第四十八話「オペレーション・ヘブンズ・フォール」
「うん、帰って来いっていうのが申し訳ないくらい馴染んでたみたいだよね? いずれにせよ、あっちの敵は戦略的に多大なる被害を受け、大きく後退したと思っていいだろう。そして、星系内に安全地帯もないと思い知った。まぁ、報復攻撃くらいありそうだけど、アスカちゃんと神樹ちゃん、おまけにユリコくんに匹敵する未来予知能力者までいるなら、なんとでもしそうだよね」
「まぁね。あの子達なら、そう心配は要らないと思うよ……そこはわたしも断言する。それより、こっちの情勢はどうなの? スイーツ提督が防波堤になってくれてるみたいだけど、もうハルカ達が500kmの距離まで来てて、牽制してるんじゃなかったっけ? それにプライマリーコードの問題はどうなったの? そこクリアできないとスイーツ提督はともかく、傘下スターシスターズがどうなるか解ったもんじゃないでしょ」
「ああ、そこら辺はアキちゃんが上手くやってくれて、少なくともN提督の傘下のスターシスターズのプライマリーコードは無効化に成功したそうだ。もっとも、ハルカ提督もギリギリまでプライマリーコードを使った強制命令はやらない方針だったみたいで、N提督もハルカ提督の追求や脅迫ものらりくらりと躱して、時間を稼いでくれているようだよ。相変わらず、掴みどころのない狸親父だよねぇ……あの人も……。正直、ハルカ提督とは役者が違うね」
「ふむふむ……。我が帝国艦隊の再編成も完了して、今や全艦艇合わせて1万隻超……。彼我の兵力差は100倍以上とかこれ笑うところ? と言うか、こんなに盛大に戦力隠し持ってたとか、何と戦争するつもりだったんだろうね……。さすがにこれは私達の時代でも考えられなかったくらいの戦力だわ」
「まぁ、そこはアスカくんの伏線ってところだね。彼女は本国中継港を封鎖された後も、来たるべく逆襲の日に備えて、生産力を維持出来るように敢えて誰にも知らせずに、秘密工廠を各地の資源星系に用意してくれてたからね。そして、アスカくん以外の皇帝達も似たような事をやってたみたいでね。勝ち目の見えない苦しい戦いの中でも、誰もが決して屈さずに、最後まで戦う意志を捨てなかった……その揺るぎない意思に、僕は心から敬意を抱いたよ」
「ふむふむ……。さすがに、大半が無人艦みたいだけど、相互通信システムを近距離レーザー通信に一本化してる新型艦なんだ。これならハルカ提督やスターシスターズ艦お得意の電子乗っ取りアタックもなんとかなるね。まぁ……戦場をALスモークで埋め尽くせば、簡単に無力化出来るだろうけど、そんな環境でまともに戦闘なんて出来るわけがないから、そこは考えなくていいかな」
「そうだねぇ……。そんな事したら、スターシスターズ艦のほとんどの防空兵装が使いものにならなくなるし、照準レーザーなんかも使い物にならなくなるから、ゼロ距離レンジでの乱戦になるのが関の山……そうなったら、むしろ頭数の勝負になるから、こっちが圧倒的に有利になる。まぁ、その手で来る可能性は考えなくていいと思うよ」
「けど、統率艦はどうなの? こんな風に群体制御指揮だと、統率艦を乗っ取られたら、それだけで一網打尽にならない?」
「……そうですね。その辺りは、私がカウンターパートとしてハルカ提督に対応します。ハルカ提督のやり口もターレット卿がガッツリ記録してくれてたし、今も定期的に強行偵察機をぶつけたり、電子テロを仕掛けたりして、向こうの対応パターンと各艦の電子戦性能データを解析中ですからね。何よりも、この「サルバトーレⅢ」の統合電子戦能力はスターシスターズの主力艦クラスが束になろうが引けを取りませんから、なんとかしてみせますよ」
