黒い狼
「子供?」
「うん。ちょっと遠いからはっきりとはわからないけど、背格好から多分10歳くらいの子供だと思う」
問い返した俺の言葉に、メイが頷きながら答える。
10歳前後……確かアルテマトゥーレではそれくらいの年齢に見えるキャラメイクはできなかったはず。であれば、追われているのはプレイヤーじゃない可能性が高い。
プレイヤーであったなら、ここアズマまで来ていることを考えればそれなりの高レベルではあるはずだからしばらく持つだろうが、そうでないNPCでしかも子供なら、一刻を争う状態だろう。
「あー、くそっ!」
俺は勢いを付けて湯舟から立ち上がった。
俺達は人々を守る英雄でもなんでもない。だから、正直気づいてなければ後で知ったとしても可哀想にくらいにしか思わないで済んだ。だが知った上で死なれたのでは、さすがに後味が悪すぎる。
「メイ! 方角は!?」
「向こう!」
メイが温泉の奥の方向を指さすが、この温泉は竹か何かで作られた柵が周囲を囲っているため視線が通らない。それに高さは人の身長以上あり、飛び越えていくには高すぎる。
──どうする!?
現状、全員が水着姿だ。装備品は拡張インベントリにしまってあるから武器自体はすぐにでも取り出せるが、防具は引っ張り出すことが出来ても身に着けるには時間がかかる。そうすると近接組は戦闘するには危険が伴うし、シードにしたって胸当てなしだと弓は扱いずらいだろう。
となると動けるのは装備品がいらず遠距離攻撃が出来る俺になるが、俺の足で間に合うか? 柵は<<フライト>>で飛び越すにしても速度が足りない。だが悩んでいる間にも時間は経つ。
ええい、とりあえず柵を超えてから考える! そう決めて<<フライト>>の宣言をしようとしたところだった。
「リセ、舌噛まないでね?」
背後から声。そして振り返る前に。背中と膝裏に手を回される感覚。そして
「コネクト:<<リフティングエイド>>」
スキルの宣言が聞こえると共に、俺の体が浮遊感に包まれた。
「え?」
何事かと顔を上げれば、そこにはリアルの顔があった。ついでに頭の上にフラットが乗っている。
この距離、膝裏と背中の感触、視線の高さ……
あれ、これリアルに俺抱きかかえられてね?
というかお姫様抱っこされてね?
若干状況に思考が追い付いていない俺を見下ろすと、彼女はにっこり笑って
「しっかり掴まっててね?」
その言葉と共に、景色が勢いよく流れ出した。彼女が俺を抱きかかえたまま走り出したのだ。
温泉の中から駆け上がり、決して走りやすいとはいえない温泉の縁を足を滑らせることもなく彼女は駆けていく。温泉の周囲を囲む柵がどんどん近づいてきて……いやどうするんだ? ジャンプして飛び越せる高さじゃないぞ?
俺がそう思った瞬間、彼女が地面を蹴って跳ねた。当然高さは全然足りない。しかし、
「コネクト:[スカイホップ]」
彼女が行使したスキルにより彼女は空中で再度跳躍を行い、その体は遥か高くゆうに柵を超える高さまで打ち上げられた。
「うわわっ」
体を襲う浮遊感に、情けない話だが思わず俺はリアルの首筋に掴まってしまう、
「大丈夫」
耳元で、諭すような声、そして浮遊感は重力に引かれる感じに変わり……次の瞬間には衝撃が全身を襲った。リアルに抱き着いていたため彼女の背後を見るような体勢になっていた俺の視界には、飛び越えた竹の柵が広がる。
「フラットも大丈夫?」
「大丈夫、へばりつくのは得意です。……目標見えましたが、距離がありますね」
リアルの頭上から聞こえるフラットの声に反応して、俺は情けなくリアルに抱き着いていた身を離し彼女たちと同じ方向に体を向ける。
広がるのは緑の生い茂った林。ただそこまで密度の高くない木々の間を通した向こう側──距離としては数百m先に黒い影のようなものが複数走るのが見える。あれがメイの言っていた獣か。だとしたら……視線を前方に映せば確かに人影のようなものが見えた。だが……
「距離が遠すぎる、ここからだと届くスキルがない!」
「わかってる! 飛ばすからしっかり掴まってて!」
リアルの言葉に従い、情けないと思いつつももう一度彼女に縋りつく。そもそも情けないという意味でいえば二回り近く離れた少女にお姫様抱っこされている時点でもうあれだ。先程彼女が使った<<リフティングエイド>>は初めて聞くスキルだったが、俺を負担とせずいつもの速度で運べるならウチのギルドの中で一番速度特化の彼女に運んでもらった方が早い。格好なんざどうせ他に見てる奴もいねぇ!
