屋敷への招待
とある地方の探偵事務所を営む龍崎 明とそのアルバイトの女子大生、網谷 夏海はメイドカフェの店員として働く荒井 幸那から「職場の新人がおかしい」と調査の依頼を受けた。
その調査対象のメイドカフェの新人店員である仮留 愛羽の身辺調査をしていく内、退勤後の愛羽を追っていく中、裏路地で宙に浮く瞬間を目の当たりにしてしまう。
龍崎達は、調査対象であるメイドカフェの新人アルバイト「仮留愛羽」の調査中に、超常的な現象を目の当たりにした。
ただ事ではないと直感した二人は、急いで事務所へ戻り、緊急作戦会議を開いていた。
二人は神妙な面持ちで、デスク前の椅子とソファに腰掛けていた。
「ねぇアキさん。私達……何か変な夢でも見てるんじゃないですか?」
「なら俺がつねってやろうか?」
「遠慮しときマス」
そんな軽い現実逃避をする余裕もなく、項垂れる夏海をよそに龍崎は今回の調査結果を記録することにした。
カタカタとタイピング音を響かせながら淡々と文字を打ち込む。
夏海はそんな龍崎の後ろに回り、パソコンの画面を覗く。
[調査結果 1日目]
調査対象 仮留愛羽 年齢:19歳(本人申告)
所感:可愛い 楽しい また遊びたい
退勤後、路地裏にて空中浮遊?
といった内容の記録だった。
夏海は明らかに私情の入った一行を見て訝しむ。ジト目で龍崎を見つめ、龍崎はビクッと肩を震わせる。
「アキさん? 三行目要ります? これ私情ですよね? 仕事中何してんですか?」
「バカ野郎! 覗くな! これは……大事な調査資料なんだよ!」
龍崎の見苦しい言い訳に呆れたようにソファに座り直す。
冷や汗を滴らせた龍崎は、咳払いをしてパソコンを閉じる。
「まぁお遊びは置いておいてだ。今回の事も踏まえて次回の調査はどうするか考えるぞ。調査対象もヤバそうだが、あの店も相当ヤバい。何だあのブラックホールは? 油断したら俺たち入り浸って破産するぞ?」
「そうですね。あのお店は相当厄介ですよ。あのお店、楽し過ぎます。店員の子も滅茶苦茶可愛いしやっぱり調査対象の愛羽ちゃんことアイちゃんヤバいですよ」
「おい逆だ逆。アイちゃんに引っ張られ過ぎて調査どころじゃなくなってる」
「急に冷静になるのやめてくださいよ……」
もはや感想会と化していた作戦会議は、龍崎が真面目な表情を見せたことでようやく本来の目的を取り戻した。
「まぁ冗談は置いておいてだ。冷静に考えて空中に浮き始めた時点でもう只者じゃないのは確定だな。それに依頼主の荒井さんの事前情報によればやけに丈夫で力もあるらしいな。宙に浮くのも嘘じゃなかったしその辺りも信じていいだろう」
「そうですね。下手に接触し過ぎて抵抗されては危険かも知れません。慎重に探っていくべきですよね」
「そうだがこちらも予算がだなぁ……そう何度もあの店に通えないぞ?」
龍崎は予算用の通帳を見てため息を漏らす。
貧乏探偵には通える回数が限られていた。
別の調査方法を考えるにも良い案が中々浮かばない。
「あっもうこんな時間……じゃあ私この辺で帰りますねー。また何か決まったら教えてくださいねー」
そう言いながら夏海はカバンを持って帰っていく。結局何も案が出ないまま、龍崎は一人事務所に残される。
龍崎は腕を組んで事務所の窓に目をやった。夕日が窓から差し込み事務所をオレンジに照らす。
「久々の依頼だって息巻いたけど……まさかこんな信じられねぇ事象に巻き込まれるとはな……」
静寂が支配する事務所内に、ポツリと龍崎の独り言だけが消えていった。
――翌日。
一人事務所の鍵を開け龍崎は事務所の片づけから入る。
内装を整え新しい一日に備えて気持ちを引き締める。
すると背後でガチャリと扉の開く音がする。龍崎が振り返るとそこには夏海が立っていた。
「おはようございまーす。今日講義ないんで時給稼ぎに手伝いに来ましたよー」
そう言いながら鞄をおいてソファに座る。