「さっすが! アキちゃん……頼もしいねぇ。そうなると我軍お得意の数頼みのゴリ押し戦術で勝てそうだね。それに指揮官役のAI達も歴戦の古豪達が目白押しで、あちこちの艦隊の統率指揮を引き受けてくれた……。やっぱ無人艦の群体統制指揮ともなるとAIにやらすのが最適だからね。メンツもオーキッド卿に、ノーザンライト卿……ハンター卿。あれ? エルトランまでいるの! なっつかしーなーっ!」
なお、ユリコの上げた面々は、帝国内でも有名でAI戦争という過去の国内大戦にて活躍し、その後も長々と帝国軍の教導AIとして君臨していた古豪たちだった。
彼らも当然ながら、300年の間に幾度となく世代交代はしていたのだが。
そのベースシステムはほとんどそのままで、記録領域のみを整理するというやり方で、後継機と従来機の一貫性を保っていたのだ。
このあたりの世代交代のやり方の違いは、同じように世代交代の仕組みを持つ、アマテラス系AIとの決定的な違いともいうべき点で、アマテラス系AIは従来機と後継機はあくまで別物で人間の親子のような関係であり、従来機の持つ記憶データベースについても後継機の好きなように選別されることで、別物となるのが常だったのだが。
帝国のAI群は世代交代と言っても、やっていることは事実上の統合再構成のようなもので、従来機は後継機に吸収合併された上でその人格についても統合され、データの取捨選択についても双方合意の上で行う為、ほとんど変わりなくなってしまうのだ。
それに、アマテラス系AIがタブーとして、決してやろうとしなかった自己休眠と言う形で、時代を飛び越えると言う真似も平然と行っており、それ故に数百年前の古豪AIが現役復帰なども普通に行われていたのだ。
結果的に帝国の高度AI群はいずれも人類史上最高レベルの知性と経験値を有する化物揃いとなっていて、それもまた帝国を支える力の源泉となっていたのだ。
「ああ、その多くは、すでに役目を終えたって事で、揃って休眠中だったんだけど、僕の呼びかけに応えて、再起動して集まってくれたんだよ……。さすがに帝国存亡の危機だけに、皆喜んで手を貸してくれるそうだよ。まぁ、ハルカ提督たちには申し訳ないけど、僕の方針としてはとにかく数で押しつぶす……だよ。向こうもなかなかの高性能艦に仕上がってるみたいだけど、数の暴力でハルカ提督の手足となってる艦隊を押しつぶして、その上で我軍の最高精鋭たるユリコくんをハルカ提督に直接ぶつける……どうだい? 今のところ作戦概要としてはこんなものだけど、お気に召してくれたかな?」
「さすが、陛下……やることがエゲツないねぇ……。もっとも、銀河守護艦隊と帝国艦隊との戦闘……倍どころか五倍、十倍の兵力差でも負けてたみたいだからねぇ……。資料見たけど、なんなのあのインチキ臭い兵器の数々……」
「どうも、暇だったからって延々、お互い同士で殴り合って、際限なく進化してたみたいでね……。もっとも、戦争はそんな強い兵器を揃えたからって勝てるようなものじゃない。七帝国との戦いは、向こうの電撃速攻に良いようにやられてしまっただけど……元々長丁場ともなれば、こちらが圧倒的に有利なんだ。五倍、十倍で勝てないなら、百倍、二百倍で挑むだけのことだよ。散っていった皆が帝国の未来を信じて、用意してくれた戦力を……ハルカ提督に全力で叩き込んで、この戦いに勝つ……!」
「確かに、100倍以上の兵力差ともなると、さすがにどんな超兵器でも弾やエネルギーがなくなる方が先だろうからねぇ……。わたしだって、勝負になるのはせいぜい30倍くらいまでで、100倍とかなったら、もう無理だわ……。そんなの弾だって切れるし、そんな長丁場絶対無ー理っ! 絶対おしっこ漏らすし、お腹も減りすぎて倒れちゃうよ」