「コネクト:[スプリンター]」
彼女のスキルを宣言する声が、森の中に響き渡る。そして彼女は駆けだした。
──爆発的な加速力で。
彼女に抱えられている外側の部分が後ろに引っ張られるような感触を感じて、俺はより一層リアルに抱き着くことになる。
ちらりと視界に入ったスライムも、体が風になびくようになっていた。その割に飛ばされる気配はなかったが。これ、俺が全力疾走する速度の倍くらい出てるんじゃないか? 現実世界でこんな速度出たら世界記録保持者になれそうだが。
俺はリアルに縋りついたまま、なんとか首を捻り前方を確認する。
すごいな、どんどん距離が詰まってる。だがまだ遠い。間に合うか?
この距離で届くスキルはあるが、距離は遠すぎて動いている的には当たるとは思わない……いや、こちらに注意を引くことはできるか?
俺はすぐ側のリアルに視線を向けて叫ぶ。
「リアル、スキルを使うが立ち止まらずに頼む!」
「りょーかい!」
よし。
俺は右手でリアルに抱き着いたまま、左手を進行方向へ向けて叫ぶ。
「コネクト:<<ヘブンズレイ>>!」
俺の声に呼応し、俺の手の先に光が出現する。
出現した光はわずかに収束する様子を見せた後、前方へ向けて射出された。狙いは狼の進行方向、人影との間の位置だ。走っている状態なのであたれば儲け程度の大雑把な狙いで撃つ。
林の中を走る光は木々の間をすり抜け、狼へ向けて走る。が、予測通り狼には当たらずその目前を抜けていった。だが当然の横からの一撃に狼の群れの動きが止まり、何匹かがこっちを窺う様子を見せる。上手くいったか……?
が、期待は打ち破られた。
狼はこちらを一瞥しただけで、すぐさま人影──子供を追う事を再開したのだ。
くそっ、一匹もこっちへターゲットを移さないのか!
弱いものを追う習性でもあるのか、それとも追いかけている子供が何か特別なのか? 何にせよ狼と子供の距離がもうない!
狼のうち、先頭を走っていたグループが速度を上げた。そして大きく跳躍し、子供へと飛び掛かる。
ダメだ! せめてリアルの視界を塞がないと──
そう思った瞬間だった。
ギャインッ!
そう悲鳴を上げて、飛び掛かった狼たちが弾き飛ばされた。なんだ? 子供がスキルを使ったのか?
ただ何にしろ、これで少し時間の猶予ができた。有効射程までは後少し──まだギリギリ間に合わないか!?
「最後の加速行くよ。コネクト:<<疾風怒涛>>」
言葉と共に、リアルが更に加速した。いや、加速というのも生ぬるい速度で彼女が爆発的に前に体を飛ばした。一瞬で周囲の景色が流れ、そして
次の瞬間には、狼たちとの距離が大きく詰まっていた。
この距離なら届く!
「リアル、降ろして!」
「わかった!」
俺の言葉に応じて、彼女が俺を降ろしてくれる。裸足のまま俺は地面に降り立ち、足を踏みしめた。
そして今度はしっかり狙いを定めて、放つ。
「コネクト:[樹氷の森]!」
次の瞬間、狼たちの足元から大量の氷の棘が突き立ち、黒い狼たちを貫いた。
・各コンボスキルについて
[スカイホップ]
<<エアロホップ>>+<<ランチハイ>>
[スプリンター]
<<スピードアシスト>>+<<アクセラレーション>>
・スキルの効果について
<<リフティングエイド>>
持ち上げるという行為にかかるパワーを補助するスキル。
<<ランチハイ>>
<<エアロホップ>>と組み合わせて使うコンボ専用スキル。強力なバネのジャンプ台を踏んだように体を大きく跳ね上げる。
<<アクセラレーション>>
一歩の踏み込み事の前方への加速力を大幅に上げるスキル。かなりの勢いになるため制御がしづらく小回りが利かないことから
戦闘では使いずらい。主に直線での移動に使用するスキル。




