第四十七話「その星の名は」③
「……これは……なんと言うか、想像以上だな……」
ゼロ皇帝すらも、茫然自失と言った様子で、惑星アスカの外観図を眺めていた。
そして、それはアキも同様だったようで、言葉もないようで……完全に沈黙していた。
「ア、アキちゃん? フリーズしてる?」
あまりに反応がないので、思わずユリコがそうツッコむとようやっと、壁際のカメラアイに動きがあった。
「ごめんなさい! 思わず、フリーズしてました! た、確かにこれは、超素晴らしい惑星ですね! データやドラフト映像ではすでに外観は目にしていたんですが……。高精細画像で見ると、その凄さがよく解りますね……」
「はい、この惑星アスカを帝国の惑星査定基準に照らし合わせると、最高位のSを超えて、SSSの評価となり、その価値は計り知れないとまで評価されています」
「そりゃそうなるよ。ここまで綺麗で理想的な環境を持つ惑星なんて、この銀河中を探しても数えるほどしか無いですよ……。いや、むしろ、前代未聞かも? ……ユリちゃんは向こう側で仮装義体みたいなのを作ってもらって、生で体験してきたんだよね? モニタリングはしてたけど、実際にこの惑星に降り立った感想聞かせてよ!」
「いやぁ……食べ物は当たり前のように天然食材で、いちいちむちゃくちゃ美味しいし、水も綺麗で光合成も……めっちゃ気持ちよかったよ! まぁ、文明レベルとしては……なんかもう普通にファンタジー世界みたいな感じだったけど。あ、そうそうっ! 海で泳いだりもしてきたよ! もう、海とか超綺麗で、天然のお魚とかも、うじゃうじゃいてお魚料理とか最高だったよっ! 特にお刺身とかお刺身とか!」
要するに、遊び呆けていた……そう言う事で、ゼロ皇帝も思わず苦笑する。
「そうか……。なんとも楽しんでいたようで、正直羨ましくなるよ。それにしても、天然環境の魚類を生で食べる刺し身料理か。永友提督から冷凍解凍の物をご馳走になった事はあるけど。養殖で冷凍物なんて、天然取れたてと比較すると話にならないって言ってたんだよね。そんなに美味しかった?」
「はい、ちょーっ! 美味しかったです! 特にこのオチョボツノマダラって魚! カラフルで馬鹿面してるんですけど、お腹のミソが最高に美味しかった!」
一応、ユリコは実物を見てきたので、その魚の外観も資料として表示された。
……一言で言えば、緑と黄色のドハデな模様のデカいカワハギだった。
地球でも、南になるほど魚介類も派手になる傾向があり、惑星アスカ……それもルペハマ近郊の海産資源も似たような傾向があるようで、総じてケバケバしい色合いだったが、シルエットなどは、どれも過去の地球原産の魚類に近しいものがあり、そこまで生物学的常識からかけ離れたものは無かった。
なお、銀河人類が地球から持ち出し、主に食料として利用していた魚介類については、その種類は極めて限定されており、マグロとかカツオ、サンマやイワシにサケの類と要するに回転寿司でお馴染みのような種類に限定されており、それらですら基本的に贅沢品であった……。
一般的な魚料理などに使われる食材としては「シーミート」と呼ばれる魚風味の謎肉……合成食材が主流で、刺し身料理に至っては至高のグルメクラスの扱いだった。
要するに、ゼロ皇帝も含めて、魚に関しては実物を見た事もなく、ゲテモノ料理の一種くらいの感覚だった。
もっとも、惑星アスカの海洋は、本来は亜硫酸ガスが盛大に溶け込んでおり、とても生物が住めるような水質ではなかったのだが……。
神樹の森を流れる小規模河川群は、王国全域に向かって、いくつもの河川に分かれており、それらの下流域は総じて神樹の種の影響により、旺盛な植生が実現されていたのだ。
