ほんの少しの成長
今週は出せた!
〜迷宮前・簡易基地〜
「……で、何でここに居るの?」
「物資の運搬や炊き出しの係を任されたからです」
街に来た翌日、いざ迷宮に来た生徒達の中に、何故かアヤネの幼馴染であるハルと、他数名の街の若者が混ざっていた。
「アヤネも……私の後ろに隠れてないで…」
『気不味いです』
瑤華にしか見えないように筆談をするアヤネだが、決してハルが嫌いな訳ではない。
と言うよりかは……
「そう言えば、この迷宮っていつ見付かったの?」
「えっと……実は、街の皆も今回の件で初めて迷宮があるって知ったんです…」
「そう…やっぱりね…」
あの迷宮が元々王国の極秘研究所だったなら、例え放棄したとしても隠そうとするだろう。
山間の入り組んだ地形の中に建てられている上に、認識阻害の結界を張っていた痕跡を瑤華は見付けていた。
…疑念は確信になるばかりだ。
「さて、行こっか」
「(コクッ)」
「あ、あの……お気を付けて…!」
ハルの声援を聞いても、アヤネは振り返らない。
少し俯いて、足早に迷宮へと向かって行った。
◇◇◇◇
昨日進んだ所まで一気に進んだ2人は、敵の気配が無い所で小休止を取っていた。
と言うのも、アヤネにとってはほぼ全力疾走で進んだから消耗が激しく、安全の為には一度休むべきだと判断したからだった。
因みに、雑談していた瑤華達よりも先に迷宮に入った他のクラスメイト達は、かなり浅層で追い抜いてしまった。
「ねぇ、アヤネはあの子が好きなの?」
「ッ!!?」
「違うの?」
『別に、ハルの事は好きでもなんでもないです!』
「……私、一言もハルなんて言ってないよ」
しまった……とでも言いそうな顔。
正直、問い詰めるべきか迷ったけど、この反応は面白いね。
「アヤネ?」
『どうして気付いたんですか?』
「え、本当に好きだったんだ」
恋愛感情には疎いから、正直当てずっぽうだったんだけど……ごめん、ポカポカ殴らないで。
「ッ〜〜!!」
「イタ……もしかして、初こ…イタッ!」
『その通りですよ!文句ありますか!?』
「いや……好きならもっと話せば良いのにって」
「……」
急に大人しく文字を描き始めたアヤネに、私は不安になった。もしかしたら触れちゃいけない事だったかな…って。
『強くなって、皆を守れればそれで良いんです』
「……そのまま、一生を終えるとしても?」
「(コクッ)」
「それで本当に幸せになれる?」
『幸せが壊れるのは、もう嫌なんです。あんな想いをするくらいなら、幸せじゃなくて良い』
……その気持ちはよく理解る。
だって私は、喪うのが怖いから結美に酷い事を沢山言ったし、ユイナの想いも拒否し続けたから。
アヤネの想いを否定する資格は無い。
でもね……
「理解った、じゃあもうこの話はしないね。でも1つだけ……きっといつか、そんな意地を張る余裕も無いくらい人を好きになる時が来る…。その時に、逃げちゃダメだよ」
「……」
アヤネは何か言おうとしたけど、何も言わずに立ち上がった。
私もそれに続くと、アヤネは見様見真似で迷宮探索を始めた。当然拙い部分も多いけど、凄い子だと思う。
決して驕らず、ひたむきに前に進もうとする真っ直ぐな心…。一方で、愚直過ぎて周囲を見れなくなってしまう危うい状態でもある。
「(それを質すのは、私の役目だ)」
結局、15時頃に地下8層まで進んだ私達は他のクラスメイトがまだ2層や3層を彷徨っているのを確認した時点で地上に戻った。
お昼も食べずに探索を続行していたから、アヤネはかなりクタクタになってる。
「あっ、やっと戻って来た……良かった…」
「……そっちこそ、どうしたの?」
来た時に比べて、街から派遣された人達の服が汚れてる。炊き出しや負傷者の治療だけじゃ、多分こうはならないってくらいに…。
「ちょっと、魔物との交戦があっただけです。怪我人は出ていませんし、大丈夫ですよ!」
「……」
ハルはそう言いこそするけど、そんなに顔色悪いのに信じるのも無理があるんだよね。
でも、こういう時ってそっとしてあげた方が良いのかな?
