清流
「ほわぁ~、川だぁ!」
人が二人ならんで歩くのが精いっぱいの崖の切れ目のようなところを抜けた先、目の前に突然現れた清流に弾んだ声を上げてリアルが駆け寄っていく。
「何があるかわからんからちゃんと注意しろよー?」
はぁいとちゃんとわかっているのか不安になる浮ついた返事を返しながら、リアルは靴を脱ぎすてて水の中へ飛び込んでいった。
「いやぁ、これで一安心、かな?」
シードが自分達の通って来た場所を振り返る。どう考えても恐竜共が通れない幅だ、奴らがこちらに来ることは間違いなくないだろう。動物型エネミーなら普通に抜けてこれそうだが、そっちの程度ならなんとでもなる。
幸いなことにあのミュータントエネミーとの遭遇以降は大型種のエネミーと遭遇するとはなく、俺達は地竜の揺り籠を突破することが出来た(どうやらアイツに関しては本当にレアを引いてしまったらしい)。日は傾き始めているが夕刻というにはまだ早く、ほぼ想定通りの時間で突破できたことになる。
「確かここって敵性エネミーいないよね?」
「ゲームのままならな」
念のため<<サーチエネミー>>で周囲の様子を探っているメイの言葉に、俺はそう返す。
この場所、アークバレイに存在するエネミーは、ゲーム上はたった一種類。ワイバーンと呼ばれる天翔ける竜だけだ。そしてアルテマトゥーレにおけるワイバーンは言葉は通じないものの知性の高い存在に設定されており、人間に対しての反応も中立設定となっている。すなわちこちら側から仕掛けなければ襲ってこない。
「まぁ人への好戦性がゲームと違うかもしれないし、地竜の揺り籠みたいに食物連鎖の関係で餌となるエネミーが増えている可能性もあるから油断は禁物だけどな」
「なんにしろ、とりあえずこの辺りは大丈夫みたい」
スキルの結果に特に反応がなかったのだろう。メイが視線を上げる。
「設定上では、ワイバーン達の住処は人の踏み込めないもっとこの峡谷の向こう側のハズですし、大丈夫なんじゃないですかね」
左右に広がる切り立った崖と呼ぶべき急傾斜の山肌を見回すフラットの言葉に頷く。実際このエリアで直接ワイバーンと遭遇する場所は進んだ先にある広まった場所くらいで、この峡谷のあたりでは空を舞うワイバーンの姿が見かけられるくらいだ。基本的にイベント用の存在に近いんだよなワイバーン。
「ここからどうしよう。このまま進む?」
シードの言葉に、俺は水しぶきを立てながらきゃっきゃとはしゃいでいるリアルの方に視線を送り
「……えらく元気な奴が一人いるけど、正直みんな疲れてるだろ?」
俺の言葉に、この場にいないリアル以外……あまり疲れを口に出さない岩鉄も含めて頷く。移動距離の云々いうより、岩テュランソス戦でスキルを多用したことによる消耗が理由だろう。
「というか、多分一番しんどいのリセねぇだよね?」
「あ、はい。そうです」
そうだよ、俺が一番限界でそろそろ足ががくがく震えそうだよ! 元々スタミナ低めな上にわりと消耗の多いスキルを使ってしまったのもあって、そろそろ真面目に休みたい。
「おんぶしよっか?」
「結構です」
腰を下ろして背中を向けたシードの提案をきっぱりと断る。そうするくらいならそもそもこの場で即休ませてもらうところだが……まぁそうもいかないか。俺は自分の背後、進んできた道に視線を送る。、
「休憩するのはもうちょっと進んでからだな」
「そうだね、来ないとは思うけどエネミーが向こうから来てもきついし、あと流石にもうちょっとこの辺りの様子も確認しないと安心できないっしょ」
「そだね。おーい、リアルちゃーん! もう少し進むから水浴びは後にしてー」
大きく手を振ってシードからかけられた声にリアルははーいと元気よく返事をし、バシャバシャと水の中から上がってくる。
「このまま探索に入るの?」
水にぬれた足を拭きながら問いかけてくるリアルにシードは首を振ると空を見上げ
「日の様子的にも夕暮れ時になる前に私達も軽く汗とか流したいし、とりあえず2、30分くらい進んでみてそこで問題ないようなら休憩かな」
「いいんじゃないかな。それでそのまま今日は野営じゃない?」
ね、とメイが俺や岩鉄に視線を送ってきたので頷いておく。ここから先が人捜しなのを考えると、暗くなってからこの峡谷を進んでいくのは微妙な気がするし。相手が焚火でもしていてくれれば逆に見つけられるかもしれないが……そもそも疲れた体で先が見えない(そもそも対象がここに確実にいるかもわからないのだ)捜索は肉体的にも精神的にも厳しいだろう。
「おまかせ、おっけー!」
脱ぎ捨てていた靴を履きなおしたリアルが、トントンと履き心地を確認するかのように飛び跳ねる。……ほんと元気だな。さっきの戦い、リアルもそれなりにスキル使っているはずなんだが。実年齢の方だったら年の差ってだけの話だが、今は俺とリアルの肉体年齢はさしてかわらないので精神的なもんか?
