夜の語らい
「なんかフレンドリストから消えちゃったらしいんだよねー」
「お前それ。帰還してるか、或いはアレなんじゃ……」
「いや、確認したらどうも消えたタイミングに若干のズレがあるらしいのよ」
……成程。もし死んだのであれば同一タイミングで消えているハズだ。そのタイミングがずれているとした場合、考えられるのは
「自分からフレンド解除を行った……?」
「わけわかんないバグが発生したとかでもない限り、多分ね」
「え、でも何で?」
シードが疑問に思うのももっともだ。
まぁ考えられるのは、自分の正体が流出した場合にアクセスされないように対策か。知人まで削除しているのはもしかしたら死亡を偽装したかった可能性もある。先ほどの懸念事項を当人も想像していれば、考えられないわけでもない。ただ手動で削除していったタイムラグのせいで感づかれってしまったようだが。
「まぁ、その理由はなんでもいいが……え、どこにあるのかわからないユグドラシルを探すためにどこにいるかわからない人間を探すのか?」
「そんな砂漠に落ちた針を探すような話だったらさすがに提案はしないよ」
「アテがあるんですか?」
フラットの言葉にメイが頷く。
「勿論確実ではないんだけど、以前から頻繁に入り浸っていた場所があるんだ」
全員の視線を受け止めて、メイはその場所を口にする。
「地竜の揺り籠の先、アークバレイ──通称飛竜の谷」
「高レベルエネミーの群生地じゃない……なんでそんなとこに」
告げられた言葉に、リアルが動く。
アークバレイはともかく、地竜の揺り籠はこの辺りとは比べ物にならない危険地帯だ。その名の通り、恐竜型の大型エネミーが闊歩しており、しかもそいつらはやたら好戦的と来ている。ただゲームの難易度的にはうちのギルドのメンバーなら問題なく突破できる場所だ。
これがゲームなら何もためらわずに突っ込める場所なんだが──
キュルルルルルルルル
ん?
「ごめん私。今日お昼食べてないんだよ~」
メイが少々照れくさそうに手を上げる。ああ、メイのお腹の音かこれ。
眉間に皺が寄り始めていた皆の顔が少し和らぐ。と同時に話し込んでいて忘れていた空腹感がぶり返してきたのだろう。うちの児童達があきらかに何かを求める顔でこちらを一斉に見る。……そういや飯の支度をしようとしたところだったな。
やれやれ。
「わかったわかった、とりあえず一度切り上げて食事にしよう。すぐ作るからちょいとまっててくれ」
「ママァ……」
おいお前だけメシ抜きにするぞスライム。
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屋敷の外、地面に座って空を見上げる。
屋敷の方から漏れる光でそれなりの明るさはあるものの、周囲はすでにすっかり闇だ。そんな中で見上げる夜空には現実のそれよりはるかに大きく見える月がある。
一目で非現実であることを実感させてくるこの光景はだが俺は嫌いではなかった。現実のそれより美しさを感じるから。
あの後食事中や食後にもあの話の続きはしたが、運営の人間の所へ向かうという最終決断には至らなかった。
気持ち的には全員「行くべき」と思っているだろう。こちらに来てから数週間、ほんのわずかなものとはいえ初めて見えた光だ。俺だって行くべきだとは思う。ただ……自分の立場がブレーキをかける。
俺はマスターだ。ゲームの中ではそれほど大した役職ではないが、今の状況下だと全員の命を預かる重要なポジションだと思っている。だから、仮定に仮定を重ねいざ向かっても何もない可能性だって低くない、それでいて危険に伴う場所に本当に向かっていいのかと考えてしまう。
勿論何もこのままでは何も進まないのはわかっている。数週間で情報なし、帰還を求めるなら細い蜘蛛の糸だって上るべきなのはわかっている……いやダメだダメだ。
「これシードに怒られるな、また」
