不器用な姉と頑固な妹
僕っ子の口調が定まらない。
実は瑤華も定まってない。
瑤華がユイナと擬似姉妹の契りを結んだ日の放課後、早速事件は起きた。
「おいそこの田舎者!」
「……」
「無視するんじゃねぇよ劣等生ッ!」
「…もしかして私ですか?」
瑤華に対して、同じ6期生の生徒数名が喧嘩を吹っ掛けた。
「どちら様ですか?」
「口の利き方には気を付けろ!」
「私達は3組の優等生よ?」
「はぁ…」
昨日の今日で面倒事が重なるなぁ……なんて思っていると、その生徒達は昨日の面倒事について騒ぎ始めた。
「何故貴様のような存在価値の無い劣等生が、国の将来を担う勇者様のレギオンに入り、挙句の果てには擬似姉妹の契りを結ぶなぞ烏滸がましいぞッ!」
「え、いや…どちらも向こうからの提案ですけど?」
「口答えをするな、誰が喋って良いと言った?」
「えぇ……」
「とにかく、今すぐ擬似姉妹の契りを解除しなさい!あの御方にはもっと相応しい人が居ますの!!」
ユイナからの呼び出しを受けていた瑤華は、心底面倒臭そうに騒ぎ立てる貴族出の同級生を見ていた。
「(結美が居なくて良かった。余計話が拗れる…)」
「そもそも、貴様のような薄汚い小娘がこの場に居ること自体間違いなのだ!」
「何その気持ち悪い眼帯、不細工ね」
「女の癖に顔に顔に傷を負うなんて、恥ずかしくないの?」
「別に何も恥ずかしくないですけど」
流石に苛々してきたが、任務遂行の為の優先順位を脳内に思い起こす。その結果、優先すべきは眼前の小者ではないと判断、余計な感情は押し殺す。
「瑤華、こんな所で何してるの?」
「(……もっと話を拗れさせそうな人が来ちゃった)」
白く透き通った肌に、山桜を思わせる長い髪を結って後ろで結んだ…所謂お嬢様ヘアの少女。瑤華の姉であるユイナが、この場に来てしまった。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと声を掛けられただけです」
「そう?なら早く控え室においで、結美さんはもう来てるよ」
「すぐに向か「ちょっと待って頂きたい!」…はぁ…」
リーダー格の男が、恐れも知らず進言した。
これには、先程まで騒いでいた取り巻き達も顔を青白くさせる……が、彼は意気揚々と語ってみせる。
「御初に御目に掛かります、私はマーティン・マフスター。ロイセンツ家とは古くからの交友がある家の者です」
「マフスター家の嫡男が、私の妹に何の用が?」
「我々マフスター家は由緒正しき家柄です。どこの馬の骨とも知れぬ小娘よりも契りを結ぶのに相応しいと思いまして、御声掛けさせて頂きました」
「……ふふ、そうですか」
瑤華は背筋が凍りそうになるのを抑えられなかった。
表情は笑っているのに、心からの笑いではなかった。寧ろ、虎の尾を踏んでしまったような……
「ロイセンツ領内での殺傷事件7件、当主暗殺計画の失敗3件、また私との縁談を門前払いされた事で大変焦っていらっしゃる御様子ですね?」
「な、何を仰って……」
「十二貴族の一席を甘く見ていたようですね。先に起こした事件も証拠は出揃っています。マフスター当主には書状での勧告をしましたが……何も聞かされていなかった、なんて言いませんよね?」
貼り付けた笑み、その下に隠れた煮え滾るような怒りを察し、守られている筈の瑤華まで身動きが取れなかった。
「それと、予め言っておきますが……私のレギオンは実力で選んでいます。武に優れた者、文に優れた者、これから才を開花させる者……それらを私が見定めた結果です。選ばれなかったからと、私の妹に危害を加えるならば相応の処置は覚悟してくださいね?」
そのまま瑤華の手を引きレギオンルームに向かう……かと思えば、人目が無くなった所でユイナは強く瑤華を抱き締めた。
「ごめんね…、こうなるって、理解ってたのに嫌な想いをさせて…」
「……利害が一致したから姉妹をやっているだけです。そんな事を気に病まれても、私がアナタを信頼する事はありませんよ?」
「……それでも、ちゃんと伝えたい」
頭を撫でられた瑤華は、ほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
名も知らない、瑤華にそんな表情をさせる相手に嫉妬したユイナが、今度こそ瑤華を連れてレギオンルームへ行く。多少強引なのは仕方無い……そう心の中で言い訳して…。
◇◇◇◇
学生寮の風呂は大浴場か、部屋に浴室が設けられた生徒はそのどちらかを選べる。瑤華とユイナは後者で、交代で1日の疲れを癒す事になった。
