はじめてのりあるだんじょん①
「ほへー。新しい場所が増えているだけじゃなくて、既存のエリアでも地形が変わっている場所あるんだねぇ」
クエンティアの街で束の間の休息をとってから数日後。俺達は黒の森の奥深く、竜翔さんが地図に丸をつけてくれた場所にたどり着いていた。
今、俺達の眼前には東西に広がる大きな断崖とその断崖を覆い隠す濃霧、そして不自然にその濃霧がかかっていない崖下へと向かう坂道がある。
リアルの言う通り、こんな所に道があるなんてことはゲーム内で確認したこともないし、隠しルートにしたってこれまで一度も聞いたことがない。ということはユグドラシルの実装により、そこに至る道であるこのエリアも変化したと考えられる。
「ユグドラシルが存在している可能性、高くなってきましたね」
「そうね」
フラットの言葉に頷きつつ、シードが弓を構える。
「……どうした?」
「ただの確認よ。コネクト:<<エナジーアロー>>」
シードはスキルによって出現した一本の弓を矢につがえると、霧の方に向かって無造作に放つ。
放たれたエネルギーの矢は、霧に触れた瞬間、最初から存在しなかったかのように一瞬で掻き消えた。
「あー、やっぱり駄目なのね。スキル通るならリセのフライトでショートカットできるかな、と思ったけど」
「まあズルはダメだってことだよね。ここに長居してエネミーに襲われてもいやだし早く行こ行こ」
すでに坂道を下り始めつつ、メイが声をかけてくる。周囲をきょろきょろ見回しているのはこの坂道自体にトラップがないか見回している感じか。アルテマトゥーレは通路的な場所にトラップがあることは基本的にないが、まぁ警戒するに越したことはない。
それにメイの言う通り、ここはあまり長居するような場所じゃない。当然ここに来るまで何度かエネミーとの戦闘は発生している。この黒の森もエリア的には地竜の揺り籠ほどではないにしろ高難易度向けなエリアではあるから、戦闘を行えばそれなりに消耗する。この先のダンジョンがどの程度の長さかわからない以上無駄な消耗は避けたい。
「リアル、メイと一緒に前に出てもらっていいか?」
「おっけ~♪」
元気よくメイを追って駆け出していくリアルの背中を見送りつつ、今度はシードと岩鉄に視線を送る。
「シード、岩鉄。殿任せていいか」
「了解だ」
「任せて」
「僕はどうすればいいんですかね?」
俺はこちらを見上げてくる若草色のスライムをじっと見ると、一つため息を吐いてその体を胸元に抱え上げた。
「お?」
「お前は俺と一緒に中衛だ。突風のトラップでもあって吹き飛ばされて、崖に落ちでもしたらシャレにならんし俺が運んでいってやる」
「おやおやこれは役得ですかね?」
「いってろ」
俺は戦闘になっても腕を動かす必要はないしあまり動きまわる戦闘スタイルではないから、コイツを運んでいくのは俺が適任になってしまうのは仕方ない。
「よし、行こうか」
後衛の二人を振り返り頷くのを確認すると、こちらを振り向いて待っている様子の先行の二人に続いて歩き出す。
「さて、どれだけ降りていくことになるかな」
「それなんだけど、谷底まで降りていくとかそんなことはなさそうだよ。遠視のスキルで確認してみたけど、先の方に横穴が見える。多分あれがそうじゃないかな」
「一番下までだとこの断崖どこまで深いのか分かんないし、最下層じゃないのは助かるわね」
シードの言葉に頷きつつ、俺はメイに向かって続けて質問する。
「エネミーとか、トラップとかはありそうか?」
「チェックした範囲ではないっぽい。メタっぽい考え方しちゃうと本番はダンジョンだし、こんな戦いにくい場所にエネミーは設定しないんじゃないかな」
「ここの担当が性格悪くない限りはな。まぁ警戒は怠らないように」
「りょーかい」
メイは親指を立てると、視線を前方に移し進みだす。それに合わせて中衛、後衛のメンバーも坂道を下り始めた。
