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閑話休題1「ユリコとアスカ様の異世界海浜リゾートなう」④

「解った、解った! っていうか、林の中にいる見慣れない緑の兵隊共はなんなんだよ! なぁ……俺ら、なんか悪いことしたか?」


 そう言われて、エルレインも背後を見渡すと、アスカ達の護衛……エルフの神樹兵達が防風林の木々の枝や幹の隙間にチラホラと顔を覗かせているのが見えていた。


 荒くれ者揃いの漁民たち対し、警戒し殺気すら放っているようで、勘の鋭い者達はその殺気に反応して、なんとも剣呑な空気が漂い始めていた。


 ……確かに、この漁民達はどいつもこいつも荒々しい見た目で、危険人物との接触と判断されているようだった。


 だが、これもエルレインの想定内。

 漁民達とも打ち合わせの一つもしていなかったが。


 やることはシンプルに一つだった。


「えーとですね! 実を言うと、こちらのお方は前々から噂になってたルペハマに恵みをもたらすアルビン川の源流……神樹の森の神樹様の御使い……アスカ様御本人なんです! さぁさ、皆さん、控えおろう! 頭が高いーっ! てか、とっとと頭さげやがれっ!」


 鼻息も荒くエルレインがそんな風に言うと、それまで一触即発と言った空気になりかけていたのだが……酒瓶を持った漁師たちもエルレインの言葉で全てを理解し、慌てたようにその場にひれ伏した。


 それを見たアスカも思わず苦笑する。


「ああ、楽にして良いぞ。わたしも今回は非公式訪問なのでな。そもそもわたしは、そんな風に無意味に偉ぶるつもりなどない。なぁに、なかなかに美味そうな匂いだったのでな……。興味が出たので、立ち寄っただけで、邪魔をする気や、咎めるつもりも毛頭ないのだ」


「……そ、そうは言っても、神樹様と言えば、アルビン川の源流から海の生物の源を海まで流してくれて、そのおかげで俺らの海は年中大豊漁ってなってるんですから。崇めたってバチは当たらんでしょう?」


 ルペハマ近郊は、自然も豊富で水質についても他と比較すると断然綺麗で、海産資源も豊富であり、炎神の呪いとも言える温暖化の影響もほとんど受けておらず、それ故にほんの20年ほど前までは小さな漁村だったにもかかわらず、王国最大の港湾都市として発展したのだ。


 まぁ、そんな小さな漁村をここまで発展させたのは、今は亡き元市長の政治的手腕の賜ではあったのだが。


 それはどちらかと言うと、元市長の手腕と言うより、たまたま神樹の活性化とタイミングが重なっただけの話でもあった。


 そして、海の恵みの源泉は神樹の森の神樹様だと言うことは、この街の住民の間ではよく知られており、ルペハマの人々は荒ぶる海神として知られ海を統べると言われる海神ルベリオンと呼ばれる存在や、炎神教団の主神として有名な炎神アグナスと言った神々よりも、神樹様を海の恵みの源泉として崇めており、当然のようにこの地にも神樹教会は進出しており、神樹教徒も大勢いたのだ。


 なにぶん、崇めないと害を為すなどと脅迫まがいの信仰を強いるような宗教よりも、実利を与えてくれて、その感謝の祈りを捧げましょうという神樹教会の教えの方がよほど現実的で、その御使いともなれば、誰もが問答無用でひれ伏す……そんなものだった。


「だから、そう畏まらんで良いぞ。実を言うと、諸君らの焼いているその……イルケリオンだったかな? 実に美味そうな匂いをさせていたので、興味本位で見に来たのだ。その……なんだ。それは美味いのか?」


