第四十七話「その星の名は」⑧
「さて、今後の方針ですが。アスカ様の元へ迎えの船を向かわせる。これは既定路線ですが、その前にそこへ至るまでの16万光年の道と言う現実的な問題をなんとかすべきですね」
「そうだねぇ……第三航路連絡船もヴィルゼットくんの提唱した全機能を凍結させた空船を投げ込むという方法で、1000光年くらいならなんとかなったけど、あれって結構な誤差が出たんだよね」
「はい、1000光年の距離でも10回中9回と極めて高い確率で1割以上の誤差が出ていて、実験船もすでに何隻も行方不明になってます。やはり、機械式タイマーでの再起動では、精度がなかなか厳しいようで、現状で許容できるのは、10光年位の転移がいいところで、今のままで16万光年の往復行となると、かなり厳しいといえます」
要するに、今のところ、1000光年の距離を飛ぶと、多い時は数百光年もの誤差が出てるような状態で、16万光年ともなると、その誤差が一万光年や数千光年となってしまう可能性が高く、もう少し精度をあげないととても使い物になりそうもなかった。
なお、10光年と言うのは、その程度の距離ならば、一割の誤差が出ても1光年程度で済むと言うだけの話だった……。
その程度の距離ならば、帝国が各地の星系の外周部に設置している外宇宙早期警戒衛星網に発見される事で、転移に成功したことが確認できた。
実際は、そんな程度の代物で、かなり問題ありな状況ではあった。
「理屈の上では測位と短距離転移を繰り返して、少しずつ目標地点へ近づけるという方法で、なんとかなるかもしれないのですが……。やはり、第三航路内で機械式タイマーではなくAI制御で、精密な位置情報を把握した上で、通常空間への復帰でもしない限り、この誤差が埋められないようです……。実のところ、難航していると言うのが実情ですね」
「やっぱりそんな調子なんだね……。それか、いっそアナログ機材満載して、有人制御にでもするかい? 20世紀の人類は、まともなコンピュータもない中、地上から地球の衛星月へ人を載せた宇宙船で、行って帰ってきたって言うからね。事前のシュミレーションや計算をしっかりやっておけば、それくらいならなんとかなるんじゃないかな?」
「ですが、AIの代わりとなると、数百人は乗せないと駄目でしょうし、そんな限りなく自殺行為に近いような真似をさせるのはどうかと思います……。まぁ、皆陛下の命ならば、喜んで従うとは思いますが……」
「確かに、そうだね……。ごめん、僕も些か簡単に考えていたみたいだ」
「そんな犠牲前提なんて、アスカちゃんも反対するんじゃないかなぁ……あの子って、わたしに似て優しい子だしね。でもまぁ、あっちでも早々と宇宙船作るって話もしてたし、なんかもう黙ってても、あっちとこっちを繋げちゃうかもしれないよね」
ユリコが優しい云々は置いておいて、アスカには神樹様と言うオーバーテクノロジー文明の産物がバックについているのだ。
もちろん、ヴィルデフラウ文明はエーテル空間航法も第三航路航法も未だに見出しておらず、亜光速航法一本槍と言う気の長い星間航法を長々と利用している星間文明なのだが。
それは単純に、千年どころか一万年の旅であろうが、そこは気にする所では無いという時間感覚の違いからであり、要するに文明レベルで時短の必要性を全く考えていないからと言うだけの話だった。
もっとも、すでにあるお手本からの模倣やヒントがあると言う事は、一から積み上げるよりも格段に楽なのも事実だった。
そして、模倣する側も、その技術レベルが高ければ高いほど、例えそれが未知のテクノロジーもたやすく短期間で模倣出来る……。
この辺りは、銀河帝国の技術陣などはその典型と言えたし、神樹様も帝国の技術の粋とも言えるナイトボーダーをあっさり模倣し、オリジナルを遥かに超えた超高性能機を完成させてしまったと言う実績を作ってしまっていた。