ペットボトルのお茶を取り出して一口飲むと口を開いた。
「それで? 今日はどうするんですか? もっかいメイド喫茶で遊ぶんですか? 私はそれでもいいですけど」
「バカ野郎そんな金ねぇって。今日は周辺調査だ。メイド喫茶の近辺と愛羽の消えたあの場所の周辺を調査する。何か手がかりが落ちているかもしれん」
こうして2人は調査の支度をし事務所を出てメイドカフェ「ホームメイド」の近辺へと足を運ぶ。
朝方のメイドカフェの近辺はまだオープンまで時間もあるということで人通りは多いわけではなかった。
「人、いませんねぇ」
「まぁここ都会じゃないしな。平日の朝なんてこんなもんだろ」
人通りの少ない店の前でなんとか手がかりが無いか探していると、そこに今回の件の依頼主である荒井 幸那が通りかかった。
「あれ? 探偵さんと助手の女の子……」
「荒井さんじゃないですかー! おはようございまーす!」
荒井は私服姿で店の前まで来ている。夏海が挨拶すると笑顔でそれに応えた。
「おはようございます。荒井さんは今日はどうされたのですか?」
「ええ、私この店の店長なので開店前の準備に来たんですよ。それより、昨日は愛羽ちゃんを実際に見たんですよね? どうでした? 何かわかりましたか?」
荒井は昨日の調査結果が気になるように龍崎達に尋ねる。龍崎は腕を組んで考えるように口を開いた。
「あの子は可愛……店内では特に目立ったようなことはなかったですね。ですが退勤後を軽く尾行させて頂きました。すると見てしまいましたね。彼女が宙に浮くところを。荒井さんの話が本当であることに確信が持てましたよ。あの子は確かに普通じゃない」
その話を聞いて荒井は安心したような不安なような複雑な表情になり少し俯く。
「そうですか。私の見間違いでなかった事に安心しているようなあの子を不気味に思うような複雑な気持ちになりますね。また何か分かれば教えてください。では私は開店準備がありますのでこれで」
そう言って荒井は店の裏口の方へ入っていく。
それを見送ると二人は昨日、愛羽が宙に浮いて姿を消した裏路地周辺に向かった。
二人は前回愛羽が姿を消した方角を推測してそちらに回り込むようにして周辺の調査を始める。
おそらく愛羽が姿を消した先にあったのは、どこにでもある普通の道路だった。
このことから龍崎は、ただの近道として使ったのか、それとも尾行に気付いていたのか、その二つの可能性を考えた。
「それでもやはりこれと言った手がかりは見つかりませんねー」
「まぁそんなもんだろ。情報も少ない上に大した接触もできてないんだからよ。偶然対象が通りかかりでもしない限り……」
龍崎がそう言った途端、向かいの歩道に一人の人物が姿を現した。
ピンク色のニットシャツに黒のスカートを履いた黒髪のツーサイドアップに赤いリボンが特徴的な美少女、仮留 愛羽が手提げ鞄に野菜などを詰めて偶然歩いていた。
「「い、いたぁぁぁぁ!?」」
思わず二人は声を出して指さす。
二人の大声に愛羽は驚いた様に振り向き目をぱちくりとさせる。しかし顔を覚えていたのかぱぁっと表情を明るくし向かいの歩道から信号を渡って走ってくる。
「あれ〜? 昨日のお客様じゃないですか〜! こんな所で会うなんて奇遇ですね! お二人は何をされていたのですか〜?」
元気一杯な姿で前屈みで上目遣いに覗き込むようなあざとさを見せる愛羽に「おっふ」と声を漏らしながらも平然を装う。
「実は私達探偵なんです! 今は依頼を受けてこの辺りで調査をしているんですよー」
「おい、あまり喋りすぎんなよ」
愛羽は両手を合わせてぱぁっと花が開くような明るい表情で笑う。
「わぁ〜探偵さん! カッコいいです〜! いったいどんな調査をされてるんですか〜? よろしければお聞かせしていただいても?」
龍崎は少し考える素振りをしながら夏海を庇うように少し前に出て尋ねた。
