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陽狩の部屋にて


「本当にいろいろ助かったよ……ありがとう」


濡らさないように上げていた髪を解いていつもの髪型に結いなおしつつ脱衣場を出ながら、俺はベッドの上に体勢を崩して座っていた陽狩に礼を言った。

彼女はその表情に、きょとんとしたものを浮かべ


「あれ、もう出てきたの? もっとゆっくり入っていればよかったのに。髪も洗わなかったんだ」

「体洗うのだけが目的だったからな……」


寛ぐ目的で入った風呂ではなかったし、髪を濡らしてたりしたらそれこそ後で皆に合った時それこそ何してたのって話になって説明が面倒になる。メールで知人に会ったので話していくからみんなはそのままライブを聞いておいてくれと連絡は入れたが、それで髪を濡らしていたら何をしていたんだって話だ。


先程の事。

廊下で粗相をしてしまった俺はとりあえず垂れてきたものを大雑把に手ぬぐいで拭きとった後(陽狩には普通に感づかれていたようなので素直に白状した)、そのまま陽狩に頭を下げた後にトイレに駆け込んだ。

そして不幸中の幸いにガラガラだったこちらのトイレで急ぎ用を足しながら、この先どうするか考えた。


この船の客室は先述の通りの広さだ、当然風呂なんてものはついていない。というかこの世界の場合普通の宿屋の個室にだって基本的に風呂が付いていることはない。

なので俺達が風呂に入る時は大抵宿や公衆の風呂を時間で借り切って使っているんだが、この船、きっちり風呂はあるんだが大浴場のようなものしか存在せず、当然そんなものを貸し切りにできるわけもない。そうなると俺は勿論、女性陣も先日の懸念(外見女中身男のプレイヤーに変な目で見られる)もあり一晩だけだからということもあって今日の風呂は諦めることにしていた。この世界では数日間風呂に入れないというのも珍しいことではないしな。


まぁそういうことで今日の風呂はなしと割り切ってたんだが、さすがにこうなると風呂に入りたい。かといって公衆の女性風呂に突っ込んでいけるくらいならギルメンとわざわざ分かれて風呂に入っていないわけで。仕方ないがとりあえず濡れた布で拭くくらいしかできないかと肩を落としてトイレから出てきた俺に、外で律儀に待っていたらしい陽狩が言った言葉が次の内容だった。


「ヒカリの部屋、お風呂ついてるけど入る?」


と。


完全に渡りに船の提案に、俺は一も二もなく飛びついた。


それから俺は一度部屋に戻って着替えを取ってから彼女に部屋に案内され、現在に至るというわけだ。


「VIPルーム、俺達も取りたかったんだがお前が借りてたんだな」

「別にお金はいくらでも余裕があるしねぇ……だったら一番いい部屋を借りるのは当然じゃない?」

「まぁな」


世の中には狭い部屋の方が落ち着くタイプの人もいるが俺はある程度広さがあった方がのんびりするし、何よりいろいろな施設付きなのであれば猶更そちらを選ぶ。特に個室に風呂がついてるなら最優先だ。


「なんならリセ、一緒にここ泊る?」

「俺一人ならまだしもギルドメンバーもいるしそういう訳にもいかんだろ」


俺は部屋を見回す。

確かに広めではあるが、あくまで船の中の一室でしかない。俺一人なら増えてもなんら問題ないだろうが、全部で7人ではさすがに窮屈が過ぎる。

……そういえば荷物が殆ど見えないな。彼女はすでにアズマに行っていたはずだから、必要な荷物は全部向こう側の宿にでも置いてあるのか?


「あら、一人なら泊まるんだ?」

「……風呂が魅力的だから心は揺さぶられるな。まぁお前が本当によければ、だが」

「ヒカリは別にいいけどねー。今リセ普通に女の子だし?」


うちのメンバーや俺と違って中身は気にならないタイプなんだろうか? まぁ俺が何かしようとしても彼女は力づくでなんとかできてしまうだろうが。


「タオルはこの籠の中でいいのか?」

「いいよー。備え付けの奴だし、それ」

「備え付けなのか……」


さすが最高級の客室だなと思いながら、籠の中に体を拭くのに使ったタオルを放り込む。

それから俺は姿勢を正すと、彼女の目を正面から見つめながら軽く頭を下げつつ言った。


「改めて、本当に助かった。風呂もそうだがその前の件もな」


陽狩が来るのが後数秒遅かったら俺はあいつの股間を蹴り上げていたので、その後余計なトラブルになっていた可能性があった。船という閉鎖空間の中での面倒ごとは正直避けたいところではあったので、本当に助かった。


