擬似姉妹の契り
百合界隈でよく見る、上級生と下級生の擬似姉妹制度って良いと思わない?って思って導入して気付く……ここ共学の設定だ……。
──擬似姉妹の契り。
それは、王立学校の時から続く慣習で、上級生が兄や姉として、下級生が弟や妹として擬似的なきょうだい関係を形成するシステム。契りの名前自体は、姉妹・兄弟・兄妹といったように呼び名も変わるが、共通していくつかの特権が与えられる。
それぞれの立場には名前が付けられていて、姉が『クロト』で妹が『アトロポス』。兄が『アレス』で弟は『ヘルメス』と言ったように呼称される。
大抵の場合、仲の良い者同士で結ばれるこの契りは、生徒達の間ではかなり神聖視されている。
……そんな重大な契約を、瑤華は他でもない勇者から申し込まれてしまった。
「えっと……え?何故私が選ばれたんですか?」
「勘だよ、私の勘はよく当たるから」
「……」
「まぁ、この場で詰める話じゃないかな?今夜の自由時間、私達のレギオンルームに来て。それじゃあ、またね」
そう言って立ち去るユイナを見て、
「嵐のような人だった…」
と瑤華はどこか他人事のように言うのだった。
◇◇◇◇
「で、どうしよっか?」
「いや何で他人事みたいに言うんだよ。お前が1番ヤバい立場に居るんだからな?」
俺ことゲオルグは、この状況で澄ました笑みを浮かべる瑤華に呆れている。前々から底知れない奴だとは思ってたけど、今日は過去最高にぶっ飛んでいた。
手抜きどころか遊び半分で近衛騎士団の上位に勝つし、ちゃっかり勇者に気に入られてレギオンの勧誘まで受けて、挙句の果てには擬似姉妹の契りを申し込まれてまだ他人事みたく話を進めようとしてんだからさ……。
「まぁ、擬似姉妹って部屋が同室になったりするんでしょ?暗殺の事を考えたら有利だと思うよ?」
「その分、犯人がバレやすいかも……」
「大丈夫でしょ?私達の身元は王国側にバレてない、革命軍の所為にされても白を切る事は出来る」
……俺等は本気で日の目を浴びられなくなるけどな。
「でも、擬似姉妹は断るよ。いきなりがっついても怪しまれるかも知れないから。最初はレギオンの勧誘だけ受けて、もっと親睦を深めてから改めて……って頼んでみる」
「レ、レギオンはどうしますか?? 全員同じ所に入るのは……」
「うん…私は勇者のレギオンに入るとして、皆にはそれぞれ別のレギオンに入って貰いたいな」
「良いのかよ?勇者相手に1人は厳しいんじゃないか?」
幾ら瑤華でも、王国が最強と認める勇者の相手は辛い筈だ。たとえ『暗殺』が目的でも、勇者の察知能力なら失敗の可能性が高い。
「じゃあ私が同じレギオンに入る。私だけ後衛だし、1人で他のレギオンに潜入するより良いと思うんだ」
「じゃあ決まりだな、俺とランは出来るだけ性根の腐った貴族が多いレギオンに入って、訓練中の事故でもダンジョンでのアクシデントでもなんでも良いから暗殺。2人は慎重に勇者に近付いて暗殺……お互い長期的になる」
レギオンに潜り込んでの暗殺なんて、やれても2度が限界だ。1度で沢山殺らなきゃならない分、俺等の方が動き難くはある。……危険度で言えば、比べられないけどな。
「………それじゃあ、早速勇者に会ってくるよ。結美は一緒に来て」
「うん」
さて、俺もどのレギオンに入るか考えないとな。
◇◇◇◇
「やぁ、来てくれるのを待ってたよ」
「失礼します」
「こんばんは〜」
瑤華と結美を出迎えたのは、白を基調にした部屋着のユイナと、他8人のレギオンメンバーだった。
……勇者を除けばサシでは負けないけど、一斉に相手したら勝ち目は無い──瑤華は内心そう判断した。
「2人しか居ないって事は…」
「はい、他の2人はビビったから辞退するって言ってました」
「まぁ、そうだろうね……私のレギオンに入るなんて、将来的に勇者パーティーに入るのが確定したようなモノだし」
ユイナは肩を竦めて笑った。