「……あれ?もう良いの?」
「はい、私はシャワーで十分です」
「え〜、気持ち良いのに」
「……水が怖いんですよ…」
「そっか……いつか一緒に入りたいね」
「…へんたい」
悪態を聞く前に、ユイナは浴室に入ってしまった。
瑤華は今のうちにと月夜魅を呼び出す。振るった訳では無いから簡易的だが、手入れをする為だ。呼び出さないと劣化もしないから、ある意味スキンシップをしているのと同じだ。
瑤華の経験上、普段から触れて手に馴染んだ刀の方が上手く扱える。
瑤華の設定は田舎から出てきた腕の立つ女剣士だ、月夜魅クラスのレア武器を持っていては怪しまれる。だからせめて、毎日の手入れは欠かなさいと決めたのだ。
丁寧に拭いて、今度は普段から使っている刀を手入れし始める。
今日の鍛錬では酷使したから、その傷を癒すように丁寧に磨いていると……風呂から上がったユイナがまじまじと見詰めて来た。
「斬られたいんですか?」
「ううん、随分使い込まれてると思ったんだ。そんな重厚感のある輝き、年単位で使い込んでないと出て来ないよ」
「……師匠に貰った業物です。と言っても、貰ってから3年は竹刀しか握らせて貰えませんでしたけど」
「シナイ?」
「木刀の竹バージョンだと思って下さい」
瑤華は懐かしそうに語った。
鍛錬で何度も死にかけたこと、口下手で不思議な空気を纏った師匠だったこと、人間不信で手が付けられなかった自分を見捨てず……本当に大事に育ててくれたこと。
「良い師匠に恵まれたんだね……僕も会いたいな」
「……もう、死んじゃいました。会いたいなら今すぐに会わせてあげますけど?」
「………瑤華の方が会いたそうだけど?」
いつもの軽口じゃなく、本気で心配した様子のユイナに瑤華は力無く笑みを向ける。
「会いたいに、決まってるでしょう?」
「……ごめんね、話…変えよっか…」
ユイナは確信した、瑤華は危険だ……と。
強いフリして、誰より壊れ易い心を持っている。
……たった1度、あと1回大切な相手を失えば瑤華は狂気に堕ちて後戻り出来なくなる────根拠は無いが、勘がそう叫んでいた。こういう時ばかりは、自身の勘が憎くなるユイナ。
「瑤華……」
「…抱き締めれば気を許すとでも?」
「………好感度稼ぎなんて考えてないから、そんなの関係無く……こうしたかっただけだよ…」
恐らく、ユイナの気持ちなんて瑤華は意に介さないだろう。
ユイナだって期待してない、ただ……いつか届いて欲しいと思うのだ。いつか想いが届いた日に、自分も手を伸ばし続けたと誇れたらそれで十分なのだ。
「……そろそろ離して貰っても?」
「ヤダ」
「…子供ですか?」
「法律上は未成年だよ」
「また減らず口を………」
「そうは言いつつ、抵抗しないじゃん」
「…抵抗して勝てる見込みが無いからですよ」
瑤華の眼は相変わらず冷たい。
それでも、絶対に諦めたくない……そう思った。
◇◇◇◇
10組の授業は面白味に欠ける。
配られた教本は知ってる事ばっかりで、もう全部読み終わっちゃった。午前中は休憩を挟みつつ4時間の座学、午後は実技訓練3時間。その後に各レギオンでの活動……これがこの学校の1日。
座学はさっき言った通りだけど、実技だって面白味は無いんだ。6組から上のクラスは学校の地下にある転移ゲートから学校管轄の迷宮に移動しての訓練なのに対して、7組以下は学校の訓練所で只管模擬戦を繰り返す。
弱い同級生とグダグダな戦いをして、私の太刀筋が気に入らない教官に的外れな指摘を受ける…。レベリング出来る訳でもないし、こんな訓練じゃ何時間やっても息は上がらない。
「はぁ…退屈……」
悪態を吐いたタイミングで、丁度午前の授業が終わった。皆が食堂に向かう中、私だけは屋上に行くんだ。食堂は全学年共用で、毒を盛られる可能性が高い。狭くて人が多いから神経も使うから尚嫌い。
逆にここは誰も居ないし、毎晩の眠りが浅い私が仮眠するには絶好の場所。対勇者暗殺の為に張り巡らされた防衛システムを逆に活用させて貰うんだ。
朝方に購買で買ったエナジーバーを齧って、設置されたベンチに横たわる。
今のうちに眠ってしまおう……そう思ったのに、
「もう…こんな所に居た……」
「………何で居るんですか、と言うか離れて」
「酷い!折角可愛い妹の為に美味しいパンを買ってきたのに…」
至近距離で私を覗き込む姉に、私は溜息混じりに言った。
誰を警戒して寝不足になっていると思う?アナタですよ?
