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霧形の獣⑦


宿を出てすでに5日の時が経過した今、俺達は鬱蒼と葉の生い茂る森の中を進んでいた。


ここまで来るのにこれまでは襲撃を早期に発見できるように出来るだけ見通しがいい所を選んで進んできたが、最終目的地が決まっている以上都合のいい地形で進んでいくには限界がある。特に今回の最終目的地は大きく広がる樹海の中の一部にあるため、最終的にこういった場所を進行することになるのは仕方なかった。


「黒の森を思い出すね」


俺の右側を少し離れて歩くリアルがそう言ってくる。


森に入るまでは陣形は特に気にせず進んでいた俺達だが、今はタツミを囲むような形で進んでいた。

先頭が探知能力に優れたメイ。右と左をそれぞれシードとリアルが進み、最後尾が岩鉄。そして4人の描く円の中心部にタツミと、フラットを抱えた俺という感じだ。


「黒の森よりも木の密度が高いけどね」


先頭を歩くメイは、振り返らずにそうリアルに言葉を返す。


彼女のいう通り黒の森は広大さはあったものの樹の密度はここよりも薄かったし、割と足元も平坦で歩きやすかった。それに対しここは密度が濃く、足元も張り出した木の根や伸びる蔦などで注意していないと頻繁に足を捕られる。地面自体の凹凸が少ないのが救いだった。


「これ、黒の森というより青木ヶ原樹海っぽくないか? いや俺あそこ映像でしかみたことないけどさ」

「ちょっとやめてよ、リセねぇ」


俺の言葉に、メイが今度は振り返りジト目で俺を見ながら言ってくる。


「どうしたんだ?」

「そんな事言われたら、不気味に感じてきちゃうでしょ、ここ」


いや確かに青木ヶ原樹海というとそっち系のイメージがあるかもしれないけどさ。


「あれ、お前そういうのダメだったっけ?」

「悪い?」

「いや悪くはないけど」

「もう、とにかくそういう話するの禁止ね。集中力削がれるでしょ」


そう言って、メイは前方へと視線を戻す。

確かにメイは周辺の危険や敵襲を感知するための要なのであまり集中力を削ぐのはまずいんだが……ふと脳裏に毎度毎度こっちを揶揄ってくるメイの顔が浮かんできて、悪戯心が湧いてくる。


「コネクト:<<ウィンドウ>>」


スキルを宣言してウィンドウを開く。別に移動中にウィンドウを開くこと自体はそれほど珍しいことでもないので誰も気にする気配はない。


俺は足元に注意を払いつつ、開かれたメニューの中から拡張インベントリを開くと眼前に出現した拡張インベントリの中にある箱を手早く開けて、その中からから()()()()だけを掴み取った。そして即座にインベントリを閉じる(インベントリは出現させた位置で固定されるので邪魔なのだ)とメイに気づかれないように数歩大股で歩いて距離を縮め、


その首元で握った手を開いた。


「ひああっ!?」


突如首元を襲った冷気に、メイが悲鳴と共に体を震わせる。


そう、先ほど俺がつかんだのはよく冷えた空気だった。拡張インベントリ内のあの箱は食料品が入っていて、保存のためのスキルによる冷気が充満している、それを握ってメイの首元で離したのだ。


肌に触れた冷気はほんのわずかだったろうが、急に首元に冷気が触れれば驚くだろう、ましてや、そういった想像をしている時であれば猶更だ。


「ちょっと、何々!?」


メイがきょろきょろと周囲を見回し……真後ろにいる俺と目があった。

その瞳が細くなっていき、半目になる。


「ちょっと、リセねぇ……?」

「いやぁ、可愛い悲鳴だったぞー?」


いつもやられているニヤニヤ顔で見返してやると、メイが頬を膨らます。

何か言葉で言い返してくるかと思ったが、特に言い返してこないのはいつも自分が揶揄っているのに対する意趣返しだと理解しているからだろうか。


彼女は頬を膨らませたまま、俺の顔に手を伸ばし──


両頬をつまんで引っ張った。とはいえ力一杯というわけではないのでそれほど痛くはない。軽い反撃、くらいの感じだろう。


「ほんと苦手なんだからね? あんまりやるとこの後あたし使い物にならなくなるよ?」

「ほうひないほうひない」

「とりあえず僕の頭上でイチャイチャするのやめて貰えます?」


俺の左腕で抱えられているフラットからクレームが入った。


「いや、イチャイチャはしてないよ!?」


慌ててメイが頬をつまんだ手を離す。メイが突っ込み側に回るのは新鮮だな。


「っていうかさ、メイちゃんこの先思いっきり戦場だった場所だけど大丈夫?」

「うっ……さっきまではそういう事考えてなかったから大丈夫だったんだけど……いやまぁ大丈夫! 昼間なら!」

「夜は?」

「シード姉さん、今日抱き着いて寝ていいですか」

「あらあら、可愛いわね」


君たちの方がイチャイチャしてない?


