第四十七話「その星の名は」⑤
「なるほどね……。そうなると、このアスカくんのいる惑星も本来は、荒れ地と海洋しかない不毛の惑星だった可能性が高いのか……。でもまぁ、これだけ広大な海洋があって、陸地があるって時点で上出来だけどね。海洋惑星って割りとあっちこっちにあるけど、どこも水しかないから、全然使い道がなくてねぇ……」
宇宙に浮かぶ巨大な水の塊……海洋惑星と呼ばれる惑星は、実のところ宇宙では結構ありふれているのだ。
なにぶん、水というものは極めて高い安定度を誇り、宇宙ではありふれている分子であり、宇宙空間ではその大半が水蒸気と言う形で偏在しているのだが……。
それらが恒星の重力に捕まり、なにかの拍子によりハビタブルゾーン圏内に集まり、惑星規模の巨大な水の塊にまで成長する……海洋惑星はそうやって誕生するのだが。
もっとも、その手の惑星は成り立ち上、中心核コア以外は文字通り全てが水の塊で、当然ながら陸地など一つもなく、底もあってないようなもので、必然的に資源採掘も出来ないし、生物についても、いい所植物性プランクトンくらいしか自然発生していた試しもなく……必然的に酸素濃度も低く、利用価値がほとんどないとされているのだ。
もちろん、中心核コアまでたどり着ければ、レアメタルや金属資源の塊があるのは間違いなく、その場合は相応の利用価値というものが発生するのだが……。
そこはもれなく尋常ならざる超高圧の世界であり、そんな環境では水も気体と液体両方の性質を示す超臨界流体と呼ばれる状態となっており、通常の物理法則すらも通用しない世界なのだ。
結局、海洋惑星の利用価値という点では、水の大量供給源になる程度で、その用途についても氷結惑星の氷の方が余程扱いやすく、使い道が無いと言う点では、乾燥しきった岩の塊の水星タイプの小型惑星同様、ハズレ惑星扱いされていた。
厳密には、浮島や宇宙ステーションなどを建造し、星系拠点としているケースもあるにはあるのだが。
そんな環境に好き好んで住みたがるような者は少数派であり、やはり植物などが育ちようがなく、根本的に酸素濃度が低いという問題は居住環境としては致命的な問題であり、それ故に銀河人類の拠点としては、上空にコロニーでも建設したほうがまだ安全と言う事で、まるで顧みられない存在となっていた。
まさに、過ぎたるは及ばざるが如しを地で行く……宇宙環境とはままならない……典型とも言えた。
もっとも、程よく乾燥していて、海があっても水深が浅く、陸地や大陸があり、植物が繁殖しているような海洋惑星となると話は全く別だった。
いわゆる地球型理想海洋惑星……惑星アスカや地球、惑星エスクロンなどがこれに該当し、いずれもその価値については、途方もなく貴重なものとされており、その上でハビタブルゾーン圏内にあるという事になると、その数自体も今のところ全銀河でも二桁にも満たず、それらについても惑星エスクロンのように、少なからぬ問題を抱えている惑星ばかりだったのだ。
その点、惑星アスカは、ほぼ地球同然の極めて優良な自然環境を維持しており、冗談抜きで戦争の理由に十分なり得る程の優良惑星なのだ。
ましてや、現代の地球へ至る道は封鎖されており、地球に対する郷愁の念や憧れは、潜在的とは言え帝国にも、そして銀河連合諸国にも確実に堆積しつつあったのだ。
その上、帝国はその象徴とも言えた母星エスクロンを惑星環境の悪化で事実上放棄しており、それに代わって象徴となりうる優良惑星の領有を渇望していたのだ。
当然ながらもアスカも同じ認識を持っている。
だからこそ、アスカは惑星アスカの統一国家建国と、その上で帝国領土として接収する気満々だったのだ。
そして、ゼロ皇帝に代表される帝国の人々も全く同じ認識で、それ故に満場一致でアスカの支援を行うというのは、もはや国家戦略レベルでの既定路線だった。
そんな16万光年も彼方の星を勝手に自国の領土とする……多分に無茶な話ではあったのだが。
彼らの感覚では、それはむしろ当たり前の行いと言えた。
何よりもアスカが言っていたように、銀河帝国の皇帝がいる……その時点で、それはその時点で、もはや帝国の一部と言えるのだから。
「惑星外周からの観測データによると、全体的にかなり火山活動が活発なようで、海洋部にも火山島などが多数あるようでして……。まぁ、アスカ様が吹き飛ばしてしまったようですが、この巨大火山については、惑星最大規模の独立峰で、山高4000mにも及んでいたようですね」
「そして、その火山活動をも御する存在……炎神と呼ばれる巨大エネルギー生命体か……。参考までにあのレベルの火山活動を沈静化することって、今の技術でも可能なのかい?」
