閑話休題1「ユリコとアスカ様の異世界海浜リゾートなう」③
「ふっふっふ……。全くもって、アスカ様は素晴らしいお方です。今後も我がルペハマを重要戦略拠点として扱っていただけるとのことですが、実に解ってらっしゃるようで……。ええ、海を制する者こそ、この世界を制する……まったく、素晴らしき戦略的見地です」
「ほほぅ、エルレイン殿はそのように考えているのか?」
「もちろんですわ。今でこそ、我々はチンケな小舟やそれに毛が生えた程度の帆船くらいしか使えていないですが。もっと巨大な船があれば、陸路を進むのと比較すれば、遥かに大量の物資や人を運べるようになります。それこそ、万の軍勢を敵国の手薄な海岸へ上陸させると言ったこれまで誰も思いつきながらも試すことも出来なかった戦術も可能となりますからね。なにせ、大陸の向こう側にもいくつもの島や別の大陸がある。海を制せずに、世界を制する事は出来ない……そう言う事ですわ」
エルレインが言っているのは、大型船舶による大規模揚陸作戦の事であり、例え航空輸送が可能となっても、大規模輸送や大規模人員輸送ともなれば、船舶による海上輸送がもっとも効率がいい。
これは、海洋惑星だったエスクロンでもそうだったし、巨大河川のようなものだったエーテル空間でも同様だった。
これは、つまりエルレイン自身に、海洋制覇戦略とでも言うべき考え方が身についていると言うことでもあった。
アスカがエルレインについて知っていることは、割と最近に先代市長の死に伴い、後継者ということで担ぎ出された豪商の娘と言う話くらいで、町の人々からも支持を絶大な支持を受けているという話であった。
そして、もう一つの面として、時々海賊まがいの事もやっていると言う噂のルペハマ漁業船団の頭領でもあるという話なのだが、この話は目の前にいる彼女のお嬢様然とした様子からは、まるで結びつきが無いようにみえるのだが。
アスカは、彼女の持つ裏の顔とでも言うべきものを敏感に感じ取っていた。
もっとも、今の話の時点で、エルレインは海洋を制することでの戦略的アドバンテージについて、理解が及んでいる事を示したようなもので、この世界の人間にしては、なかなかにぶっ飛んだ発想の持ち主なのだと言うことを伺わせるものだった。
「ふむ、どうやらエルレイン殿は、海洋戦略と言うものをよく解っているということか。この世界でそこまで理解しているものはそうおらんのだが。これまでエルレイン殿はその考えを誰かに話した事はあったのかな?」
「そうですね。父上やご友人の貴族にも触り程度ながら、似たような話をしましたが。陸中心の古臭い発想ばかりで、人も物も馬車の方が早いだの、まるで話になりませんでしたね……実のところ、ガッカリでした。むしろ、海を起点にする発想は、海の民……漁民達の方が解ってますよ。その点、アスカ様は……真っ先に我がルペハマを目指していたと言う話で、途中で蹴散らした貴族達も、あれは要するに通り道に邪魔くさいのが居たから、蹴散らしてきた……そう言うことですよね?」
……事実、アスカについて貴族達は、貴族達を目の敵にしていて、手当たり次第に滅ぼしていると思いこんでいたのだが。
当のアスカは、エルレインの言う通りで、初めから目指していたのは、ルペハマと言う海洋拠点をその勢力下に置くことであり、初めから眼中になかったのだ。
と言うよりも、そもそもこの国の貴族なぞどうでもいいと思っており、頭を下げて迎合するならよし、邪魔をするなら蹴散らす……それだけの話だったのだ。
「なかなか、大した観察眼であるな……エルレイン殿。ああ、その感覚は大いに役に立つであろうし、この世界の者達の中では明らかに異質ながらも本質をよく解っているとも言える……。この私に仕えたいと言う話だったが、むしろ、それは私から頼むべきだな……。今後ともによろしくな」
そう言って、アスカがエルレインに手を差し出すと、エルレインも跪いて、その手を取る。
「ふふふっ! ええ、アスカ様の戦略的見地の素晴らしさ……どうやら、見込んだ通りだったようですね。不肖私、エルレイン……今後、アスカ様に忠誠を誓い……その助勢となりましょう。いずれにせよ、本日は全力で歓待させて頂く所存です! しかし……あのユリコ様という方は何者なんですか? まったく、話を聞いていなかったのですが」
……エルフや神樹教会には及ばないまでも、エルレインは独自に築き上げた情報網を持っており、それ故にアスカの降臨による情勢変化や風向きが変わった事に対し、敏感に反応することが出来ていたのだが。
彼女の情報網には、ユリコについての情報はまったくなく、アスカが当たり前のように彼女を上位者として扱っているのを見て、これどういう事? と普通に驚いていたのだ。
