別れ
その日はお風呂に入れませんでした(そもそも元が戦場となったところなのもあって人里とはだいぶ離れていた)。
なんとか風呂に入れたのは翌日の事だった。
スキルを連発したことでそれなりに消耗した体を引きずり、なんとか宿のある街道沿いの小さな宿場町にたどり着いた俺達はようやく数日分の汚れを洗い流すことが出来た。小さな宿で大きな風呂はなかったので本当に洗い流しただけだったが、これでようやくさっぱりすることが出来てクエストの終わりを実感する。
そしてさらに翌日。
俺達はその町の更に隣町。この近隣の中ではそれなりの規模を誇る大きな街の入り口にいた。
「本当にいろいろお世話になりました」
乗合馬車の荷台を背にして、タツミが大きく頭を下げる。
「本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫ですよ。先程お話した通り一つ先の大きな街までですから」
心配そうな顔で問うシードに対し、タツミは微笑みを浮かべてそう返す。
タツミは、これから一人で帰路につく。
元々俺達はタツミを彼の住む地元まで送っていくつもりだった。第一目的地である霊峰ヒナタとは方角が違うのでかなりの寄り道でもあるのだが、タツミは10歳の子供だ。帰りは乗合馬車が使えるとはいえ一人で数日かかる距離を一人で返すわけにはいかない、どうせすでに予定は狂いまくっているので送って行こうとなったのだが、話をしたところタツミにその提案は固辞された。
何やらここより一日半くらいの所に親戚の叔父がいるので、そこを頼るので大丈夫だと。
「しかしいつのまにか連絡用のネットワークが構築されているとはね」
メイの言葉に頷く。
これは俺達はしらなくてタツミだけが知っていた情報なのだが、ごく最近探索者協会と郵便などを生業とするいくつかの業者が提携して都市間での連絡サービスが始まったらしい。
仕組みは単純だ。それなりの規模の都市に基本的に存在する探索者協会には、ユグドラシルに探索者の登録や、データの取得などを行えるウィンドウを開くことが出来るコンソールと呼ばれるオーブが存在する。そのオーブの機能の中には俺達が使えるメールも当然あるため、これを利用した連絡サービスが始まっていたのだ。探索者協会でメッセージを預かり、そのメッセージを届け先の探索者協会へ送信、受け取ったメールの内容を提携している郵便業者が受け取り、各宛先へと配信するという流れだ。
ようは電報である。ちなみにプレイヤーの誰かの提案が元で始まったらしい。
タツミが固辞したのを俺らが受け入れることにしたのは、この電報サービスを使ってその叔父と連絡が取れたからだ。その叔父との連絡でタツミはしばらくそこに滞在し、地元からの迎えを待つことになったらしい。元々いろいろ昔から世話になっている相手であり、心配はないそうだ。ちなみに地元の方にも連絡は入れたらしい。こちらは街の中に協会がないため連絡がつくのはまだ先になるそうだが。
じゃあそこまで送って行くか、という話もしたのだがこれも固辞された。乗合馬車で移動するだけですので、と。この世界の乗合馬車は割とシステム化されていて積み荷や乗員の情報も管理されているため子供だけでも問題ないですよ、と。実際過去に何度か一人で利用したこともあるらしい。──エネミーが存在する以外は割と治安いいんだよな、この世界。
「アズマから離れる時は寄ってくださいね。借りたお金をお返ししないといけないし、御礼もさせていただかないと……」
「いや、だからそれはいらないといっただろ?」
タツミの言葉を今度はこちらが固辞する。
タツミ自身はしっかりしているので元々きちんと路銀を持ち出して家を出てきていたが、着替えの類などを買うまでの予算はなかったのでその辺りはこっちが金を出している。が、いっちゃあ悪いがゲーム時代にさんざっぱらため込んでいたギルドマネーで財布が潤いまくっている俺達にとってはただのはした金なので、わざわざ返して欲しいなどとは思っていない。
