あのあと 新生活
教会での一件以来、名取と新橋は捜査報告を行い、ルシェル、ギル、デスは聴取を終え、全員が本部長室へ呼び出されていた。
緊張した面持ちの名取と新橋、そしてルシェル、ギル、デスとは裏腹に、特異現象捜査部本部長・這月ニアはどこか上機嫌で座っている。
鼻歌交じりのニア本部長は顔の前で手を組み話を切り出す。
「改めて任務ご苦労だった。報酬の詳細については、先程渡した封筒の中に全て入っている。本当ならそれで話は終わり……なんだけど実はもう一個お話があってね」
そう言うとルシェル達に目を向ける。
「今回の事件の犯人と疑われていた神父、ジョン・ヴィルハートについてだが「自殺」という形で処理させてもらった。そうなると君達ルシェル・ヴィルハート、ギルティア・ヴィルハート、ディズィー・ヴィルハートの3名の引き取り先を決めなくちゃならなくてね。今日はその話をしようと思っているんだよ。どうだい?一応施設育ちの名取くんなら分かると思うだろうけど我が組織にも一応身寄りのない子供を預かる施設は存在する。どうだい? 君達の考えを聞かせてほしい」
ニア本部長はそう言って背もたれに背中を預けて名取達の様子を窺っている。
名取と新橋はルシェル達に目を向ける。
「名取……ルシェル、できれば施設は嫌。息苦しそう」
ルシェルはそう言って名取の袖を摘む。
「そうだよ! ギル達も嫌ー!」
「やーなの」
ギルとデスも施設は嫌そうだ。
だが名取と新橋は共に「う〜ん」と考え込む。
「新橋さん、そっちはダメなんですか? 俺、まだ寮暮らしなんですけど……」
「かく言う俺もワンルームだからな。子供を養うには心許ない」
ルシェル達を養うには少々住居が狭すぎる二人は顔を見合わせているとニア本部長が手を叩き提案した。
「そうだ! 君達、その為に今回の報酬金があるんじゃないか! そのお金で引っ越ししてさ? その子達引き取ってあげるってのはどう? どうやらその子達、施設は嫌そうだしさぁ?」
ニア本部長の提案に名取と新橋は納得する。
一度引っ越した程度では、今回の報酬金を使い切ることはない。名取と新橋は、その提案を受け入れることにした。
問題はどちらが引き取るかであった。
「お前達、これから一緒に暮らすならどっちがいい?」
ルシェル達に問いかけると「う〜ん」と考え込む。そして三人はせーので指を指した。その結果……
ルシェルは名取、ギルとデスは新橋と見事に分かれた。すると「一緒がいい」とでも言い出すのかと思えば案外あっさりと「じゃあ決まり!」と決まってしまった。
「いいのか? 三人一緒じゃなくて?」
名取は心配するようにギルとデスに問いかける。
「いいの! ホントはお姉ちゃんと一緒がいいけどさ。でもギル、新橋おじちゃんに忍術教わりたい!」
「デスもなの」
どうやらギルとデスは新橋が気に入ったようで新橋に引き取ってもらいたいと考えているそうだ。
「ルシェルはいいのか?」
「うん、ギルティアとディズィーがそれでいいなら」
ルシェルも異論はないようだ。
「新橋さんはどうですか?」
「まぁ……騒がしいのが二人来るってのは……少々考えものだがコイツらが俺がいいって言うなら仕方ねぇな」
頬を掻きながら新橋はそう言うものの、どうやら満更でもなさそうだ。
「じゃあ決まりだね! 退寮する時はちゃんと手続きがいるからね! それじゃあこれで晴れて解散!」
そうして名取達は本部長室を後にする。
名取達が新居を見つけるまでの間、ルシェル達姉妹は特異現象捜査部の受け持つ施設に預けられる事となった。
そんな中、新橋だけが残りニア本部長に真剣な面持ちで立っている。
ニア本部長は相変わらず朗らかな表情を浮かべ、新橋の言葉を静かに待っていた。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、新橋は固く握った拳を開くと、静かに口を開いた。
「この仕事辞めます」
――1週間後。
名取は都内のマンションの一室の扉の前にいた。隣には灰色の髪を靡かせ、澄んだ橙色の瞳を持つ天使のような少女、ルシェルがいた。
ガチャッと扉を開ける音が響く。
そこには家具と呼べるものはほとんどなく、ベッドや机など、必要最低限の生活家具しか置かれていない。
一人暮らしの部屋として見ても、もう少し飾り気があっていいほど殺風景だった。
