人狼の目的
「……ほんっと助かった!ありがとう!」
合流したアレスタさん(名前から勝手に男性かと思っていたが20半ばくらいの女性の姿だった。元がどっちだったかは知らん)は、明らかに疲労の色が強く見えるその顔に、だが満面の笑みを浮かべて俺の手を握りしめた。
そして俺達が持ってきた食料のいくつかを受け取りさっそくかじりつく。どうやら元々食料はそこまで持ってきていなかったためとっくに底を尽き、見た目それっぽい果物を食べてなんとか過ごしていたらしい。パンを一つ食べきった後あまりにがっついた姿を見せたことに恥じたのか、やや頬を染めながらそう語ってくれた。お腹壊さなくてよかったよ、と苦笑いしながら。
それから引き渡した他の荷物を整理しつつ、彼女は現在の状況について語ってくれた。
「ここで普通に立ってて大丈夫なんですか?」
メイの問いに彼女は頷く。見つからないためにマーキングの範囲外に逃げられないギリギリの距離を見定めて追跡しているので、夜に火でも焚かない限りまず捕捉されることはないとのことだった。
ということは彼女は夜間も暗闇の中一人で過ごしていたのか……それは確かに疲労するだろう。肉体的にも、精神的にも。ただ彼女の瞳は力を失っていなかったが。
渡した各種品々をバックパックにしまいこみ、手元に残した食料にかじりつきながら彼女は俺達の問いに答えてくれた。
「グレンは私達と戦闘を終えた後、ほぼまっすぐにこちらの地方へ向かっている。恐らく私達の情報で所在がばれたと判断して、よりプレイヤー数が少ない地域に向かっているんだと思う」
……俺達のギルドハウスがある地域は初期エリアに近い場所だ。なので俺達のようにギルドハウスを築いているとかでもない限り、高レベルプレイヤーがやってくる理由が存在しない。一部例外の高レベル帯エネミーがでる区域もあるが、そこだって散々散策されつくされた場所だ。ドロップ品収集というのがほぼ意味をなくした現在、討伐に参加するようなアクティブなプレイヤーは皆前線……それこそこちらとは正反対のアズマの方面へ向かっているだろう。
「よく逃げ切れましたね。戦狼王って確か基礎スペックとして結構素早いですよね」
シードの問いに、アレスタさんはやや自嘲気味に笑って答える。
「私は、戦闘能力はあんまりないの。レベルそこまで高くなくて、探索系の特化型でビルドしてるからね。だから今回も捜索のために同行していて戦闘には参加せず、遠方から逃走した時の為の見張りをしていたんだ……」
彼女が手を強く握りしめる。恐らく遠視のスキルか何かで戦闘自体は見守っていたのだろう。その結果パーティが崩壊する姿を見てしまったはずだ。遠方で、何もできないまま。
「……今の私にできることはアイツを追跡することだけ。その代わり、絶対に逃がさない」
「討伐部隊は、もう近いんですか?」
フラットの言葉に、アレスタさんは頷く。
「後数日……早ければ2日後にはハイマスター2人を含むパーティが到達する。私達の判断ではそのレベルであれば確実に奴は討伐できる。私が見落とさない限り──アイツは後2、3日の命だわ」
その瞳に黒い何かが宿っているような、そんな感覚を得る。恐らく彼女はゲームではなく本当にその仲間を失ったということに近い感覚があるのだろう。
そして悲しいことにその感覚は正解なのだ。俺は、俺達はこの世界で失われた命がもう2度と戻る事がないことを知ってしまっている。それを彼女に話す事はできないし、今の状況で話す気もないが。
「あの、グレンの具体的な進行ルートを教えてくれますか?」
「あ、うん」
メイが紙の地図を広げて問いかけると、アレスタさんの瞳から深い黒いものが消えた。彼女は差し出された地図をざっと眺めると、自分の荷物からペンを取り出し線を引いていく。
「……ざっくりとではあるけど、こんな感じかしら」
彼女の引いた線は最初……恐らく武雷牙亜がグレンと遭遇した地点だろう、その辺りからしばらくはあまり方角を定まることもなくふらふらしているという表現がぴったりという動き方をしている。だが途中、あるタイミングからは概ね真っすぐにある方角に向かっていた。その先には
