至福の時間
「ふぃー……」
全身を熱い湯舟の中にゆっくりと沈めていくと、それだけで自然と大きなため息が漏れる。体を覆っていく熱に心地よい物を感じながら、俺は肩まで湯の中に浸かる。少々冷たい外気との差もいいアクセントだ。
「相変わらずリセはすごく気持ちよさそうな顔でお風呂入るよね?」
「あれ? シードさんリセさんと一緒にお風呂に入ったことあるんですか?」
湯舟に深く沈み込む俺の顔を見て言ったシードの言葉を、湯船にぷかぷかと浮いてる(……お前浮くのか……)若草色のスライム、フラットが耳聡く拾って問いかけてくる。
何度も繰り返すが、外見女で中身が男の俺は普段から男性陣とも女性陣とも別に風呂に入らさせてもらっているし、部屋も分けてもらっている。最近は部屋割りの方は、こないだの船室みたいに丁度いい感じで部屋が取れない場合は他のメンバーと同室になったりしているが、風呂に関しては特にスタンスを崩したつもりはない。
俺はジロリとシードに視線を送る。
「俺は基本これまで通り一人で入ってるんだが、ちょくちょく乱入してくる奴がいてな……」
「あはは……まぁ今みたいに水着着ていたから大丈夫よ?」
お前らはな! 俺はいつも真っ裸だけどな! 今は着てるけどさ!
そう、今は俺やシードではなく全員……いや恒常全裸のスライム以外は水着を纏っている。そして女性陣だけではなく、フラットや岩鉄も一緒に温泉を堪能していた。
アズマの港、ゼンヒに到着してから3日目。俺達は第一目的地である霊峰ヒナタを目指して移動を開始したが、急ぐ旅でもない。今日も日が暮れる大分前にその日の宿へと腰を降ろしていた。
最もそれにしたって今日は早すぎるといっていい時間に移動を終えた感じになったが、これは俺が我儘を通したのが理由だ。
アズマはまぁ見ての通り日本(勿論現代ではなく江戸時代あたり)がイメージのベースになっているエリアだ。それは当初からわかっていたので、行先がアズマにと決まった時もしやと思って俺はあることを中心に調べまわった。
その結果は、大当たりだだった
アズマはいくつもの火山を抱える火山国であり、そして温泉の宝庫だった。アズマ先行組が流している情報だけでもいくつもの温泉や温泉宿の情報を入手できた。
温泉はうちのギルドハウスでも入ることが出来るが、それとこれとは話は別だ。うちの温泉は俺の好みにカスタマイズしてあるので控えめにいって最高ではあるのだが、旅先で入る違う景色の温泉もまた格別なのである。
特に今日の宿とした旅館は通常の旅館敷地内にある屋内の風呂とは別に、少し離れた場所にかなり大きめの露天風呂を保有していた。なのでその日の行程のまだまだ途中と、普通ならば中間地点と言える場所に位置する旅館を俺は宿とすることで押し通した。ああ頼み込んだともさ。俺にとっちゃアズマ旅行の中で一番楽しみにしていることだからな。
といっても別にそこ迄強く頼み込んだわけではなく、普通に皆からオッケーもらえたけども。
というわけで今俺達ギルドのメンバーは揃って露天風呂に浸かっているわけだ。
「それにしても、俺達まで一緒でよかったのか?」
気を使っているのか、少し離れた所で湯につかっている岩鉄が聞いてきたので頷きを返してやる。
「水着着てるしな。……これまでにももう何回も乱入喰らってるから、もういいや感があってな。リアルも一緒に入りたがったし」
すぐ横にいたリアルの頬を指でつついてやると、彼女はくすぐったそうに首をすくめた。
言葉の通り、全員一緒に風呂に入りたがったのはリアルだ。旅先だし、広いお風呂らしいから一回全員で入りたいと。
エネミーが出現しないエリアとはいえ温泉は旅館とは離れた森の中にあるし、ちゃんとした高さの柵があるもののあくまで表だから念のため水着を付けた方がいいだろとういう話もあり、それなら全員で入ろうかということになった。女性陣がいいなら構わないだろうと。