「そうだな……。ユリコ殿は我が母と言える御方なのだ……そして、我が銀河帝国の母とも言われるような、偉大なる方なのだ。序列的には私より上であり、私よりもむしろ、全力であの方の歓待をお願いしたいのだが、どうだ?」
アスカの態度から薄々そう言う事ではないかと、勘ぐっていたエルレインもアスカより直接事実を伝えられたことで、ユリコについては、とにかく、凄い偉い人と認識を新たにし、全力で歓待せよとアスカの言葉は、むしろ命令であると直ちに理解した。
なお、エルレインの思考は基本的に長いものには巻かれろ……なので、この時点で全力でユリコにも巻かれるつもりだった。
「はっ! 畏まりました……アスカ様より上の立場と言う事ならば、解ります。ええ、配下にも周知させていただきますし、全力で歓待させていただきます。あの……今後はあの方と共に、王国統一計画を進めるので?」
さすがに、アスカもこの言葉には内心舌を巻いていた。
なにせ、アスカ自身はそのつもりではあったのだが、今の時点ではそこまでは誰にも言っていなかったのだ。
今のところ、アスカの勢力範囲は神樹の森に隣接していた全ての領地を勢力下に置き、港湾都市ルペハマをその傘下に置いたところで、やった事としては王国の片隅を平定した……その程度ではあったのだ。
その時点で、アスカの意図を見抜く辺り、エルレインの戦略的センスを伺わせる話ではあった。
「ふむ、なかなか聡いな。まぁ、そうだな……この様に一つの惑星に無数の国家がひしめき、いがみ合っているような状況は、明らかに問題ありなのだ。なにせ、弱者が群れていても、圧倒的な強者が現れれば、容易く蹴散らされてしまうのだからな。だからこそ、この世界には惑星統一国家が必要なのだ」
「惑星……統一国家ですか。まぁ、アスカ様は天空の神々すらも恐れず、神々すらも打ち倒す力をお持ち……ふふふっ、素晴らしいではありませんか」
エルレインが解っているような、解っていないようなコメントをする。
なにぶん、北方の守護者とまで言われたバーソロミューがいとも簡単に討たれたのは、まだかろうじて理解できたのだが……。
あの日の戦いは、伝説の魔神……イフリートが木端微塵に粉砕され、炎神教団の総本山アグナス大火山が火山噴火を起こしたことで炎国が壊滅し、天空彼方に浮かぶ……始原の炎と言われた原初の神「母なる炎」すらもまとめて消し飛ばされ、その全てがアスカの仕業と言う話まで出てきており、そこまで行くと、もはやエルレインも何が何だか解らないような話であり、完全に理解を超えていたのだ。
もっとも、少なくとも、アスカを支持しその覇道に全力で乗っていくという自分の判断は間違ってはいないとエルレインも確信しており、ユリコについても全力で媚を売って、接待して名前を覚えてもらったら、もう完璧! などと色々棚上げしつつ、結論付けていた。
「いやはや、そうなるとユリコ様とアスカ様の二人で、この世界を統べる戦いを始めるんですね……。ええ、それはまさに運命と言えるでしょうね」
「いや、ユリコ殿もいつまでもはいられないそうだからな……。ユリコ殿はこの惑星を観光して楽しんでいってもらう。要するに、出来るだけいい思いをして行って欲しいのだ。今後は、エルレイン殿にも色々と苦労をかけると思うが、ひとつよろしく頼むぞ」
アスカの言葉は、要するに全力で接待しろと言うことだと、エルレインも理解すると、これはアスカにより与えられた最初の仕事であり、絶対に失敗は許されないと自覚した。
「はっ! アスカ様直々の命にして初仕事! このエルレイン……完璧なる接待と言うものをアスカ様共々、味わっていただく所存ですよ!」
「それはいいな……楽しみにしておこう。ところで……あそこで焼いているのは一体何なのだ? なんと言うか、美味そうな匂いがしてきているのだが……」
砂浜にニ隻の小舟が引き上げられていて、その間の網にひっかかった何本もの触手を持った灰色の2mほどもあるどう見てもモンスターにしか見えない謎の生物の姿がアスカたちからも見えていた。
それを獲ってきたと思わしき、10人ほどの漁民達は砂浜で焚き火をして、その触手を切り刻んで串に挿して、直火で炙りながら、酒盛りのつまみにしているようだった。
なるほど、先程からしている香ばしい香りの源はあれか……とアスカも理解すると共に、エルレインのメガネがキュピーンと光った。
「あれは、イルケリオンの幼体ですね。本来は10mくらいになる大型の海棲魔物なのですが、幼体ならば、さしたる脅威でもなく、あんな風に時々網にかかってくるんですが、なかなかの高級食材なので皆さん、祝杯をあげてツマミ代わりに足の一本を分け合っている……まぁ、そんなところですね」
例によって、謎の固有名詞の登場にアスカも困ったように苦笑する。