……なんて、考えてた時だった。
「(ツン)」
「痛っ!」
「……」
「アヤネちゃん、えっと…これはその……」
アヤネが無言で突っついた二の腕を庇いながら、ハルは弁明しようとするけど……アヤネは手を翳して治癒魔法で傷を治してしまった。
「……ごめんなさい」
『他に怪我人は?』
「……木陰で2人休んでる」
それを聞いて、アヤネはその2人の方に向かった。
怒りの声が漏れ聞こえて来るけど……
「…お昼頃だったんです。休憩してた人達が迷宮に戻ってすぐ魔物に襲われたから……知ってて放置されたんだと思ってる人も居て……その…」
「……確かに、戦闘向きな人は少ないから迎撃は大変だったろうね」
「……」
「アナタも、不満があるんじゃないの?」
「………無いとは、言えないです」
無理もないよ。
そもそも街に来た時点で、私達は歓迎されてなかったんだから。
「でも、アヤネちゃんが責任を感じるくらいなら、我慢していたいんです」
「ヤケにアヤネの肩を持つんだね」
「……私にとっては、1番の親友ですから!」
少し、安心した。
私は暗殺部隊の隊長……もしもの事なんていつ起きてもおかしくない。もしそうなっても、アヤネの傍に居てくれそうな人が居てくれて…。
『皆さん命に別状はありませんでした』
「そう、お疲れ様」
「ありがとう、アヤネちゃん…」
アヤネは少し戸惑ってから、筆談用のメモ帳になにか書き始めた……けど、下を向いてすぐに倒れてしまった。
多分、空腹と慣れない治癒魔法を行使した影響だと思う。
「それなりにハードだったからね…起きたら何か食べさせてあげて」
「はい……えっと、瑤華さんは?」
「近くにコボルドの群が居るみたいだから掃討して来る」
本当はアヤネが行けたら良いんだけど、迷宮の中で私が魔物の巣を刺激し続けたから連戦だったし……仕方無い。
◇◇◇◇
「アヤネちゃんの師匠って、なんか凄い人だよね…」
『剣技だけなら勇者様よりも強いんだ』
目が覚めたアヤネちゃんと私は、木陰で雑談しながら休憩していました。
干した果物を齧るアヤネちゃんは、逞しく感じるけどやっぱり守ってあげたくなる可愛さがありました。
「……ねぇ、私の事どう思ってる?」
「?」
「本当は、顔も見たくないくらい嫌われてるんじゃないのかな……って。皆、アヤネちゃんへの悪口ばっかり言うから……」
「……」
アヤネちゃんは暫く何も言いませんでした。
でも少しして……
『私がした事は、取り返しが付かないから』
……息が、上手く出来ない…。
どうしてアヤネちゃんは、そんなに自罰的なんでしょう……。
「私は、アヤネちゃんの味方だよ!」
「ッ…」
「私は……」
『ハルの居場所が無くなっちゃうから、これ以上私に構わないで』
…拒絶の言葉。
やめて、そんなに悲しい笑顔を向けないで──
『私は大丈夫、陰口も悪口ももう慣れたから』
「嘘だよ…あんなに辛そうな顔してたのに……」
アヤネちゃんはまた辛そうな顔をしていて、途端に言葉が出なくなった。
それでも私はアヤネちゃんの事を大切に思ってるから──
「もう、努力しなくて良いの……2人でこんな街抜け出して、一緒に遠い所で暮らそう?きっと今より楽し──」
──最初に感じたのは強い衝撃、その次に頬の痛み……アヤネちゃんに叩かれたと理解するのに時間が掛かりました。
そしてそれまでの間で、アヤネちゃんはもう姿を消してしまいました…。
◇◇◇◇
その日の夜、宿舎代わりの屋敷……の正門すぐの庭に併設されてる私兵の訓練所から不規則な金属音が響く。
壁は無く、何本かの柱が支える訓練所は解放感がある……と言えば聞こえは良いが、実は予算が無かっただけだと言う事はフラウロス家の秘密である。
夜の哨戒がある為、夜になると自ずと無音になるのだが、そんな時間まで鍛錬する生真面目な兵士は居ない。
……音の正体は、打ち合う瑤華とアヤネだった。
「どうしたのッ!自分から言ってきた割に歯応え無いよッ!!」
「ッ…!」