それ故に王国は一大穀倉地帯となっており、相応の文明が興っていたのだ。
そして、その河口近辺にも海藻などが大量に発生するようになっていて、その上それらは凄まじい範囲に渡って増殖を始めており、結果的に猛烈な勢いでの海洋水質の浄化が進み、それまで居ないこともない程度だった海棲生物も猛烈な勢いで繁殖し、地球同様の進化を遂げるに至っていた。
特にその源泉となった神樹の森に源流がある河川の河口に位置するルペハマ辺りは海産物資源の宝庫となっており、一連の戦いが終結後、アスカもユリコを連れ立って、当初の予定通り、ルペハマへと表敬訪問に向かい、市長達からも盛大な歓待を受け、刺し身に焼き魚と言った銀河宇宙ではまずお目にかかれない天然海産物料理に舌鼓をうち、二人揃って心ゆくまで海浜リゾートを堪能したのだったが……遊び呆けていたと言うツッコミに対しては、ユリコもご尤もとしか返しようがなかった……。
「……うわぁ。ホントに遊んでたんだ……。こっちはそれなりに苦労してたのに、相変わらず、空気読まないというかなんと言うか。くっそー! 私も惑星アスカ行きたくなってきた! それも生身の身体でーっ! そりゃ、こんなのアスカ様だって目の色変えますって!」
「……確かにこれは実にいい惑星だよ……最高と言ってもいいな。我らがエスクロン星系と違って、恒星活動もド安定……スペクトルもG型主系列星で理想的……。そして、広大な海洋と四つの大陸か……。この惑星……銀河人類のかつての母星、地球に匹敵するほどの超優良惑星じゃないか。これをお金で買えるなら、帝国の国家予算の10年分をつぎ込んだって惜しくないな」
ゼロ皇帝もシレッと国家予算の10年分などと言っているが、その額は軽く天文学的な単位になるのだが。
経済の専門家でもあるアキですら、10年分でもむしろ安いだろう等と思っていたくらいなので、その価値はもはや計り知れなかった。
「そうですね……。確かにここまで優良な条件が揃い、生命力溢れる惑星となると、銀河広しと言えど数えるほどでしょうからね。生命の樹が目をつけたのも当然といえますし、それはまたこの炎神と呼ばれるエネルギー生命体達も同様……なのでしょうね」
アスカ星系の外観予想図に、ユリコが目にした炎神の配置図が上書きされる。
その数は観測できただけでも2034体……。
それらは、星系内の至るところに配置され、アスカ星系の主が何者かを如実に語っていたのだが。
そのいくつかには、すでにバツマークが付与されており、それには恒星付近のラース文明の繁殖地も含まれており、惑星アスカ付近の個体のいくつかにも、すでにバツマークが付与されており、結構な数の個体が仕留められていた……。
これは言ってみれば、ユリコとアスカが撒き散らした炎神文明にとっての災厄の結果であり、ゼロも「うわぁ」と言いたげな引きつった顔をしていたのだが。
当事者たるユリコは、そこら辺は全く気にしておらず、ゼロ皇帝もアキも現地にユリコを行かせた以上、これくらいは普通にやると理解しており、そこについてはツッコミ一つ入れないようにしたようだった。
「なるほど……この一際大きい緑豊かな大陸に生命の樹があるということか。まったく、一目瞭然じゃないか……。しかし、こうやって見ると生命の樹のある大陸の植生は凄まじい勢いだね。これが生命の樹の惑星緑化作用なのかな?」
「そうですね……こうも、はっきりと境界が見えているとなると、そう考えて間違いないかと。ですが、かつてのヴィルアースの実例からすると、むしろ控えめのような気もしますね……」
実際問題、ヴィルデフラウ由来の植物の成長促進魔法を流用しただけで、荒野しかなかった惑星一つを丸ごと緑化するの10年もかからない……その程度のことは今の銀河帝国でも可能となっているのだ。
