5-1 復讐の勇者
「どうしましょうアンジュさん」
「私はどうしたら・・・」
「アンジュさん!薬が無くなりそうです!!」
「ああ!!もう!!!軽傷の彼はそっちで寝かせて!あなたは今聞いたでしょ!!何かしたいなら薬がありそうな所から手に入るだけ持って来なさい!!いつぅっ!?・・・私は、今こっちで忙しいのよ!!」
港区の役所は大災害が起きてすぐの病院の様な光景だった。十数人しかいない役人達がそれぞれ当たっている怪我人達に治癒魔法を使う中で最も頼られている役所の責任者であるアンジュは腹部に血をにじませ、滴らせながらも治癒魔法【ヒール】を傍で横になっている男性にかけ続けている。男性の傍には男性の腹を開けたであろう木片が落ちていた。
「アンジュさん!!」
「くっ!今度は何!!・・・アイ、リス?」
駆け付けて来たアイリスに驚いたアンジュは冷静さを取り戻せるきっかけになった。
「怒鳴ってしまい申し訳」
「そんな事は良いから今はそっちに集中して!・・・それと現状報告!」
周りの目もあるためすぐにアイリスに対する無礼を詫びようとするが、アイリスがそれを言わせずにアンジュに駆けより、片手ずつでアンジュの腹部と男性の開いた腹に治癒魔法をかけながら現状聞いた。美遊も近くに居た大けがした女性の治癒あ当たる。アンジュは此処でお礼を言うのは間違いだと察して頷きアイリスに言われた通りにする。
「現状は・・・ご覧の通りです。あの燃える岩が降ってきた後から怪我人が続出。無事だった者達が怪我人を連れて避難のため次々と此処に運ばれてくる状態です。ここにある薬や避難者達によって集められた薬も底を尽きる所です。そしてあまりに酷かった者や対応が遅れた者達はそのまま・・・」
アンジュは視線をある一ヶ所に向けた後、その後の言葉を口にするのを躊躇った。だがそれだけでアイリスと美遊は理解する。アンジュの視線の先には何者かの襲撃によって崩れた瓦礫で埋もれた通路の傍、血を流しながら横になっている者達とその悲しみで涙を流す者達。その中にはアンジュと似た格好をした者も居た。
「・・・わかった。ありがとうアンジュ。・・・はい。出来るだけ魔力切れに気を付けて対応してね」
アンジュの怪我の治癒が済み、男性の命の危機を脱したと判断したアイリスは治癒魔法を止めて、今度は両手を水を掬う様に手をくっつけるとその上に緑色の魔力の玉が作られる。そしてそれをアンジュの、胸へと溶け込ませる様に押しあてた。するとアンジュの血色がみるみる内に良くなっていった。
「ありが・・・いえ、承りました」
立ちあがったアイリスは全員を治療しろとも無理をしてでもとは言わずにそう指示をした。その言葉はアンジュにとってとても重い言葉になってしまうと解っていたからだ。それにアンジュはきっと言わなくても無理をするし助けられる人達は全員助けようとする。だったらその重圧を少しでも取り除けるようにと、それを解っていての言葉を無意識に選んでいた。
「みなさんも出来るだけ魔力切れに気を付けて対応して下さいね!」
「「「・・・はいっ!!」」」
アイリスは士気を高める為に周りの治癒に当たっている者達へもアンジュと同じ言葉をかける。
「ミユ!私達は外で対処するよ!!」
「・・・ええ!」
外で2人が対処する理由は2つだ。まだ生きている救出困難な怪我人の救出がほぼ可能になる事。ここに運び込まれる前に少しでも症状を治癒魔法によって軽くする事が出来る事。そんな当たり前な事でも役所で治療しているアンジュ達の負担を減らす事が出来る。
少し答えるのに遅れたが、どうやら美遊が当たった怪我人の治癒が丁度終わった所の様だった。その証拠に治癒された女性は微かだが美遊に対してお礼の様な言葉を口にしていた。
そしてアイリスと美遊は役所の出入り口へと駆けて行った。
