望まぬ里帰り
来週忙しいのでちょっと日程ずらしました。
「やだ、行きたくない」
「言うと思ってたけど……」
「だって2週間も瑤華と会えないんだよ?干枯らびるよ?」
夏休み初日、早朝からユイナは瑤華を抱き締めて駄々を捏ねていた。
と言うのも、ユイナは貴族達のパーティーや国王への謁見など沢山のタスクが課せられて居て、一度も瑤華と日程が合わなかったのだ。
「これ渡しておくね」
「……魔法石?」
「うん、魔力を込めると対になる魔法石も反応して通話が出来るの。これで定期的に話そう」
「…それくらいなら、良いけど」
外では迎えの馬車が待っている。
ユイナだって気配で気付いてる筈なのに……いや、気付いているからこそ行きたくないと思ってしまう。
ファーストキスの後から、瑤華は少しずつ自分の出自を話していった。
蹂躙される仲間、奴隷としての生活、踏み躙られる尊厳……聞く側であるユイナが思わず拒絶してしまう程、瑤華の過去は汚れていた。
心を痛める反面、自分が瑤華を苦しめた側に居る事に嫌悪感を抱くのは…ごく自然な流れだろう。
「……ユイナ、戻って来たら…好きにして良い」
「えっ?」
「ユイナが理性で我慢してる事……して良いから、頑張って欲しい……」
瑤華の躰は震えていた。
幼い頃に植え付けられたトラウマは、瑤華にキスより先の選択肢を拒絶させる。自分を慰める事すら儘ならない瑤華にとっては、相手がユイナであっても怖いのだ。
「じゃあ、帰って来たら暫く好きな時に瑤華をギュッてするから」
「……良いの?」
「瑤華からの返事もまだなのに、下手な事はしないよ……ちゃんと段階を踏んで、瑤華を僕のモノにするから…ね?」
「……うん」
「じゃあ、行ってきます!瑤華も頑張って!!!」
「行ってらっしゃいユイナ……信じてるから」
それからすぐ、ユイナはロイセンツ領へと向かった。
段階を踏んで──なんて言ってた割に、瑤華の申し出は嬉しかったらしい。
…一方の瑤華は、ユイナの居なくなった部屋を見て顔を曇らせた。
元々、瑤華は芸術品や風景を『美しい』と思う事が無かった。奴隷だった経験がそうさせるのかは不明だが、少なくとも『美しい』や『可愛い』と言った言葉は瑤華には理解出来なかった。
「……こんなに、味気無い部屋だっけ…」
──ユイナに出逢う前までは。
ユイナと共に過ごした日々は、確かに綺麗だった。
敵対していたのが嘘のように、そして師匠であるエレナとの日々と同じくらい色鮮やかだった。音だけで紡いでいた言葉が意味を持てていた。
……その事に、ユイナが居なくなってやっと気付いた。
なんて事無いこの部屋すら、温もりを感じられる場所になっていた。
「弱くなっちゃったな……」
苦笑し、自分も荷物を持って部屋を出る。
今回攻略を許された迷宮は、辺境の街の近くで最近見付かったらしく、泊まり込みでの攻略になると説明があった。
授業で使う王都近郊の迷宮とは違い、転移魔法では効率が悪いからだそうだ。
「(…キナ臭い)」
都合の良いタイミングで、態々王都から馬車で1日を費やした場所にある未踏の迷宮に向かわせる。しかも、近郊の街の名前すら教えて貰っていない……アヤネでさえも顔を顰めていた。
これまでとはまた違う緊張感を持って、瑤華は集合場所の正門へと向かうのだった。
◇◇◇◇
6台の馬車に分乗して目的地に向かう途中、アヤネが私の肩に凭れ掛って来た。
私は慣れない馬車の揺れも、アヤネにとっては眠りを誘ったみたい。
「ねぇ瑤華ちゃん、やっぱり私達と──」
「組みません」
「……どうしてその子に入れ込むの?」
「大切だと思うからですが?」
「だからそれがどうして…」
「…理由が必要ですか?」
ユイナへの想いに気付いて、理解った事がある。
師匠の時から理解出来なかった……人間が持つ、温かくて愚かな想い。
「理由が無いと大切に思えない相手って、本当に大切な人なんですか?」
「それは…」
「アヤネが私の弟子であろうと無かろうと、もう私にとって大切な人である事に変わりはありません。だから、貴方達と一緒に戦う気もありません」
それから、私達の間に会話は無かった。
途中の街で一泊して、目的地まであと少しになったのが翌日の昼頃。
御者の声で目的地が見え始めた事を知ったクラスメイト達が、荷台の天幕から顔を出して様子を伺う。
私とアヤネも外を確認する。
「(……漂ってくる気配、少なくとも歓迎はされてないね…)」
関所と思われる所には、領主らしき男が1人。
その後ろに夫人と娘と思しき人が控えていて、その周りには警備が15人。
揃って表情は暗く、ちらほらとこちらを覗く領民の眼には不信感が宿ってる。
……不意に、アヤネが私の制服の裾を握って来た。
それも、震える手で……。
「どうしたの?」
『ここは、私の故郷です』
「……えっ…?」
そんな、ピンポイントで……こんな事ってあるの?
