小隊部門①
夏の日差しが強まって来た頃、王立勇者育成校では一大行事の武芸大会が始まった。
1週間に渡って繰り広げられる熱戦の中で、最初の競技は小隊部門の予選だ。
武芸大会では、結界魔法を応用した特殊なシュミレーターを使う。街中や森林等のリアルな地形、個人の戦闘能力、アーツや魔法の完全再現は勿論のこと、ダメージが規定値を超えると自動退場し、戦闘で受けた傷は一切現実に持ち込まれない。オマケに中継映像まで見せてくれる優れモノだ。
小隊部門予選は合計4試合、参加者の4分の1ずつがバトルロイヤル方式で戦い、各試合の優勝者が本戦に参加者出来る。
結美、ラン、ゲオルグの3人はBブロック。
瑤華とアヤネはDブロックに居て、決勝に勝ち進まない限り戦う事は無い。
「この戦い、本当は最後まで隠れてるのが得策なんだけど……それじゃ意味が無い、全員倒すつもりで行くよ」
「(…コクッ)」
「…緊張してるね?」
『私なんかが、本当に戦えるのかなって』
「私と戦ってるから感覚がおかしくなってるだけ。無縫艶舞こそ使えないけど、もうアヤネも十分強い部類に入るよ」
『そうなんですか?』
「うん……でも、簡単に倒せるからって調子に乗ったり、油断したらダメだよ」
「(コクッ!)」
瑤華がここまで言うのは初めてだった。
だからこそ、今この瞬間にアヤネが自信を持つ理由になったのだが……。
「そろそろ試合が始まる、行くよ」
◇◇◇◇
〜予選Dブロック〜
「うわぁああああッ──」
「はぁ…仲間置いて逃げ出すからだよ」
瑤華は後頭部から顎下まで穿いた刀を抜いて、飛び乗っていた肩から降りる。振り向くと、アヤネが駆け寄って来た。
「ちゃんとトドメ刺してきた?」
「(コクッ)」
「なら良し……にしても、本当に返り血も無いしあっという間に消えちゃうね〜」
瑤華はそう感嘆しつつも、次の標的を見付ける。
「次はあの3人ね。魔法職は居ないから、私が気を引いてるうちに背後から2人くらい宜しく」
「(コクッ!)」
予め運営側から渡された端末には、14(11)/35と表示されている。この場合の意味は全35部隊中、残り14部隊。自分の部隊の勝利回数は11回となる。見方を変えれば、脱落したのは21部隊で、そのうち半数を瑤華達が倒したという事になる。
この端末は試合を円滑に進める為のモノで、残り2部隊になると互いの位置がマップ上に映し出される仕様になっている。
「ッ!敵部隊だ!数は……1人」
「よっしゃ殺っちまうか!」
「待て、罠かも──」
瑤華に3人共気を取られた瞬間、アヤネは背後から1番利口そうな男の心臓を一突き。抜くと同時に初めに瑤華に気付いた男も斬る。
「てめぇ!」
「私を忘れないでよ…」
アヤネに気を取られ、大胆な袈裟斬りを躱しもされなかった事に逆に呆気を取られてしまう。
幾ら遮蔽物の多い市街地フィールドが2人に有利とは言え、ここまで一方的だとは瑤華も思っていなかった。
「次の相手は──危ないッ!!!」
「ッ!?」
──キンッ!
確信は無かった、完全な勘だ。
だが本能的に危険だと判断し、その結果…振るった刀は飛来した鉛玉を両断した。
「銃ッ!」
瑤華も一度だけ使った事がある銃。
命中率の割に反動と隙が大きいからと諦めていたが、飛来した方向で狙撃可能な所は500メートルは離れている。しかも……
「(狙撃場所っぽい時計塔への道に2人隠れてる……)」
死角を縫って近付こうにも確実に伏兵と出会す。
そして恐らく、先程の攻防も見られていた。同じ場所に籠城されては厄介だ。
「アヤネは死角を縫って走って、伏兵が居るから注意してねッ!」
返答を聞く前に周囲の建物の屋根に登り、敢えて遮蔽物の無い状態を作る。煙幕でも焚ければ良かったが、それでは2人の位置が周囲にバレてしまうし、何より2人の連携に支障が出る。
……だから、アヤネは囮だ。
瑤華は囮のフリをして、本命である狙撃手を討つ。
──タンッ!キンッ!
──タンッ!! キンッ!!
放たれる弾丸を、瑤華は態と斬り続けた。
ただ避け続けるよりも相手のプライドを刺激出来るからだ。瑤華に意地でも当てようとさせる事で、狙撃手がアヤネを狙い自分が伏兵2人に足止めされる状態を作らせない。
──タンッ!キンッ!