「あー、じゃぁあたしはリセに抱き着いて寝るー」


夜の見張り番の組み合わせが確定したかなこれ。


「手をつないでくらいにさせてくれ」


じっとこっちを見てくるリアルにそう返しながら、俺は先ほどのシードの言葉を反芻する。


そう、これから向かう霧形が陣取っている場所はかつて戦場になったとされる場所だった。


霧形の位置はずっと殆ど動いてないというヤスツナ情報があったので以前メイとシードが街へ向かったときついでにその辺りの情報を仕入れてきてもらったんだが、その情報によるとその辺りでは十年ほど前にアズマに存在する三つの国家の内の一つ、リュウガミネ家で大規模な内乱を起こした家臣の一族とその兵達が殲滅された場所らしい。


そういった場所は生への執念や怨念が長くとどまりやすいらしく、霧形はそこで復活を遂げ今も力を吸収しつつあるのだろうとのことだった。


まぁ、そういった場所にこれから向かう事を考えればいじめるのはこれくらいにしといた方がいいな。本当に使い物にならなくなっても困るし。


「ほれ、もう余計な事はしないから先に進むぞ。このまま休憩するにしたって開けた場所に出てからだ。もう少しいけばあるんだろ?」


シードに抱き着いてごろごろやってるメイの頭をポンと叩く。


「はぁい。こんなことやってる間に襲撃を受けたらそれこそ間抜けだしね。あと数百mってところだしとっとといこっか」


メイは素直にシードから離れると、てってと小走りに足を動かし再び俺達の先頭に立つ。

周辺の地形はメイの<<アイズフロムスカイ>>で確認済みだ。それによるとこのくそ広い森林区域もそのすべてが葉を生い茂らせた樹木で覆われているわけではなく、ところどころに開けた場所が存在しているらしい。この先にも割と広い範囲で樹木の少ない開けた場所があることはわかっているので、今俺達はそこを目指していた。目的地への直進ルートよりはほんの少し逸れるのだが多少であればメリットの方が大きい。


まずそもそも進むスピードがあがるし、何よりこれだけ樹木が多いと俺はともかく他のメンバー……特に近接組が戦いにくい事この上ない。岩鉄はその大きなハンマーを振り回すのに樹々が邪魔になるし、動きの機敏さで攻めるリアルは木の根や蔦などによる足場の悪さがネックとなる。更に言えばスキルを使えば皆樹木ごと敵を吹っ飛ばすくらいはできたりもしそうだが、それはそれでへし折った木が倒れてきたりして大変なことになりそうだ。なので<<アイズフロムスカイ>>を利用して、出来るだけ木の密度の少ない所を進んでいるわけである。それに、


「タツミ。もう少しで広いところにでるからそしたら休憩しような?」


俺の隣を歩くタツミの額には汗が光っていた。俺は声を掛けながら、フラットを抱えていない方の手で手ぬぐいを使ってその汗を拭ってやる。


「ありがとうございます」


笑みを浮かべて礼を言ってくるが、その顔には疲労の色が出ている。

体の小さいタツミにはこの足場の悪さはより負担が大きい。元の体力も俺達に比べれば当然大きく劣るので、この樹海の中を進むのはしんどいだろう。


この姿を見て、やはりヤスツナは簡易的な機能のみのナビシステムだと思う。いろいろ”思考”できる存在だったら、戦闘自体は己の力でなんとかできるにしてもこんな場所を子供一人で踏破できると思わないだろう。或いはヤスツナの時代この辺りはここまでの大森林ではなかった可能性もあるが……


「どうしてもしんどかったらいうんだぞ? 岩鉄におぶってもらうから」


後ろを歩く岩鉄に視線を送れば、彼は大きく頷いた。

この場所を人一人背負って進むのはしんどそうだし岩鉄の場合人を背負うなら鎧を脱がないといけないからタツミに自力で歩いてもらってはいるが、いざとなったら彼に頑張ってもらう事になるだろう。


でもまぁ、なんにしろその前に一度休憩だな。

視界に入る木の数が、目に見えて減ってきている。森の切れ目と言える場所は後少しだろう。そしてその予測を肯定するようにメイが振り返っていった。


「開けた場所にでるよ」



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