問の意図が理解らず混乱するハルに、アヤネは詰め寄った。
今更だが、アヤネは包帯を取ったことで殆ど上裸の状態だけ。不用意に近付かれては色々持たない。
「ハルはこんな躰じゃ嫌?」
「そ、そんな筈無いよ!」
「なら、傷跡なんてどうでも良いよ」
そう言えば、ちゃんと伝えていなかった……なんて思い返しつつ、改めてハルの頬に触れて
「大好きだよ、ハル」
「っ……今言うの?」
「だって、前は言えなかったから。早く伝えないとハルみたいな優良物件は取られちゃうでしょ?」
「バカ、アヤネちゃん一筋の私が他の人に靡く訳無いじゃん」
「じゃあ両想いって事で良いの?」
「うん、私もアヤネちゃんが大好き」
互いに想いを伝え合う。
その後は自然に、なるべくして2人の距離は縮まって……ゼロになった。触れるだけの優しい口付けでも、2人の心は満たされていく。
「────ふぅ、アヤネちゃん…」
「……もっとしたいけど、流石に今はここまでだね」
「そうだね……動ける?」
「躰は鈍ってるけど……うん、大丈夫。すぐに感覚を取り戻せそう。そう言えば、迷宮攻略はどうなってるの?」
5日も眠っていたと聞かされれば、当然疑問に思うところだ。
「……最近はアヤネちゃんに付きっきりだったから、又聞きなんだけど…、まだ6層目の攻略してるんだって」
「あぁ、モンスターを呼び寄せるトラップばっかりの階層だね」
「知ってるの?」
「うん、瑤華が『鍛錬だー』って言って態と罠を発動させてた。確か2日目」
「気絶してたのってその所為だったんだね…」
呆れ半分、心配半分のハル。
アヤネが無理してるのでは…と、どうしても考えてしまうのだ。
「そんな顔しなくても、私は嫌々やってる訳じゃないよ。瑤華の鍛錬は辛いけど理に適ってるし、本当に危ない時は助けてくれるから」
「……信頼してるんだね」
「うん。だって瑤華が本気で鍛えてくれなかったら、私はハルを助けられなかった」
ハルは嫉妬を込めた筈なのに、アヤネはそれを無自覚で帳消しにしてしまう。
これでいて、自分の事になると途端に闇が深くなるのは何なのかと言いたくなる。
「アヤネちゃんはさ…」
「呼び捨て」
「え?」
「もう…無邪気なだけの子供じゃないんだから、呼び捨てにして」
無邪気なだけの子供じゃない……その意味を理解してしまったハルは、一瞬言おうとしてしまった事を忘れてしまった。
「うっ………アヤネ…」
「なぁに?」
「………アヤネは、狡い」
ポツポツと、思った事が零れていく。
「自分の事になると闇が深い感じなのに……その、自惚れじゃないけど、私を見てる時のアヤネ…は、本当に王子様みたいなんだもん」
「……照れるなぁ。でもほら、そんな面倒な所も私だから、ハルに慣れて貰うしかないね」
「…………好き、アヤネの全部が大好き。いくらでも受け入れてあげる…だから、浮気しないでよ……?」
「無理無理、ハルが居るのに他の人に目移りなんて出来ないよ」
他の皆が出払ってるのを良い事に、2人は自分達だけの世界を楽しんでいた。
一応、看病という名目でハルはここ数日屋敷に入り浸れたが、アヤネが目覚めた以上はそうもいかない。
瑤華とユイナのように、夜も一緒に居られたりはしないのだ。
「そう言えば、アヤネちゃ………ステータスの比べっこしない?」
「昔よくやってたアレ?」
「そうそう!どっちが強いかって競争してたやつ」
「良いけど、そう言えば最近確認してなかったな…」
下がってたらどうしよう……なんて、普段の鍛錬の厳しさからすればありえない事を考えてる間に、先にハルがステータスを見せてきた。
────────
名前:ハル
種族:人間族
Lv:24
適性:光・風
異能:«鎌鼬»
筋力:951
敏捷:1244
耐久:899
持久:720
魔力:725
────────
「こんな感じ、アヤネ…のも見せて!」
「うん」
本来、他人のステータスを見るのは御法度なのだが、2人に限って言えば何の問題も無いだろう。
幼い頃から、月に1回は必ずステータスを見せ合っていた仲なのだから。
────────
名前:アヤネ・フラウロス
種族:人間族
Lv:50
適性:炎・水・風・光
異能:«歌姫»
筋力:14235
敏捷:19600
耐久:7491
持久:10578
魔力:7006
────────
「……えっ…こんな違うの!? 」
「良かった、前見た時より上がってる」
「反応薄くない?」
「私より強い人沢山居るし…」
アヤネは知らないが、数字だけで言えばアヤネは学年内でも上の上に位置している。
経験という面では拙く、上の中程度までは落ちてしまうが、それでもアヤネの成長は凄まじい。
「……アヤネは、もう少ししたら王都に戻っちゃうんだよね……?」