だからこそ、それ故に亜空間跳躍航法の概念を知った神樹様は、たやすく第三航路への安全な通行手段を見出すかもしれないし、独自の超空間航法を生み出す可能性すらあった。
まぁ、そうなったらそうなったで、別に悪い事ではないのだが。
一言で言って、立場がない。
ゼロ皇帝もユリコも、アスカ達に一方的に借りを作ったままになるのは、その矜持が許さないと考えていたし、座して救援を待つだけと言うのは、誰に聞いてもありえないと答える……まぁ、帝国の人々と言うのは誰もがそう言うところがあった。
そして、もう一つの理由としては割と現実的だった。
銀河とマゼラン雲を接続する技術については、出来る限り帝国が独占し、そのコントロール下に起きたい……帝国関係者の誰もがそう考えていたのだ。
現状を鑑みると、そうなることが半ば確定してはいるのだが。
エーテル空間のように、複数の勢力が混在し、様々な人々の思惑が錯綜するようになってしまうと、エーテル空間のように超空間ゲート施設という制約が事実上、存在せず、文字通り何処だろうが接続可能で、何処にだって行ける第三航路は本気で無秩序のカオス空間になりかねないのだ。
間違いなくパンドラの箱。
第三航路の関連技術に限らず、エーテル空間に続く第二の超空間航法とは紛れもなくそう言うものであり、過去に幾多もの可能性が封印されたり、人知れず抹消され続けてきたのも相応の理由があるのだ。
だが、そのパンドラの箱が開かれる日は、刻一刻と迫りつつあった。
「はははっ! さすがにそこまでされたら、僕らの立場がないよ。ホント、よく出来た子だよねぇ……。帝国の開祖としては立場ないよ……ホントに! まぁ、だからこそせめて第三航路は我々独自の手で切り開く必要があるのさ」
ゼロ皇帝の言葉に秘められた意図を察したのか、ヴィルゼットも生真面目な顔で頷く。
彼女自身は人外の宇宙人ではあるのだが、人類の歴史や科学、文化を学んだ知的エリートでもあるのだ。
そんな彼女が新たな超空間航法が銀河人類の文明そのものへ与える影響を解らない筈がなかった。
「陛下、あの子はわたしの娘なんですからね! でも、ゼロ陛下も随分とあの子を買ってるんですね! いやぁ、親としては鼻が高いですよ!」
対照的に、親バカそのものといった調子のユリコだったが、彼女にとってはアスカは、現存する唯一のクローンであり、たったひとりの娘同然なのだ。
実際、皇帝時代のアスカは、幼い頃のユリコの生き写しと言った容姿であり、それ故にそれをほんのチラ見させた程度のことで、国民人気が凄まじいことになっていたのだ。
「……ああ、あの子は名実ともに僕の後継者たるに相応しい……それくらいには僕も高く評価してるんだよ。実際、彼女の業績を追ってみたけど、僅か十年程度の在任期間で、ここ100年くらいの皇帝の中でもブッちぎりでこれでもかってくらいには、様々な功績を残してるんだ。今代の七皇帝の中でもトップクラスの人材って、他の皇帝達も高く評価してたみたいで、つくづく惜しい人材を亡くしたって思ってたけど……。アスカくんはそれで終わらなかったんだからね……大したものだよ!」
「そうだよねぇ……こんな風に天然食材が無造作に流通するようになったのも、あの子とヴィルさんのおかげ……ああっ! このシルバーマスカット……マジで美味ちいっ!」
そう言いながら、冷蔵ボックスに入っていた大粒の白ぶどうを美味しそうに頬張るユリコ。
お値段一房10000クレジットはする最高級天然食材の一つで、ユリコの大好物でもあった。
なお、以前はこの10倍ほどの値段で取引されており、銀河連合のぼったくり高級食材のひとつだったのだが……今では、アスカの第三帝国の農業惑星のひとつで、大量に生産されるようになっており、帝国各地のスーパーなどでも贈答用に年中どこでも買えるようになっていた。