これも罠?それとも偶然?……ううん、今はそれよりも……。
「大丈夫、私も一緒だから」
『ごめんなさい』
「アヤネの所為じゃない」
私が動揺したらアヤネまで混乱する……落ち着いて、見極めないと。
もし、私の予想が正しければ、偶然の可能性の方が高いし……態々革命軍が動かなくても、この領地…フラウロス領を味方に付けられる。
……だから、焦るな…。
◇◇◇◇
「ようこそお越しくださいました……私は領主のキール・フラウロスと申します……此度の御訪問、領民をあげて歓迎致します………」
瑤華達を迎えた領主……アヤネの父は、一行を屋敷へと案内した。
街と屋敷を隔絶する壁を抜けた先には、地方貴族にしては豪奢な屋敷が広がっていた。低級冒険者や平民出の多い10組の生徒が騒ぐ中、案内されたのは屋敷本殿の西側。
アヤネ曰く、元々フラウロス領周辺はそれほど広大な土地を持たない領主が多く住んでいて、定期的にそれらの領主や要人を招いてパーティーを開いていたらしい。
瑤華達が案内されたのは、そう言った客人が宿泊する為のスペースだ。
「迷宮の踏破は明日から行います。今日は各パーティーに分かれて明日に備えるように!」
そう言い残して、女教師はその場を去った。
他のクラスメイト達が街の観光や作戦会議と言ってバラバラになった頃合いで、瑤華はずっと後ろで震えていたアヤネに声を掛けた。
「アヤネは予定ある?」
『決めてないです』
「じゃあ迷宮いこっか」
『攻略は明日からって…』
瑤華の突飛な発言に困惑するアヤネ。
しかし、当の本人はそれを気にせず屁理屈とも言える理論展開を始めた。
「別に今日行くなとは言われてない。いつもみたいに鍛錬しても良いけど、訓練所を使うにしても大所帯になるだろうし迷惑でしょ?」
『でも…』
「別に、深層まで潜るつもりは無い。ただ、下見はしておきたい……どうせ、他のパーティーの尻拭いをする事になるだろうし…」
「……」
「アヤネが嫌なら私だけで行くけど──」
『行きます』
よくよく考えれば、アヤネは瑤華が実戦で魔物と戦うのを見た事が無い。見てみたい気持ちは大きかった。
それに……
「(両親は兎も角、あの女の眼……明らかにアヤネに敵意があった…)」
あの女、とはさっき出迎えた若い女性……背こそ越されているが、アヤネの妹のサヤカの事だ。
「(ずっと震えてた……余り一緒に居させるのは酷な気がする…)」
伊達に師匠をやってない。
アヤネがずっと恐怖に苛まれていた事に気付かない訳が無かった。
…恐らくはトラウマ。
学校への入学だって、きっと厄介払いの意味が大きかったのだろう。非力を嘆き、周囲からの罵詈雑言に苦しんでいたアヤネを自分の意思で王都へ向かわせるのはそう難しくない。
だから、多少強引にアヤネを連れ出そうとした。
いつかは過去と向き合わなければならない。だが、それはアヤネが覚悟を決めた時だ…今ではない。
アヤネなら向き合えるようになると信じてるから、今は戦略的撤退を────
「少し、宜しいかな?」
────と、思っていたのに。
振り返ればそこにはアヤネの父、キールが立っていた。
「御領主様が、どのような要件で?」
「畏まらないでくれ。娘が世話になっている礼を言いたいだけだよ」
物腰は柔らかいが……瑤華は違和感を覚えた。
「武芸大会は中継で観させてもらったよ。至らぬ所が多い子なのに、あそこまでサポートしてくれて…」
「サポートしていた訳ではありません。チームとして当然の連携を取ったまでです」
「そうか……」
「それに、アヤネは剣術に限って言えば私より才に恵まれてます。そう極端に卑下しないであげて下さい」
これは正直、余計な一言だろう。
キールの表情に、僅かに怒りが混ざってしまった。
「君は、アヤネの事を知らな──」
「アヤネが犯した過ちなら、本人から聞きました。その上で言っています」
弟子を馬鹿にされるのは、幾ら実の親だとしても看過出来なかった。
いや寧ろ、文字通り血反吐を吐いて努力して来たアヤネを、家族だけでも手放しで認めてあげなければアヤネは報われなさ過ぎる。
「もう宜しいですか?」
「……あぁ」
アヤネの手を引いて、その場を離れる瑤華。
震えた手が、彼女の手をいつもより強く握った。
瑤華はそれを拒まない……それくらいしか、自分に出来ない事を知っているから。
何を言っても、恐らくアヤネの家族はアヤネを認めない……かと言って、師匠である瑤華がその立場を担えたりもしない。