「うん。もっと強くなりたいから」
「辛くない?」
「……辛い、けど…ハルと一緒に居る為って思えば、頑張れる」
罪滅ぼしの為……ずっとアヤネが抱いてきた強くなりたい理由は、だいぶ色褪せてしまった。
いや、ハルを幸せにする……という新しい理由が燦々と輝くから、相対して薄く感じるだけだ。
「……寂しくないの?」
「寂しいよ」
「私も寂しい………だから、もっと…その……アヤネが、欲しいな……」
頬を赤らめて、俯きがちに言葉を絞り出されては、アヤネも気付かないフリは出来ない。
「……本当に良いの?」
「うん…ずっと我慢してたから……もう──んっ」
余りにもハルが扇情的だから、アヤネも我慢出来なくなってしまった。まだ日は高いとか、使用人が様子を見に来るかもとか……そんな事はどうでも良かった。
今はただ互いに触れ合いたい……それだけが、2人に残った真面な思考だった…。
◇◇◇◇
……夕方になってやっと、2人はベッドから飛び起きた。
慌てて服を着て、強引に風魔法で換気する。
シーツも替え、その上で部屋から出て庭を散策する……と、2人揃って唐突に笑い出した。
「ふふふっ、昔を思い出すね」
「あぁ……よく2人で悪戯して、必死に証拠隠滅してたね」
「必ずバレて、怒られてた」
「今回は大丈夫。それに……」
「それに?」
「バレたら開き直っちゃえば良い」
意識していなかったが、2人はついさっきまで屋敷の中を歩いていた……俗に言う恋人繋ぎをしながら。
「そうだね、気にする必要なんて無い」
そう言って2人は身を寄せ合って、宛も無く屋敷の庭を歩く。
やがて辿り着いたのは、この前も鍛錬に使った訓練所。
まだまばらに兵士達が残っているが、どうにもやる気が見られない。
「……ハル、もし万が一この街が危機に陥っても、私の傍に居て」
「…急にどうしたの?」
「今攻略してる迷宮の地下深くから、本当に危険な気配がするって瑤華が言ってた。……正直、瑤華でも勝てない相手を私が倒せる筈が無いし……下手したら、街にまで被害が及ぶ。その時、街の兵士を掻き集めても逃げる時間が稼げない」
「……それが、隠してることなの?」
「…3割くらいは。残りは、まだ少し後にさせて?」
革命軍の事を漏らせば、確実にハルを巻き込むだけでなく、ユイナや他のエリュシオンのメンバーにも影響があるかも知れない。
アヤネにとって1番大切なのはハルなのは間違い無い。
ただその為に、2番目以下を切り捨てる選択肢は無い。
「理解ったよ。今は何も聞かないし、言う通りにする……だから、こっち向いて」
「えっ──んっ!」
頬にキスをされ、茹だったタコのように真っ赤になるアヤネ。
「し、心臓に悪い…」
「ごめんごめん、ちょっとだけ意地悪したくなっちゃった」
「…それに関してはこっちに非があるから……」
それに嬉しかったから……とは流石に言えないが、どうにもニヤけ顔が収まらないらしく、顔を両手で覆って離せないようで、その反応を見れただけでハルは満足したらしい。
「あ、皆帰ってきたみたい」
「……だね」
「ほら、瑤華さんにも起きたって報告しなきゃ駄目だし、行こ」
「待ってハル──」
アヤネは歩き出そうとしたハルを抱き寄せ、右手を取って甲にキスした。
「──仕返し」
「ふぇっ!? 」
「ほら行こ!」
今度はハルが顔を真っ赤にして、口をパクパクさせる番だ。
動機は『王子様』であるというプライドが少し、あとは単純に『したかったから』という欲望。
言い換えれば、甘えたい願望。
今まではアヤネは自分を卑下していて、ハルはアヤネとの身分の違いから一歩引いていた。
それが今日、2人が対等に並べたからこそ刻まれた思い出の1ページ。
「「(もう少し、遅く帰って来ても良かったのに…)」」
互いに同じ事を思えど口には出さず、だけど手だけはしっかりと繋いで、帰って来た馬車に駆け寄った。
◇◇◇◇
「…定時連絡。聞こえてる?」
『うん、こんばんは』
満月が夜を照らす中で、私は通信用の魔法石に魔力を込めた。
「じゃあまず今日の報告から……あの迷宮の地下からの気配、その正体が判った」
『聞かせて』
「……人と、モンスターの合成獣…しかも最低20人と、あるだけのモンスターを混ぜたようなバケモノだった」
『……瑤華を疑いたい訳じゃない。でも…本当なの?』
ユイナの言いたい事は理解る。
私だって、地下の研究記録を見ても信じられなかった。
「レポートが残ってた、もう持ち出してあるけど、明日には革命軍の使い魔が到着して本部に届けてくれる」
『«投影»魔法で後日僕にも渡して欲しい』
「理解った」
『……続きをお願い』
「うん。そのキメラは今、巨大なカプセルの中で眠ってる。下手に装置を動かして目覚められでもしたら手に負えないから、敵の正確なステータスも何も不明」