年齢を取ると肉体面だけではなく精神面でも疲労しやすくなるのかしら……
元気よく先頭を歩き出すリアルを見て、そんなことを考えながら俺も川べりを歩き出す。
あーでもさっきまでの場所に比べると空気に冷たさを感じてここちいいわ。あっち砂っぽかったからな。
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結局その後30分ほど進んでても特にエネミーには遭遇せず、丁度砂利などのない平坦な場所を見つけたのでそこをキャンプ地とすることになった。
「とりあえず日が暮れる前に先に水浴びしよっか」
荷物を置きながらのメイの提案に全員──特に女性陣が強く頷く。
なにせ昨日から散々汗などもかいているが、当然といえば当然のこととはいえ入浴も水浴びもしていない。ファンタジー世界なら当然のことかもしれないが、我々の価値観は現代人だ。べたつく体や匂いを気にするのは当然だろう。
「水浴びするなら我々はどこかに離れていようか」
見回りにでも行こうと考えたのか、おろした荷物とフラットを担ぎなおした岩鉄に、シードが首を振る。
「さすがに個別行動は避けた方がいいと思うし、私達もこんな所で全部脱ぐ気はしないから大丈夫よ」
「そうだねー。何かエネミー現れた時にも困るし。まかり間違って誰か来てもいやだもん」
「装備品外して足や腕とかは洗えるとして、それ以外の部分は濡らした布で拭くくらいでしょ」
装備品を外しながらねーと頷きあうメイとリアルを横目に、シードが耳打ちをしてくる……あれ、なんか覚えのある状態。
「あの、下ちゃんと洗わないで大丈夫? なんならみんなに目を背けておいてもらうけど……」
内容も覚えのある内容だったよ!
「そんながっつりやらかしたわけじゃないから大丈夫だよ……」
少しだけ、少しだけだから。履いてたもの濡らしちゃっただけだから……気を使ってくるのはわかるが出来ればとっとと忘れてほしい。
「あれなんかリセねぇ目が死んでない?大丈夫?」
「ダイジョウブデス」
「なんで棒読みの上に敬語……?」
不味いな、こんな反応してたらいろいろ感づかれそうだ。メンタル再起動再起動。
「とりあえずメイも水浴びしてきたらどうだ? すでにリアルは突入してるぞ」
「え? あ、本当だ」
うちのメンバーの(おそらく)最年少はすでにフラットを抱えて川の中に突撃をしていた。フラットに足で水を掻けたりして、戯れている。
「シードもメイも汗流したいだろ? 行ってきなよ」
促す俺に、メイはにまぁーっという擬音がぴったり合いそうな笑みを浮かべる。
「ねぇねぇ、リセねぇの水着サービスシーンはないの?」
「誰に対するサービスシーンだよ」
「あたし」
お前かよ。
「あ、私にもサービスシーンになるかも」
シードお前もか。
「あ、私向けにもサービスシーンになりますね!」
「あたしにもなるよー!」
君たちは余計な事気にしないで水遊びしてなさい。……ああ、岩鉄も付き合って頷かなくてもいいいから!