しかしあいつ、陽狩の顔見ただけで誰か気づいてたな。さすがにアルテマトゥーレでもTOPクラスのプレイヤーだ、知名度も高い。


俺の言葉に陽狩は笑みを浮かべ、


「リセに会いに行ったんだけど、丁度いいタイミングになって良かったよ。もう少し早いタイミングであれば尚良かったみたいだけどね。……ところでまだ表情が暗いようだけど」

「そりゃ、あんなことがあったくらいだからな……いい年した大人がだぞ?」


陽狩には教える気はさらさらないが、これで3回目なのだ。わずか数ヶ月の内で3回である。しかも今回のは今までよりもダメージがでかい。1回目は命の危険とえぐい光景を見せられてのものだったし、2回目は強烈な一撃を喰らったせいなのがあったが、今回は普通の日常の中でやらかした感がある。それは気も沈もうというものだ。


「……他の人には誰にも言わないでくれよ?」

「当たり前じゃない。ヒカリとリセだけの秘密ね?」

「出来ればお前も忘れてくれると嬉しいんだが……」

「それは無理ね」


……そう返されるとは思ったけどな。

俺は彼女の答えにため息を吐く。全くなんでこんなことになってしまったんだか……いや、俺の選択ミスが一つの要因ではあるんだが、でも半分はあのナンパ野郎のせいだよなぁ。


全力で振りほどこうとしても振りほどけなかったことを思い出し、掴まれていた場所を逆の手で押さえる。別に痛いとか痕がついているわけじゃない。逆にいえばその程度、思いっきり強く握られていたわけでもないのに振り払えなかったことになる。向こうがゲーム時代どの程度の数値だったかはわからないが、パラメータの影響は予想以上に大きいことを感じざるを得ない。


「旅行から帰ったら筋トレでもするかなぁ」


トレーニングすればちゃんと能力は成長するし、その効率が現実世界よりいいのはこちらの世界に来てから早いうちにすでに確認済みだ。ただゲームのようにポイントを割り振れるわけではないから、意図したパラメータだけを集中的に伸ばすのは無理そうだが……


「ああいったときにある程度自衛はできるようにしないとな」


俺の言葉に、陽狩は頷きながら言った。


「そうねぇ。でもその前に」

「その前に?」

「コール:[イン]」


コール……スキル宣言? スキル使用の際のトリガーとなるワードは変更可能で、彼女は確か「コール」に変更していたハズ。でもこのタイミングで何を──


「コール:[アウト]」

「えっ」


次の瞬間、ベッドの上に座っていた陽狩の姿が視界から掻き消えた。

同時に背後から何かの気配を感じ、俺は慌てて体を捻りそちらに振り返る。そして、


「うっ」


伸びてきた手に顎を抑えられた。そしてそのまま込められた力により角度を上に向けられる。

その先には、陽狩の顔があった。長身の彼女は頭一つ分は小さい俺の顔をその真紅の瞳で見つめ……


あれ? 顔が近づいてきている?

彼女の吐息が当たる。わずかにくすぐったさを感じる。

彼女はそのまま速度を変えず顔を近づけ、整った美しい女性の顔がだんだん視界全体に広がっていき、そして彼女は目を閉じて──唇が触れた。


──俺の人差し指と中指にだ。


まさかとは思いつつ勢いが止まる気配がなかったので、口元に中指と人差し指を滑り込まらせて正解だった。彼女の柔らかい唇は、俺の指に強く接吻をしていた。


「……あら?」


感触で気づいたのだろう。彼女が閉じていた瞳を開き、顔を離す。顔を抑えていた指も離したので俺は即座に両手で彼女を突き飛ばした。


……いや、実際は突き飛ばそうとしたが、彼女の体はピクリともせず逆に俺の方が体勢を崩すことになったが。とはいえ少しだけ距離をとる事はできたので俺は顔を彼女に向け睨みつけて言った。


「何の冗談だ」






本文内記載の通り、陽狩はスキル発動のトリガーとなるワードをデフォルトのコネクトからコールに変更しています。

また[イン]、[アウト]はコンボスキル設定になっていますが[イン]はテレポート先を設定する<<ポイントセット>>、[アウト]は<<テレポート>>のみとそれぞれ単発のスキルで構成しています。

コンボスキルを組み合わせではなく単純に宣言しやすい言葉にするのに利用しているわけです。


ちなみに中には逆にやたらと長い詠唱を設定して縛りプレイのようなことをしているようなプレイヤーも存在します。

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― 新着の感想 ―
[一言] そろそろキーワードにお漏らしを入れてもいい気がして来たがココ全年齢版のはずだよね?
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