Episode:60
◇Louwell
「で〜んか♪」
「なんだ」
薄い水色の瞳をくるくるっとさせて、シエラから来ているひとりが、声をかけてきた。
名前は確か……ミルと言ったはずだ。
「ルーフェイアにさ、なんて言われたの?」
この少女は苦手だった。あまりにも突拍子がなくて、ペースが乱される。
親の顔が見てみたいと思う。
「お前に言ういわれはないな」
「あ、そ。けどまぁ、学院の孤児の話でも聞いたんだろな」
ずばりと言われた。
「聞いて、どだった?」
「どうと言われても……」
クスクスと、含みを持たせて笑う様子がカンに障る。
「うふふ、言わなくていいよ〜。ここにいるんだもん、ルーフェイアの言いたいこと、わかったんでしょ。
やっと殿下、自分の立場わかったんだ〜♪」
「立場?」
何のことかと考え込む。
「そ、立場。殿下、フツーと違うのが自慢でしょ」
「違うと言っても……」
言いかけて、考え込む。
確かに自分は庶民ではない。生まれたときから明らかに違う。だが、それがどう違うのか、自分でも分からなくなっていた。
下衆な庶民とは住む世界が違うのだと、以前のように思えない。
依然として背負うもの、与えられたものは確かにあるが、見下していたはずの者と、驚くほどに距離がなくなっていた。
「そうか、立場か――そうかもな」
なんとなく、そんな言葉が口を突く。
「私、思うんですよね」
「――?」
この少女の口調が一変した。
「権力は、けしてタダではないと。果たすものを果たして、初めて釣り合うものじゃないかと。
だからそれを怠ったら、それだけのものがはね返ってくるんじゃないかしら?」
なめらか過ぎるアヴァン語、上流階級特有の言いまわし、不思議とわかっているような言い方。
「所詮自分で手に入れたわけではないもの、地位も権力も。ようするに借り物よね。だから返す時に、利子がないようにしておかないと。
それを勘違いして振りまわしても、みっともないだけだと思うわ」
「お前……誰なんだ?」
「さぁね〜。でも、名前くらいは教えといてもいいかな?」
再び口調がもとに戻る。
「ミルドレッド=セルシェ=マクファディ……じゃない、ミルドレッド=セルシェ=ハワール=ドナ=エドイールって言ったら、わかる?」
「なんだと……!」
血の気が引くとは、このことだろう。だが当人は、気にした様子はなかった。
心配そうに、崩れた館のほうに視線を向ける。
「ルーフェイアとシルファ先輩、大丈夫かなぁ? きっと、大丈夫だと思うんだけど……」