事務的……そう捉えても差し障り無い攻防だ。
そして瑤華は気付いている、相手の狙いが少しずつブレている……動揺してるのだと。
「……«一閃延太刀»」
彼我の距離20メートル、瑤華が放った水平斬りが届く筈が無い────そう思ってスコープを覗いた狙撃手の首が落ちた。観客も含め誰一人、何が起きたのか理解らなかった。勇者であるユイナすら、仮説を立てる事は出来ても自信が持てなかった。
◇◇◇◇
「マスター、今のはなんですか…?」
「……確証は持てないけど…、多分刀身に纏わせた魔力を、斬撃に合わせて飛ばしたんだと思う……」
ユイナも自分で言っていて信じられなかった。
自分の魔力をモノに通すなんて芸当は、その対象を自分の躰の一部として認識出来なければまず不可能。そして通わせた魔力を放出するなんて、誰も思い付かない。
「(いや、でも……瑤華なら…)」
思い出すのは、毎晩丁寧に刀の手入れをする姿。
そして過酷な日々の鍛錬を熟す姿……これは確かに、瑤華なら出来るだろうと納得してしまう。
よく『自分の手足のように使い熟す』なんて言うが、瑤華にとってそれは比喩でも何でもない。手足と同様に動かせる程度には刀を握り続けたのだろう。
「……ふふっ、本当に凄いよ」
◇◇◇◇
結論として、ユイナの推理は正しい。
«延太刀»は瑤華の師であるエレナすら考え付かなかった……否、エレナの死を原因に瑤華が模索した瑤華だけの剣技だ。きちんとコントロールが効くのは10メートルが限界だが、それを差し引いても中距離の攻撃手段としては優秀な事に違いは無い。
「アヤネ…無事だったね」
「(コクッ)」
「……さっきの攻撃が何か知りたいって眼をしてる」
「(コクッ!)」
「後で教えてあげる。無縫艶舞よりは簡単だけど、今のアヤネには難しいから」
2人の伏兵を始末したアヤネを労いつつも、2人は場所を移動する。
その後は目立った戦闘も無く、瑤華達はDブロックでの勝者となった。他ブロックがまだ中盤に差し掛かった程度なのに対して、劣等生である10組の生徒が圧勝してしまった所為で教師達の表情は暗い。
今回は入学時とは違い、不正扱いに出来ない。正確には、不正扱いする事で王国の技術者が作り上げた最高峰の設備が、簡単にクラック出来る程度の代物だと大々的に宣言するのと同義だから出来ないのだ。
重ねて厄介なのが、2人が勇者であるユイナのレギオンに所属していて、瑤華に至っては擬似姉妹の関係にあるということ。
経緯は学校側も知っているから、下手な事をすれば勇者を敵に回す事になるのは察しが付いている。
中継映像は国民も観ているから、学校側への非難はどう足掻いても免れ得ない。瑤華という存在は、尽く学校……ひいては貴族達に痛手を与えていた。
「(そうなると、次は……)」
『どうかしたの?』
「ううん、取り敢えずお姉様の所に行こっか」
瑤華は既に、次に学校が取るであろう対応の予測が付いていた。
◇◇◇◇
全てのブロックで試合が終わったのは昼前だった。
結美達3人も無事ブロックを勝ち抜いたのだが……シュミレータールームから出て来た3人の表情は暗い。
瑤華も途中から観戦していたが、4人の時に比べて何故か纏まりが無かった。
「おつかれ」
「瑤華か、そっちはどうだった?」
「勝ったよ。そんなに強い奴等も居なかったし」
「す、凄いですね…瑤華さんは…」
辿々しい会話が続く。
下手に誤魔化すべきでは無いと判断した瑤華は、周囲に他の気配が無い事を確認すると率直な感想を言った。
「3人は同じクラスだよね?その割には連携の練度が甘過ぎると思うんだけど」
「「「……」」」
「別に学生気分を楽しむなとは言わない。ただ自覚が足りてない、私達の本分を忘れないで」
「…理解ってるよ」
「なら、どうしてあんな戦いしか出来ないの?手を抜いてた訳じゃ無いでしょ?」
結美の言葉を、瑤華は厳しく制した。
しかし、今度はゲオルグが反論する。
「俺等は瑤華と違って完璧じゃないんだよ…。自分達よりも強い奴に囲まれても必死に頑張ってんだぞ…!?」
「……で?」
「で?じゃねぇよ、お前の理想を俺等に押し付けんなよ」
「「……」」
「何も言わないって事は、2人も同じ考えってこと?」
「「……」」
「……そう、なら仕方無い」
