学年代表部門
武芸大会3日目、この日は学年代表部門と前日の午後に予選を終えていた学年別クラス対抗部門の決勝が行われる。
学年代表部門は、各学年の代表1名が他学年代表と総当たり戦を行うシンプルなモノで、半日で終わってしまう。
一方、クラス対抗部門は1番進行が遅く、決勝だけでも5試合と見応えがあるモノになっている。
「はぁ……面倒臭い…」
「何言ってるんですかお姉様、あと一試合でしょう?」
「むぅ、瑤華のイジワル」
控え室での準備中、ユイナが盛大に愚痴を吐いた。
ユイナは現在3勝、次の試合で勝てば優勝だ。
それなのに嫌がっている理由は、対戦相手にあって……
「5年生のバルゼッタ・フォゲールバイデ……『暴君』の名で知られるフォゲールバイデ家の長男ですか…」
「ロイセンツ家よりは下の貴族なんだけどね……同じ十二貴族の家柄ってなると、代理戦争みたくなっちゃうからね〜」
「……大変ですね」
「しかも実力はあるけど、超絶ドスケベで女の奴隷を屈伏させるのが大好きな屑と来た……って、そんなに怖い顔しないで」
瑤華の生い立ちを考えれば適切な話題出なかったと、ユイナは謝罪した。
「お姉様に対して怒ってる訳ではありませんから……」
「…そっか……なら、僕はバルゼッタを蹂躙してやらないと瑤華に示しが付かない訳だね」
「……私の事は気にしないで下さい」
「やーだね。それに、瑤華にそんな顔させる奴は私が許せない」
「…………じゃあ勝手にして下さい」
そうは言っても、瑤華の表情は(ユイナにしか理解らない程度の変化だが)暗い。恐らく瑤華の暗殺リストに載ったバルゼッタに、心の中で形だけのお悔やみを告げておいて……ユイナは後ろから瑤華に抱き着いた。
「瑤華、だいぶすんなりハグさせてくれるようになったよね?」
「警戒を解いた訳じゃないです。ただ、アナタを籠絡するには多少自由に触らせておいた方が効率的なので」
「……それ、本人に言って良いの?」
「こう言えば対抗心を燃やして、もっと気に入られようとするのは知ってますから」
「全部お見通しかぁ……悪い女の子を好きになっちゃったなぁ〜」
幸せに満ち満ちた声と表情、余りにも純粋な好意をぶつけられても瑤華は上手く反応出来ない。
だから強い口調になってしまうのだが……そんな瑤華の心の内を全て見透かしたように、ユイナは笑うのだ。
◇◇◇◇
アナウンスが鳴って、瑤華は観客席に戻った。
既に瑤華は有名人で、擦れ違う人が口々に小声で話し出す。良い話も悪い話も沢山──そして、耳の良い瑤華には全部届いてしまうのだ。
「瑤華ちゃーん、こっちこっち!」
レギオンの副将であるシャムに呼ばれてそっちに行くと、他のメンバーが大画面が1番よく見える特等席に陣取っていた。
「ここまで1回も見に来ないから心配しましたよ?」
「…ごめんなさいクオリアさん、ずっと人の少ない所で中継を見てたので」
そう言いながら、陣取っていた中でも不自然に空けられた一席に座る。
「……マスターは勝てるでしょうか?」
「去年の戦い方を見てると、厳しいかもです」
「…どういう事ですか?」
ナナミとカナミにそう問うと、瑤華の真後ろに座っていたダリウスが代わりに答える。
「マスターのスタイルは、近距離から中距離の攻撃特化型なのに対して、バルゼッタは遠距離の超火力型……公平を期すために勇者の力を使う事が制限されるマスターにとっては分が悪いのよ」
「成程…」
「瑤華ちゃんは、この戦いどう見る?」
「…………お姉様が勝ちます」
シャムの問いに、瑤華はハッキリとした口調で答えた。
「贔屓目無しに、お姉様が勝ちます。私が散々鍛錬に付き合ったんですから…」
「?」
瑤華の含みのある言い方に、全員揃って首を傾げた。
その中で唯一、声が出せないから存在感が薄いアヤネだけが、その言葉の真意を察していた……。
「やぁバルゼッタ殿、昨年同様に貴殿と決勝を飾るとは思わなかったったよ」
「俺もだよ……昨年の雪辱は果たさせて貰うぞ?」
「ふふっ、魔力切れするまで持久戦に持ち込まれたのを根に持ってるの?」
