女の子になんてならないからね
翌日。数日ぶりのちゃんとした屋根の下での休息を得た俺達は、帰路に就くことになった。
竜翔さんのギルドハウスを出る時、実はワイバーンで送迎してもらえたりすることを若干期待したりもしたが、そんな申し出は残念ながらなかった。そしてワイバーンが彼の「妻」であることを考慮してこちらから話を切り出すこともしなかった。自分の妻を乗り物扱いされたらどう思うかって話だ。もしかしたら気にしないかもしれないが、気分を害される可能性もある。今後もう一度会うことがあるかはわからないが、楽をするためだけに無駄に好感度を下げることもないだろうということで、俺達は行きと同様徒歩での帰路を選択した。
帰路は同じルートの2度目、すでに実戦も経験済みな上に最終的にどれくらい移動すべきか見えていなかった行きと違い、行程も明確だったのでペース配分を問題なくさほど苦労しない行程となった。まぁ地竜の揺り籠で今度は無印テュランソスに単発で2度ほどエンカウントしたが、岩テュランソスに比べると数段落ちる実力だったため返り討ちにして問題なく終了だ。
ただ流石に距離があるので一日で行程を踏破というわけにはいかず、行きと同様地竜の揺り籠からストレイア大森林に突入したあたりで一夜を過ごすことにはなったものの、今度は一泊二日の行程で無事に俺達はストレイア大森林の最寄の町にたどり着いていた。
その後は余計なことを考えず、ストレートに宿に一直線だ。
慣れない野宿の連続で疲れが蓄積していたこともあるが、それ以前に少しでも行いたことがあったからだ。
「あー……風呂は本当にいいよなぁ」
それは実に5日ぶりの風呂だ(ギルドハウスの風呂は標準ではなく拡張で追加する部分のため、竜翔さんの所には残念ながら風呂がなかった)。自分たちのギルドハウスの温泉には遠く及ばないものの、安心してのんびりお湯につかりながら旅の汚れを落とすことができることに女性陣は特に喜んでいたが、男側だってこれだけ久しぶりの風呂となればたとえ温泉ではなく通常の風呂であっても最高と言わざるを得ない。特に俺は風呂好きでもあるので(正確には温泉好きだが)猶更だ。
「髪を乾かすのだけはくっそだるいけどなー」
部屋に備え付けの鏡の前で、シードの指示通りの手順で髪を乾かしながらつぶやく。男時代の短い髪なら雑にタオルでごしごしやって水気を取ったらはい終わりだったが、リセの長い髪だとそういうわけにはいかない。そして手順通りにやらないと洗い方と同様に何故かシードにバレるために、指示に従ってきちんと進めていく。まぁリセの綺麗な髪を痛めたくないという気持ちもあるし。
さすがに一か月ほど同じことを行ってきていたため、手順自体は慣れたものだ、正直風呂に入ったことで出た長旅の疲れで大分眠気が回ってきていたが、なんとか最後まで完遂する。
「これでよしっ……と」
最後に乾いた髪をサイドの低い位置で緩くまとめて、寝る準備まで完遂だ。俺はベッドに向けて身を投げ出す。
「ふわぁ……」
野宿に比べれば当然のごとく遥かに寝心地のいいベッドに抱かれて、眠気は更に全身に回ってくる。
このまま眠ってしまえばぐっすり眠れそうだなーと思いつつ、体を横にしてぼんやりと鏡に映る自分の姿を見る。
見慣れた少女の姿。ギルドハウスにいたころにはその姿に感じていた違和感も、あれから更に10日近い時間を経ることで薄れつつある。少なくとも風呂でその姿を見ても自分の体という認識以外は出てこなくなった。ゲームの時はそんな風に感じることはなかったが、今は五感を全て伴っていることと、元の自分の姿をずっと見ていないことが大きいんだろうな。
あまり外見に引っ張られないようにしないとな、と思う。人の精神は姿に引きずられると書いていたのは昔読んだSF小説か何かだったか。人の精神を動物の体に転送した結果その精神は人としての意識を無くしていくというものだ。まぁとんでもサイエンスな話であり実際はそんなことあるかどうかはわからないが、今はそれを全否定しづらい状態でもある。
ロールプレイの癖が出てるとは思うが、メイ達や竜翔さんから指摘された無意識に出る女性的な仕草とやらは望ましくないだろう。そもそも元の姿に戻った時に日常生活でそんな仕草でたらまずいし、あまり考えたくはないが当面戻ることが出来なかった場合でも、俺は女性として生きていくつもりなど毛頭ない。このまま意識が女性的となり、何かの間違いで男に対してときめくなどということを想像してしまうと正直吐き気を感じてしまう。
まぁそこまで行くことはまずないとは思うにしろ、男であることをもう少し意識して動かないとなとは考えたりするわけだ。
「ふわぁぁぁぁぁぁ」
再び、今度は大きな欠伸がでる。あー、そろそろ限界かなと感じ、明りを消そうと手を伸ばした時だった。
ピッ
聞きなれた電子音と共に、視界の片隅にメールの受信を示すアイコンが表示される。
正直眠かったので起きてから確認するかと思ったが、まぁもう少し大丈夫かとウィンドウを展開してメールを開く。
FROM:陽狩
TO:リセ
HEADER:注意喚起みたいなもの?