外に出ると港区の街は酷い惨状だった。何かの衝撃で吹き飛んだ多くの建物、焼け崩れて行く多くの建物、そして燃える炎の中で風に乗って嫌でも嗅ぎ取ってしまう人の焼ける臭い。これだけで死者は想像をしたくない人数だと言う事が理解できてしまう。そんな街の中から避難所である役所へと向かって来る少数の人々。彼らの中に背負われた怪我人が3人居たのでアイリスは呼びとめてすぐさまアイリスは2人に美遊は1人に、背負われた怪我人に対して【ヒール】をかける。治癒を終えると美遊は背負っていた男性の足にも怪我がある事に気付き、治そうとしゃがんで【ヒール】を行おうとするが男性がそれを止める。
「俺はいい!姫様達は街中でまだ助け続けている譲ちゃんを手伝ってやってくれ!」
「ミユっ!」
「はいっ!」
そう男性に言われたアイリスは美遊に声をかけてから体に虹色の魔力を纏ってすぐに燃える街中へと跳び込むように入って行った。美遊は立ちあがって返事をした後に男性に軽いお辞儀をして、美遊の能力【アイテムボックス】に閉まっていた空飛ぶ箒をまるで魔法の様にポンッと取り出して空から取り残された人が居ないかを探す事にした。
「・・・(まだ残っている人はっ!?)」
もう火の島と言われても仕方のないくらいに燃えている街中の街路に降りたったアイリスはすぐに生存者を探知するため、魔力を水面に落ちる水滴の波紋の様に街全体へと流す。
「(生きている人は・・・くっ!!)」
役所以外の所々で人の存在を多く感知するがその中から1人だけしか生命を感じる事が出来なかった。きっと先程の男性が言っていた譲ちゃんと呼ばれていた人だろう。その人だけでも助けなければ・・・と思ったところである違和感に気付く。
「(ルーちゃん!!シュウイチさんは港区に居るんじゃないの!!?)」
「(大声で聞くな。居ると言っておろうに。ちゃんと我の傍におるわ)」
「えっ!?」
ルシファーの居る所はアイリスはいつも一緒に居たためかなんとなくで感じられる。だがその場所は先程感知した1人の生存者の所だ。
「(それよりもそっちをどうにかした方が良いんじゃないのか?)」
その声を聞きながら気配を感じて空を見上げると1人の影と箒に乗っている美遊が対峙している姿があった。
「これはこれはっ。ミユさん。それに私のアイリス。どうだ?これが私の力ですよ。あんな男よりも圧倒的な力。この力さえあれば魔王なんてコボルトの様に逃げ回る雑魚同然だと思いませんかぁ?」
この事態を自分の力だと言うその存在。そしてその脇に抱えているこの街の住人であろう少女は気を失っているのか脱力していた。
だが美遊にとって何処となく聞いた事がある声。だがその姿は人と呼べる姿をしていなかったために思い当たらない。何故なら勇者っぽい軽装の格好をしているのに背中に人肌で覆われた翼、そして腰辺りから人肌色の尻尾の様な物があったからだ。いや、見た目の印象は頭以外は人肌色したリザードマンと呼べる存在だ。
「あなた・・・誰なの?」
「おやおや。まさかミユさんまであの男の様な記憶力になってしまったのかなぁ?」
自分の事を知っている。そこから記憶を探る様に思い出す美遊。すると1人だけ、声に合致する人物が居た。
「・・・アルト、くん?」
「ふっ、ふふふふ。そのとぉおおおおおおおおおおおり!!だがミユさん!い~や、ミユぅ!!俺には様を付けろ!何たって俺様は勇者なんだからなああああああっ!!」
そうその人では無い姿をした人間の正体はあのアルトだった。
「何でこんな事をっ!!」
美遊の隣に浮遊してとどまったアイリスが怒った声で聞く。アルトが喋っている間に飛んで来ていたのだろう。
「ナンデ?ああ、解らないなら教えてあげよう。理由は1つだけ。この国からあのクズを炙り出して命乞いをさせながら殺すために決まってるだろうっ!!」
「「・・・・・・」」
アルトの理由は余りに単純。自分のプライドを守るためだけという自分勝手なものだった。それを理解した2人は怒りを隠せず無意識に握り拳を震わせていた。
「そんな理由でこんな事をしたって言うの?」
「ソンナ?ああっ!クククッ。いやぁ、すまないすまない。まさかこの程度の事で怒っているとは思わなかったよ。まあ仕方ないか。最強過ぎる俺様の考えがお前達には理解が及ばないだけなのだから」
「いったいどれだけの人が死んだと思っているんですか!!」