「当然だ。あんな姑息な勝ち方を許せる筈が無いだろう?」
「そっか……なら、1分で終わらせてあげる」
人差し指を突き立ててそう宣言したユイナに、バルゼッタは侮蔑するような汚い笑いを浴びせる。
「1分だと?ハハハッ、馬鹿馬鹿しい!たったの1分でこの俺に勝てるとでも思ってるのかっ!?」
「……馬鹿は貴殿の方さ、僕は態々1分も掛けて貴殿を打ち負かすと言ったんだよ!」
舌戦はそれで終わりと言わんばかりに、ユイナは腰に吊った愛剣を抜いた。
「……良いだろう、その舐め腐った態度を後悔させてやるぁッ!!!」
バルゼッタがそう叫ぶと、鎧のバックパックから巨大な円筒状の金属が現れた。どちらも、大砲の砲身だ。加えて両腕の装甲にも銃身、両脚の装甲には大量のミサイルポッドが装着されている。歩く砲台と言っても過言ではない彼の鎧は、旧人類の技術を最大限生かした仕様だ。魔力を流せば弾薬の生成から発砲まで自在に出来る。魔力があれば弾切れも再装填も無い。
『試合開始ッ!』
合図と同時に弾幕が張られる。
昨年に比べ、連射速度や命中率は格段に上がっている……が、ユイナは容易くそれ等を斬り落としてしまう。
「(弾速が変わらないなら、簡単に対応出来る)」
「どうした?距離を詰めなければ俺は斬れないぞぉ!」
左右の大砲がそれぞれ砲撃を開始する。
ユイナは氷の壁を、弾を包み込むように作り出して止めるが……ミサイルポッドから放たれた一発が氷の壁に直撃して爆発、氷漬けだった砲弾も誘爆して爆炎と衝撃波を引き起こした。
「はっはっはっ!これがフォゲールバイデ家の魔法だァ!!」
「そう、随分とつまらない魔法だね」
「なっ!?」
爆煙の中から現れたユイナを、バルゼッタはすぐに見付ける事が出来なかった。大きく跳躍したユイナが、丁度左肩の大砲で死角になる場所に移動したからだ。周囲を見回し、ユイナを目視するまで2秒弱────十分な時間だ。
「«壱閃延太刀»」
刀身が一瞬光って、振り抜かれた勢いのままバルゼッタに向かう。
狙ったのは……次弾の装填を終えていた右の大砲だった。音も無く両断された大砲は、一瞬遅れて爆発した。
その衝撃でバルゼッタがバランスを崩した隙に、今度はバックパックを袈裟斬りにされる。全ての火器をそのバックパックに内蔵された魔法石で管理していた為、強力な武装はただの重石に成り下がった。
「«壱閃延太刀»」
「ガアッ?!?!」
ミサイルポッドも破壊され、ユイナに膝を屈するように項垂れるバルゼッタ。
その首に切っ先を当てがったユイナは、軽蔑を隠しもせずに呟いた。
「お前は、私が妹から何も学んでいないとでも思った?」
「馬鹿な……俺は去年より何倍も強くなったんだぞ…」
「私は"ハイパーサイメシア"だよ?1回戦えば、君の手癖はすぐに把握出来るし忘れない……まぁ、ハイパーサイメシアなのは知ってる人の方が圧倒的に少ないけどね」
観客席では瑤華が苦笑いする。
見ただけじゃ真似が出来なかったと言って、感覚的な所まで問い質されたのは記憶に新しい。
「……田舎の、気色の悪い小娘から学びを得るとは……ロイセンツ家も落ちぶれたなぁっ!」
「そうかな?……まぁそうだとしても、キミはその落ちぶれた貴族に遊ばれたんだ。無様だね」
そう言って鎧の隙間から全身を斬り付ける。
苦悶する姿は、ユイナに生理的嫌悪を催させた。
人の皮を被った下郎の苦しむ姿なんて、見ていても得はしない。
「さて、そろそろ1分だ。最後に負け犬の遠吠えでもするかい?」
「おのれロイセ──」
「残念、時間切れ」
戦闘時間を表示するタイマーは、丁度1分で動きを止めた。
観客席には、王都全体まで鳴り響きそうな歓声と喝采が響き渡る──。
「……あれ、瑤華ちゃんの技だよね?」
「はい。教えろと言われたので教えました……まぁ、たった2晩でここまで仕上げるとは思ってなかったですが…」
正確に言えば、瑤華が教えたやり方ではない。
瑤華は意のままに刀に自分の魔力を宿せるが、ユイナは魔力だけを動かせない。だから彼女は、発光するだけの魔法を剣に使って強引に魔力を剣に宿した。一瞬刀身が光っていたのはその為だ。