「アイちゃんはこの付近で不思議な現象の話を知らないか? 例えば……人が宙に浮いたりとか?」
「……!」
龍崎は探るような視線で愛羽を見つめる。
愛羽はニッコリ笑顔の仮面が剥がれ落ち驚いた表情を隠しきれないでいる。
どうやら愛羽は察しが良いようで俯いて少し間を置いた後、観念したように肩を落とし顔を上げた。
「それは……どこまで聞いていますか? それとも……見たのですか?」
「ああ、目撃情報もあれば我々も実際に見ている悪いな、昨日少し後をつけさせてもらった」
龍崎はそう告げると愛羽は「やはりか」と言うような顔でため息を漏らした。
「それでは隠しても無駄ですね。あーあ、ついに見つかってしまいましたかぁ~。そうです、私は人間ではないんですよ。お時間よろしければ付いてきてください、私もお買い物を終えて帰るところだったんです。お屋敷に案内します」
愛羽はくるりと180°回転し振り返る。あざとさも少し残しながら誘うような視線を向けてくる。
「お屋敷……」
「情報を得る為だ、付いていくが罠かも知れない……警戒は怠るな」
龍崎と夏海は少し警戒しながら後を付いていく。
暫く愛羽の後ろをついて歩くと街並みに似合わない西洋造りの大きな屋敷が見える。
愛羽はそこの門の前に止まると振り返った。
「ここが私の住むお屋敷です。ここでご主人様に会ってから全てをお話しましょう」
ニコッと笑うと愛羽は門を開けて中へと進んでいく。
二人も緊張の面持ちで警戒しながら後をついていき、屋敷の中へと足を踏み入れる。
そこは、時間の流れから切り離されたような静かな空間だった。
白亜の床に反射する淡い光、天井から垂れる巨大な照明、緩やかに弧を描く階段。
美しく整えられた内装は、一見すると優雅そのものだったが、広すぎる空間にはどこか人の気配を遠ざける冷たさが漂っていた。
漫画のような豪邸に二人は思わず息を呑んだ。
恐る恐る愛羽の後ろを付いていき、ある部屋へと案内される。
案内された広間には、不釣り合いなほどの静寂が漂っていた。
高い天井から吊るされた照明は淡い光を落とし、白い柱が並ぶ空間を幻想的に浮かび上がらせている。
豪華な家具も磨かれた床も、全てが完璧なまでに整えられている。しかしそこには、人が暮らしている温もりよりも、長い年月を閉じ込めた館特有の冷たさが残っていた。
「ひえぇ……本当に豪邸ですね~。なんだか緊張してきました」
「俺もだ。こんな豪邸見たことないぞ。息が詰まりそうだ」
愛羽は二人をソファに座らせ退出する。
暫く部屋の静寂の中に放置され、落ち着かない様子の二人の前に、再び扉が開いた。
部屋に入ってきたのは車椅子に乗った桃色の長髪を後ろで束ねた、中性的な容姿の男性だった。細められた瞳と穏やかな笑みは、一見すると親しみやすいものだったが、その奥には簡単には読み取れない深い静けさがある。
黒衣のようなタートルネックと灰色の外套、胸元に下げられた十字架。
その姿は聖職者のようでもあり、同時に何かを背負う旅人のようでもあった。
後ろではメイド服に着替えた愛羽が車椅子を押し、男性の横に付くように緑の長髪のメイド服を着た少女が立っていた。
男性は机を挟んで二人の正面に車椅子を止めるとニッコリとした笑顔で口を開いた。
「私の屋敷へようこそ探偵さん。愛羽から話は聞いているよ? 愛羽の秘密を知ってしまったようだね」
男性は穏やかな笑みを浮かべているにもかかわらず、その視線には冷徹な鋭さがあり、二人を静かに射抜いていた。
目の前の桃色の髪の男性。その背後には、昨日メイドカフェで見た店員――愛羽が本物のメイドの姿で控えている。そして隣には、護衛のように緑髪の少女が立っていた。
異様な空気に包まれたその場で、二人は理解した。
自分たちは今、超常的な秘密の核心へ足を踏み入れてしまったのだ。
そして――もう、後戻りはできない。
ミニコーナー企画!