アスカもすでにこの世界の言葉は、完全と言っていいほどにマスターしていたのだが、相変わらず唐突に出てくる固有名詞には難儀しているようだった。
アスカが、ユリコに視線を送ると、彼女も首を傾げて、ぼんやりとする。
どうやら、データベースにアクセスでもしていたようで、ポムっと手を打つ。
「解った! イカだよっ! あれ! それも超デカいやつ! 地球原産種のイカはもっと小さいけど、結構ポピュラーな海産物で合成食でもシーフードテイストって言うと、定番として入ってたと思ったよ」
「イカ……イカか。それなら、私でも知っているぞ。確か、酒のつまみの高級品……するめと言う珍味があるという話は聞いたことあるし、イカ明太味のパスタも食べたことはあるぞ」
もっとも、アスカはアルコールには興味が無かったので、スルメについても他の皇帝が食べていたのを見たことある程度で、実のところ、アスカもイカも明太もどんなものか、あまり良く解っていなかったのだが。
なるほど、あんな触手だらけのモンスターの肉だからこそ、その姿があまり知られていなかったのだと、勝手に納得していた。
「そう言えば、冷凍シーフードスパゲティのパッケージにもあんな感じのニョロニョロしたヤツの挿絵が描いてあったね」
この時代のイカ……それは地球由来の天然海産食材のひとつとして、誰もが名前だけは知っているほどには有名ではあったのだが、その姿形はあまり知られていなかった。
なにぶん、本物の生きたイカを直接見た物が抱くであろう感想……。
宇宙生物と言われても納得出来るような触手を持つ軟体動物。
今の銀河人類が見慣れている愛玩動物……犬猫あたりと比べると、かけ離れた姿であり、まさにモンスターと呼ぶに相応しかった。
食材の挿絵についても、デフォルメして可愛らしく描いていた事で、一般的にも白くて足がたくさんあるシーフードだと言う事は知られていたのだが。
イルケリオンは、やたらデカいし、色も白くなく今もヌルヌル、ピクピクと動いていて、一言で言って気持ち悪い……確かにどうみてもモンスターだった。
なお、地球産のイカと比べると、大きさが明らかにおかしいし、その目についても、虹彩もあって瞳の形もむしろ動物よりではあるのだが、何処を見てるのかわからないし、よく見るとその瞳は6つくらいあって、どうみても異形だった。
なお、色については実際のイカも生きている間は、半透明で黒っぽい色をしており、白くなるのは絶命した時点でそうなるだけの話で、イカ=白いと言う認識は実のところ間違っているのだが。
そんな事を銀河人類たるアスカやユリコが知る由もなかった。
さすがのアスカも、そんな異形の生物が調理されているのを見て、ドン引きといった様子なのだが、エルレインはお構いなしといった様子で、焚き火を囲んだ漁民達の輪の中に飛び込んでいく。
「……おおっ! エルレインの姉御じゃねぇか! アンタがなんでこんなとこに……。あ、いや……その……先代の親父さんのことは残念だったな」
「……姉御はやめてって言ってるでしょっ! それとあのゴミの事はどうでもいいから! いい? 今やこの私が名実ともにこのルペハマの代表にして、領主なのよ……。もっとも、別にアンタ達までエルレイン様とか呼ばなくてもいいけどねーっ!」
エルレイン……なんと言うか、計算高い腹黒女ではあるのだが。
母親が漁民出身だったと言うこともあって、彼女は幼い頃からこんな風に漁民たちに紛れて、時には漁に同行したり、地引網の引き上げに混ざって共に汗を流し、同じ鍋をつついたりと別け隔てなく接してきており、彼らとの距離感もこんな風に近しいものだった。
ちなみに、姉御呼ばわりなのは、彼女の母親が元々漁民達の頭領だった関係で、自然とそう呼ばれるようになっていたからで、他意はなかったのだが。
今のお嬢様然としたエルレインに似つかわしい呼び名かと言われれば、微妙だった。
「あ、ああ……。まぁ、確かにそうだ。と言うか、そのカッコはなんなんだ? 姉御のスカート姿とか新鮮っつーか、なんと言うか……見事に化けたもんだなぁ……。最初、誰だか解んなかったぜ」
「うっさいなっ! アスカ様の前では、こう言うキャラクターで行くつもりなの。まぁ、確かにこんな正装とかかたっ苦しくてやってらんないんだけどさ。これもアタシの本気ってとこかしら? どう、見直した?」
もはや、口調すらも変わっているのだが。
元々、エルレインはこう言う快活な姉御肌と言っていい人物ではあったのだが。
父親である元市長は、女性はお淑やかに大人しくしているべきと言う考えに凝り固まった人物であり、世間体もあって、普段は物静かな令嬢を演じていただけで、実のところ、思いっきり猫を被っていたのだ。
アスカの前では、終始お嬢様キャラで行くつもりでいたのだが。
姉御呼ばわりされたことで、早速メッキが剥がれつつあった。




