第七十話「襲来! イフリート!」⑥
実際、アスカレポートでは、アスカ星系のラース・シンドロームは銀河宇宙のものよりも進化している可能性があると書かれていたので、アスカ陛下の予想した通り、格段に脅威が増しているということだった。
もっとも、自覚症状も無く、試薬でかろうじて反応が出る程度の軽度感染なら、コールドスリープ処理で一度全身を凍らせてから解凍すれば、体内にラース素粒子を取り込んでいたとしても不活性化して発症もしなくなるとヴィルゼットも言っていたから、なんとかなるだろう。
現場の陸戦隊にはAEDS装備の防御反応が出たら、危険エリアだと認識するように情報共有しており、皆、早々と電磁シールドを展開し身を隠しながら、更に距離を取って対応しているようだった。
もっとも、距離を離したのは正解。
攻撃のつもりなのか、いきなり伸びてきた炎が50mくらいの距離まで伸びて、先程まで隊員達が隠れていた辺りを舐めていく。
ひとまず、実体の無いエネルギー生命体との戦いなんて、誰もが未経験……及び腰なのも当然だし、それが正解。
今この場で求められるのは、蛮勇の勇者ではなく、たとえ、味方がバタバタと倒れようが、冷静に戦場を観察し、最適な判断が出来る覚めた賢者なのだ……。
まぁ、その賢者の役を担うのは他ならぬ私だ……ひとまず、後世で愚者と罵られるような無様な真似だけはしないようにしないとな。
さて……100mも離れれば、攻撃も届かないし、感染範囲からも逃れられる……。
ひとまず、各種データと戦場を観察していての結論がそれだった。
なるほど、やはり射程には難がある……と言うことか。
100mなんて、ハンドコイルガンでも余裕の距離なんだがね……なんと言うかショッぺぇな。
そもそも、あんなトロ臭い火炎放射に当たるようなマヌケが、陸戦隊にいる訳がない。
見ている限りでは、レーザーとか撃ってくるわけでもないし、質量任せの一撃を加えてくる様子もない。
図体がデカい上に、熱量で装甲甲板を溶融させているようだが、相応に時間もかかっているようだった。
要するに、実体がない故に物理的攻撃手段が限られており、燃費も悪く、弱点も多い……。
このまま放っておいても、自然と燃え尽きる可能性もある。
その辺りの弱点を補うために、実体化と言う手段を手に入れた……そう言うことか。
なるほどねぇ……。
だが、こうなると接近戦は閉所でもない限り、NGだな。
なんせ、火を消すのにわざわざ炎の中に飛び込んでいくようなもので、それが自殺行為だと言うことは、誰にでも解る。
兵達も手をこまねいているワケもなく、牽制のレールガン射撃を放ち、何発かは明らかに当たっているようだが……当然ながら、怯む様子すら無い。
そうこうしているうちに、レールガンが不発にでもなったのか、次々と放棄されていっている。
携行電磁ランチャー……要するにグレネードランチャーすらも、放棄しているようだった。
何が起きてるんだ? だが、丸腰の状態ながらも、隊員たちも何かを手で断続的に投げつけているようだった。
「マイゼン……なんで、手投げなんかでやってるんだ? 水平投擲なら電磁ランチャーでも使った方が確実だろ」
「ボス……残念ながら、レールガンも携行電磁ランチャーもまとめて動作不能となりました。どうも、あの炎を中心にかなりの広範囲に強力な電磁場を放たれているようで、対ECMシールドでもないと電子機器はまとめてオシャカになるみたいです。AEDS装備ももう警報を出しっぱなしですし、なんだかパチパチとうっとおしいですね。ひとまず、こちらも距離を取って手投げでアイスグレネードを投擲中ですが、あまり効いている感じはしないです。そっちのモニターではどうです?」
マジかよ……あの炎……。
ECM効果まで持ってるってのか。
コレは完全にこちらの落ち度だ……幸いAEDS装備は耐電磁装備でもあるから、十分対策になっている。
マイゼンが言ってるパチパチは、ラース素粒子を処理する際の静電気放電の音だ。
要するに、上手く動作してるという事だったが、実際は甲板上に雨あられのようにラース素粒子が降り注いでいると言うことだった。
これは、長期戦は危険だ……一気に勝負を付けないとマイゼン達がやられる!