抱え込むなと言われたばかりでこんな状態になってたらまたこめかみに攻撃を喰らいかねない。責任は俺にあるとしても決断のための判断を俺一人でやる必要はない──というかそれは傲慢だろう。
そう思い立ち上がろうとすると、背後から声をかけられた。
「美しい銀の星を見上げながら物思いに耽る銀髪の美少女……実に絵になりますねぇ」
「中身は完全無欠のおっさんだけどな?」
振り返ればそこには若草色のスライムと……それを肩に乗せた岩鉄がたっていた。
「どうしたんだ、二人とも?」
座ったままそう問いかけると、俺を見下ろしたまま岩鉄が口を開いた。
「俺が絶対に守る。誰も死なせない。俺も死なない」
「……は?」
「いやいやいや、岩鉄さん唐突過ぎますよ。なんなら愛の告白みたいに見えかねませんよ」
「む……そんなことないだろう」
「まぁそれは冗談ですが、よっと」
フラットが岩鉄の方から飛び降りた。ちょうど俺の目の前に落ちてきたので両手で受け止めてやる。
その腕の上のままフラットは俺を見あげ
「決断を、悩んでおられるんでしょう?」
「……! うちは察しのいい奴が多くて助かるよ」
「先ほど貴女が私たちを信用しているといってくれたように、私たちも貴方を信頼しています。ですが、それだけで決断を丸投げでは押し付けのようなものですからね。僕らの気持ちも伝えておこうかと思いまして」
「愛の告白か?」
「されたいんですか?」
すみませんお断りします。
「まぁでも、さっきの岩鉄さんが言った通りなんですけどね。
僕も岩鉄さんもスキルは護る側に偏っています。なので二つほど約束しようと思ったんです」
そこでようやく合点がいった。
「それが最初の岩鉄の言葉か」
「そうだ」
「言葉少なすぎだろ……」
思わず笑ってしまう。言葉少ななのは今に始まったことじゃないが、それにしたって今回はひどい。もしかして緊張でもしてたか? あまりこういったこというタイプじゃないしなぁ。でもまぁ逆に言えば、そうまでして伝えてくれたということだ。
「ありがとうな、二人とも」
「多分シードさんにも言われていると思いますが、貴女が全てを抱え込む必要はない。それだけは覚えていてださい」
……よっぽど抱え込んでいるように見えたのかね。
だがフラットやシードが言うことは事実だ。俺には信頼できる頼れる仲間がいる。
俺は二人の方に向かって握りこぶしを突き出した。……そこに若草色の饅頭がのったままになっているので格好はつかないが……
「信頼してるぜ、皆」
「任せろ」
岩鉄が拳を合わせる。
……おいスライム、やっぱりお前のせいで恰好がつかないぞ。
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「私は行きたい、みんなとの生活は嫌いじゃないけど、やっぱりお父さんやお母さんと合いたいよ……だから可能性があるなら向かいたい」
二人と別れた後、俺はリアルの部屋に向かった。彼女の気持ちを聞くためにだ。
彼女が答えたその言葉は予測していた通りのものだったが、言葉として確認しておきたかった。
「間違いなく危険もある。行ってみても何も得られないかもしれない。それでもか?」
「それでもだよ。みんなとの暮らしは嫌いじゃないけど、それでもただ何もなく待ち続けるのがつらい。ただ……」
「ただ?」
「あたしはみんなの中だと一番レベル低いから……みんなが無理だと思うならちゃんと従うよ。あたしがしたいのはみんなと無事に向こうに帰ることだから」
──あー、もうこいつら!
「わわわ、なになになに!?」
思わずリアルを抱き寄せて、頭をワシワシとしてしまう。
「ばーか、ほんと気を使いすぎだよお前達!」
「え、達!? 何が」
リアルが完全に困惑しているが、気にせず頭をなで続ける。俺は笑い過ぎともう一つの理由で涙が出てきた。
内のメンバーは本当に最高だ。
難産過ぎた