しかし、すぐに表情を引き締め歓迎の言葉を伝えた。
「歓迎するよ、瑤華さんに結美さん。まだ不慣れな事も多いだろうから、そこは私達がサポートするよ」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「……お願いします…」
「──さて、公的なやり取りも終えた事だし……瑤華さん、奥の部屋に来てくれる?」
「(瑤華ちゃん…)」
「(大丈夫、先に戻ってて)…理解りました」
結美とのアイコンタクトを済ませ、瑤華は奥の部屋……ユイナの自室へと案内された。
「さて、これで2人きりだね。«無音化»の魔法で声が外に漏れる事は無いし、盗聴器具は外しておいた……そろそろ腹を割って話したいな、革命軍の暗殺者さ──」
──ユイナの言葉に動揺しつつも、瑤華はその首を落とそうと刀を抜いた。
「酷いよ、まだ話は始まったばかりなのに」
「ッ!? 」
瑤華はいつの間にか、押し倒されるようにベットの上で組み敷かれていた。
抵抗しようにも、全くと言って良いほど躰が動かせない。
「……拷問でもするつもりか?」
「そんな事しないよ……と言うか、それが本来の口調なの?そんなに可愛い声してるのに」
「減らず口をッ!」
「わっ!? 」
自分から肩の関節を外され、ユイナが驚いた隙に拘束から抜け出した瑤華。
筋肉を使って強引に関節を戻し、反撃を試みるが…
「落ち着いて、下手に長引かせたくないんだ」
「ッ……」
……また捕まってしまう。
今度は壁に押し付けられ、至近距離で見詰められてしまう。
「……やっぱり可愛い」
「は?」
「…その、僕はキミに一目惚れしちゃったみたいさ……だから、こんなに距離が近いのはちょっと、心臓が五月蝿い……」
突然のカミングアウトに、流石の瑤華も混乱を隠せない。そんな瑤華は手を自身の胸に誘導するユイナは頬を紅くして、ほら五月蝿い……なんて言ってみせるから、瑤華は演技すら忘れてしまった。
「そんなに緊張するなら離してくれませんか?」
「また襲って来たりしないでね?あと、逃げるのも」
「……」
「いやそこは逃げないって言って!!?」
悪意は感じられない。
先程とは違って砕けた口調は、それが本来の彼女の喋り方なのだと教えてくれる。
「……要点を纏めて簡潔にお願いします」
「手厳しいね…」
そうは言いつつも解放された瑤華。
ユイナは触れ合っていた感触を名残り惜しそうにしていたが、すぐに顔を上げて話し始める。
「僕はずっと、革命軍からの接触を待っていたんだ。僕はこの国のやり方が気に入らない、勇者なんて…本当はやりたくない……」
「……」
「誰も僕を『ユイナ』として見てくれない。『勇者様』ってレッテルを貼られて、それに見合った存在である事を強要されて………でも、キミは僕に謙ったりしなかった」
「だから、私にあんな申し込みを?」
「うん。でも他にも色々あるんだよ?僕じゃ真似出来ないくらい磨き上げられた剣技とか、戦ってる時の真っ直ぐな眼とか────キミの事をもっと知りたくなった」
瑤華はふと、司令部から下された命令を思い出していた。内容は『勇者の暗殺』なのだが、正確に言えば『勇者を暗殺するか、可能ならば革命軍に引き入れること』だ。勇者の存在は、民衆を味方に付けるには御誂え向きなのだ。
だが瑤華は、仲間達に『勇者の暗殺』とだけ伝えた。単純に、王国の人間を信用していないのだ。
「その言葉を信用するとでも?」
「ううん……だから、擬似姉妹の契りを申し込んだんだ。部屋が一緒だからいつでも寝首を搔けるでしょ?一緒に行動する時間も増える。勿論、キミにもリスクはあるけど……その間僕がなんの危害も加えなければ、それが信用してくれる理由になる」
「……」
「僕から革命軍の情報を聞き出す事はしない、逆に僕が知ってる範囲での王国の情報は教える。まぁ、代わりと言ったら変かもしれないけど、キミが僕を好きになってくれるようにアプローチさせて貰う……この条件でも、まだ足りないかな?」
