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第百二十話:第三幕。救出作戦

教皇庁を退出し、セイント・ベルナルド教会へと戻ったはじめとアイ。

だが、アイは息も絶え絶えに、今にも倒れそうな勢いだった。


「りりさん、レイラさん。とりあえずアイさんを、お二人で部屋まで運んであげて下さい」


はじめの指示で、2人はぐったりしたアイを抱きかかえて、寝室に運ぶ。


その直後にはじめは、真っ先に無線機に手を伸ばした。

耳朶に響く微かなノイズ。その先にいるのは、潜入中の墨花だ。


「……墨花さん。聞こえますか?」


「……聞こえるわ。……周りに人がいるので、手短に返事するわ……」


墨花の声は低く、張り詰めていた。潜伏先にて、薄氷を踏む思いで掻い潜っているのだろう。はじめは、迷うことなく本題を告げる。


「了解です。まず状況から。ルチ教皇から、家族の保護の了解を得ました。救出後のシェルターは確保できています」


「……了解……」


無線の向こうで、墨花が小さく息を呑む気配がした。教皇という巨大な駒を、はじめが完全に味方に引き入れたことへの安堵。だが、はじめの次の言葉が、その空気を一変させた。


「あと、アイさんですが……今回の訪問で力を使い果たしました。今夜の救出には参加させません。いいですね」


「……!」


一瞬、ノイズだけが支配する沈黙が流れた。墨花にとって、アイの認識阻害は作戦の根幹。それを欠いた状態での強襲は、死地へ飛び込むに等しい。

だが、はじめの瞳には、アイをこれ以上摩耗させないという鉄の意志が宿っていた。


「……了解。はじめ様がそう決めたのなら、それが最善なのでしょうね」


驚きを、墨花は一秒で冷徹に処理し、はじめへの全幅の信頼を乗せた声で応じた。

アイを欠いた状態での、力と力の正面衝突。その覚悟が、無線の波に乗ってはじめにも伝わった。


「……ありがとうございます。では、今夜決行しましょう」


無線越しに、はじめの声が再び低く響く。


「……決行前に、アイさんをルチ教皇に預けます。どのみち、救出後にこの教会へ戻ることはできないですから。……なら先に、合流地点へ連れて行きます」


「……了解……」


墨花の短くも重みのある返答。それは、退路を断ち、教皇という巨大な盾の懐へ全てを賭けるはじめの判断への、最上の賛辞だった。


「で、墨ねぇ。本当に問題ないんだよね?」


沈黙を破り、まおが割って入る。その声には、仲間を案じる隠しきれない不安が滲んでいた。


「……問題ないわ。まお、心配性ね……」


「墨花ねぇ様。では、何時ごろが、一番よさそうかしら?」


ベアトの冷静な問いに、墨花は淀みなく応じる。


「……23時頃よ。その時間が一番、警備が手薄になるわ……」


「わかった。では、今からアイさんを送り届けた後、現場に向かおう。時間というのは生ものだからな」


レイラが精霊たちの気配を纏わせながら、鋭い視線で作戦の秒読みを告げる。


「では、先にヒール」


りりが静かに手をかざすと、清らかな光が眠るアイを包み込んだ。その光は、疲弊した彼女の精神を優しく癒していく。


「琥珀ちゃん。アイさんと一緒に、教皇庁で待機していてもいいのよ?」


りりの問いかけに、琥珀は小さな拳を握りしめ、力強く首を振った。


「りりねぇ、そんなこと言うの? 私だって、チームはじめだよ!」


その言葉に、その場にいた全員の口角が、微かに上がった。


「……では、行動方針は決まったな。アイさんを先に送り届け、全員で現地に行こう」


はじめたちは、今日まで自分たちを支えてくれた神父やシスターに、心からの感謝を伝えた。

思い出の詰まった教会の灯りが落とされる。

それは、一時の安寧との別れであり、天使国の闇をハックする、真の戦いの始まりだった。


アイとシスタールチアを教皇庁の聖域へと預け、はじめたちは夜の帳を切り裂くように駆けた。

目的地は、かつて墨花とまおが突き止めた、物資集積所を装った偽装監禁施設だ。


「……今よ。全員、実行にうつして」


潜入していた墨花の鋭い合図が無線を叩く。

その瞬間、はじめたちは音のない嵐となって施設へ突入した。

アイの人形化はない。だが、レイラが放つ二体の精霊が、白銀の旋風となって廊下を吹き抜ける。

警備の兵士たちは、何が起きたか理解する間もなく、精霊の衝撃に打たれて次々と、石畳へと沈んでいった。


「……殺すな。眠らせるだけでいい」


はじめの冷徹な声が響く。

鉄格子の嵌まった地下独房。そこには、恐怖に身を寄せ合うエリオ、マーサ、そして幼いテオの姿があった。イフリートがその扉を溶解する。


「……遅くなって、すまない。もう大丈夫だ」


「あー!ほんま、かんにんやで。 死亡フラグじゃなくて、マジでよかったわぁ!」


テオの枕元で発光を抑えていたケルちゃんが、ぬいぐるみの体で飛び跳ねて安堵の声を上げた。

だが、はじめの視線はすでに、奥の監視室で腰を抜かしている現場責任者へと固定されていた。


「……仕上げだ。こいつを連れて行く」


まおは、その男の襟首を掴み上げると、抵抗する間もなく意識を刈り取った。

琥珀が小さいながらに、その怪力を見せ、荷物のように肩に担いだ。


「撤収!教皇庁の裏門へ急げ!」


一行は、追い縋る増援を精霊の壁で弾き飛ばしながら、夜の街を最短距離で駆け抜ける。

やがて、教皇庁の裏門。

そこには、ルチアーノ教皇が、約束通りの微笑みを湛えて、重厚な扉を開けて待っていた。


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