俺としては正直な所、ガン見されて視線を感じるのがイヤな感じなだけでこっちが気づかないように見るなら好きにしろという気持ちがある(盗撮は許さんが)。武雷牙亜辺りはガン見してきそうな気がするので絶対に一緒に入りたくないが、岩鉄はそういう目で見てくることは無いし、フラットも意外とそういうことはしてこないのでもういいかなといった感じだ。
風呂に入るのに水着を付けているというのは難点だが、これはまぁ妥協点だ。水着無しの風呂は後で旅館の室内風呂の方でのんびり堪能するとしよう。
ちなみに以前は女物の水着は絶対に着ないと断言していたが、この姿で一生生きていく以上はそういう訳にもいかないだろうとなってそこは諦めた。
「あー……」
しかし本当に風呂はいい。特に広い露天は最高だ。ギルドハウスにいたときは毎日入れていたが、旅に出てからはもう3週間近く入れていなかったので、ここぞとばかりに堪能することにする。
「なんかとろけそうな感じの表情してるけど、リセねぇそのまま眠っちゃわないでよ?」
「大丈夫だぁ……」
気持ち良すぎて眠くなってくるのは事実だが、せっかくの露天風呂であるので寝てしまうなんてもったいないことはしない。風呂に入りながら見上げる森の木々とようやく日が落ち始めてきた空の景色を見上げるのもまた良い物なのだ。
「それにしても、今日普通に空いててよかったわね」
「結構人気のある宿みたいだから運が良かったね。現時点で客が私達だけだったからこうやって広いお風呂も堪能できているわけだし」
シードの言葉にメイが同意する。
今の時間が宿を取るにはまだだいぶ早いこともあり、現時点では今日の宿に入っている客は俺達だけだった。おかげで夕方位まではこの風呂も貸切れたので、かなりのんびりできる。
「せっかくだからたっぷり堪能しようぜ。お前らものんびりできる広い風呂は久しぶりだろ」
「そだねー」
隣でリアルがお湯の中に大きく手を伸ばす。
旅の途中に入る風呂は俺達が公衆浴場や大風呂を避けているせいで、大体はそれほどの広さのない小規模か中規模くらいの風呂だ。勿論足が延ばせないほど狭いというわけではないが広いというわけでもない。ここまでゆったりとした風呂はそれこそギルドハウス以来だ。
全員が体から力を抜き湯船に身を委ねる。話し声も途絶え、あたりには湯船に落ちるお湯の音だけが響き渡る。あー、いいなぁこれ。たまに吹き抜けてゆく風と、その風が起こす木々の葉が擦れる音も丁度いいBGMだ。
ォォォーー
……ん?
その静かな自然のBGMの中に、何か別の音が混じった気がした。
姿勢を正し、耳を澄ませてみる。
ォォォーーン……
間違いない、何か聞こえる。
顔を上げて周囲を見回してみると、メイと目が合った。
「もしかして何か聞こえたか?」
俺の問いにメイが頷く。気づけばシードも聞こえたようで、彼女は湯舟の中で立ち上がると耳に手を当て真剣な顔でじっとしている。
数秒の時の経過のあと、そのシードが呟いた。
「獣の咆哮だわ、これ。だんだんこっちに近づいている気がする……」
「エネミーか? ここいらはエネミー出現はしないと聞いていたが」
いいつつ、岩鉄は湯船から上がるとウィンドウを開いた。拡張インベントリからすぐに装備を取り出せるようにするつもりだろう。
「イレギュラーはあるからな。街道でもエネミーが出現したって話はあるわけだし」
「ちょっと確認してみる。コネクト:<<サーチエネミー>>」
メイが敵性エネミーの探知スキルを使用する。
「……エネミー、いるわね。数も割と多い、5……いや、6?」
「こっちに向かってきているか?」
「ちょっと待って。こないだ丁度いいスキルを覚えたからそれを使ってみる。コネクト:<<アイズフロムスカイ>>」
「そのスキルは?」
「上空から見える光景を眼前に投影するスキル。角度調整も可能だから割と便利……いた!」
言葉と共に、メイの表情が固まった。そして湯舟から勢いよく立ち上がる。
「どうした!?」
彼女はその表情に焦りを浮かべて答えた。
「小さい子供が、黒い狼に追われてる!」