「はぁ~。仕方ない。頭の悪い君達に教えてあげよう」
そう言うとアルトは脇に抱えていた少女を片腕で抱くように持ち変えてアイリス達にその少女の顔を見せる。アイリスにはその少女に見覚えがあった。周一が行っていたあの店の少女。あの時父の店を守って欲しいと言っていた親子の娘だ。
そしてアルトはもう片方の手で少女の胸を服越しに揉みながら顔を舌で顎から口、そして鼻先までを辿る様に舐めた。
「ひっ」
寒気に思わず声に出してしまう美遊。
だが見ていた美遊よりもされた本人の方がずっと嫌なはずなのに少女に何の反応も見られなかった。いや、すでに反応はあった。初めから何かの絶望に飲まれている表情をしていたのだから。
「その子に何をしたの?」
アイリスは問う。普通なら最低でも美遊の様な反応をしなければいけない少女。なのに指先1つ、瞼さえ動かさなかった。それはもう絶望の顔をした人形の様だった。
「何も。ただ俺様はこう言った顔が好きでね。そう。俺様に逆らわず、ただされるがままの玩具の様な女がね。これを見つけた時には股間が疼いて仕方なかったよ」
「・・・あなたの方がよっぽどクズよ」
「んー?何を言っているのかなぁ?お前達も俺様の玩具になるんだ」
そう言ったアルトに身構える2人。それを見たアルトの表情がニヤける。
「だから俺様の事を呼ぶ時はご主人様、だろおおおおおおおお!!」
その叫びと共にアルトは少女の胸を揉んでいた片手を離してアイリス達に突き出し、大きなオレンジ色の魔法陣とを出すと、そこから燃えた大きな岩が現れ、アイリス達に向かって発射される。
それを咄嗟にアイリスと美遊は魔力壁を作って防御する。だが威力が高い所為か数秒程両者の力がぶつかり合い、やがて力を無くした岩が街中へと落下する。
「いやあ流石。本気を出していないとはいえ、2人がかりで俺様の力を防ぐとはね。これでより君達を屈服させた時の高揚感が・・・ああ想像しただけでたまらないねえ」
「(あれで本気じゃないのっ!?)」
内心で焦る美遊。魔力壁をアイリスと2人全力で出してやっと防げていたと思っていたが実際はアイリスの魔力壁がほとんど攻撃を防いでいた。アイリスはそれを口には出さなかったが、この後もしミユばかりが狙われたら守り続けられる自信が無い事に焦りを感じた。
そんな2人の表情を見たアルトはこれなら交渉しやすいと思い提案を出した。
「さて、俺様の狙いはさっき言った通りあのクズ1人だけなんだが、奴は何処だ?」
「知ってても教えると思うのかな?」
「いやいやアイリス。俺様としては別にこの国を滅ぼしてもいいと思っているのですよ。何故ならあんなクズを匿うような国などクズと変わりないですからねえ」
「あなた、本当に勇者なのかな?」
「はい?それはどういう意味だ?」
「言葉の通りだよ。あなたは勇者としての行動が出来ているの?」
「ふんっ。何を言うかと思えばそんなくだらない事を。勇者としての行動?馬鹿馬鹿しい。勇者は世界最強であるべき。そして世界最強の力を手に入れた俺様は勇者!そんな事も理解出来ないのかい、お姫様?」
「・・・やっぱり、あなたは何も解ってない。ルーちゃん、剣」
そう言ったアイリスは天に手をかざすと突如何処からか魔剣の様な禍々しい黒い剣が現れる。それを片手で掴むとその黒い魔剣が白い聖剣の様に姿を変える。そしてそれをアルトに向けて構えた。
「へぇ~。それが噂の光と闇の剣か。まさかそんな風に一瞬で姿が変わるとは。まさしく俺様の剣として相応しい」
「相応しいも何もあなたにこれを渡すつもりなんてないかな」
「いや、渡すさ。アイリス。君の体も一緒にね」
そう言いながらアルトは店の少女を盾にする様に持ってアイリス達に見せつける。
「今、俺様に闘いを挑めば確実にこの女は死ぬだろうなあ。そして例えこの女を見殺しにそれで俺様に斬りかかって来たとしても切断して死ぬのはこの女だけだ」
「っ!?」
「そうだよアイリス!今闘ったらあの子が危ない!それにアルト君は能力によって攻撃が全く効かないんだよ!!」
嘲笑うように言うアルトに美遊が補足するように説明する。
