Episode:39
「あ、せんぱぁい!!」
「ミル?」
いったい何をどうやったのか、ミルが向こうから駆けてきた。ドレス姿だというのに、普段と変わりない調子だ。
「なんで、そこにいるんだ……?」
たしか私たちと、いっしょに庭へ出たはずだが。
「んー? どうしてだろー?」
緊張感のカケラもない言動に、気が抜けそうになるのを踏みとどまる。
「あ、それでえーと、思い出した! んと、大変なの〜」
「……分かってるから黙ってくれ」
さすがに、返事がそっけないものになってしまう。こういう状況下でのんきにされるのは、あまり面白くない。
「え、でもー、殿下がさらわれちゃったよ?」
「なんだって!」
ミルの答えに、そう返すしかなかった。
最悪の事態だ。潜入していた男たちとのことで、時間を取られたのがまずかった。
「殿下は、どんなふうに攫われたの?」
「ふつうに〜」
今度は思わず力が抜けた。会話になっていない。
だいいち攫われた時点で、普通も何もないと思うのだが……。
「――あとで詳細を聞かせてくれ。それと、ルーフェイアはどうした?」
「いっしょにさらわれちゃった〜♪」
思考回路が空回りしたらしく、能天気な言葉が脳に伝わるのに、一瞬間が空いた。
「どういう……ことだ?」
イザとなればあれほどのキレを見せるルーフェイアが、攫われるとは思えない。
ミルはミルで、伝わらないのが不思議そうな顔で、話を続けた。
「だからね、連れてかれちゃった。なんか『お嬢ちゃんも一緒に来い』って」
「そういうことね……」
やっと納得したという調子で、エレニアがつぶやく。
要するに殿下はあの連中に攫われ、いっしょに居たルーフェイアは首尾よく(?)、付いていくことに成功したらしい。
「ともかく戻ろう。ここにこれ以上居ても、仕方ない」
「そうですね。会場も心配です」
エレニアの言うとおりだった。私たちは免れたが、あの爆発だ。会場が無事とはとても思えない。
「行くぞ」
「はいっ」
そうして急いで戻った会場は、まさに地獄絵だった。
ふんだんに使われていたガラスが、爆発で砕けて降り注いだのだろう。かなりの人数がひどい切り傷を負っている。
「エレニア、魔法で手当てを。シーモア、ナティエス、ミル、応急手当くらいはもう、習っているな?」
「先輩、あたしらも全員、いちおう回復魔法が使えます」
「よし。重傷者から手当てして行くんだ。出血を止める程度でいいから」
「了解」
ぱっと全員が会場へ散った。
私もあるだけの回復魔法を使い分けながら、参加者たちの手当てに回る。
時々不審がって尋ねてくるものもいたが、答えているヒマさえなかった。