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異世界の夜


「ん……」


目を開くとそこは暗闇だった。いや正確には完全な暗闇ではない。満月の月明りがうっすらと周囲を照らしてくれている。この世界の月は、現実世界の月よりほんの少しだけ強く世界を照らしている。


「……あー、寝ちまったか」


街の喧騒が聞こえることもなく、世界は静寂に包まれている。俺達が泊るこの宿は街の中心部からやや離れている為、夜通し開いている酒場なども近くにはない。


ダンジョンの奥で三つ首の竜を倒した後、あのダンジョンから脱出した俺達(戻り道でエネミーが復活していることはさすがになかった)が見たものは、丁度ダンジョンを出たすぐの場所の霧が晴れていることとこれまではなかったその霧の隙間を抜けていく新たな道、そしてその先に見える新たな洞窟への入り口だった。


これが通知メッセージにあった「ユグドラシルへと至る道」だろうと判断した俺達は、踵を返しダンジョンの最初の部屋へと舞い戻った。ダンジョン探索に思った以上に時間が掛かっていたらしく(戦闘時間というよりは単純に広くて移動に時間が掛かっていたようだ。しかも帰りは俺がまともに歩けなかったせいでところどころ休み休みとなっていた。申し訳ない……)陽がすでに落ちていたため、完全なガス欠の二人とガス欠一歩手前の一人リアル、そして残りのメンバーもそこまではいっていないがかなり疲弊している状態で黒の森突破はさすがにちょっと無茶だろうと判断したためだ。

そして野営するに当たり、黒の森の中よりはエネミー出現がしなかったダンジョン入り口部分の辺りの方がいいのでは? という話になり、そこで野営することになった。この判断はどうやら正解だったらしく、俺達は特に襲撃を受けることはなく一夜を過ごすことが出来た。


翌日、さすがに全快とはいえないものの自力で歩く分には問題ないレベルまで回復したので、俺達は黒の森を一気に突破して街へとたどり着くと、まずは預り所で荷物を回収して宿に帰り、それから風呂に入った後早めの夕食を取って、部屋に戻って……


そこから記憶がないな。多分部屋に戻ってすぐ横になって……そのまま寝ちゃったのか。


確か部屋に戻ったのは宵の口にもまだ早い時間だった。月の位置を見る限りは今は2時か3時くらいだったから7~8時間寝てたな、これ。寝なおすのは無理そうだ。まぁすぐにユグドラシルへ出発するわけではなく、少なくとも今日はいろいろ買い出しを行う予定だから、今日調整すればいいだろう。拡張インベントリへの荷物整理も今日、買い物から帰ってからだ。


しかし、さすがに2晩、しかも片方はちゃんとしたベッドでガン寝すると回復するな。昨日もずっと感じていた疲労感もほぼ抜けきっている。微妙に完全回復ではない感じもあるが、まぁもう一晩寝れば間違いなく回復するだろうから、ユグドラシルへと至る道には完全な状態で挑めそうだ。


ん-っ、とベッドに寝たまま伸びをする。そこで視界の片隅に何か映っているのに俺はようやく気が付いた。メール着信があることを示すアイコンだ。着信時の電子音を聞いた覚えがないから寝ている間に届いていたっぽいな。そもそも今は時間が時間だ。


「コネクト:<<ウィンドウ>>」


そこまで気にする必要はないと思うが、時間が時間なので潜めた声でスキルを発動させる。


「陽狩からか」


差出人の名前と件名を見て、何の話かに感づいた俺はそのままウィンドウを操作し彼女のメールを開く。


FROM:陽狩

TO:リセ

HEADER:犯人発覚

BODY:ガードナーさんを殺した犯人が判明した模様。

犯人はハイマスターのグレンとのこと。


あれからもう一件PKと思われる殺人があり、そちらのスキル使用ログ追跡にて判明。ガードナーさん

殺しの犯人と同一人物という確証はないけど、殺害のされ方や殺された人物がやはりいくつの強力な装備持ちでその持ち物が紛失していることから恐らく同一犯とのこと。ちなみにこれ少し前の話らしいよ。私もアズマに渡っちゃってたので情報入手が遅れちゃった。