「ああ。ミユさん。付け加えるなら例え、もし、万が一、いやそもそも絶対にあり得ないが。傷を負ったとしても。超回復と言う力をも手に入れた俺様に勝ち目は無い。と言うか殺す事は絶対に出来ない」
「超、回復?」
「ええ。どんな致命傷を負ったとしても魔力を込めればすぐさま治ってしまう。この力はダンジョンの最下層クラスの魔物が持っているらしいが、その能力を手にする方法が本に載っていたと大臣が知っていたらしくてね。人の体では堪えられないと言われたが、俺様にはこの最強の能力があったからね。おかげで土魔法しか使えなかった俺様が火の魔法、そして特典に翼が付いて飛べるようになった。まあ、この尻尾は流石に要らなかったが兎に角、外側だろうがあのクズが弱点だと思っていた目の様な内側をやられようが一瞬で治せてしまう訳さ」
アルトが流暢に語りだす。
「マリー!!」
そんな語りが終わると同時に誰かの名を呼ぶ少女の声が聞こえる。全員がその声の元へと視線を向けると少し身長が高い黒髪ロングの少女がこちらを見つめて立っていた。その少女の街娘の様な服は所々焼け焦げ、血が染みついていた。きっと彼女が男性が言っていた譲ちゃんと呼ばれていた女性なのだろう。
「(探していたのはこの娘だったのか)」
「え?」
脳内に聞こえたルシファーの声に思わず声が出るアイリス。
「おやおや。まさかこんなクズな国にこんな美少女が居たなんてね。アレも俺様の玩具に加えるとす・・・」
アルトはまるで時間の流れが遅くなったかの様に感じた。何故なら瞬きをした瞬間、燃える街中に立っていた街娘は消えていて、そして気付けば宙を飛び、アルトの目の前で右手で握り拳を構えているのが見えたからだ。
「放して」
「ぐがぁあっ!!?」
そう言うと同時に街娘はアルトの顔面を殴り、そして燃える街中へとブッ飛ばした。その拍子に解放されたマリーと呼ばれた店の娘を優しく抱く様に受け止める街娘。
そんな一瞬に起きた出来事をただポカンと見ていたアイリスと美遊。どうやら2人は何が起きたか理解できていないらしい。
『さっすがリンリン!』
「怪我は?」
『・・・・・・うん。精神状態以外は右足の擦り傷だけかな』
何処からか現れた見た事のある板に映る銀髪少女が動き回ってマリーの状態を確認した。
「そっか・・・ごめんねマリー。私があの時あいつを殺していたらこんな事にはならなかったかも知れないのに・・・美遊。この子をお願いね」
「えっ、あ、はいっ」
そう言いながらは街娘は箒の上に座っている美遊にマリーをお姫様抱っこをさせる形で預けた。そして街娘は殴り飛ばした相手の方を向く。
『だとしてもリンリンの所為じゃないって。そもそもあいつがこんな事しなければ、なんだよ』
「うん。でもケジメはつけないとね」
『もぉ~。真面目なんだからリンリンは~・・・ってどうしたの2人共?』
板の少女が固まっている2人に気付いて声をかけた。
「え、えっと。イリス。説明して欲しいんだけど・・・そ、その」
「なんで円道さんと一緒に居ないでその人と居るの?その人誰なの?」
戸惑う2人。そんな2人に呆れてため息を吐く板に映る銀髪美少女イリス。
『お風呂入る前に顔は見せたはずでしょ?』
「え、えええ、ええっ!!?」
「ま、まさかっ!?え、えんどうさんんんっ!!?」
その声に振り返った街娘が口を開く。
「ん?違うよ。私は・・・ってアレ?ねえイリス。私、アイリス達に自己紹介しなかったっけ?」
『あー。その姿は写真だけしか見せて無いからしてなかったかも』
「そっか。それじゃあ・・・よっ・・ほっ・・うんっ。これでよしっ」
そう言って街娘は身だしなみを整えてからアイリスと美遊に向き直る。
「私はリンネ!よろしくねっ☆」
・・・と、可愛いポーズをとり、ウィンクをして自己紹介をした。なお、スカートが揺らめいているが血染めや焦げ跡、そして背景が燃え盛る街の所為で可愛さよりもバイオレンスが勝ってると思ったイリスだった。
「「ええええええええええええええええええええっっ!!!!?!?」」
だがそんな事よりも目の前の人物に2人の叫びが燃える街中に響き渡った。