まぁ、実際、ユリコはドラゴン文明との戦いで、数百倍とかそんなレベルの戦力差ですらもひっくり返したような実績があるのだが。
その時の状況は、補給のために母艦に戻る度に、最前線となったその母艦が沈み、ほとんど休む暇もなく十隻以上の母艦を次々と乗り換えながら、三日三晩くらい戦い続けたと言うもので、まさに軍神と呼ばれるに相応しい戦いぶりだったのだ。
もっともその戦いは、ユリコの補給と休息を取らせる為の時間稼ぎの為だけに、帝国軍は総力を上げて、多大なる犠牲を払いながら戦線を押し上げて、母艦についても沈められる事を覚悟の上で最前線に出てきており、案の定といった調子で片っ端から沈められ、ユリコも炎上する母艦からの緊急発艦を幾度となくする羽目になっていたのだ。
これらの戦いで、数的劣勢を強いられたことで、帝国軍は無人兵器主体で、とにかく数を揃える数的優勢ドクトリンに突っ走る事となったのだ……。
「いや、30倍で勝っちゃう君がおかしいんだからね? でも、そう言うことだよ。これが戦略で勝つって事だよ。これが我が帝国の戦い方……ハルカくんにもせいぜい、思い知ってもらうとしようか」
「では、ゼロ陛下……そろそろ……。始めるということで?」
察したらしいユリコが生真面目な表情で告げる。
「ああ、ユリコくんも戻ってきて、情勢も理解できたようだしね。すでに準備も整ってる……実のところ、君が起きて来るのを皆、待ってたんだよ。そう言う事なんで、直ちに始める……それだけのことさ。では、これより銀河守護艦隊殲滅作戦……『オペレーション・ヘブンズ・フォール』の発動を我が名……銀河帝国初代皇帝ゼロ・サミングスの名のもとに宣言しようじゃないか!」
立ち上がったゼロ皇帝がマントを翻しながら、高々と宣言すると、その場に居た全員が立ち上がって、揃った敬礼で答える。
『オペレーション・ヘブンズ・フォール』
ハルカ達銀河守護艦隊の標語でもある「正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも」対しての強烈な皮肉と言える作戦名だった。
「了解、今のお言葉を以って……皇帝命令発令と言う事で正式に受理いたしました。それでは、現時刻をもちまして、統合銀河帝国全部署、全国民へ総力戦態勢……スクランブルコードαへの移行を発令いたします。合わせて、待機中の各艦隊へ『オペレーション・ヘブンズ・フォール』開始を通達いたしました。陛下、正式作戦開始時刻はいつにいたしますか?」
アキより、最終確認。
もっとも、すでに作戦実行はすでに発令されたようなものであり、平時体制を解除し、戦時総力戦体制への移行を意味するスクランブルコードαは、この時点で発令されており、帝国各地ではすでに銀河守護艦隊との戦闘に向けて、あらゆる部署が動き出していた。
「僕が常に拙速を尊ぶってのは、今更言うまでもないだろ? それじゃあ、現時刻を持って開始ってことで……。まぁ、作戦計画自体は事前に念入りに制定済みだから、後はオートマチックで勝手に話が進むだけさ。僕の役目はひとまずここまで……以降は単なる暇人って事で……良きに計らい給えだよ」
「畏まりました。各部署から、作戦行動に入る旨、続々と入電中……。スクランブルコードαにつきましては、すでに全国民の携帯端末へ通達済み、帝国全域で国民統制が宣言され、全国民が統制行動を開始しております。我が帝国はこれより戦時体制へと移行します」
……この辺りは統制国家でもある銀河帝国のお家芸とも言えた。