尚グレンに関してはすでにスキル使用権限は剝奪済み。現在は協会から討伐依頼が出ていて、いくつかのグループが捜索中らしいけどまだ発見できてないみたい。さすがにレベル100超えのプレイヤーなら大丈夫だと思うけど、盗んだ装備品で戦闘自体は可能だろうから気を付けてね。


メールを読み終えて、成程なと俺は納得する。

グレン。ハイマスターと呼ばれるレベル200超えのプレイヤーの一人。だがそのレベルの高さよりも別の理由でアルテマトゥーレでも有名な人物。


なんで有名かは単純明快。アルテマトゥーレ一の()()()()()()()として名を馳せる人物だからだ。


俺自身は覗いたことはないが、某匿名掲示板に存在している晒しスレッドでは名前が上がらない日はないと聞く。横殴りやルート行為はまだ可愛い方でMPKや詐欺行為、それ以外にもいろいろと悪質な行為を多数行っていると話だ。俺は幸いなことに直接の面識はないが、関わり合いになりたくないプレイヤー№1と言えるだろう。ただ実力は当然あるし、いろいろとアイテムも大量保有していたのでその辺りのおこぼれを狙う取り巻きは一定数いたらしいが。


そんな連中も今の状況じゃ離れているだろうがな……


まぁそんなクソなプレイヤーがPK可能な状態になったらそりゃPKはするだろうな、と思えてしまう。この世界に対する感覚をどう思っているかもあるが、あくまでゲームの延長と考えていて、かつ他ゲーでPKを頻繁に行っているようななプレイヤーなら殺すことに抵抗も薄らぐだろう。


とはいえ戦闘に関してはスキルの行使が大前提のこの世界だ。PKペナルティによりスキルの使用がすでに行えなくなっているなら過剰に恐れる必要はない。せいぜいメンバーに話だけしておいて、後はリアル辺りに知らないプレイヤーについていかないようにと言っておくくらいで充分だろう。さすがに街中で襲撃などはしないだろうし、うちは街から出る時はほぼ全員一緒の行動だ。スキルが使えないプレイヤーに襲われたところであっさりと撃退は可能である。


一応明日の朝話だけみんなにしておくか、とだけ考えると俺はウィンドウを閉じてそのことを頭の隅に追いやる。今はそんなことよりいよいよたどり着いた「ユグドラシルへと至る道」の事だ。


少なくとも今回クリアしたダンジョンより単純とか、短いということはないだろう。恐らく長期戦……ダンジョンの中で今回のように攻略後じゃなく攻略途中で一晩過ごす、位の事は考えておいた方がよさそうだ。このタイミングで拡張インベントリなんて便利機能をよこしたのもそういう事なんじゃないかという気がする。


幸いうちのギルドは予算が潤沢だ。これまではどうしたって荷物になるので最低限のモノしか購入していなかったが、拡張インベントリのおかげでよほど馬鹿でかいものじゃない限りはなんでも持ち運びが可能になった。だとしたら持っていける分だけアイテムは増やした方がいいだろう。それに食料もだ。クーラーボックスみたいなアイテムがあったのでそこに冷凍保存のスキルを使っていろいろぶち込んでおけば食材も長期保存できる。出先の食生活が大幅に改善できそうだ。


今日は本当にいろいろ回らないとな……あんまりのんびりしている暇はなさそうだ。

ゴールテープまでは後少し。それはもしかすると蜃気楼かもしれないが、本物であれば俺達は元の世界へ帰ることができる。こちらの世界にきてからはすでに一か月を超えているから時間の経過が一緒だとすると戻った後もいろいろ面倒な事になりそうだなぁ……


戻れるかもしれない事に対する期待とこの先で方法がみつからない可能性に対する不安、そして帰還した後の面倒ごとに対する陰鬱な気持ちを考えながら異世界の夜はゆっくりと朝へ向かって進んでゆく。


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