「お姉様こそ、ご友人を放置して私に構って楽しいですか?」
「勿論だよ!僕に擦り寄って来る人なんて、所詮は権力目当て。瑤華に信用してもらう為に色々やってる方が楽しいよ……って言うか、2人きりの時は名前で呼んでって言った…」
玩具を貰った幼子みたいな顔をしたり、嫉妬して頬を膨らませたり、表情筋の忙しい人だなぁ。
「……私がユイナを信用する日は来ません」
「良いよ、そのうち僕以外の事を考えられないようにしてあげる」
「冷たくあしらわれて対抗心燃やすの止めてくれません?」
腹が立つ。
何が腹立たしいって、ユイナが一切私に嘘を吐かないこと。
これでも他者の嘘には敏感だし、嘘を見破る訓練でその精度は格段に上がった。ユイナは私以外の人と話す時、必ず仮面を被る。程度の差はあっても、勇者であり貴族である綺麗な自分を演じる。
…でも、私の前ではそれが無い。
我儘で、見栄っ張りで、すぐにスキンシップして来るクセに仕返ししたら真っ赤になる。疲れると部屋に戻った途端甘えてくる、匂いを嗅いでくる。
怖いくらい、それらの行動には悪意が無い。
私に触れる前には態とらしい音を立てて剣を壁に掛けてるし、スキンシップも止めて欲しいと言えば(渋々)止めてくれる。一緒の部屋になってもうすぐ2週間、私の事が好きだというユイナの言葉を疑う要素が無い、それが腹立たしいんだ。
「膝枕してあげようか?」
「……さぞ首を刈り易いでしょうね」
「誰も寝ている所を襲ったりしないよ……人肌って安心するから、瑤華もぐっすり眠れるかと思って」
「……本音は?」
「瑤華が可愛過ぎるから膝枕して沢山頭を撫でたい」
「欲望駄々漏らしですね…」
でも、ここまで言うなら乗ってあげるのもアリなのかな?心を許したと思わせれば、後々楽になるかも知れないし。
「……下手な事したら斬りますから」
「ッ、本当にさせてくれた……よしよし」
寝たフリをする私の頭を、ユイナはそっと撫で始めた。本当に優しい手付きに私の中の睡魔が反応するけど、どうにか表情筋を強張らせない程度に意識を保つ。
「……流石にもう、寝たよね…?」
……頭を撫でていた手が止まって、そんな声が聞こえた。遂に本性を現した────どうせならギリギリまで油断させて、逆に不意討ちを仕掛ける……そう思っていた私の手が持ち上げられて、手の甲に何か柔らかい感触がした。
「……これくらい、良いよね。普段から結構我慢してるんだもん…。早く、僕に心を開いてくれないかな……そしたら本気で、瑤華を落としにいけるのに」
不穏な声を聞いた、明らかに聞くべきじゃなかった。
あそこまで2人の時は好きですオーラ出してるのに、まだ上があるなんて……。でも待って、私が心を開いた前提があるなら、絶対そうはならない。
焦って損した……ダメだ、疲れて思考が纏まらなくなってる……あとでちゃんと休もう。
◇◇◇◇
「……あの勇者、本気で瑤華に惚れてるんだな」
「さ、流石ですね…」
「ワタシダッテヒザマクラシタコトナイノニ…」
瑤華を探して屋上まで来た結美、ゲオルグ、ランの3人は出入口手前から2人の様子を眺めていた。
3人はユイナが瑤華達の正体に気付いている事も、真偽は別として革命軍に入りたいと言っているのも知っている。
正体がバレた事もあり、結美が毎晩«念話»魔法でアリアに状況報告を行っているが、当のメッセンジャーはどうにも気に食わないらしい。
「上層部が、可能なら勇者を引き入れろって言ってるんだろ?このまま勇者攫って王都から離脱で良いんじゃないか?」
「で、でも……勇者が嘘を吐いてないか、念入りに調べないと危険ですし……革命軍が蜂起するまで、年単位で時間があるから……」
「テノコウニキスシタノ?ワタシダッテソンナコト……」
「……結美、キャラ変わってるぞ」
現状、勇者に関して無理に心配する必要は無い……ランはそう思っていた。寧ろ心配なのは……
「(瑤華さん…、辛くないかな……)」
モブの名前はそれなりに考えるけど、多分もう出て来ないのばっかり……