「密着! 1日ルーティン! 平日編」
これは登場人物の1人の1日の流れに密着してどの様な1日を送っているのか丸裸にしてしまう。
気になるあの人の意外な一面も知れるかも……?
さて、今回1日密着するのは……
沢渡紫苑 登場シナリオ File2 「Cradle of infection」
今回は沢渡のシナリオ後の特異現象捜査部特殊部隊「GREETER」としての1日に密着する。
AM11:30〜 起床
沢渡は組織から与えられたセーフハウスに住み、そこで目覚める。和泉心陽や名取久代のような他の捜査員とは違い、特異現象捜査部特殊部隊「GREETER」所属である沢渡は警察官としての表の顔を持たず、出勤を免除されている。そのため、沢渡の一日の始まりは基本的に遅く、朝食と称した昼食から始まる。自炊もしないため、行きつけのカフェでランチを嗜んでいる。
PM13:30〜 猫カフェ
平穏な日常の中で沢渡にとって欠かせないもの。それは「猫」。猫好きな沢渡は予定のない日はほぼ毎日猫カフェに通い、猫に癒やしを求めている。
猫カフェの店長曰く「彼が半分以上売り上げに貢献していて彼のおかげで続けられている節がある」らしい。それだけヘビーユーザーの沢渡はここで長い時は日が暮れるまで入り浸る。
PM17:00〜 帰宅&射撃訓練
沢渡には猫と同じくらい熱量を持っているものがある。それが「銃」だ。幼いころから銃に対し憧れを抱き、モデルガン収集が趣味であった……がある日をきっかけにそれは実銃へと変わり、対人特化組織である特殊部隊「GREETER」となった今では「秘密裏に人を殺す為」に引き金を引いている。
PM19:00〜 夕食
前述した通り自炊もしないため、夕食には決まった時間に組織の職員が送られ、夕食を提供している。炊事洗濯はすべて職員に任せており、家事系統はほとんどしない。食事に関しては好き嫌いに煩いため職員には度々怒られている。
PM20:00〜 入浴
沢渡は炊事洗濯を一切しない割には衛生面にはかなり気を使う潔癖である。
部屋は常に清潔に保たれ、整理整頓も抜かりなくキッチリと整えられている。ティンダロスの猟犬を使役するにあたって強烈な刺激臭を放つため、臭いが移っていないか常に気にしている。
PM20:30〜 自由時間
基本的にネットニュースやSNSを使って世間で起こっているニュースや情報を集めている。社会に溶け込む為にニア本部長から「世間話の一つでも出来るように」と言われている。そのおかげか猫カフェでは猫と遊ぶだけでなく店員や店長と話す機会も増えているようだ。更にはもう一つ彼には情報を集めている理由があるようだがそれは秘密だそう。
PM23:00〜 就寝
活動時間の遅さから夜の就寝が遅いのかと思えば実はそんなことはなく案外日付が変わる前には眠りについている。
本人曰く「現実から離れられるから」だそうで意図的に睡眠時間は長く取っているようだ。
特異現象捜査部では特異現象との接触経験から悪夢に苛まれ眠れないという捜査員も多い中、沢渡は耐性が強いのか睡眠を多く取っている。
特異現象捜査部特殊部隊「GREETER」所属の沢渡は、他の捜査員とは違い、表向きの職業を持たないため、平日であろうと毎日が休日のような生活を送っている。しかし、そんな生活を本人は少々退屈に感じているようで、最近は新たな趣味になりそうなものを探していたりもするらしい。
とはいえ、彼の本職は神格の招来や神話生物の召喚など、危険な術式を扱う術者を速やかに殺処分し、脅威を未然に排除する対人特化型の特殊部隊員である。捜査を目的とする一般捜査員とは違い、特異現象との接触だけでなく戦闘に発展する可能性も高いその役目に、同期の和泉心陽ではなく沢渡が就いたのも、彼がそうした日々を過ごす理由の一つなのだろう。




