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第四十五話:ここはどこですか?虫国国境です

「はじめ様!! この『ナットウ』っていうの、わたくしの愛と同じくらい粘り気がすごいのね!! さあ、はじめ様、あーんして!!」


 案の定、嵐のようにベアトが乱入してきた。朝からフルスロットルの愛の重さに、はじめは納豆を混ぜる箸を止めて、力なく首を振った。


「……ベアトさん。……あーん、とかいいですから。それより見てくださいよ、この納豆。……糸の引き方が、俺の残業代未払い問題くらい根深いんですよ。……あ、女将さん。……その、当然のように僕の荷物を『観光客のパッキング』として整理し直すの、やめてもらえます? ……その触手の動き、どう見ても世間知らずの動きじゃないですよね!?」


「あらぁ~、はじめさん。私、ただの宿の女将ですから、お片付けは得意なんですのよぉ~、うふふ」


墨花は、はじめのツッコミなど心地よいBGM程度にしか聞いていない。その隣では、琥珀がサケの皮を美味しそうに咀嚼しながら、「ねぇ、はじめ様、森羅万象様がね、門の外に『最速の馬』を用意したって言ってたよ!」と、さらなるデスマーチの開始を無邪気に告げる。


「ほら、琥珀ちゃん。食べながらしゃべっちゃだめでしょ。めっ」


 それまで静かに味噌汁を口にしていたりりが、箸を置いて琥珀をジロリと見据えた。その瞳には、かつてはじめが驚愕したあの「古の演算機」を思わせるような、絶対的な規律の光が宿っている。


「……あ、……おねえちゃん。……ごめんなさいーぃ……」


 さっきまでの無邪気さはどこへやら、琥珀はサケの皮を飲み込むと、しゅんとして小さくなった。はじめはその光景を、納豆を糸引かせながら呆然と見守る。


(……。……。……。……。……。

 ……あー。……りりちゃん、怒るとあんなに迫力あるんだ。……琥珀ちゃんという暴走プログラムを物理以外で停止させられるのは、世界広しといえども、あのお姉ちゃんの『めっ』だけなんじゃないか……?)


「はじめ様。……現実逃避はそこまでです。姉妹の教育方針を分析している暇があったら、最後の一口を飲み込んでください。……しん様は、既にお見送り(監視)のために城門の上で待機されています」


 アルトが非情なタイムスタンプを突きつける。はじめは「……せめて、お茶くらい、ゆっくり飲ませろよぉ……!!」と最後のボヤキを味噌汁と共に飲み込んだ。


城門の前に用意されていたのは、馬というよりは小型の恐竜に近い、筋骨隆々とした二本脚の騎獣だった。はじめはその「いかにも振動が激しそうなシート」を見て、早くも腰のあたりにデバッグが必要な痛みを感じた。


「はじめーー!! 尻を浮かせて乗れぇぇ!! 尻の皮がデリートされても、余は知らんぞぉぉ!!」


 門の上から、金粉混じりの豪快な笑い声が降ってくる。見上げれば、黄金の着流しを翻したしんさんが、歯を見せて笑っていた。


「……上様!! アドバイスありがとうございますけど、その前に言うことあるでしょ!! 結局、何の説明もないまま俺を西に放り出すんですか!? 納期(行き先)だけ決めて仕様書もなしかよバカ野郎ぉぉ!!」


「はっはっは!! 忘れておったわ!! これを持ってゆけぇ!!」


 しんさんが放り投げたのは、黄金の糸で刺繍された、仰々しいほど豪華な革のフォルダだった。慌ててキャッチしたはじめが中を確認すると、そこには『獣王・森羅万象』の刻印が刻まれた、禍々しいほど威厳のある文書が収められていた。


「……これ、なんですか。金色の請求書ですか?」


「はじめ様。……それは『通行許可証パスポート』です。翼を持たぬ貴方が、虫国の国境にある強固な防壁パッチ……『大断崖の検問』を無傷で通るための、唯一の公式キーですよ」


 アルトが当然のように補足する。はじめは、その文書の重みに手が震えた。


(……。……。……。……。……。

 ……あー。……なるほどね。……これを貰うために、わざわざ最短ルートでこの金ピカな男のところへ寄らされたわけだ。……一国の王の直筆サイン入りの身分証(IDカード)かよ……。紛失したら、それこそ人生が強制終了シャットダウンするやつじゃないですかぁ……!!)