瑤華は、もう話す事は無いと言わんばかりに背を向ける。
「そんな甘い考えなら、私の部隊には要らない。今すぐ学校辞めて、本部に戻れ」
「ッ!なんだと?」
「特にゲオルグ、お前には1つ言っておく……大した努力もしてない癖に強者を妬むな。本当に強い奴は全員、血反吐吐いて努力を重ねている。その努力の足下にも及ばないなら、お前に強者を批難する権利は無い」
今の瑤華には、この3人よりもアヤネの方が何倍も強く視える。
「加えて、私は『完璧』なんかじゃない。完璧だと思った瞬間、生き物は成長を止める。だから私は不完全で良い、私はもっと強くなる……私が強いんじゃない、お前達が弱いだけだ、履き違えるな!」
瑤華だって、3人の事が嫌いな訳じゃない。
幸せになって欲しいと切に思っている。だからこそ、弱さの原因を外に求める軟弱者を放置出来ない。
「明日の本戦、決勝に勝ち上がらなかった場合…それと決勝でも今日みたいな戦いを見せた場合、私の権限で全員本部に送り返す」
「そんな…明日いきなりなんて無理だよ」
「そ、そうですよ……連携なんて…一朝一夕で出来るモノじゃ……」
「……そう、なら無理なんじゃない?」
瑤華はそう言い残し、この場を去った。
◇◇◇◇
「さっきの3人、放置してて良いの?」
「気配がすると思ったら、やっぱり聞いてましたか」
「だって、探しに行ったら珍しく瑤華が本気で怒ってたから…」
訓練所に向かう道程で、瑤華とユイナは先程のやり取りについて話していた。
「瑤華はすぐに自分を悪者にしたがる」
「その方が効率が良い時もあります。それに、アヤネの時だって恨まれる覚悟で鍛えています」
指導者、指揮者に必要なのは『嫌われる覚悟』だと瑤華は考えている。
相手に忖度せず、間違いを正すこと。その積み重ねが結果となり、初めて堅い信頼が生まれる。耳障りの良い言葉しか言えない者との間に生まれる信頼関係は、酷く薄っぺらいモノだ……と。
「生き難くない?」
「相手は選んでいます。……何とも思ってない相手にそこまで必死にはなれません」
「そっか……じゃあ僕は、本気で大切に想ってくれてるんだね」
「…はい?」
ユイナの突拍子も無い発言に、瑤華は少し間抜けな声を出してしまった。
「だって瑤華はいつも僕の視線や声音、躰の動きを観察してるでしょ?」
「…嘘を吐いていないかを探る為です」
「そう、僕が君と一緒に戦うのに相応しいか判断する為に、この上無いくらい厳しい眼で僕を見てる……それって裏を返せば、僕と一緒に居る為に十分な理由を探そうとしてくれてるんでしょ?」
「……解釈違いですよ」
「そうかな?僕の事がどうでも良いなら、早く殺してしまえば良い。血を吸うフリして頸動脈を噛み切ればあっという間さ」
それは、瑤華自身も気付いていなかった。
思う所は無い訳ではないが、認めるのも癪だから否定は重ねておく。
「…そっか、まぁそんな所も好きなんだけどね」
「調子に乗るなら、«延太刀»について何も教えませんよ?」
「え〜、それは酷いよぉ〜」
2人が訓練所に行くと、既にアヤネは刀を振っていた。瑤華には何となく、今日の振り返りをしているようにも見えた。
「明日もあるんだし、今日はそれくらいにしなよ」
『理解りました』
「アヤネもだいぶ強くなったね、師匠が良いからかな?」
ユイナの率直な言葉に、アヤネは頬を紅くしながら頷く。そんなアヤネの頭を撫でて、瑤華はそれを否定した。
「私に出来る事はちゃんと視て、成長する為の手助けをする事だけです。歯を食い縛って付いて来たアヤネだから、上手くいっただけですよ」
「じゃあ両方凄いって事で、ほらギューッ!」
ユイナが2人纏めて抱き締めて、瑤華は顔を真っ赤にしながら抵抗して、アヤネはやっぱり照れ臭そうに笑う。
一頻りじゃれ合ってから鍛錬を始める、その時にはもう瑤華の心はだいぶ軽くなっていた。
「(嫌われる覚悟があるって言っても、嫌われるのが怖くない訳じゃないんでしょ……?)」
ユイナはまた1つ、瑤華との共通点を見付けて嬉しくなった。相手の為になら苦しみを受け入れる……自己犠牲的な感情。
実に独善的で、矛盾を孕んだ在り方だが……ユイナにとって瑤華への愛情は大きくなるばかりだ。
「……お姉様?」
「ううん、何でもないよ♪ 」