 アスカにしては、遠慮がちでむしろ、恐る恐るといった様子ではあったのだが。


 そんな上から目線で、美味そうだから寄越せ等と言うのは何か違うし、かと言って下手に出るのも問題あり……そんな葛藤からの態度ではあったのだ。


「なるほどっ! つまり、匂いに釣られたってことですか……。そりゃいいなっ! まったく、御使様も俺らと一緒で美味いモンには目がねぇってことなんですな!」


 そう言って笑う漁民にアスカも照れくさそうに笑う。


 なお、ユリコは指を咥えているような有様だったのだが、アスカとしては咎められる立場ではないので、見てみないふりに留めた。


「うむ! と言うか、なんなのだ……この暴力的な匂いは! まぁ、それは私に限らんようだがな……」


 そう言って、チラリをユリコに視線を送るのを見て、その漁師も納得したように苦笑する。


「ははっ! 匂いで美味いもんが解ったって事なら、大いに歓迎だぜ……。いいぜ、ルペハマ名物捕れたてイルケリオン焼き……味は俺たちが保証する! せっかくだから、もっとこっちに来てくれ! ちょうど焼き上がったところなんだ、一緒に食おうぜ!」


 アスカもエルレインにチラッと視線を送るのだが。


 エルレインとしても、この漁師たちは、幼い頃から相手にしてもらったりしていて、身内同然の者たちであり、信用できる者達だと言うことはよく解っていたので、どうぞどうぞと言わんばかりに頷く。


 実のところ、エルレインもこの漁民達ならば、問答無用でアスカを崇め、受け入れてくれると信じていた。


 そして、味は最高に良いのだが、素材の見た目に問題ありなイルケリオン焼きについては、ルペハマ最強の推し料理だと思っていて、それをアスカに堪能してもらいたくて、この砂浜に誘導していたのだ。


 時刻も正午過ぎ……そろそろ、アスカ達も昼飯時と言う事で、お腹を空かせているだろうと予想し、その上で漁民達の戻りのタイミングについても、エルレインは熟知しており、あちこちで時間調整を行いつつ、狙い通りの時間に到着することが出来た。

 

 そして、計算通りのタイミングで馴染みの漁民達が仕事明けの酒盛りをしていて、自然な形で歓待の輪に持っていこうとしているのをみて、内心では「さすがおっちゃん達! グッド歓待ー! まさに計算通りっ!」とガッツポーズを決めていたのだ。


 なお、このエルレイン……今は、お嬢様然とした服装で知的にメガネをかけていたりするのだが。


 これは彼女が言うところの、市長モードの姿であり、あくまでよそ行き。


 市長になる前の彼女は、中東の踊り子のような露出の激しい格好で、海の男達に混ざって、漁船団を仕切ったりと、割りとやりたい放題やっていて、結構荒々しい娘ではあったのだ。

 

 要するに、思いっきり猫かぶり。


 だが、そんなエルレインをして、自らの身分を明かした上で、この見かけだけなら海賊と言われても納得出来る荒くれ者達にこれっぽっちもひるまず、当たり前のように市井の者達の輪に加わっていけるアスカの感覚についても、内心では舌を巻いていた。


 なにせ、神の御使いの相手ともなると、当然自分のようにガチガチに緊張しそうなものだが……アスカは、威圧感のかけらもなく、美味そうだから自分にも食べさせろと素直に伝えることで、自然と親近感を与え、ナチュラルにその輪に加わっていったのだ。


 同じことをやれと言われても、少なくとも貴族連中には到底出来るわけもないし、エルレインも馴染みの漁師たちだからこそ、遠慮なく声掛けしただけの話で、普通はこうはいかない。


 そして、その万人が好感を持つであろう人当たりの良さに、自分も自然と惹かれている事に気づき「この方……カリスマおばけだ!」等と言う感想と共に、敬意を新たにし、こうなったらとことんまで付いて行こうと心に決めていた。


 エルレインさん、腹黒だけど実は結構小物思考。


「まったく、直火で天然食材を調理し、その場で食する……。実に贅沢で良いな! いやはや、あちこちでつまみ食いくらいはしたのだが、そろそろ腹が空く時間だったのでな……。まぁ、ありがたく馳走になるとしよう」


「ああ……遠慮なんてしないでくれよな。いいか? 捕れたての海の幸ってのはこうやってその場で食うのが一番美味いんだ。まずはひとつ食ってみてくれ! ぶつ切りにして塩振っただけなんだが、火で炙ることで生臭さも消えるし、鮮度もいいから最高に美味いぜ!」


 そう言って、漁師が炙られた事でパッツパツになって、すっかり真っ白になったイカ身の串焼きをアスカに手渡す。


 当然のようにユリコにも同じもの手渡されるので、欲しいなぁアピールに余念のなかったユリコも大満足。

 