「そうだね……。それについては、僕らの時代よりも明らかに改善してるからねぇ。そこは、N提督も手放しで誉めてたよ。人類は食への飽くなき追求をやめてはいけないって、力説してたけどね。何よりも、あの子が生き残ってくれてたら、僕もずいぶんと楽が出来ただろうって思ってるし、あの子が張ってくれてた伏線が今になって結構、効いてるからね……」
「まぁ、あの子……向こうで普通に元気に皇帝陛下やってましたけどね。おまけに自重無しで次から次へと近代テクノロジーや統治ノウハウを注ぎ込んで、あの子が拠点にしてるシュバリエ市も、早くもちょっとした近代都市みたいになってましたよ。と言うか、異世界転生とかして、自重してスローライフなんてありえないって思うしー。アレくらいでちょうどいいんじゃないかな?」
「まぁ、君達……ものの見事に波長あっちゃったみたいだからね。と言うか……行き掛けの駄賃みたいな感じで、ドラゴン撃墜したり、炎神文明の如何にも重要っぽい個体や拠点に先制対消滅弾攻撃って、相変わらずやり口が酷いよね……。これ倍返しどころか、軽く100倍返しくらいだよね? 敵の立場だったら、もう涙目どころじゃないでしょ」
なお、そうは言っても報復攻撃の懸念もあり、それもあって、ユリコは用心の為、向こうに滞在するために、ヴィルデフラウの体を神樹に頼み込んで作ってもらい、系外銀河惑星での異世界同然の暮らしを10日ほど送ってきたのだった……。
もっとも、ユリコの本音を言うと、呼び出しがなかったら、一年くらい滞在して、異世界ライフを思い切り堪能したいとまで、思っていたのだが……。
もっとも、ユリコの懸念を他所に、ラース文明側はあまり大きな動きを見せず、星系内の炎神個体は目に見えて解るほどに、右往左往していたようだったが、動きと言ってもそんなもので、蜂の巣を突いたような騒ぎの割には、思ったほどのリアクションは見せなかった。
もっとも炎神側もイフリートタイプの個体を多数用意し、隊伍を組んで大気圏降下しようとしたのだが。
その大気圏降下戦術は、帝国の軍事教本にあるような軌道爆撃により、地上の抵抗力を粉砕の上での直滑降突入という洗練されたものではなく、水切り軌道とも呼ばれる水平に近い浅い軌道角で大気圏を何度も周回しつつ、ゆっくると高度を下げていくと言う手法だった。
本来ならば、この戦術でも迎撃は困難のはずだったのだが、アスカ達は多数の巨神兵にガンマ線レーザー砲を持たせ、ユリコの照準と連動させるという方法で、イフリートの耐熱許容量を上回ることで、その尽くを空中爆散せしめてしまったのだ。
イフリートの総数も20体近い数だったのだが、そのいずれも地上にたどり着くこと無く、木っ端微塵に吹き飛んでしまい……戦いはアスカ達の大勝利に終わった。
他にも炎神タイプの個体の散発的な降下の試みも見られたが、やはり神樹のγ線レーザーの直撃であっさり、消滅してしまっており、炎神側の反抗は完封と言った結果となっていた。
なんとも身も蓋もなかったが……。
神樹様の話だと、イフリートタイプの降下はともかく、炎神タイプの降下の試みは、今に始まった話では無いそうで、要するに惑星の裏側以外の衛星軌道上の制空権は、完全に神樹が掌握しており、これまでも炎神達は、最低でも10光秒は離れていないとほぼ確実に撃ち落とされていたのだ……。
つまり、炎神にとっては衛星軌道上程度では、とても安全圏とはいえず、実のところ、惑星付近に近づけるような状況ではなく、それまで対抗出来ていた地上の炎神アグナスも火山の崩落に巻き込まれて、活動停止に至ったようで、完全に沈黙していた。
