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キカイ調律師からの手紙(代筆)


 グンドウは、ヤミ医者をやめた。


「俺があんたにやってやれることは、俺ができることだけだ」

「へへ、そう言ってさ、先生ってばどんなケガも直してくれるよな」


 すっかり顔見知りの少年が、誇らしげに包帯がまかれた腕を掲げる。


「馬鹿もん。母ちゃんに心配かけるんじゃないですよ」

「はーい」 

「ったく。ミュゼのこと案じてくれてたって恩があるが、次にくだらんケガしたら追い返すぞ?」

「ひひ、気を付けます!」


 手を振りながらグンドウの工房である地下室を飛び出していく少年に、ミュゼは手を振り返す。 

 人間を模して造られた人型自律キカイの修復と調律を、人間のけがや病気の治療に流用する……もとはグンドウ自身が生き延びるために覚えた手管を、この街のために使っている。

 それも、積極的に。いまやグンドウは、立派な町医者だった。闇ではなく、まっとうなお天道様の下の。


「師匠って、ほんとは社交的だったんだね」

「ほんとはも何も。社交性に欠け生きていけるほど、ヒガンは甘くないんだ」

「職人なのに?」

「職人ってのに胡座かいて、社交性に欠けることを正当化しちゃいかん」

「最近の師匠、なんか偉そう」

「それが弟子の言うことかよ。つーかな、弟子ってんなら言葉使いもちゃんとしてみたらどうだ」


 グンドウの苦言に、ミュゼは「ふむ」と唸った。

 自分が人型自律キカイであると認識してからのミュゼは、以前よりも自由を感じていた。


「たしかに、私が実行しているのは『おじーちゃん』相手の言動かも……しれません。大変失礼いたしました、師匠。お許しを」

「……なんつーか、気味悪いな。敬語、金輪際なしで」

「あはは、なにそれ!」

 

 グンドウの弟子は、くすくすと楽し気に笑いながらキカイいじりの手を止めることはない。


「ねえ、師匠?」

「ん?」

「ジィナ先輩の機体……あんなに強いのに、戦闘用じゃなかった」

「へえ、気がつくか」


 調律師への道は、まだ遠いけれど。

 ミュゼがはじめて調律したキカイ人形──手紙の魔女の相棒であるジィナの躯体は、一般的な人型自律キカイのものとは作りが違うようだということは、わかっていた。

 そして、その違いについて──ミュゼの師匠であるグンドウは、当然わかっていて、触れずにいることもよくわかった。


「俺もあのキカイ人形の全身調律は、今回がはじめてだったからな……驚いたよ。あれは別の用途で作られたもんだろうな」

「別の用途? ジィナ先輩、私よりも人間っぽい機体だったよ?」


 ミュゼは首を傾げる。

 グンドウは、「はて、どうしてものか」と内心で戸惑った。


「もとは、何の用途で開発された機体なんだろうさ」

「……人間っぽい機体が、一番求められる仕事」

「なにそれ、子守とか?」

 

 グンドウは、くしゃりとミュゼの髪をかき回すように撫でる。


「そうさな。お前はまだ知らんでいいよ」


 ミュゼが本当に、ただの子どもとして作られた存在であることがグンドウにとっては嬉しかった。

 けれども、ミュゼは亡き娘の代替品ではない。

 数年に一度、どの街にいても自分を訪ねてくる旧知の魔女──彼女にそっと渡した二通の手紙を思う。


 あの手紙──いや、手紙とも呼べない書き付けが届く頃、愛弟子はどんな調律師になっているのだろうか。

 自らの目で見ることはない未来に思いを馳せるグンドウは、天井を見上げて呟いた。


「……読み書き、習ってみようかねぇ」







※※※


 くいしんぼうの魔女さんへ


 いつもカフェで、たくさん召し上がっていただいてありがとうございます。

 あなたが来ると、お客がみんなパンケーキを注文するから小気味が良かったのですよ。

 餅菓子屋のねえさんも、たいそう喜んでいました。


 さて、お医者様の代筆で、こうして手紙を書いています。

 この手紙のほかに、二通の封筒を同封しています。


・同封した手紙は、ミュゼ宛てである

 手紙は、グンドウが死んだらミュゼに渡すこと


・あなたの相棒のキカイ人形の『本来の用途』が知りたい場合は、古茶色の封筒に同型キカイの設計図の写しを入れたので参照されたし


 お医者さまからは、これだけです。

 どちらも、あなたのご判断にお任せします……とのことでした。

 

 それでは、また。

 町の一同、くいしんぼうの魔女さんとまた会う日を楽しみにお待ちしています。

 ああ、それから。

 これはお医者様に「やっぱり書かなくてもいい」と言われたのですが、書きますね。

 

※※※







 ◆


 野営のために火を焚いて、暖をとる。

 旅の生活。夜の繰り返し。

 ゆらめく炎と心地よい熱に眠気を誘われながら、アンバーは手紙を読んだ。


「どうして笑っているのですか、アンバー」

「いや、なんていうかさ……あのおじいちゃんも可愛いところがあるんだなってね」


 封筒に入れられることもなく、ぺらりと入っていた手紙。

 そこには、どう見ても書き慣れていないヒガン文字で「あいしてる」と書いてあった。


 きっとこのセカイに残されるキカイ人形に遺そうと書き残した、グンドウの言葉。

 どうしようもなく愚直で、どうしようもなく稚拙で、どうしようもなく必要な言葉。


 いくらでも、この手紙を自分で渡す時間はあるだろうに。

 いや、そうではないのか。


「……ほんとに、光栄な配達依頼だね」


 手紙の魔女に──いや、もしかしたら、アンバーという友人に、この手紙を届けるという役割を託してくれたのかもしれない。

 そう思うのは買いかぶりだろうか。

 アンバーもまた、キカイ人形たちと同じ、彼らを見送る者だから。


 ──そして。

 アンバーは、ご丁寧に封印されている設計図の写しの入った封筒をじっと見つめる。

 旅の糧にするために硬く乾燥させた大きなパンを粉ココアに浸して呑み下し、向かいに座るジィナに囁くように問いかけた。


「ねえ、私の護衛さん」

「なんでしょう、世話の焼けるジィナの魔女さん」

「からだの調子はどう?」

「ぱーふぇくとりー。絶好調です」


 ふん、と両腕を曲げて強うそうなポーズ。

 真面目な顔でやるものだから、面白くて仕方がない。

 思わず、ふふっと笑いを漏らして──茶色い封筒を、焚火に放り込んだ。

 ぽぅっと音を立てて、封筒はあっという間に燃え上げる。


「あっ」

「なんだい、ジィナ?」

「手紙、燃やしました……?」

「手紙じゃないよ。設計図だとか、なんとか。手紙の魔女(わたし)には必要ないものだよ」


 燃え上がる設計図を眺めながら、アンバーは呟く。


「……どうだっていいんだよね。きみがかつて、どういう存在だったとしても」

「アンバーは熱でもあるのですか? めらんこりっくです」

「ちがうよ。失礼だな」


 手紙はいつでも、過去から未来へ託される。

 だから、その手紙を運ぶ者である自らも過去に囚われぬ人であるべきだ。

 手紙の魔女アンバーは、おのれの在り方をそう定めているから。


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