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断章『手紙の魔女と少年』Ⅲ



 人型自律キカイが開発されたのは、イカイからヒガンへの侵攻がはじまるよりも、ほんのすこし前のことだった。

 ほんものの人と見分けのつかない。

 人の心のようなものを有する、人の似姿。

 人間の個体数が減少しているなかで、次元の裂け目から前線におくりこまれるのは戦闘用キカイたち。

 それでも、現地にはイカイの人間たちが次々に入植していった。

 

 あるいは、キカイにまかなえぬ雑用をこなす兵として。

 あるいは、現場での戦術運用をまかなう技師として。

 あるいは、一攫千金を夢見る開拓者として。


 そして彼らに必要だったのは、慰めだった。

 人のかたちは、戦うことに向いていない。効率のよい殺戮と破壊に関しては、ギデオンのような異形の戦闘用キカイに利があった。


 ならば、人型自律キカイはなんのために創られたのか。

 ──それは、慰めのためだった。



「急ぐよ! 受取人はもうすぐだ!」


 杖の先から伸びる縁の糸をじっと睨んだアンバーが、ジィナの運転するキャブの後部座席で声をはりあげる。

 安宿の物置に眠っていたキャブを拝借してきたのだ。ヒガン製のキカイは、燃料と使い手がいなければ無用の長物だし、換金しようにも素人には難しい。整備性にすぐれた乗り物であるから、ジィナの手でもメンテナンスが可能だった。


「アンバー。喋るか食べるかどちらかは休止してください、悪路だから舌を噛みます」

「…………」

「訂正します、食べるのをやめて」


 馬よりもはやく駆ける二輪自動走行キカイ。

 頬を撫でる風が冷たく、運転するジィナが生身の人間であれば、手がかじかんでしまっていたかもしれない。


「ジィナ。ぜったいに、あの花売りさんの子を助けるよ」


 相変わらず、携行食糧を噛みながらアンバーは、運転席のジィナにしがみつく。

 自分よりもうんと小柄なジィナの腰に手を回すために、アンバーは背中を丸くして縮こまっていた。


「了解。アンバーがそんなにヤル気に満ちているのは、意外です」

「そうかな?」

 

 請け負った配達は、「無事に手紙を届けること」だった。

 それは、あの安宿で縋るように手紙を託してきた赤毛の花売りの女がアンバーにたくした、祈りだ。


 この手紙を受け取る者が、どうか無事であるように。

 生きてこの手紙を読めるように。


 手紙の魔女にかかれば、たとえば死者への手紙とて、無理を通せば届けられない──と思う。

 けれど、それはそれ。


「だって、手紙屋冥利につきるでしょう」

「そうですね。立派です」

「それに……きみが眠っていた場所、行ってみたいと思ってたんだ」

「……その村とジィナはたぶん無関係です」

「それでも、だよ」


 アクセルを開けて、村への道を急ぐ。

 村が、見えてくる。


「……いる」


 ジィナは眼球状部品をこらした。村の周辺に人影が見える。

 まだ距離があるため、寝具を跳ねるノミ程度の大きさにしか見えない。

 人間の肉眼ではとらえられないだろう。

 ジィナはさらにアクセルを開こうとするが……きゅる、という不穏な音とともにキャブの車体が横滑りした。


「うわあ!」

「おっと」


 放り出されたアンバーを、ジィナが空中で受け止めて着地する。

 というか、いったん背中からドスンと落ちたあとに、全身のバネで体勢を立て直している。

 ざざざぁ、とジィナの体躯が土を削る音が響いた。


「大丈夫!?」

「この程度の衝撃でジィナは破損しません、のーぷろぶれむ」


 ぐ、と親指をたてるジィナにアンバーはほっと胸をなで下ろした。

 どんなに人に似ていても、人型自律キカイは儚く弱い生物ではないのだと痛感する。

 今の、ぜったい死んでいる。


 そのときだった。

 村から煙があがった。

 ひとすじ、ふたすじ、さらに火の手があがっていく。

 悲鳴とゲスな笑い声が、アンバーたちのところまで聞こえてくるようだった。


「……っ、はじまってる」


 とっさにキャブを見るが、アンバーの目からみても明らかに車輪の軸が曲がっていた。

 これ以上の走行はできないだろう。

 その瞬間。

 アンバーはジィナの腕からすり抜けて、地面を蹴って。

 全速力で、走り出した。


「え」


 ジィナは軽い驚きを声に滲ませた。

 アンバーが、走った。


 いつだって余裕綽々で、泰然として構えている手紙の魔女が。

 すくなくともジィナと出会ってから、アンバーがこんなに必死に走るところは見たことがない。

 もちろん日頃の運動不足が祟って、颯爽と……とまではいかないが。ぽてぽてという、なんともマヌケな足音が響く。


「かならず……かならずこの手紙を届けるよ」


 魔法で縁の糸を紡ぎ続ける限り、ほかの魔法を使うことはできない。

 それでもアンバーは、走ったのだ。


「……はい。行きましょう」


 ジィナは頷く。


「まだ、なんの魔法も使えないから頼むよ。私の相棒!」

「りょうかい」

「糸はまだ輝いている。縁はまだ、生きてる」

「はい」

「ぜったい、届けるよ」

「あぶそりゅーとりー」


 頷いて。ふと、ジィナは思い出した。

 ボーキョー川のほとり。かつての主人なきヒガンで目覚めたジィナが、この魔女なる存在についていこうと思ったのは──いまを走る彼女の背中が、ジィナの中にある、心によく似たプログラムに働きかけたのだ。


 ──あなたは何を背負っているのか。


 ジィナは思う。

 手紙を届けることだけを、綴られた人の心を伝えることだけを、自らの使命とする魔女。

 彼女が背負う、ジィナの知らない『何か』を少しでも軽くできるのならば。


 ジィナはモッズコートの下から、銃と火炎瓶を取り出す。

 戦闘用に拵えられてはいない躯体でも、戦える。


「魔法がなくても、大丈夫。ジィナがぜんぶ、燃やすから」

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