それにこの子なら、そうされても今後ただで助けてもらうのが当然などと思うことは無いだろう。
「ですが……」
「いいんだよ。……そうだな、一人で頑張った子へのおじ……おねーさん達からのプレゼントだ」
そう言って頭を撫でてやると、タツミは顔をやや紅くして小さく頷いた。
「ありがとうございます。そういうことでしたら大事にします」
「そうしてくれ」
頷いて彼の頭から手を離すと、タツミの視線が名残惜しそうに俺の手を追った。もう少し撫でていて欲しかったのかな? ただそろそろ時間だしな。
「お客さん、そろそろ出発ですので乗車していただけますか?」
「あ、わかりました」
声を掛けてきた御者に対して頷きを返し、タツミは乗合馬車の荷台へ乗り込む。そして空いている最後尾の席に座り、こちらを見下ろした。
「本当にありがとうございました。皆さんとお会いできていなければ、僕は間違いなく命を落としていたと思います」
「あの時俺達がタツミを救えたのは本当に偶然だったからな。きっとタツミがこれまでいい子で過ごしてきたから運命の女神が微笑んできたんだろ」
アルテマトゥーレの世界設定上信仰の対象としての神はいるものの、他の異世界物のような与えられる恩恵もないし影の薄い存在なので言ってからあれ意味通じるか? と思ったがちゃんと伝わったらしい。はい、とタツミが頷いた。
「アズマから離れる際には立ち寄ってください。せめてものお礼はしたいので」
彼の居た村はアズマの玄関口であるゼンヒからほど近いところにあるらしい。さすがにこれまで固辞するのは悪いな、と思って頷く。過剰な礼をされそうになったらその時に断ればいい。
「それでは、その……」
馬車の出発の時間が近づく。下から見上げる俺達をじっと見ながら何かを言おうとしたが口ごもった。よく見れば顔もほんのり紅い。
「どうした?」
俺が問いかけると、タツミが意を決したような表情を浮かべ口を開いた。
「あの!」
「うん?」
「僕はまだまだ子供ですが、大きくなって立派な大人になれたら皆さんの所に訪ねていきたいです!」
「おう、構わないぞ」
場所はまだ教えてないが、彼の村に立ち寄った時に教えればいいだろう。常にいるかはわからないから事前に連絡をよこすようにってのも伝えないとな。
「それでですね、あの……リセさん!」
また一瞬口ごもりながらも俺の名を呼んだタツミにん?と先を促すように笑みを向けると、タツミが顔を真っ赤にして叫ぶように言った。
「もしその時お相手がいないようだったら、僕と結婚してください!」
ん?
俺の顔をじっとみながら言葉を吐き出したタツミは、そのまま慌てて体を馬車の中に引っ込めて姿を隠した。なかから口笛のような音が聞こえる中、馬車がゆっくりと動き始める。出発の時間らしい。俺はその馬車を笑顔のまま見送り、
「いやいや、どーするの?」
「え?」
肘で小突いてくるシードに、俺は気の抜けた返事を返す。その反応に彼女は眉を潜め
「もしかして脳みそ働いていらっしゃらない?」
「何がだ」
「タツミと結婚するの? リセは」
「結婚!?」
「あ、やっぱり脳みそ届いてなかった」
後ろからメイの呆れ声が聞こえるが、ようやく先ほどのタツミの言葉を脳みそが理解した俺はそれに反応できない。
俺はわちゃわちゃと自分の前で激しく手を振り
「いやいやいやいやでもあの年の子供の事だし!」
「あの真面目な子の性格だと、6~7年後に大真面目な顔で求婚しに来そうな気がしますねぇ」
「そこで断るとしても、それまでの青春時代を無駄にすごさせちゃわないかな? 鬼じゃない?」
「あうう……」
フラットとメイの言葉に、上手く反応が返せない。いや、結婚は無理だけどええっと、ええっと!
動揺する俺の肩を、岩鉄がポンと叩いてくる。そして先を指さし
「今なら間に合うんじゃないのか?」
その後。
まだ速度を出す前だった馬車の前に<<テレポート>>で追いつき、なんとかタツミを説得した(元が男なんて話はややこしくなるので、精神面が男なので男と付き合えないという話にした)。なんとか納得してもらえたと思う。……もらえたよな?