坂道はそれほどきつくはないが、緩いというほどでもない。走り始めたら勢いを止めるのにちょっと苦労するかもしれない。
「これ、ある程度降りたところで上から岩が転がってくるトラップとかったら一網打尽だよねぇ」
「さすがにあり得ないだろうが、怖いこというなよシード」
「はーい」
すぐ横はスキル禁止のエリアで、他の逃げ場もない場所でそんな回避不能のトラップを組み込んでいたら性格悪い所の話じゃないしな。本当のファンタジー世界なら確実に殺せる場所にトラップを仕掛けるのは定石かもしれないが、この世界はあくまでベースはVRMMOだ。こんな通路でましてや発見・回避が不可能なトラップを設置するのは考えられない。
その予測はやはり外れることもなく、俺達の身には何事も起きることはなくただ崖の壁にできた不自然といえる坂道をただ降っていく。最初のシードの発言以降、普段の探索時のように軽口をたたくこともなく皆黙っているのはこの場所の雰囲気によるものか、或いはまったく未踏となる(実際には先行者はいるはずだが)エリアへの緊張感故か。
それから、大体20分ほど進んだあたりだろうか。霧のせいか、下へと降っているせいか足元に少し寒気を感じてきたあたりで、それは目に入った。
「あれか……?」
「うん」
前を歩くメイに問いかけると、彼女はこちらを振り向くことはなく頷く。
崖の途中、大きく断崖がせり出しているところがあり、これまで真っすぐ下へと向かって伸びていた道はその壁にせき止められるような形で塞がれていた、その代わり、そのすぐ横に人の背の倍くらいはありそうなサイズの横穴が見える。
「これまたわかりやすいですね」
「まぁゲームだから……」
この坂道自体がわかりづらいところにあるし、本番はこの先のダンジョンだ。その入り口探し迄わかりづらくすることはないだろう。
「コネクト:<<<エネミーサーチ>>」
横穴にたどり着く手前で一度メイが立ち止まりスキルを行使する。横穴の向こう側が見えないため、門番的なものがいないか警戒したのだろう。
彼女はその視界に表示されているだろうサーチ結果を眺めた後、こちらに向かって振り向くと頷いた。
「エネミーの姿なし。行こう」
全員が頷くと坂道の終点、横穴の入口へと足を進める。
「ぐぇ」
大丈夫とはわかっていても緊張してしまったのかフラットを抱えている腕に少し力が入ってしまったらしく、フラットが間抜けな声を上げる。その様子にすでに横穴の入り口前へたどり着いたメイが、苦笑いを浮かべながら手招きをしてきた。
「大丈夫だよリセねぇ。おいでおいで」
頷いて足を踏み出せば、何も起こることはない。
「現地、到着だね」
俺の横に並んだメイが、横穴の奥に視線を送る。
その先には、明らかに人工物とわかる下へ続く階段があった。
「ここまできて。実はダンジョンの方は実装されていませんでしたという事態は避けられたね」
「第一段階突破だね!」
メイの言葉にガッツポーズをするリアルを眺めつつ、これで何回目の第一段階突破かな、などと考える。
まぁとにかく、相変わらず現実への帰還への細い蜘蛛の糸はまだつながっているというわけだ。
「ここからが本番なのね」
シードや岩鉄が、その腕に装備品を準備していく。そう、ここから先はいつエネミーが出現してもおかしくない場所だ。
俺は全員を流し見る。
「全員準備はいいか?」
皆が頷く。相変わらず俺の腕に抱えられているままのフラットは無言でこちらを見上げてきただけだったが、まぁコイツの場合は装備品とかないし問題ないだろう。
「よし、行くぞ……はじめてのダンジョン攻略だ。細心の注意を払って進もう」
ゲームでは何度も潜っているダンジョンでも、当然こんな現実じみた状態での攻略は初めてだ。ましてやゲーム時代でも見たことないダンジョン。この先何が待っているのだろうか。
「おっ」
あ、悪いまた力入った。
フラットを抱える腕を意識して緩めつつ、俺達はあらゆる意味で未知の場所へと足を踏み入れた。