 さっそく、一口食べてもう声もないといった様子で、美味いと全身で表現していた。


「う、うまうまうまうまっ! これはまじで美味しすぎーるっ! これは……ブイッ! だね」


 ユリコ大絶賛コメント。

 このブイッ! は最高の意味する言葉であると言う話で、ビクトリーな味と言う意味らしかった。

 

 なお、銀河帝国内の料理店で、こんな風にユリコのブイッ! が出て大絶賛となったら、その時点で作った料理人は5つ星シェフを名乗れるし、例え場末のレストランや屋台であっても、翌日には、果てしない行列が出来る事となる。


 銀河帝国におけるユリコとはそう言う立場であり、実際ユリコが愛用していた惑星クオンにあったスイーツバイキングレストランは、300年経った今でも老舗レストランのひとつとして生き残っており、今では最高級スイーツの店として有名だった。


「相変わらず、大げさな方であるなぁ……。まぁ、わたしも最初はそうであったからな」


 苦笑しながら、アスカもイルケリオンの塩焼きを一口食べるのだが……。

 フリーズしたように動きを止める。


「う、うっまぁあああああっ! プ、プリップリではないかっ! この絶妙な歯ごたえ……ジュワッと染み渡る濃厚なイカの風味! そして炭火の香ばしさが加わり、目まぐるしく変化する複雑な味! さらに、若干の苦味と海苔のような味の付いた塩の味! こ、これは予想以上だ! な、なんじゃこりゃああああっ!」


 アスカもイカ風味のシーフード系合成食材などは食べたことがあり、イカと言えばアレと言った具合で、その味も予想していたのだが。


 天然食材……しかも、捕れたて。

 その上、イルケリオンの幼体は、ルペハマで捕れる食材でももっとも美味いと言われるような最高級食材でもあるのだ。


 その美味しさは、アスカの知るイカ風味合成食材など軽くぶっちぎっていた。


「そ、そうだねっ! と言うか、この塩……多分テラマリンソルトだよ! わたし、昔……永友提督から秘蔵の逸品って事で一瓶だけもらって、チョビチョビと大事に使ってたから知ってるよ! あれと一緒の味がしたっ!」


 テラマリンソルト。

 それは今や幻の惑星となってしまった地球の海水から採取した伝説級の最高級調味料だった。


 まぁ、一言で言ってしまえば、地球産の海塩なのだが。 


 その産地にはもはや100年単位で誰も立ち入る事が出来なくなっており、現存するものとなると、本当に限られていた。


 なにせ、テラマリンソルトは、かつて行われていた地球調査隊や太陽系観光の際に、アースガードが好意で来訪者達に持たせていた……要するに、地球土産のひとつだったのだ。


 太陽系完全封鎖宣言以降は、当然のように、そんなものが流通することもなくなり、その歴史的背景も相まって、もはや幻の逸品と言うことで、レアアイテムコレクターやグルメ愛好家、料理人の間で天文学的な額で取引されるようになっていた。


 ユリコがそれを持っていたことについては、別にアスカも驚かなかった。


 なにせ、ユリコの時代はまだ太陽系一周観光旅行程度なら許可されていたな時代でテラマリンソルトについても、入手はそこまで難しくなかったのだ。


 だが、現代ではもはや完全に幻の逸品扱いであり、アスカの立場でも入手は簡単ではなかった。

 

 だが、同等品をこのような漁民達が日常的に使っている……その事自体がアスカ達にとっては驚愕の事実だった。


 ……テラマリンソルト等と御大層な呼び名をされているが、その実タダの塩であり、漁民達が使っている塩もやはり、ごく普通の海塩ではあったのだが。


 天然物=高級品と言うのは、アスカ達銀河人類の共通認識であり、テラマリンソルトのように人類発祥の地……地球にて産出されたと言う深く壮大なバッググラウンドを持つともなると、その価値が天井知らずとなるのも、やむを得ない話だった。

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新連載始めました!! アスカ様の前日譚! 「銀河帝国皇帝アスカ様 零 -ZERO- 〜たまたま拾った名無しの地味子を皇帝に推したら、大化けした件について〜」 https://ncode.syosetu.com/n1802iq/
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