BODY:多分大丈夫だと思うけど念のためみんなに連絡しておくわね?
ハイマスターのガードナーさんが殺害されたとのこと。
現状まだPKなのかエネミーに殺されたのか確定されてないけど、彼の個人ギルドハウスで殺されていたためPKの可能性が高い模様。また彼の鎧がなくなっていたため、強力な装備品目的の可能性あり。
高レベルの装備品がある人は念のため注意しておいてね。
眠気が半分くらい飛んだ。
メールの差出人は知り合いの、アルテマトゥーレの中ではトップクラスに位置すると思われる知り合いの廃プレイヤーからだった。そして殺されたとされるプレイヤーも、取得者が廃人ばかりなので廃マスターと揶揄される事もある称号持ちで、俺に直接の面識は無いが名前は知れているプレイヤーだった。
確か、最高ランクの鎧の保有者。一度彼自身が公開している情報を見たことがあるが、どういう神引きをしたんだっていう性能だった。
MMOであるアルテマトゥーレでは、素材を集めていろいろ装備を作成することが可能だ。そしてその際に使用する素材によってさまざまな効果を載せることで出来るのだが、その効果はランダム性が強い。強力な装備品を作るには大量の素材と良い結果を引く強運がいるというわけで、彼の鎧はありえない豪運で引き寄せたともいえるものだった。
そんな強力な装備を持つ高レベルプレイヤーがPKされたというのはなかなか想像しがたいことだが……油断しきったところを奇襲でもされたのだろうか? 何にしろ犯人もかなりの高レベルだとなるだろうが……そんなレベルの人間がスキルを失うリスクを負ってまでそんなことするか?
ってそうか。
一つの事に気づいて、俺は差出人の彼女へのメールを打つ。
FROM:リセ
TO:陽狩
HEADER:犯人について
BODY:協会でスキル使用の追跡が出来たはずだが、それで犯人の特定ができないのか?
こちらへの転移初期の頃にスキルを犯罪行為に使おうとした馬鹿どものせいで発覚したことだが、スキルを使用した履歴はユグドラシル側に記録されている。それを追跡すれば犯人はすぐ見つかりそうなもんなんだが……
返事はすぐ返って来た。
FROM:陽狩
TO:リセ
HEADER:ログについて
BODY:それ確認したんだけど、ログが残るのって5日間だけらしいよ。
ガードナーさんソロで動いていたプレイヤーだし、こっちに来てからはわりと引きこもり生活してたらしいから遺体の発見が大分遅れたらしくて追跡不能だったって
日付の制約あったのか、スキル使用ログ。ログのバックアップとかとってないの?……この情報流れるとまた阿呆が出そうだな。
しかし、装備品目的のPKの可能性か。ウチはそんな狙われるクラスの装備品保有者はいないし(俺の衣裳はそれなりではあるが、ハイマスタークラスであれば普通にそれ以上のものを持っている程度だし、装備品のデータも公開していない)、基本いつも集団行動だ。狙われる可能性は限りなく低いと考えていいかな……
そう考えると、安心したせいか飛んでいた眠気がまた帰って来た。殺された相手も顔も知らない相手だったから正直対岸の火事の感覚がある。人間、自分に直接あまり関係のないことだとこんなもんだよなーと思いつつ、俺は部屋の明かりを落とし眠気に身を委ねるのだった。