ただ、電子機器に影響を与えるほどの高電磁場の発生となると、携行誘導弾の類も駄目っぽいな。
ちなみに、アイスグレネードは、要するに液体窒素を封入した冷凍爆弾と言ったところだ。
本来の使用用途としては攻撃用というよりも、緊急消火用とか、熱損傷の緊急冷却を人力でやるとかそう言う用。
艦内のあちこちに設置されているエマージェンシーボックスにも、ぎっしりと詰め込まれてるし、それこそ機関室あたりに行けば、もっとデカい消火器みたいなのが3m間隔くらいで置かれてる。
いずれにせよ、とにかく数だけはあるんで、マイゼン達もそれで攻撃するつもりだったみたいなんだが……この様子だと明らかに効いていない。
実際、サーマルモニターで見ても、一瞬だけ空間温度が急低下するものの……すぐに蒸発してしまって、対して役に立っていないようだった。
……いかんせん、真空の宇宙空間では液体窒素も水と同様、一瞬で気化蒸発してしまうので何も無いところにぶち撒いてもあんまり意味がないんだよなぁ……。
消火の際の心得も、液体窒素を構造材に直接かかるように勢い良く投げつけろって、注意書きが書いてあるくらいだからな。
無重力空間である以上、重力環境下のように投擲物が放物線を描いて飛んでいってそのうち地面に落ちたりはしないので、普通にまっすぐ投げればそのうち届くんだが……確かに、起爆しても見るからに効果もなし。
赤外反応を見る限りでは、アイスグレネードが直撃したところは、微妙に削れているようだが、この調子だとどれだけ放り込めば良いんだかなぁ……。
「ああ、真空中でのアイスグレネードの効果はなしと断ずる。すまんな、いきなり手詰まりかもしれん……。ピンポイントECMなら効くかもれないと言う話だったから、試してみても良いんだが……」
……そもそも、明らかにデカくなってて、ピンポイント照射でも完全に消せるように見えなかった。
これは……ちょっと不味いな。
マイゼン達にも撤収命令を出して、アルデバランにソレイル108の撃沈命令を出すべきだろうか?
「しかし、参りましたなぁ。実体のない相手がこうも厄介だとは……いっそ思いきって近づいて、プラズマアックスでぶった切るか……。それとも、収束プラズマグレネードでも投げ込んでみますかね」
収束プラズマグレネードか! その手があったな。
これは、通常のプラズマグレネードを5本分くらいまとめて束ねた現地改造非正規兵器の一種なんだが。
特殊陸戦隊ではお手軽な割に、当たれば重装甲車やらナイトボーダーでも一撃で潰せる最大火力兵器として、好まれていた。
エネルギー生命体については、エネルギー供給源を絶ってそのエネルギー活動を低下させるか、より強力なエネルギーで上書きが基本的な対処方法と……アスカ陛下のレポートにも記載されていた。
プラズマグレネードなら、瞬間的に一定空間内をプラズマ化した金属粒子で埋め尽くすものだから、上書き効果も期待できる……もちろん、逆に餌として食われる可能性もあるんだが……。
取り込めるエネルギーに限度ってものがあるのは事実のようで、アスカ陛下も宇宙にいた大型個体を神樹様の大出力レーザーで駆逐しまくってたらしく、その結果炎の精霊も高出力レーザー対策として、実体化することで対抗するようになり、大きさも1km級まで巨大化した……。
要するに、アスカ陛下と神樹様とで炎の精霊とやりあってるうちに、炎の精霊が進化したのがレッドシップ。
そして、そのレッドシップでは、我々に対抗できないと気づいたことで、原点に帰ってみた……それがこの炎の精霊による直接攻撃……おそらくはそう言うことなのだろう。
今の状況も……艦砲クラスのプラズマキャノンを拡散モードでダイレクトに10発くらいぶち込めば済むような気がするんだが……。
それだと、ソレイル108も確実に巻き添えで沈む……さすがにそれは勘弁して欲しい。
いずれにせよ、やらせてみる価値はありそうだった。
「よし、収束プラズマグレネードを待機状態で50発分くらいまとめて放り込んで、ECMピンポイント集中で、誘爆させてみる……いいか? タイミングを合わせろよ」
「ご、50発分をまとめて……ですか? さすがにそんな大量には持ち合わせが……」
「いや、ここは徹底してやれ。なぁに、弾なら心配するな……お前ら自分達がどこに立ってるのか解ってないだろ? 時代遅れと言われながらも、今の時代まで温存されてた宇宙空母の甲板の上だぞ。弾薬なんぞ、いくらでもあるさ。聞いてたな……天霧、ソレイル108のメインシステムに乗り込んで、弾薬移送システムの遠隔コントロールでプレゼントのお届けを頼む。それとECMアタックも任せる……経験者なんだろ? やれ」
直ちに、天霧に指示を出す。
さすがに、歴戦の腕利きを遊ばせておくほど、私も馬鹿じゃない。
返事する間も惜しんだのか、速やかにソレイル108のメインシステムに移乗……要するに強制同期ハッキング。
すでに準備してたらしく、一瞬で乗り込んで、その上で艦内全システム掌握、直ちに現場支援を開始するとのメッセージ。




