最後の挨拶
二話同時投稿しております
最終話
ある朝、『ミューズ』で働く青年が不機嫌そうな上司に何冊か本を手渡された。
「これを配架するように」
そう言ってそそくさと去る。作者名を見て、ああ、と納得した。
道理でエントランスで客に挨拶するのが仕事の下っ端店員に回ってくるわけだ。
『ミューズ』の経営者もこの間の芝居で『ケイン・ルージュ』が支持されていることを認めざるを得なくなったのだ。というか、そもそも誘われたのは上得意のキッソン侯爵の口利きだったのだが、まさか本人が主役を張っているとは思うまい。彼こそが『ケイン・ルージュ』の一番の支持者だったというわけだ。
経営者の話によると、侯爵は本職が真っ青な熱演ぶりを披露したという。遠くから見かける限り、そんなことをしそうに思えなかったのだが、人間とはよくわからないものだ。しかもそこで『ケイン・ルージュ』への愛を堂々と告白したとのことである。さすが貴族様はやることが大仰というか、ある意味羨ましいというか。
だが、言ってはなんだが、あまり釣り合うとは思えない二人だ。
仕事の空き時間を見つけて、新着の本を集めた本棚の方に向かう。するとすでに本を入れるために空けられたスペースの前で、見知った令嬢が立っている。
「ごきげんよう!」
元気なお返事をしてくれたのは一躍時の人となったセフィーヌ嬢であった。今日も今日とて自然体で緊張知らず。
「わたくしのことは気にしないでお仕事を続けてくださいな」
そう言われてしまえば仕方がなく、青年は目を輝かせる令嬢の前で、彼女の書いた本を並べていく。背中からでもわかる。彼女は今、ものすごく上機嫌に笑っているのだ。
並び終えたところで振り返ると案の定、笑顔。足取り軽くその場を離れていく。もしかしたら自分の本が並ぶのを見るためだけに今日は来店したのかもしれない。
件の本棚から少し離れたところで、今度は別の人物を見かけた。もう一人の渦中の人物である。気になったので何をするのか見ていると、さきほどまでセフィーヌ嬢がいた辺りに立って、彼女の本で埋まった本棚を見て、やはり満足そうに頬を緩めている。甘い微笑み。見てはいけないものを見てしまった気がして、彼はそっと視線を逸らしたところで。
「どうしたの?」
去ったはずのセフィーヌ嬢が何冊か本を腕に抱えて立っている。彼女は青年の見ていた方向を見て、ああ、と得心し、すぐさま「ごきげんよう!」と駆け寄っていく。侯爵は軽く手をあげて、何事かを令嬢に告げつつ、令嬢の抱えた本を奪う。大方、挨拶の返しだろう。
それにしても二人とも表情がずいぶんと柔らかい。侯爵が忍び笑いをすれば、令嬢はふくれ面を見せて相手の袖を引っ張り、何か呟けば侯爵の顔は甘く崩れる。令嬢はそれに頬をうっすらと赤らめて。
なんだ、お似合いではないか。
青年がついつい立ち聞きしていると、二人の間で話はまとまったようで、本棚の林から出て、貸出の手続きを済ませてエントランスへと向かっていく。
外に開かれた木製のドアの前で、ふいにセフィーヌ嬢は振り返る。青年と目が合う。
「さよなら!」
笑顔の彼女は侯爵に取られていない方の手をひらひらと振った。