そこに名取とルシェルは二人で暮らしている。
「ルシェル、悪いな。あんまり物無くてさ。また……何か欲しいものとかあれば買ってやるからな? この前のでいっぱいお給料もらったから遠慮しなくていいんだぞ?」
「うん。何か欲しいものができたら言う」
ルシェルは壁に体を預けて窓を眺める。
名取は立ち上がってビニール袋いっぱいのスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に詰めていく。
「ねぇ、名取」
「一緒に暮らす前に約束したはずだぞ? もうルシェルも『名取』なんだ。他人行儀な呼び方はやめろ。俺のことは『久代』って呼んでくれ」
「……うん、久代」
名取は軽く笑う。
そして冷蔵庫に詰め終えると、ルシェルに振り返る。
「家にいたって何もないし退屈だろう? 軽く散歩にでも行こう」
名取の提案にルシェルは振り返る。
少し間を置いてルシェルは頷く。
そして二人は街に出る。
東京の風景はルシェルには新鮮なもののようで、そびえるビルや道路を走る車を見て目を輝かせている。
通り過ぎる自転車でさえ目を奪われるほどだ。
湖畔の小さな村と教会の地下が世界のすべてだった少女には見るもの触れるもの全てが未知であった。
「……すごい」
「初めて見る都会ってそうだよな。まるで別世界だ。俺も未だに慣れないよ」
そう言って名取はルシェルと二人横並びで歩き東京の街を歩く。
ルシェルには都会の街の新鮮さを堪能してもらう為、各地の観光名所を回ることにした。
初めて口にする食べ物。初めて見る景色。その一つ一つが、ルシェルの知らなかった世界を広げていく。
まるで別世界に来たようにルシェルは心を躍らせ東京の街を練り歩いた。
「ルシェル、日も暮れてきたしそろそろ帰ろう」
夕暮れの街並みを、二人はゆっくりと歩いていた。
傾いた太陽が赤く染めた光を道の上へと伸ばし、長く伸びた二人の影が静かに寄り添っている。
名取の隣を歩くルシェルは名取の手を握る。
「久代、今日はありがとう。楽しかった」
名取を見上げるルシェルのその表情は、落ち着いた涼しげな微笑みを浮かべながら、その瞳の奥には、年相応の無邪気な輝きがあった。
「ああ、また来ような」
繋がれた手に強い力は込められていない。ただ、離れる理由もないと言うように、自然な温もりだけがそこにあった。
吹き抜ける夕風が髪を揺らし、街の喧騒が遠くに溶けていく。
二人の歩む先には、新しく始まった平穏と、明日へ続く静かな光が広がっていた。
――時は遡り4日前。
三重県の西部、伊賀へと続く道路を1台の車が駆けていく。そこには青髪の女性が運転席に座り、助手席には隻腕の男。後部座席には灰色の髪の双子の姉妹が座っていた。
「すまないな菖蒲。東京まで迎えに来させて」
「いいえ、頭領のご命令とあらば従うまでです。それがくノ一、伴侶候補というものです」
助手席に座る「頭領」と呼ばれる男、新橋凪助は運転席に座る「菖蒲」と呼ばれる女性と言葉を交わす。
後部座席では車の窓ガラスに双子の姉妹、ギルティアとディズィーが張り付いていた。
「デズ、山ばっかりだね〜」
「何もな〜いなの〜」
東京と比べてギャップを感じているのかそのようなことを口走りながら足をバタバタさせている。
「頭領、後ろの落ち着きのない幼子二人は何なのでしょうか?」
「コイツらは俺が引き取ったんだ。これから俺の養子になるガキ共だ」
菖蒲はミラー越しにギルティアとディズィーを一瞥する。
値踏みするように双子を見た菖蒲はため息を漏らした。
「この子達……がですか……」
「落ち着きのねぇガキ共だが他に引き取り手がいなかったもんでな」
新橋も頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。
新橋達を乗せた車はやがて小さな村のような場所へと辿り着く。
そこは表面上、「服部村」という小さな村であったが、伊賀忍者の末裔達が暮らす忍者の里であった。
山間を抜ける一本の舗装道路。
白線の引かれた道路脇には、赤く点滅する信号機が設置されている。電柱には街灯が並んでいるが、車の往来は極端に少ない。
そして、その先に広がる光景は、都会のそれとは大きく異なっていた。