瑤華だって、食事の後はアヤネと談笑でもしようと思っていた。
瑤華の優れた聴覚は、遠くで戦いながらもアヤネとハルのやり取りも聞き取っていた。この申し出が、ハルに対する反抗心から来るモノだと理解している。
普遍的な価値観の持ち主なら、アヤネの申し出を却下し説得を試みるだろう。
だが瑤華は承諾した。
アヤネは苦境の中で爆発的な成長を見せる……そう知っているからこそ、有効な感情の取り扱いを教えられると考えたからだ。
「……そろそろ無縫艶舞も混ぜてくよ?準備は良い?」
「(コクッ!)」
頷くアヤネは、肩で息をする程ではないにせよ疲労が躰に現れていた。
それもその筈……いつもの鍛錬とは違い、瑤華はアヤネが反撃出来る隙を一切与えず、只管に防御させていたのだから。
「本当に良いの?だいぶギャラリーも集まって来たよ、その前でボコボコにされるんだよ?」
『試行 索敵 打消し』
恐らくは、自分の鍛錬に周囲の事なんて関係無いと言いたかったのだろう。
この街に来てからは見る事が減った、真っ直ぐな眼差しを向けられては、瑤華だって応えてやりたくなる。
「治癒魔法は終わるまで使わないでね、割と本気でやるから……」
「(…コクッ)」
刀を構える瑤華の気迫が一転した。
余裕があったのが、途端に張り詰めた空気に変わり、アヤネの背筋が無意識に少し伸びた。
「無縫艶舞──«燦華»」
「ッ!」
瑤華は普段、«燦華»の初撃は上段水平斬りを放つ。
だから反応出来ると思ってしまった。読まれているなんて微塵も考えていなかったのだ。
下段からの斬り上げをギリギリで受け流せたのは良いが、腕ごと重心が上につんのめってしまった。
間髪入れずに左の回し蹴りを叩き込まれた。
だがアヤネは後ろに跳んで衝撃を最大限抑えた。
無縫艶舞が剣戟だけではない事は、アヤネもよく知っている。
とは言え、基本ステータスが高い瑤華の蹴りは、躱した上で数メートル吹き飛ばす威力を持っていた。
「ッ!」
「…危な」
牽制として放った炎系魔法は容易に斬り捨てられ、それでもその一瞬で体勢を建て直したアヤネ。
今度は自分から攻撃を仕掛ける。
シンプルな上段斬りを放つが、これはアヤネにとっては悪手だ。アヤネの筋力では瑤華の守りは崩せないし、鍔迫り合いに持ち込めたとしても、少し押し込まれただけで瑤華の延太刀が発動する。
………………だから、敢えて受け流した。
「ッ!? 」
刀が触れ合った瞬間、アヤネの刀だけが滑るように下に流れていった。
攻撃した側が斬撃を受け流すなんて、攻撃として成り立たない。故に、そんな発想は瑤華にも無く、簡単に虚を衝く事が出来た。
上段斬りから続く下段からの斬り上げ……大昔には『燕返し』とも呼ばれたその技を、アヤネは生まれた一瞬の隙に叩き込んだ。
「なんのッ!」
「!!?」
右に躰を逸らして、アヤネの攻撃が躱されそうになる。それでも反応が遅れた分、頬の皮1枚なら貰えそうな予感はしていた。
……だが、相手の虚を衝く事が出来るのは、当然アヤネだけではない。
瑤華は咄嗟に左手で鞘を取り、的確に鎬を叩いて軌道を変えてしまった。
「焦った。流石に初撃を捨てる発想は無かったよ」
「……」
「そんな顔しない。これでも本気で焦ったんだから、自分の成長を誇って良いんだよ?」
言うだけ無駄だと理解った上で、瑤華はアヤネを褒めた。
しかし、アヤネにとってはこれが思い付いた中で最も高確率で一本取れた戦法だ。それを防がれてしまっては落ち込みもする。
瑤華の高さは知っていたつもりだが、見誤っていたと痛感させられる。瑤華という存在は、アヤネにとっては憧れであり、同時に自分の無力さを知らしめる象徴でもある。
「(……それでも…)」
いつしかギャラリーには、アヤネの家族やハルも混ざっていた。
ある者は嘲笑を、ある者は侮蔑を……殆どの者がアヤネの無様な姿を期待していた。
「(それでも……ッ!)」
瑤華は敢えて何も言わなかった。