そして、イフリートタイプの集中降下も向こうとしては、乾坤一擲の大一番……くらいだったようなのだが。
実際は、アスカが呆れたほどには、稚拙な降下手段を選んだことで、ただの的となり、文字通り一蹴されており、まるで相手にならなかった……そんな有様だった。
それ故に、宇宙にいる炎神達も含めて、ラース文明側は報復攻撃を断念したようだった。
と言うより、宇宙の炎神の同族達には、もはや、神樹とアスカに対抗する実力がないとユリコも見ていた。
その程度には、ヴィルデフラウ製ナイトボーダーは戦力としては、強力無比な代物で、ユリコ自身もこの調子なら、しばらく大丈夫と判断し、早く帰れと急かされていたこともあり、大人しく帰還することにしたのだった。
「んー、どれもこれもむしろ、アスカちゃんがやれって言ってたし、妥当な判断だったと思うよ。戦の必勝法はだね? 一番強そうなのを真っ先にぶん殴ってワンパンでやっつけるのですよ! 実際、いつもそれで勝ってきたんだし、どのみち、あいつらを星系から駆逐しないと迎えの船だって、安心して送り込めないでしょ。遅いか早いかの違い……だったら、出会い頭に出来る限りド派手にブチかます……それだけの話じゃないの?」
「ああ、ご尤もだ。君の行動は、その時点ではトンチキなものに思えても、結果的にいつも正しい。それに、敵に容赦なんてする必要はない……しっかし、いずれ駆逐するからって、出会い頭で問答無用で最大級のパンチを御見舞するってのは、そのまんま君のやり口だよねぇ……」
「ん? ああ、そう言えばそうだね。なんか、アスカちゃんの考えがあんまりにもナチュラルに思えたけど。普通はそこまでしない?」
「まぁ、あんな状況……僕だったら、こりゃヤバいって、こそーっと引き上げて、皆を集めて、揃って頭を抱えながら対策を考える……。それが普通なんじゃないかなぁ? まだ気付かれてないから、最大限の被害を与えて、種族自体を滅ぼしにかかるとか、相手にしてみればたまんないよ……」
「ああ……うん、確かにミもフタも無いし、幼体やらビックマザーっぽいのも派手にふっ飛ばしたし……そこまで、やんない方が良かった? 実際、その時点で和平も共存もふっとばしちゃったようなもんだよね……」
「それこそ、まさかだよ。この宇宙には、そんな甘い考えが通じない敵の方が多いんだ。敵はやれる時に徹底してやれ、帰還者との戦闘はそんなものだったじゃないか。なにせ、あの時は我々ですら数的劣勢を強いられたんだ。敵の生産拠点を見付けたら、如何なる犠牲を払ってでも徹底的に叩き潰す。我々の得た戦訓を理解し、忠実に実践してるってことじゃないか……全く彼女は、実に優秀な後継者だと絶賛しよう……。と言うか、僕は彼女にだったら、帝国の全てを託して、名実ともに引退してもいいくらいだって思ってるよ」
ゼロ皇帝の賛辞にユリコも我が事のように嬉しくなったのか、ぴょんぴょんとその場で飛び上がって、喜色をあらわにする。
「ふわーっ! さっきからもう大絶賛じゃないですか! ゼロ陛下っ! ……ま、まぁ、わたしも母として、鼻が高いですよ。いやぁ、あっちではわたしもすっかり、皆のお母さんって感じでしたからね! この私の包容力? 伊達に帝国の母とか呼ばれてないですよ!」
めちゃくちゃ自画自賛なのだが。
事実、ユリコは「帝国の母」とも呼ばれており、300年経った今でも絶大な国民人気があり、ゼロ皇帝とユリコが共に再臨したと言う事実は、バラバラになりかけていた帝国軍と国民を一瞬でまとめ上げたのだ……。
当然、それだけに留まらず、現状帝国臣民も誰もが一丸となって大いに盛り上がっており、景気も加熱し、その支持率についても前代未聞の100%達成まで行っていたのだ。
もはや、国民総出の熱狂的支持といったところだったが、この事実はそうなって然るべきものだった。