山々に囲まれた谷間には、黒瓦の屋根を持つ木造家屋が肩を寄せ合うように建ち並び、軒先には干された稲藁が揺れている。
道路の横には広々とした田園が広がっていた。
季節風に揺れる稲穂。水を張った田に映る山の影。古びた石垣の隙間から伸びる苔。まるで、現代という時代の中に、過去の一部分だけが取り残されたような風景だった。
更に暫く進むと、一際大きな木造の屋敷が見えてくる。
屋敷の前には石垣がそびえ立ち近くに寄ればその高さを間近で感じさせられる。
車は門の前で停車する。
車から降りると新橋は懐かしむように深呼吸した。
「ここに来るのも久々だな。もう戻ってこないつもりだったが……分からないものだな」
続いてギルとデズも車から降りた。
「やっとついたなのー」
「もう、車移動が長くて疲れちゃったよー」
ギルとデズは東京からの長旅で疲れたようで大きく背伸びをした。
そんな二人を連れて新橋は屋敷へと入っていく。
玄関の扉を開けると、和装の女性が二人出待ちしていた。
どちらも新橋と二回りほど若く見え、正座をして頭を下げた。
「「おかえりなさいませ。頭領」」
「ああ、ただいま。八芽、紀伊」
そう言って新橋は靴を脱いで上がる。
ギルとデズもそれに習って靴を脱いだ。
「ねぇ、新橋おじちゃん。さっきから言われてるとーりょーって新橋おじちゃんのこと?」
「そうだ。あと凪助でいい。なんせお前達も今日から『新橋』だからな?」
双子がそうなの!? と驚愕する。
「新橋ギルティア……」
「新橋ディズィー……」
双子は自分の名前を何度も復唱しながら長い廊下を抜け広間へと到着する。
広間は一面畳が敷かれ壁には大きな水墨画が飾られ、隅には屏風が飾られている。
正面には8人ほどの和服の女性が正座で頭を下げていた。
「おかえりなさいませ、兄様……いえ、頭領」
正面の若い女性が頭を上げる。
その女性こそ新橋凪助の妹、新橋 摘岐だった。
摘岐は緊張した様子のギルとデズを見ると、優しく微笑んだ。
「里の者一同、頭領のお帰りを心よりお待ちしておりました。第34代服部半蔵としての務めを承諾し、そして伊賀の里へ帰郷された頭領を、この里は誇りに思います」
摘岐の後ろに並ぶ8人に菖蒲と八芽、紀伊が加わり正座する。
「里の未来を担う半蔵様をお支えすること、それが私たちの務めにございます。これよりは、私新橋摘岐と総勢11名のくノ一及び頭領の伴侶候補が日々の生活においても不自由をさせぬよう、尽くさせていただきます」
「……世話になる」
新橋は若干引き気味に答える。
するとくノ一達は一瞬にして広間を後にする。
摘岐は立ち上がると、微笑んだ。
「兄様もお子様もお疲れでしょう。炊事、洗濯、全て任せてゆっくりお休み下さい」
そう言って摘岐も部屋を後にする。
そして新橋はギルとデズに向き直った。
「今日からここがお前達の家だ。部屋は何処を使ってもいいぞ。家の中も自由に使ってくれて良い。だが物は壊すなよ?」
「嘘!? こんな広いお家全部!? すっごーい!」
「好き放題なの!」
大喜びで広間を飛び出し屋敷内を探検に出かけたギルとデズを見送った新橋は縁側から庭を眺めながら一人呟いた。
「俺はもう……十分やったよな。これからは特異現象からは足を洗ってここでひっそりと生きよう」
冬の冷たい空気に包まれた庭で、白く雪化粧を施した景色を眺めながら、新橋はつぶやいたのだった。
かつて命を懸けて戦った者達は、それぞれの居場所を見つけた。
戦いの中で守り抜いた絆を、今度は穏やかな日々の中で育んでいくために。
こうして彼らの新たな生活は、静かな始まりを迎えた。
Go To Next Scenario――
作者からご挨拶
作者のマチフクとーるです。
あのあと 「新生活」をご覧頂きありがとう御座いました。以上をもちましてFile3 「失楽園の少女」は完結となります。
いや〜正直長かったです(笑)
自分でもこんなロングシナリオになる事は想定しておらず、作者自身も執筆時間の確保など様々な問題に直面して参りました。
今後も執筆に波は起こるかと思われますが、楽しみに、気長に待っていただけたらなと思っております。
読者の期待に、面白さで応えられるように日々精進して参ります!
改めましてこの度は「境界異常観測録《Re:Genesis》」第三章シナリオFile3「失楽園の少女」を御覧頂きありがとうござました!