「ねえ、これ」
メイの言葉に頷く。
「真っすぐにうちのギルドハウスの方角に向かっているな、これ」
「嘘、じゃああたしたちを襲撃しようとしていたの!?」
リアルがそう悲鳴を上げるが、恐らくその意図はないだろう。ギルドハウスなんて確実に人がいるか怪しい場所だ。我々だってつい先日までは長い間ギルドハウスを空けていたのだから。だとしたらなんだ、屋敷を荒らしてアイテムを盗むことが目的か? だがうちにはそんな名の知れたアイテムはないし、大体うちのギルドはそれほど外部との交流がないからグレンがその場所を知っている可能性は低い気がする……ギルドハウスは大抵ちょっと寄り道しないといけない場所にあるからな。
でも、だとしたらどこを目指して……あ。
嫌なことに気づいてしまった。とても嫌なことに。考えたくもないことだが……考えないわけにもいかないよな。
俺は地図から顔を上げ、アレスタさんに問いかけた。
「一つ、聞きたいことがあるんだが」
「何かしら」
「貴女が追跡を初めてから、グレンは人を襲撃しましたか?」
彼女の顔からすうっと表情が消えた。先程のように、黒い、暗いものを感じさせるものではない。その表情からわずかに感じるのは……恐らく、悔悟の念。
沈黙がその場を支配する。誰か……恐らくリアルが息を飲む音が響き、そしてアレスタさんが口を開いた。
「……私にはどうにもならなかったから、責めないでね」
頷く。彼女が戦えないのはさっき聞いた通りだ。彼女は自分がやれる最大限の事をやっている。そんなつもりで聞いた話ではない。
彼女は絞り出すような声で、告げた。
「三度……あいつは襲撃を行っているわ。うち二度は犠牲者が出ている」
「……その対象はプレイヤー?」
「……遠視で見ていただけだから断言はできないけど、多分違うわ。一度目は恐らく猟師、二度目は四人組の恐らく馬車の一団。──全員殺された」
……最悪の回答だった。
「……あともう一回は?」
岩鉄が問う。
「もう一回はギルドハウスへの襲撃。ただここは全員出払っていたみたいで犠牲者はでてないわ。後多分、目で見えるくらいの距離になっていきなり方向を変えたから多分最初から狙っていたわけではないと思う」
「……他の二度の襲撃も強盗目的ですか?」
「……違うと思う。両方とも確認したと思ったら即襲撃して、そのまま死体を漁ることもしていなかったから」
……聞けば聞くほど悪い方の回答が帰ってくる。恐らく俺の質問の意図に感づいているだろう何人かが俺の方を見つめてきた。
クソッ、なんでこんな悪い方に悪い方に事態が転がる!? 正直シードとリアルには可能性としても話したくない。だがこれから起こりうる可能性があるなら話さざるを得ない。スルーしても二人を残してきたとしても知れば結局二人が傷つきかねない話だ。ああ、クソカスゴミプレイヤーが!
「恐らく、グレンは殺人に悦楽を得ている」
俺が言いづらくしているのを察してか、そう口を開いたのはフラットだった。
「最初のPKの時は恐らく装備品だったのでしょう。ですが一度行った現実での殺人に彼は快楽を覚えてしまった」
「ありうるの……そんな話?」
リアルが青ざめた顔でフラットに問う。
「普通の人間はそんなことはないでしょう。グレンも現実世界だったら躊躇うはずだ。だがこの世界をあくまでゲームの中と思い込んでいたら?」
そう。ここが最早ゲームじゃないと認識できているのは俺達を含めて現状ほとんどいない。それ以外のプレイヤーの認識は人それぞれだろうが、完全にただのゲームの中だと思い込んでいる奴もいるだろう。そしてそう思い込んでいれば、殺人をゲーム感覚で行う奴が出たっておかしくないのだ。たとえその感触や姿が現実と変わりないとしても。
そしてグレンがそのような存在だとした場合、考えられることがある。俺はフラットの後を引き継ぐようにして、それを口にした。
「そうだとした場合、あいつの目的は俺達のギルドや逃亡のためじゃない可能性がある」
俺は広げられた地図に引かれた線をそのまま延長するように、真っすぐなぞった。そしてその指は一つの場所へとたどり着いた。
「村の、襲撃だ」




