Episode:57
「伝統が全部正しいなんて言わないよ。けどね、壊せばいいってもんじゃないでしょ。
ましてやそれを、自分が権力につく手段に使おうなんて、どうやったってバカのすることじゃない。
――あたしね、この国壊そうとするやつ、許さないから」
いつものミルとは、まったく違った。
「まだおシメも取れてないようなガキが、許さないだと? 面白い冗談じゃないか」
「黙った方がいいんじゃない、ヴィクタース=マヴァウリー=ド=ファレル?」
この一言で、男の顔色が変わる。
「貴様いったい……!」
「さぁね〜♪ あ、そだ。シルファ先輩、思いっきりやっちゃっていいですよ〜。こいつ、ほんっとクズなんだ。
継承権欲しくて、過激派と組んでテロまで起こすんだもん」
「言わせておけば――!」
けど、あたしのほうが早かった。
「――カーム・フィルド!」
まず範囲をかなり絞った無効化魔法を、シルファ先輩、ナティエス、ミルの3人に一気にかける。
これだとしばらく回復魔法も通さないけど、一方で強力な魔法を遠慮なく使える。
次いで――。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」
ホール中に、文字通り冷気の嵐が吹き荒れた。冷気系の魔法は建物を破壊しないから、屋内での使い勝手はいい。
けど、人間はタダじゃすまない。術者のあたしや無効化魔法のかかってる先輩たちはともかく、それ以外は大混乱だ。
「ナティエス、ミル、今のうちに脱出するんだ」
状況を見て取ったシルファ先輩が、的確な指示を出す。
「はいっ!」
2人が混乱の真っ只中を駆け抜けて、外へと向かった。
あたしと先輩も、武器を振るいながらすぐに続く。
「じゃぁね、ヴィクタース♪ 今度はきっとないんじゃないかな〜♪」
ミルが長銃を乱射しながら、例の男の傍を突破する。
2人の視線が合ったように見えた。
「……そうか、そういうことか……」
まるで地獄の亡者のような声で、ミルにヴィクタースと呼ばれた男がうめいた。
「貴様ら、親子で……それなら……」
なにかに取り憑かれたような表情。
同時に聞こえたぴしりという亀裂音――なぜ聞こえたのだろう――に、とっさに呪文の詠唱を始めた。
――間に合うか?
一瞬よぎった思いを振り払って、魔法に集中する。
「――エターナル・ブレス!」
最強の防御魔法を、ナティエスとミル、それにシルファ先輩に放つ。
理由は分からないけど、あたしは昔から、同じ魔法なら複数同時にかけられた。それは普通じゃありえない事で、とても怖かったけど、こういう局面でいつも役にたってる。
ただ、これ以上はムリだ。もともと微妙なこの防御魔法は、あたしにまでかける余地がなかった。
でも先輩とナティエスとミルは、耐えられるだろう。
そして、建物が崩れた。