「そうですねぇ……。後先考えないのなら、大型の凍結爆弾辺りを多数投下するとか、氷結惑星から切り出した氷塊をピンポイント誘導で延々投げ込み続ければ、火山の1つや2つ容易に沈静化は可能ではありますね。過去にはそうやって惑星の地ならしをした事例もいくつかあるようですよ」
乱暴な方法ではあったが、銀河人類にもその程度の技術はあるのだ。
実際、ヴィルゼットが言うように、そんな調子で火山活動が活発過ぎる惑星の火山活動を沈静化して、農業惑星に転用した実例も近年の銀河帝国には存在していた。
帝国は、銀河連合の中では、新参の新興国家だった事で、その傘下星系については、売れ残りを買い漁ったような星系ばかりで、いまいち恵まれていなかったのだ。
それ故に、銀河連合諸国では利用価値なしとされ、放棄されるようなドライアース系の惑星についても人類の居住を可能にするほどに、帝国は銀河人類でもトップクラスの惑星改造技術があった。
なにせ、多少ハビタブルゾーンからズレていようが、寒過ぎる惑星では太陽衛星と呼ばれる大型核融合炉を搭載した熱供給衛星を多数衛星軌道上に滞留させて、強引に惑星自体の気温を上昇させ、反対に恒星に近すぎて暑すぎる惑星には、ダイソン殻のように遮熱板を多数衛星軌道上に建設することで、気温を最適化するようなことも行っていた。
当然ながら、火山だらけの惑星についても、火山活動の沈静化なども平然と行っており、火山活動を制御する程度の事なら、星間文明であるラース文明もやってのけると想定したからこそ、あの場で、アスカは迷いなく火山噴火を誘発させる事に決めたのだ。
そうなれば、炎神アグナスも火山噴火の制御に注力せざるを得なくなり、当然ながら麓の炎神教団の国も無傷では済まない……結果的にそれらは、アスカ達を利する一石二鳥の策となる。
アスカは瞬時にそれを計算し、実行に移し、それはユリコもまた同様だったのだ。
「なるほどね……。さすがエネルギー生命体……エネルギー制御技術については、一日の長ありってところみたいだね。そうなると、やはりこの惑星も本来は火山だらけの惑星で、ラース文明にとってはそっちの方が都合が良かった……そう言うことなんだろうかな?」
「おそらくは……。ラース文明については、本来惑星に拘る必要などない……そんな生態のようではあるのですが。惑星の火山に寄生することでより楽が出来る。そんなところなのかもしれませんね……事実、ガスジャイアントに寄生する大型種も確認されていますからね」
もっとも、その大型種はまっさきにアスカに目をつけられて、物のついでのように消し飛ばされてしまったのだが……その辺り……アスカもユリコと全くの同類だけに容赦なかった。
「まぁ、それ以前に自分達の巣の中に異物を抱え込む。この時点で排除するには十分過ぎるだろうからねぇ……。そして、アスカくんもラース文明はその生態から、全くもって相容れないと判断して、むしろ完全に殲滅する構え……。確かに、国家安全保障の観点で見ると星系内に敵対文明が存在するなんて、論外と言って良い……それ以外に選択の余地がないだろうね。こりゃ、お互い様ってところで厳しい戦いになるのが目に見えてる状況だなぁ……」
「実際、この惑星も広大な海洋はあるものの、本来植物などはほとんどなく、火山ガスの雲に覆われた荒れ地しかないような……太陽系で言えば金星のような惑星だったのではないかと思われますからね。そちらの方が確かにエネルギー生命体にとっては都合はよさそうですね」
「そんな惑星を大気組成から作り変えて、ここまで改造するってのもなかなかに凄まじい話だよねぇ……。こんな事を本気でやろうと思ったら、我々だって軽く数百年以上はかかるだろう……。もっとも、それ以上の時間をかけてるんだろうけどね。君達の気の長さって、僕ら人類の感覚じゃ計り知れないみたいだからねぇ……」
「確かに、そうかもしれませんね……。そうなると、この生命の樹も一体いつからここに居座っているのやら……。数千、或いは数万年前に落着した可能性すらあるでしょうね」
「それもラース文明の執拗な総攻撃を受けながら……か。これは我々から見ても途方もない存在だよ……。おまけに、あの難儀なことで有名な対消滅反応すらも容易く御し、謎だらけのアストラルネットを平然と使いこなすとか……その科学技術についても我々の遥か彼方先を行っている……。まったく、君達との出会いが平和的なもので本当に良かったよ……」
「……もっとも、我々は惑星を緑化して回る以外は特に何もしない文明なんですがね……。あの……いい機会なので聞かせていただきたいのですが、あなた方は、内心……我々を恐れているように思えるのですが、我々は銀河人類にとっての脅威と言えるのでしょうか?」
これはヴィルゼットの偽らざる思いではあった。
惑星ヴィルアースの過去の記録や、推定される過去の同胞の活動は、広義には侵略行為と言えるかもしれないが。