『…でも、気配だけなら僕より強いんでしょ?』
そう、地下で見付けたキメラはユイナより……そして、アーツを全力行使した私よりも強い。
気配だけで理解るくらいにヤバかった。
「……」
『そう気負わないで。そっちの対応は瑤華達に任せる。エリュシオンのメンバーにも連絡する……まぁ、遠方に行ってるのも掻き集めるってなると早くても3日は待って欲しい』
「うん…」
『僕は監視があるから動けないけど、やれる事は何だってやるよ。瑤華はもう独りで戦わなくて良い』
…どうして、どうしてユイナは私が臆病になってる事に気付いてしまうんだろう。
アヤネと、アヤネの大切な人達が死んでしまうかも知れない……そう考えるだけで息も難しくなる。
『瑤華…大丈夫、瑤華は瑤華が思ってるよりずっと強い。瑤華は誰かの為に強くなれる、だから大丈夫』
「…………ごめん、でも少し楽になった」
ユイナの声は落ち着く。
不安が溶き解されてくのが理解る。
「兎に角、明日も情報収集は続ける」
『お願い…………それで、アヤネはどう?』
これは最近ずっとやってるパターン。
私の報告が終わると、ユイナは倒れ込んだアヤネの様子を聞いてくる。
「今日目覚めたよ。色々吹っ切れたみたいで、性格がちょっと前向きになってたし、声が出せるようになってた」
『そっか声が……それは良かった…。精神的外傷によるモノだと思ってたけど、何かきっかけでもあったのかな?』
「幼馴染の影響が大きいみたい……って言うか、あれは多分もう付き合ってると思う」
『へぇ〜。中々にやるね〜』
「えぇ、だから今更アヤネに乗り換えようとしても無理だよ」
『僕は瑤華一筋だよ?』
「そうなの?最近すぐアヤネの事ばっかりだから、私には飽きたのかと」
『もしかして……嫉妬してる?』
……。
「……悪い?」
『うん』
「えっ…」
『だって僕は瑤華に会えないのを必死に我慢してるのに、そんなイジらしい事言われたら今すぐそっちまで走って行きたくなっちゃうよ』
……所々混ざる吐息の音が、ユイナが本気な事を教えてくれる。
ユイナは本気で私を好きで居てくれる。
そして、私が無意識に押し止めていた感情にも、気付いてくれる。
『瑤華、泣いて良いんだよ?』
「えっ?」
『どうせ、弟子の前では泣かないように!ってしてたんでしょ?本当はずっと、アヤネが居なくなることが怖くて仕方無かったのに』
「ッ!」
気付けば私は泣いていた。
堰を切ったように溢れ出てくる不安の言葉を、ユイナは否定せずに、寄り添うように打ち消してくれた。
かなり長い時間付き合わせてしまったけど、ユイナはただ私に寄り添ってくれた。
「……………………ありがと、楽になった」
『良かった。遠くに居ると、僕に出来る事なんて限られてくるから……少しでも瑤華の手助けになれて』
「そういう所が、好き……」
『えっ…』
「………あっ、ごめん何でもない」
『聞こえてたよ────っ、でもまぁいっか。あんまりいじめちゃうと可哀想だからね』
……私が通話越しに慌ててるの、知ってて楽しんでるな…。
『まぁ、明るい話題があって良かったよ』
「そろそろ切りますよ?」
『そうだね、おやすみ瑤華』
「お休みなさい」
通話を切って、私は部屋の窓を開けて空を見た。
夜風が涼しくて、火照った躰を冷ますには丁度良い──
──筈だった。
「これ……血の匂い…ッ!」
全身から血の気が引いていくのが理解った。
気付いたら窓から飛び出し走り出していて、風が乗せてきた匂いを必死に辿る。
…何だろう、凄く嫌な予感がする。
◇◇◇◇
「そろそろ帰るね。明日の準備手伝ってくれてありがとう!」
「送っていくよ?」
「ううん、アヤネは明日から攻略に復帰するんでしょ?少しでも体力は温存してた方が良いよ」
「……気を付けてね」
「うん、それじゃあ」
「おやすみ、また明日」
家に帰らなければならないハルが、軽いキスをして夜の街を進んでいく。
フラウロス領は街中の治安も良く、夜遅く出歩いていてもそこまで危険性が高い訳では無い。
だからハルはアヤネの体調を優先したし、アヤネも渋々ながら引き下がった。
「ふふっ、夢みたい……アヤネと恋人だなんて…」
浮かれ気味で歩いていたからか、比較的屋敷に近い場所にあるハルの家はすぐに見えてきた。
「母さん達にはまだ内緒だね……でもいつか──」
だが、悪意というのは理不尽に生まれ、襲ってくるのだ。
「───────えっ?」
腹部に刺さったナイフを見て、ハルは混乱した。
そして思考が追い付く前に激痛に襲われ、呻き声しか出せずに意識を手放した。
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