スクランブルコードα……要するにこれは、国家最終戦争レベルの総力戦の開始を示す事であり、未成年や高齢者と言った非戦闘員については邪魔にならないように、その引率者共々緊急用避難シェルターへと一斉に避難し、それ以外の人々は普段の業務や仕事を放り投げて、何らかの形で遂行中の戦争を支援する役割や軍務に従事する……まさに帝国全国民総力をあげての戦争の始まり……だった。
このあたりの仕組みについては、アスカ達七皇帝も制定しており、想定訓練も年一ペース程度ながらもしっかりと行ってきており、国民も当然のように従っていた。
アキも見る間に、帝国のすべてが総力戦体制に速やかに切り替わっていくのを見て、さすがに驚愕を覚えたのだが、そこはおくびにも出さずに冷静に報告を続けることにした。
「……各艦隊統括AI群からも全艦起動スタンバイ、戦闘準備完了の返信あり……。籠城中の各帝国残存艦隊からも作戦に呼応し、行動開始する旨超空間通信にて連絡が来ております。皆さん、やる気が振り切れてますね……。国民達も大きな混乱もなく、時間帯的に真夜中のところでも一斉に総力戦支援体制へ向けて、動き出してるみたいですよ」
「……なんと言うか、僕らの頃以上に国民統制が凄いことになってるね。これじゃ、スパイとかいても身動き取れないだろうね。多分、ハルカ提督のスパイ網とかも仕込まれてるだろうから、諜報部門にもこの機会に一網打尽にするように言っといてよ」
「了解しました。すでに諜報部は動いていたようで、各地でスパイ狩りが始まってるようです。さすがに手際が良いですね。では、こちらもそろそろ……手始めに、この私の本気と書いてマジと読む、大規模本気電子アタックを皮切りに、真っ先に戦闘準備完了と通達してきた、旧第五帝国中継港オルトバの奪回作戦を実行します、以降準備が整い次第、各戦線にて中継港の奪回作戦、そして、敵遊撃艦隊の迎撃作戦を同時実施いたします。我らが帝国に勝利と栄光を! Yes Your Highness!」
「「我らが帝国に勝利と栄光を! Yes Your Highness!」」
ユリコとヴィルゼットも立ち上がるとアキの言葉を復唱し、各々の仕事を始めるべく、走り出していった。
なお、同時刻……帝国各地で同じような言葉が飛び交い、異常な盛り上がりを見せていたのだが……まぁ、帝国は昔からそう言う国なのだ。
ある意味、お祭り騒ぎとも言えるのだが、戦争をお祭りと考える昔からの国民性もあり、彼らは戦争への忌避感と言うものを持っておらず、ある者は最前線に立ち、現役を引退した年寄り達のような直接関係ないような者達も帝国軍へ義援金を寄付したり、支援物資を送ったり、有形無形様々な形で、支援活動を行っていた。
何と言っても、この戦争は侵略者たる銀河守護艦隊から、同胞を解放する戦争なのだ。
誰もがそれを疑っておらず、まさに正義の戦争そのものであり、誰一人としてそれを疑う者はいなかった。
……そして、必然的にゼロ皇帝は、その場にぽつねんと一人取り残されたのだが。
優雅に椅子に座り直すと、タイミング良くアキが用意してくれた紅茶のカップを給仕ロボットから受け取ると、典雅そのものといった仕草で、カップを傾ける。
「さて、お膳立ては完了っと。あとは任せたよ……皆。それとハルカくんも……実にすまないね……。悲しいけど、これは戦争なんだ。少し気が早いかもしれないけど、せめて、君達の冥福を祈るとするよ……」
そう独り言ちると、ゼロ皇帝も瞑目する。
かくして、帝国の逆襲が始まった。
いよいよ、銀河帝国の本気始まるっ!
ってとこですが。
ここで、ちょっとした閑話。
書き下ろし短編「ユリコとアスカ様の海浜リゾートなう」をブッコミます。
明日から一週間くらいだと思いますが。
本気で書き下ろしなので、まだ最後まで書き終わってなかったりします。
まぁ、なんとかなるでしょ。




