対峙
「……今の所真っすぐこっちに向かってるね」
翌日。
俺達は村より数km離れた、森の中の開けた場所に陣取っていた。
グレンの進行ルートは、別れた後もこまめにアレスタさんから送られてきていた。それを見る限り、奴は当初の想定ルートを外れていない。なのでそのルートの中途にあるこの位置で陣取っている。
──すでに、こちらでも奴の姿は補足していた。俺達の肉眼ではまだ確認していないが、メイがすでに遠視スキルを使用して奴を視認している。アレスタさんの位置報告はまだ送られてきているだろうが、奴が大きくルートを変えない限りは確認する必要はないだろう。
俺達は全く姿を隠していないので、もうすぐ奴もこちらを視認するはずだ。後はその時アイツがどういう行動を見せるかだが……
一番理想的なのは奴がここにプレイヤーが待ち構えること認識して、村の襲撃を諦めることだ。俺達の目的は俺達の手でアイツを倒す事じゃない。村に被害がでないなら後は明日以降に到着するであろうハイマスターたちに任せればいい。
俺達を迂回しようとした場合は厄介だ。アレスタさんの情報を元に追いかけっこするはめになる。もし見落として突破されたとしたら最悪だ。
あともう一つは俺達を獲物とみなすかだ。通常上位プレイヤーは多かれ少なかれ名が知れている。だから見たこともないような姿ならそれほどレベルが高くないと認識される可能性がある。俺達はレベルが高くなってからは大体ギルド単位で動いてたため知名度は殆どない。だからその時は──
「……こちらを認識したっぽい。真っすぐこちらに向かってくる」
──覚悟を決めるか。
こちらの視界にも奴の姿が映り始めたとき、俺は皆に対して言った。
「全員、戦闘準備を」
俺の言葉に応じて、全員が武器を構えバフスキルを片っ端からかけていく。今回はこれまでの冒険の時と違い後の事を考えることもないし、コンディションも万全だ。最初から全開で行ける。
こちらが明らかな戦闘態勢を取っても、グレンは進路を変えない。
そして体感的には短く感じる時間を経て、白い鎧をまとった銀色の毛並みの人狼は俺達が構える場所へと姿を現した。
俺達はまだ仕掛けない。ただ武器を構えて睨みつける俺達の姿を、グレンはざっと眺めまわし……そして獣の口を開いてつまらなそうに言った。
「お前ら完全に待ち構えてやがったな。どいつかしらねぇが付け回してやがったか」
……どうやらアレスタさんの存在には全く気付いていないようだ。見事な追跡だな、彼女。
「んで、お前らは俺を倒そうとでもしてるっぽいが……見た顔がいねぇな。中堅どころのギルドがアホな正義感でも発揮しちまったところか? 或いは俺が誰だか知らねぇのかな?」
「知ってるよ」
嘲るような笑いと共に喋るグレンに言ってやる。
「最底辺のゴミカスプレイヤーのグレンさんだろ?」
「……あ?」
「トッププレイヤーの寝込みを襲って装備品を強奪、だがそれがバレてスキルを永久停止されたクソ雑魚だ」
奴の表情から嘲りが消え目が細められるが、それを無視して言葉を続ける。なんかメイやリアルが驚いた顔してこっち見てるがそれも無視。
「最早ほっといてもハイマスターにすぐ狩られるだけ。プレイヤー達の目を避けて無力なNPC達を殺す事しかできない哀れな元プレイヤーさんだろ」
「言うじゃねぇか女ぁ……勘違いしているようだが別にお前ら程度ならスキルなくても狩れるんだぜ?
そんなにお望みなら村の連中より前にお前らを殺してやるよ」
グレンの言葉にこちらの皆がピクッと反応する。まぁわかってたことだが見事に自分からゲロってくれたな。
「イキるのもそれくらいにした方がいいんじゃないか? そこまで言って逃げ出すと無様どころな話じゃないぞ?」
……ぶっちゃけ、今俺がやってるのは無意味というか悪手だ。切り札の一部でかつ紙装甲の俺にヘイトを集める意味がない。だがどうせ戦闘が始まれば俺が火力源というのはバレて狙われるだろうし、だったら言いたいことを全部言ってやる。
本当にクソ野郎がクソなタイミングで来やがって、こっちはてめぇの存在に本当にイラついてんだ。
明らかに見下す調子で喋る俺に、グレンはしばらく体を震えさせていたが……ふとそれが止まったかと思うと当然大声で笑いだした。
「気に入ったぜ女ぁ! 俺はヤルことにゃ興味はなかったがお前は犯し尽くしてから殺してやる! この体のナニはでけぇぜ、今からてめぇがどんな悲鳴を上げるか楽しみだ!」
「すごいな、お前」
愉悦に浸るような調子でそう喋るグレンに、俺はジト目で言ってやった、
「どうやったらそこまでやられ役のクソ雑魚みたいなテンプレセリフ言えるんだ? 才能あるんじゃないか、やられ役の」
「……」
あ、激昂するかと思ったら黙り込んだ。
というか、アルテマトゥーレ随一のクソプレイヤーのくせして煽り耐性弱すぎやしないか?
奴はチッと舌打ちをすると獣の顔を歪める。
「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだぜ。どうせゲームの世界、現実に戻りゃ全部おじゃんになるんだ。わざわざルールを守ってお利巧にしている意味なんざねぇだろうが」
その言葉にお前に帰る場所なんざもうねぇよ、と言ってやりたいところだったがこれは言えない。
実は俺達はミーミルから一つだけ制約を受けている。それはあそこで知りえた情報の内、現実世界に関する情報をユグドラシル未到達者に伝えない事。理由はそれによる混乱を避ける為だった。なるほど、この事実を特に消極的な連中に一気に伝えたら自暴自棄になる連中もいろいろ出ているだろう。真実を知らなければ希望が持てる。そして時が経てば元の世界への執着も減っていくということだろう。
まぁ伝えない事というか物理的に喋ろうとするとブロックがかかるそうなので、俺達にはそもそも伝える手段がない。まぁ伝えたところで、奴は最早引き返せないところへ来ているがな。
なので代わりに心の底から思ってることを言ってやった。
「うるせえよ、俺達は静かに暮らしていきたいんだ。てめぇみたいな奴は存在自体が邪魔なんだからとっとと消えてくれ」
この世界の住人たちが、プレイヤーというものに気づいたとき……いや、別に気づかなくてもか。スキル使用のルールが存在し、犯罪に使えないことから一般住人にとっても害になりえない探索者の中からコイツのような奴が出たとしたら、間違いなく探索者を危険視する奴がでてくるだろう。特にうちにはコイツと同様転身を行っている奴がいる。外見上は無害なスライムでマスコットのような見た目だが、迫害する奴は出るだろう。間違いなく。
そう、綺麗ごとを言わずに包み隠さずにいえば、今後この世界で俺達が幸せに生きていくためには、こいつは酷く邪魔な存在なのだ。
しかしこいつが外見が完全にエネミーで中身もクソなのは助かるぜ。この言葉がためらいなく言えるからな。
「さあ、何も知らずに死ね」
……なんかこっちが悪役みたいなセリフだな。