「大事に持っておけよ、はじめ!! それを無くせば、お主はただの『歩く不審者』としてヴェスパの騎士たちに串刺しにされるからな!! はっはっは!! さあ、行けぇ!!」


「……笑い事じゃないんですよぉぉ!!」


 はじめの叫びを合図にするように、最速の騎獣が砂埃を上げて西へと蹴り出した。


「……。……。……あ、アルトさん。……アルトさぁぁん!! ちょっと止めて!! 一時停止ポーズ!!」


 はじめが悲鳴を上げ、騎獣が急停止する。はじめは鞍から崩れ落ち、震える手で自分の荷物をひっくり返した。


「……ない。……お土産がない。アルトさん、俺、女王様への菓子折りをインベントリ(荷物)に入れ忘れた……!! これじゃ『お世話になった社員アルトを返しにきました、手ぶらですけど』っていう、最悪のビジネスマナーですよ!! 不敬罪で物理デリート確定じゃないですかぁ!!」


「はじめ様、今更そんな……。引き返していては、ヴェスパ様の不興をさらに買うことになります」


 絶望に打ちひしがれ、はじめが「終わった……俺のキャリア、ここで強制終了エンディングだ……」と天を仰いだ、その時だった。


「……あら? はじめさん、その貴方の荷物の隅にある……この立派な木箱は何かしら?」


 墨花が首をかしげ、はじめの荷物の奥、いつの間にか(・・・・)紛れ込んでいた布包みを指差した。はじめは目を丸くし、自分の記憶にないその物体を引き寄せた。


「……え? あ、あれ? こんなの、入れた覚え……。……いや、待てよ。……あ!! さては昨日の宴会の後、しんさんの部下が勝手にパッキングしやがったな!? あの金ピカ男、嫌がらせのつもりか、それとも……」


 はじめが慌てて包みを開けると、そこには魚人国の最高級ブランド『翠玉干し』の詰め合わせが、完璧な状態で収められていた。


「……翠玉。魚人国の、これめちゃくちゃ高いやつじゃ……。……。……あー。……あの、しんさん。適当に見えて、こういう『接待の基本パッチ』だけは完璧に当ててくるんだな……。助かった……助かったけど、またあの人に借りができちゃったじゃないかバカ野郎ぉぉ!!」


(……。……。……。……。……。

 ……ふふふ。……はじめさん。……『しんさん』が用意したと思ってくださるなら、それが一番ですわぁ〜……)


 はじめが黄金のフォルダと干物の木箱を抱えて安堵の息を漏らす横で、墨花は誰にも気づかれぬよう、隠密としての微笑みを闇に溶け込ませた。


「はじめ様。……借りの精算についてボヤくのは後回しにしてください。……見えましたよ。虫国の防壁、大断崖の検問所です」


 アルトが指差した先。

 雲を突き抜けるような巨大な絶壁の麓に、無数の「針」のような塔が聳え立つ、虫国の国境がその威容を現した。


「……。……。……。……。……。

 ……あー。……あんな尖った建物ばかりのところに、干物一つで突撃(営業)かよ。……。……。……ベアトさん。いいですか? 女王様に会ったら、絶対に『年増』なんて単語、キャッシュ(記憶)からも消去しておいてくださいよ……!?」


「わかってるわよ、はじめ様!! ……(小声で)あの年増に、はじめ様を惚れ直させるような隙は見せないわ……!」


「……聞こえてるから!! その小声、120デシベルくらいで俺の鼓膜に刺さってるからぁぁ!!」


 はじめの叫びも虚しく、最速の騎獣はついに、虫国の騎士たちが待ち構える巨大な門へと突入した。


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