……ただ、超記憶症候群──ハイパーサイメシアと言うだけあって剣の振り方のクセは瑤華のソレとほぼ同じだ。
「(魔法に対して余剰に魔力を送る事で、剣に魔力を帯びさせる。…とは言え魔力は体内に戻ろうとする筈、きっと手に魔力を集中させて戻ろうとするのを堰き止めたか、強引に魔力の流れを剣に通したか……どっちにしても、私が踏んだ手順よりも難易度は高い……)」
「…瑤華さん?」
「…何でしょう、ナナミさん?」
「……いえ、考え込んでいたので…」
ナナミを適当にやり過ごし、瑤華は席を立った。
事前に言われていた通りに自室へと向かう。途中の道はユイナの出待ちで溢れていて、内心『暫く待つ事になりそう』なんて呟きつつ廊下を歩く。
「…バカみたい、私がユイナを欲しがってるみたい…」
口に出すと尚恥ずかしい。
困って頭を抱える彼女は近付く影が1つ。
瑤華も気配を感じ、その先に視線を送ると……そこには、眼を血走らせて荒い呼吸をするバルゼッタが居た。
「……いだ」
「えっ?」
「お前の所為だっ!お前の所為でこの僕が負けたんだッ!田舎者の分際でよくもッ、よくもよくもよくもッ!!!」
反応が遅れた瑤華は、首を絞められたまま持ち上げられる。それなりに人目があった事もあり、目に見えた攻撃は無いと油断していた。
「が……あがっ……ぁ……」
「苦しめェ、断罪だァ!」
抵抗しようにも、相手は十二貴族に席を連ねるフォゲールバイデ家の出だ。瑤華の立場では、幾らでも揉み消されてしまう。
……だが、丸っきり打つ手が無い訳でもない。
何せ──瑤華の姉は瑤華に御執心なのだから。
「«パニッシュメント»」
鎌鼬すら生温く思える程に鋭い風が吹き荒れ、バルゼッタの腕ごと瑤華を切り離し、一瞬遅れて放たれた雷撃が彼の躰を数十メートル先の廊下の壁に叩き付ける。
「貴様等……何をしている?」
その声に、周囲で見ていた生徒達も、騒ぎを聞いて駆け付けた教師達も、助けられた瑤華でさえ背筋が凍った。
決して声を荒らげている訳ではない。
でも……その表情は、瑤華やずっと傍付きをしていたナナミやカナミでも見た事が無いほど憎悪を貼り付けていた。
ユイナは瑤華に歩み寄り、瑤華の首を握ったままの手を毟り取った。
「痛ッ…ゴホッゴホッ………お、姉様?」
「………この件は、正式に十二貴族会議に通達する。勇者である私が目を付けていた生徒に逆恨みで害を加え、剰え殺害を試みたこと────安く済むと思うなよ、バルゼッタ」
ユイナは瑤華を、俗に言うお姫様抱っこしてその場を去る。すぐに医務室に連れて行かれた瑤華はクオリア達に預けられ、ユイナ本人は夜になるまで姿を見せなかった…。
◇◇◇◇
夜もかなり更けた頃、暗い空気の流れるレギオンルームにユイナが戻って来た。開口一番に
「フォゲールバイデ家は十二貴族会議から除籍された。彼の所属していたレギオン、«ワイルドハント»も解体される次第だ」
「……幾ら妹への攻撃とは言え、よくそこまで認めさせたわね」
ダリウスが驚いて目を見開いた。
他の面々も驚く中、ユイナは少しだけ表情を緩めて彼の発言を訂正する。
「実はね、瑤華と旧知だったゲオルグ君…だったかな?彼が所属していたのが«ワイルドハント»だったんだよ。彼の血液から、禁止薬物の陽性反応があったのをネタに同じ検査をさせたら見事に引っ掛かったんだ」
「表向きとは言え、民を導く十二貴族が禁止薬物を使ってちゃ品位に関わる……大方、薬物については公表しない代わりに除籍させたんだろ?」
「うん、シャムの言う通り。«ワイルドハント»の方は、学校側が検査を行ったら証拠がドバドバ出てきたみたいでね……入学したての6期生を除いて全員が収容所確定だって」
そこまで言ってやっと、ユイナは瑤華の元に歩み寄った。
「ごめん、ちょっと話したい事があるの」
「……理解りました」
「アヤネも一緒に」
「(コクッ)」
3人が別の部屋に入っていくのを見て、特に嫌な顔をするメンバーが1人。