やっている事は、銀河スケールでの単なる惑星緑化事業に過ぎないと言ってよかった。
不毛の惑星に降り立ち、惑星自体を緑化して、子株を育成して次々宇宙へと送り出す。
端的に言ってしまえば、ただそれだけを目的としている文明なのだ。
何よりも、植物がなければ動物も発生せず、知的生命体の発生する余地もほぼ無くなるのだ。
その上で、不毛の惑星に植物を発生させた上で、惑星生態系の進化を大幅に加速する……ヴィルデフラウ文明がやっているのは、端的に言ってそう言う事なのだ。
ヴィルデフラウ族についても、おそらく後付で、何処かの惑星でヒューマノイド文明が自然発生して、神として崇められるうちに、子株育成の効率化と言った細々とした作業の役に立つと学習した。
おそらく、そんな経緯を経て、眷属と言える種族を作り出すようになった……それが自分達なのだとヴィルゼットも推測していた。
その程度には、ヴィルデフラウと言う知的ヒューマノイド種族は、本来の生物の進化ツリーからかけ離れた位置にいる種族だったのだ。
どう考えても、自然発生ではあり得ない生物……。
それがヴィルゼットの自分なりの自己研究の結論だった。
もっとも人類種にとっては、さしたる迷惑も被らず、共存もしようと思えば簡単にできる。
そもそも、ヴィルデフラウ族は本来争いの概念すら持っていなかったのだ。
実際、ヴィルゼット達も砂漠化に伴い台頭してきた蜘蛛型ヒューマノイド蛮族に対しては、ロクな抵抗もできずに、その食料として次々と狩られていき、大幅にその個体数を減らすことになったのだ……。
もっとも、帝国との接触を通じて、銃火器類に代表される武装と、それを持って外敵と戦うと言う概念を学習した結果、その元来持っていた高い身体能力を生かして、ヴィルデフラウの戦士型と言うべき戦闘特化個体を独自に生み出せるようになったのだ。
そして、その蜘蛛型ヒューマノイド種は、緑化が始まった惑星環境に適応できなかったことと、帝国軍の遠征陸戦隊の支援があった事で、ヴィルデフラウ達自身の手によって、容易に絶滅させることに成功していた。
かくして……惑星ヴィルアースの敵対勢力が滅んだことで、目立った脅威もなくなり、帝国による手厚い保護と支援を受けられるようになった事で、惑星緑化事業も軌道に乗り、ヴィルゼットもヴィルアースの事は同胞達に任せ、知的好奇心の赴くままに、帝国へ帰化することにしたのだ。
アスカについても、原住民たちからは普通に受け入れられ、神として崇められながら、自らの国を興す段階まで進めており、ヴィルゼットは自分の推測……ヴィルデフラウは人類の敵には決してならないと言う推測が間違っていないと言う確信を深めていた。
「確かに! これは一本取られたね。帰還者みたいな侵略者だと思うと恐るべき存在に思えてくるけど、冷静に考えたら、普通に共存すればいいだけの話なんだよね……。確かに、僕ら帝国って基本的に星間文明は問答無用で敵になる……そんな風に認識してたんだけど、何事にも例外はあるんだよね……」
「そうですね。確かに仰る通り、星間文明と言うものは基本的にどれも拡張戦略を取っていると考えられますからね。そこは我がヴィルデフラウ文明も同様なのですが、むしろヴィルデフラウ文明は惑星文明の発生を促す事で銀河宇宙の多様化に寄与していると考えられます。なにせ、子株育成とそのばら撒き以外は特に目的らしい目的もないですからね。そして、その結果生み出される惑星環境は、地球人類にとっては理想的……それならば、共存共栄は十分可能ではないでしょうか?」
「確かに実際、地球人類種とヴィルデフラウ族って結構相性もいいみたいだしね。とにかく、生存理想環境がほとんど一緒って時点で、同じ惑星に普通に一緒に暮らせてしまう……これって、かなり大きいし、案外地球も過去にヴィルデフラウ族が最適化した惑星だって可能性も否定できないよね」
過去の地球の伝承記録などでは、巨大樹に関する神話や伝説などがいくつも存在し、地球人がヴィルデフラウ文明の派生文明である可能性は、アスカが指摘していたように十分に考えられていた。
この辺りは、ゼロ皇帝に指摘されるまでもなく、ヴィルゼットも同様に考えており、地球にヴィルデフラウ文明の痕跡や、命の樹そのものが存在する可能性もあると考えていたが。
地球への上陸調査となると、数少なくなった超AIの生き残り「アースガード」率いる太陽系防衛艦隊を実力で排除する必要があり、その上地球崇拝主義を掲げる環境テロ団体「ブルーアース」や、地球を聖地と崇める「地球教団」と言う怪しげな宗教団体やらを完全に敵に回すことになり、状況の複雑化は不可避の上に、「アースガード」より提示された最新の地球環境調査情報では、それらしき大型植物は確認されていなかったし、過去の記録でも同様だった。