「ごめんね…」
ふと口から零れたその言葉が、何に向けられたモノなのか………瑤華にすら理解らなかった。
◇◇◇◇
アヤネの放った突きが、スライム状の魔物の核を破壊し、群の残り1匹を倒した。
「そろそろ帰ろう、偵察はもう充分だよ」
2人が居るのは迷宮の地下5階層。
1時間足らずで踏破した割に、2人に疲労は見られない。
しかしアヤネは、感じた違和感を拭い去れず指文字で瑤華に問うた。
『疑問 迷宮 真偽』
「ここが本当の迷宮とは思えないってこと?」
「(コクッ)」
「洞察力も上がってきたみたいだね……ここは元々、王国が秘密裏に使ってた研究所だよ」
「ッ!」
迷宮とは本来、洞窟や遺跡等に魔物が住み着いて形成される。
当然分岐路や行き止まりがあるし、罠もある。
…一方この迷宮は、人為的な造りが多い。
分岐の先には必ず部屋があり、曲がり角は直角。各フロアの部屋の配置も大差無く、壁は朽ちてこそいるものの質素な平面だ。
「それと……そこの部屋入ってみて」
この迷宮に入ってから、瑤華は1人で各部屋の探索をして、アヤネには出入口付近の警戒をさせていた。
それが突然、部屋に入ってみろと言われれば困惑もする。困惑しつつも部屋に入ってみると……
「ッ……!? 」
「この部屋、直接的なヤツは居なかったけど……私の予想は間違ってないと思うよ」
アヤネが見たのは、壁にいくつも設置された巨大な貯水槽。試験管にも見えるソレは全て割れていて、薬液らしいモノが乾燥してこびり付いている。
「そもそもさ、ここに来るまでの林道に居たのはゴブリンやトレントが多かったよね……でも、この迷宮にはスライムやアンデッド系の魔物が多い……魔物が住み着いたにしては違和感があるよね」
『疑問 探索 後日』
「…明日以降も迷宮探索をすべきかってこと?」
「(コクッ!)」
「やるにはやるけど……正直、最下層までは行きたくないね……私じゃ手に負えない気がする」
「?」
「それくらいヤバい気配がするの」
そう言って瑤華は笑ってみせるが、内心では焦燥に駆られていた。
瑤華がアーツを使っても勝てるヴィジョンが見えない敵なんて、それこそ国家を揺るがす天災級の敵だ。
本来なら大規模な討伐隊が組まれるところだが、学校が関与していては不可能だ。
対応しなければ、多くの死者を出してしまうかも知れないが、対抗する戦力は無い…。
「(ユイナが居てくれたらなぁ──っ、何考えて…)」
……何気無く思った事に、瑤華自身が困惑した。
幾らユイナが強いとは言え、真っ先に思い浮かんで来られては堪らない。
「?」
「……ちょっと考え事してた、帰ろう」
「(コクッ)」
◇◇◇◇
2人が街まで戻ってくると、1人の少女が待ち構えていた。
その姿を捉えた瞬間、アヤネは息を呑んだ。
「アヤネちゃん…!」
「……」
「久し振り、元気だった?」
「……」
「…その、後でゆっくり話さない?」
「………」
アヤネは瑤華の前で初めて、筆談すらしようとせずにその場を立ち去った。
取り残された瑤華と少女は、気不味い空気になる。
「あの……ごめんなさい…」
「アナタは?」
「私はハル……アヤネちゃんとは幼馴染です」
面倒な事になった……と、心の中では思っていても顔には出さずに話を聞き続ける。
「瑤華さん……ですよね、武芸大会の中継見てました」
「……そうだけど…どうかした?」
「アヤネちゃんは……普段はどうですか?」
随分とアバウトな質問だが、普段の様子を心配してるのだと察せない瑤華ではない。
「最近はよく笑ってる。まだ、レギオンのメンバー以外の前だと萎縮してるけど」
「……この街の事で、何か言ってましたか?」
「…………いつか罪滅ぼしをしたい、って1回だけ。まぁ、ここに来てからの様子を見てると…かなりのトラウマみたいだけど」
瑤華の言葉にハルは表情を曇らせたが……何を思ったか突然、瑤華に深々と頭を下げた。
「アヤネちゃんに……言伝をお願いして良いですか?」
「……良いけど、頭を上げて。目立つし…」
「ッ、ごめんなさい」
「それで、何て伝えれば良い?」
「……あと一度だけでも、ちゃんとお話したい……って。私がこんな事言えた立場じゃないんですけど…」
瑤華は少し悩んで、
「伝えはするけど、その後の選択はアヤネに委ねるから……」
…とだけ言い残して、屋敷へと戻った。
コメント等お待ちしてますm(_ _)m