構えは解いて居なかったが、アヤネに向けているのは優しい微笑みだ。
「(こんな所で止めたら、私には何も残らない!)」
再びアヤネは地面を蹴った。
今度は策も何も無く、躰に刻み込まれた動きをただ繰り返してるに過ぎない……稚拙な連撃だ。
瑤華はそれ等を全て弾き、躱し、受け流す。
延太刀を使ったりはしない。アヤネはあと一歩の所まで来ている。あと少しで無縫艶舞を会得出来る。
瑤華の勘が告げていた。
「(……とは言え、このまま息も忘れた状態なのは良くないね)」
文字通り、呼吸すら忘れて斬り結んでいたアヤネの襟首を掴み、比較的ギャラリーも数が少ない方へと放り投げた。
「ッ…」
「ほら、早く息を整えて」
反動で真面に動けず、肩を激しく動かして酸素を欲するアヤネに、瑤華はゆっくり歩み寄る。
……しかしそこに、瑤華を阻む影が2つ。
アヤネの母であるサナと、ハルだ。
ハルは倒れたままのアヤネを抱き上げ、サナは瑤華にしがみ付いた。
「もう許して下さい…」
「何が?」
「アヤネを……私の娘をもう苦しめないで…」
涙ながらに懇願するサナ。
「アヤネは傷付き易い子なんです…こんな、見せしめみたいな事は……」
「私はアヤネに頼まれて鍛錬の相手してただけ。態々群がって来たのはそっちだよ」
「こんなの鍛錬の域を超えていますッ!!」
「………だから、何?」
サナの言いたい事が理解らない瑤華ではない。
瑤華がまだ教わる側だった頃、何度も鍛錬で死にそうになって、周囲に責められる師の姿を見てきた。
瑤華はそれを見て……腹立たしいと思ったのだ。
自分は強くなる為に対価を支払っているだけだ、口出しするな……と何度も思った。
……そしてそれは、アヤネも同じだった。
「アヤネが本気で強くなろうとしてるから、私はその想いに応えているだけですが?」
「でも…」
「退いて下さい、アヤネが待ってます」
その場に居た全員の視線がアヤネに注がれた。
サナが近寄ろうとするのと入れ違いでハルの抱擁から抜け出し、瑤華との距離を詰める………が。
「力み過ぎだよ」
「ッ……」
瑤華は難無く受け止めてしまう。
そのまま流れるように足を払い、峰打ち狙いで倒れた所に一撃見舞おうとして……アヤネが姿を消した。
それを認識した瞬間、刀を担ぐように背中に回した。
「ッ!」
「いや、本気で焦った…」
背後からの一撃を止められたとはいえ、瑤華は冷や汗を流す。倒された直後に股下を抜けて背後に回る……その発想と行動の素早さ、この成長速度は異常だ。
「«壱閃延太刀»」
完全に同期したように、2人の刀は空を斬った。
延太刀が使えないアヤネのその行為には意味が無い筈だ。しかし、瑤華がまさか……と思った瞬間、そのまさかが具現化した。
──パァン!
知らない者がその音を聞いても、何が何だか理解らないだろう。
しかし瑤華にはすぐに見当が付いた。
延太刀が相殺されたのだ……延太刀によって。
それは言うまでも無く、アヤネがそれを会得した事を意味する。
「狙ってたのはそっちじゃないけど……やっぱり、才能だけなら私より断然凄いッ!」
瑤華はもう少しアヤネの成長を確認しようとした。
しかし、アヤネの方はもう限界が来ていた。
構えた腕が力無く地面に倒れ込み、そのまま躰も────となる前に瑤華が抱き留めたが、そのまま眠ってしまったらしい。
「ほら、そこで見てる人達も帰って下さい。……それとも、一戦殺っていきますか?」
蜘蛛の子を散らすように、兵士に使用人…市民が立ち去る。
そもそも、フラウロス家はそこまで締め付けの厳しい領主ではないから咎められないが、夜中に一般市民が領主の屋敷に入り込んで騒ぐなど、王都やその近郊の領主邸でやれば即打首だ。
「アヤネのこと、お願い出来る?」
「えっ、でも……」
ハルに瑤華を預け、瑤華は出鼻を挫かれて物足りない分1人で鍛錬を始めた。
そんな瑤華の事を見て、その場の全員が唖然とせざるを得なかった。
出てこないけど、瑤華は毎晩ユイナと交信してます。