「…信用出来ない。どれだけ言ったって、お前は私の暗殺対象だ」
瑤華はありったけの敵意を向けて、ユイナを見る。正体がバレた以上、この場で殺るか殺られるかしか選択肢を用意出来なかったからだ。
「そっか……どうすれば信じてくれる?」
「……私には吸血鬼族の血が流れている」
そう言って眼帯を外す。
これからやろうとしている事は、瑤華にとっても危険な事だ。
「綺麗な眼だね……惹き込まれそうな紅色…」
「一々五月蝿いっ……お前の血を吸わせろ」
人間は吸血鬼……故郷での言い回しをするなら、『鬼』に血を啜られる事を嫌う。人間達の間では『鬼』に血を吸われると、乾涸びたミイラのようになるか、意思無き傀儡に変えられてしまうと教えられているらしい。
実際には、吸血鬼側は人間以外の血では満足出来なくなり、吸われた側は少しずつ吸血行為に依存するだけだ。普段は人間と変わらない食事を摂り、定期的に動物の血を摂取すれば生き長らえる事が出来る吸血鬼。
故郷に居た頃は人間がほぼゼロだったから悩む必要は無かったが、瑤華はこれから人間の中で生活する。血の匂いに敏感になるし、飢えを隠さなければならない分、瑤華の方がデメリットは大きい。
……しかし、現状ユイナを殺す事が現実的でない以上、自分に心酔させる方が効率が良いと判断したのだ。
最も、拒否された場合は──
「それだけで良いの?」
──まぁ、杞憂だったようだ。
「それだけって……血を吸われるとどうなるか知ってるの?」
「教えて貰ったけど、現実的じゃない内容だったし……知らない分ちょっと怖いけど、それでもキミの信用を勝ち取れるなら大歓迎」
「(……馬鹿みたい、そう言えば騙されるとでも?まぁ、暫く様子見しよう。勝てるタイミングと戦力を分析しないと)」
瑤華はユイナの寝巻きを開けさせて、丁度心臓に近い所に牙を突き立てた。吸血鬼の犬歯は、吸血時だけ伸びるようになっていて、胸元に2つの紅い跡が出来る。
「(……美味しい)」
「んうっ……い、あぅ………」
瑤華は今まで味わった事の無い、初めての人間の血に驚きを隠せなかった。最初こそ、任務の為だからと少しだけにしようと思っていたのに、10秒経ってもまだ口を離せずにいる。
ユイナもユイナで、恥ずかしさと喜びが相俟って瑤華を離そうとしない。もっと啜って欲しいと、その頭を両腕で抑えてしまっている。
◇◇◇◇
「……ごめん、ちょっと立てない」
「私こそ…やり過ぎました……」
5分後、貧血で立って居られなくなったユイナをベッドに寝かせた瑤華は、渋々学校に提出する書類にサインしていた。
「明日から同じ部屋で寝泊まりになるね」
「…何で楽しそうなの?」
「いやぁ……実は瑤華が初恋でね…その相手と一緒に居られるなんて夢みたいだと思って……」
「……馬鹿ですね」
「うん。僕は短絡的で…我儘な人間なんだ……」
眠りに着いたユイナをそのままに、瑤華はレギオンの控え室に戻った。どうやら、他のメンバーはユイナの本心を知らないようなので、それっぽい理由を付けて部屋に戻る。
「……人間はすぐに裏切る、信用出来ない」
初めての人間の血には反応したものの、瑤華のユイナへの考えは一切変わらなかった。
信じれば裏切られる……そう、瑤華が100%信用しているのは、師匠であるエレナだけだ。アリアや他の革命軍の仲間、幼馴染である結美にすら疑いの眼を持っている。
そんな瑤華が、ましてや自分を奴隷として苦しめた人間族を信頼なんて有り得ない。この先もそれは変わらない……瑤華のその本心に、ユイナの鋭い観察眼ですら気付けなかった。
補足として、学生寮の部屋は学校側に割り当てられた部屋(瑤華達の現状)or各レギオンの控え室に併設された個室(ユイナの現状)が原則です。擬似姉妹で部屋を一緒にするのは義務ではなく、基本は学校が部屋を手配します。




