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プロローグ

暁闇が山々を呑み込む頃、雨が静かに軒先を叩き始めた。


囲炉裏の火が揺れて、私の影を古い壁に映す。鍋の中では、摘んだばかりの山菜が小さく泡を立てていた。


彼はいつも、あの隅に座っている。背を丸め、大きな角を天井に向けたまま、じっと動かない。まるで、自分がそこにいることを許してもらっているかのような、遠慮がちな姿勢だった。


私は湯呑みに茶を注ぎ、彼の前に差し出した。鬼とは思えないほど、その指先は器用に、しかしひどく慎重に、湯呑みを受け取った。


その時、袖口から覗いた手首に、古い傷跡があるのを見つけた。刃物でつけられたものではない。爪で、自らを傷つけた痕――彼自身の爪だ。


人は鬼を恐れる。だが、自分自身を傷つけるほどに、彼は何を恐れたのだろうか。


雨音だけが部屋を満たす。彼は茶を一口含み、ぽつりと言った。


「……寒くはないか。」


それは、私がずっと彼に問いたかった言葉だった。


この物語は、鬼が人を守る話ではない。人が、鬼の孤独を抱きしめる話だ。

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