Episode:48
「で、軍が動いたのを見計らって、国境線を越えるってワケですか?」
「ああ」
海に面したこの国は、背後が急峻な山脈に守られていて、侵攻ルートが限られる。
だが国内の騒ぎで守りが手薄になり、情報も錯綜となれば、まず間違いなく突破されるだろう。
この国では二正面作戦には耐えられないのを、承知の策だった。
エレニアが続ける。
「資料によれば、アヴァン国内が混乱するのを待って、ロデスティオの特殊部隊がまず侵攻。
ルート上の小都市を制圧しながら、第2陣で正規陸軍が展開するようね」
「市内を混乱させてなんて、ひどすぎ。
そんなことしたら、またあたしたちみたいな孤児が増えるじゃない」
ナティエスが苛立たしげに言った。
「まったくだね。
けどそんなの簡単、止めりゃいいのさ。未然に防いじまえば、全部チャラになる」
どこか獰猛な表情を浮かべて、シーモアがさらっと言った。
「まぁ、そうだな」
極論だが、間違ってはいない。
ロアが送ってきた資料は実に詳細で、多岐に渡っていた。なにしろ殿下の監禁場所まで特定されていた。どうやら関係者が、迂闊にも書き残していたらしい。だから、すぐにでも手は打てるだろう。
この件自体が伏せられているから秘密裏に動くしかないが、幸いシエラの傭兵隊は、そういうことには適している。
「総指揮のデリム教官に、進言してくる」
「そうしたら私たちは一旦屋敷へ戻って、念のために装備を整えておきますね」
口ではそんなことを言っているが、エレニアの表情は、自分が行くつもりだと語っていた。
「頼む。それからシーモアたちは……」
「あ、せんぱぁい!」
言いかけた私の言葉を、ミルが遮った。
「……なんだ」
つい、声が冷たくなる。差別するつもりはないが、なにしろこの子には、ずっと振り回されっぱなしだ。
「あーもう先輩ひどぉい、いじわるー! この屋敷行ったことあるけど、教えてあげないから!」
「本当か?!」
予期せぬ幸運だ。ルーフェイアの言うことをきいて、この子を同行させた甲斐があった。
「むかしね、見学したことある〜。
あ、でも、お父さん殿下のほうが詳しいかな? ちょっと待っててー」
嵐のようにミルが飛び出して行って、私たちは取り残された。
「よく分からない子ですね……」
エレニアがもっともな感想を漏らす。
「でもミル、いつもよりはマシだよね?」
「だね」
台詞を聞くかぎり、クラスがいっしょの後輩たちは、よほど振り回されているようだ。
ほどなくして、ミルが戻ってきた。
「お父さん殿下に、話ついたよー。隠し通路とか載ってる秘蔵の地図があるから、出してくれるって」
何かこう、ちょっと出前でも頼んだような気軽さだ。
「あの王太子を、どうやって説得したのさ」
「えへへ、ないしょー」
まともに考えるだけ無駄な気がしてきて、私は話を戻した。
「さっきも言ったが、デリム教官の所へ行ってくる。おそらく出ることになるだろうから、エレニア、準備しておいてくれ」
「了解です。先輩が戻り次第、出られるようにしておきます」
エレニアの冷静な微笑み。
「シーモアたちは、待機を……」
「えー、先輩冗談でしょ?」
「見くびりすぎですよ、それ」
いっせいに抗議の声が上がった。
「気持ちは分かるが、実戦だ。出すわけに行かない」
「この手のことならあたしら、スラムに居る時さんざやりましたよ?」
「だよね〜」
平然と、シーモアとナティエスが言い放つ。
「爆破とか、やったもんなぁ」
「密売人も、追い出したよね」
聞いてはいけないものを、聞いてしまった気がする。
まぁシエラのAクラスに入っている時点で、たいていは生半可な経歴ではないのだが……やはり何か、納得は出来なかった。
とはいえ、作戦に割ける人数もおそらく限られなかでは、貴重な戦力だろう。
「分かった、その辺も進言してくる。ともかく準備しておいてくれ」
「了解です」
全員が、戦う顔になる。
「久々に暴れられそうじゃないか」
「そうだね。スラムと違って、学院って大人しいんだもん」
頼もしいことを言う後輩たちの声を背に、私は部屋を出た。