「結美?またヤキモチかな?」
「カナミさん……はい、やっぱりちょっと…」
「……マスターがあんなに執着するのは初めてです。きっと、結美に瑤華さんを取られないか心配なんですよ」
瑤華にその気があるかは別として、結美は瑤華の事が大好きだ。幼馴染として1番瑤華を知っている自信もある。暗殺部隊結成時も、突き放されたのは結美の事を考えたの事だったと気付いていて、想いは変わってない。
だからこそ、勇者であるユイナやぽっと出のアヤネに瑤華の隣を奪われるのは悔しいのだ。
「むぅ〜結美はそればっか!」
「えっ?」
「……鈍感」
「えぇっ!?」
そのまま双子の寝室まで連行される結美。
残された面子は、苦笑いした後で自分の部屋に戻っていく。別れ際に『長い夜になりそうだ』と呟いたのは誰だったか…。季節は夏、とてもこの時期に合った発言ではなかったが……不思議と異を唱える者は居なかった。
◇◇◇◇
「瑤華、改めて謝罪させて欲しい」
「…お姉様が気にする事じゃありません」
「それでも…、ごめんね」
左をアヤネ、右をユイナが陣取ってベッドに座る3人だが、アヤネは少し置いてかれ気味になっている。
「今回の件で、2人は僕のお気に入りって事になった。貴族達からすれば下僕扱い…僕にとって都合の良い手駒って事にして、何かあった時に保護出来るように仕向けた。……相談も無しにごめん、瑤華は特にこんな扱い嫌だと思うけど……」
「…構いません。寧ろ良い後ろ盾が出来たと喜ぶ所です」
『私も全然気にしてないです。でも何で私も?』
「……瑤華に嫌がらせが出来ないってなったら、次に標的になるのはアヤネだからだよ」
最も、それすら瑤華が傷付かない為の布石ではあるのだが……。
「それと、今回無理を言った対価として、武芸大会最終日のエキシビションマッチで僕と瑤華が戦う事になった」
「……私の実力を確かめる為…ですね」
「うん。でも瑤華はいつも通りで大丈夫、どうせ僕相手でも本気を出した事なんて無いでしょ?」
「………知ってたんですね」
「まぁね。でもいつも通りでも貴族達は十分に満足するだろうから、本気は大事な時まで隠してて良い。僕に勝つような事があると、それはそれで後々面倒だしね」
こういう所が信用出来ない……そう瑤華は思った。
本気を出してない事に気付かれるのは予想内だが、本気を出した時の実力を見透かされているのは気に入らない。自分の手の内が全てバレていては、暗殺者の本分である不意討ちは成功率が下がる。
「まぁその前に、僕達にはまだ大一番が残ってるんだし……頑張らないとね」
「はぁ…正直勝ち負けなんてどうでも良かったんですけど、勝たないと暗殺の機会が減りそうなので頑張ります」
『応援してます?』
アヤネは既に2人の事情を聞いているが、瑤華がユイナを暗殺しようと思ってない事に薄々気付いている。
自分には見せてくれない優しい眼や、どことなく穏やかな声音。
瑤華への恋心を自覚したばかりのアヤネには少々辛い現実だが、瑤華は知らず知らずのうちにユイナに心を許している。
「(瑤華が幸せなら、私が隣じゃなくても……)」
「じゃあ、明日もあるしそろそろ寝よっか。瑤華が真ん中で良いよね?」
「「?」」
「どうしたの?」
「真ん中って、アヤネもここで寝かせる気ですか?」
「うん。駄目?」
『私なんかが2人と一緒に居るのは…』
遠慮するアヤネに、ユイナが何か耳打ちする……と、アヤネは何故か顔を真っ赤にしつつも乗り気になってしまった。
「大丈夫、元々僕が使う為って言って無駄に大きなサイズのベッドを用意されてたんだし、3人でも問題無い」
「それ以外の問題があるんですけど……?」
「アヤネも承諾してくれたし」
「………………そうじゃなくて……」
………結局、この日は3人一緒に眠る事になった。
必然的に、アヤネは夜の瑤華を知る事になる。ユイナの目的は瑤華を孤独にさせないこと、だからここでの秘密の共有も必要な事だ。
「(本当は……僕だけで瑤華を満たせたら良かったんだけどね……)」
更新ペース落ちます。