それを考えると、この惑星の地表すべてを緑で埋め尽くす程度、生命の樹なら造作もないはずなのだが……。
そうなっていないとなると、何らかの障害が発生しているのだろうと、ヴィルゼットも予想していた。
「……確かにそうかもしれないね。多分、この状況だと、この炎神の文明からの猛攻撃を受けてるんだろうな。ユリコくん……実際、現地の様子はどうだったんだい? 炎神を撃破する前はどんな状況だったんだい?」
「そうだねぇ……。なんでも、年単位で年中通しで異常に暑くなってて、夏場とかあっちこっちで干からびて、普通に食料問題が起きてたみたいなんだよねぇ……。でも、それを神樹教会っていう神樹様を神様として崇める宗教団体の人達が必死になって、雨を降らせる魔法を使ったり、植物の成長を早める魔法で収穫を早めたり……色々やって、人助けとかしまくって、なんとか持たせてたんだって」
これはユリコが神樹教会の者達から聞いた話ではあったのだが。
神樹教会は、各地で必死になって人々の救済措置を行っており、彼らが居なかったら、もっと酷いことになっていたのは確実であり、それ故に国王や第一王子などは、神樹教会に頭が上がらずに、オズワルド達神樹教徒の貴族達や民衆も大いに感謝していたのだが……。
対照的に炎神教団の者達は、真逆の手法。
炎神の奇跡と称して、特定地域だけ温暖化を軽減させたり、地熱の上昇による作物の成長促進などをおこなったり、反抗的な者達に対しては、炎の怒りに触れたと称して、焼き討ちや虐殺すらも平然と行っていた。
言ってみれば、それはマッチポンプのような手法であり、恐怖を煽り、神の怒りを買いたくないと言う事で、多くの信者を獲得していたようなのだ。
もっとも、それはすでに過去の話となりつつあり、一連の戦いで色々と無茶をやり過ぎた上に、総本山が壊滅し、炎神アグナスが沈黙し、そのお膝元の炎国も火山噴火に巻き込まれ、アグナスの放った核融合弾の流れ弾がいくつも落着した事で、生存者が生き残っているかどうかすら怪しい状況となり……。
その上、炎神教団が「母なる炎」と称し、天を統べる神と崇めていた恒星の至近距離をその繁殖地を守るように周回していた巨大精霊も、アスカの命によりユリコが放った対消滅反応弾の不意打ちを受けたことで、跡形もなく消し飛んでしまっていた。
なお、その時の光景はもう一つの恒星が出現した程のすさまじいもので、光が消えた後にそれまで恒星付近に昼間でも薄っすらと見えていた「母なる炎」が消失した事で、炎神教団の生き残りも絶望に打ちひしがれる事となった……。
もっとも、アスカに言われせれば「そんな事、知ったことか」の一言で終わる……その程度の話ではあった。
アスカにとっては、炎神教団や炎神文明を滅ぼすことは、すでに確定事項であり、現時点でもアスカ達は大陸から、炎神の影響力を一掃する次の戦いの準備を着々と進めていた。
なお、炎神教団はその信仰の対象と本拠地をまとめて失った事で、完全に総崩れになっており、必然的に炎神教徒の貴族達もその立場を失い、完全に追い詰められつつあり、急速に勢力を拡大しつつあるアスカ率いる神樹帝国は、時間の問題で大陸を席巻する……それが確実な情勢だった。
「……なるほど。アスカくんは現地ヒューマノイド文明の信奉者を味方に付けることに成功したと言う事か。うん、確かにそれはなかなかにいい手だね。原始文明の掌握という事なら、むしろ最善手と言ってもいいね」
「へぇ、そうなんですか……。それって要するに、地元の人達から神様として崇められるってことだと思うんですが、なんでそれが最善手なんです?」
「考えてもみなよ……。まだ宇宙に出れない惑星地上に限定された惑星文明の人達にとって、遠い宇宙の彼方……星間規模の距離を平然と超えてくるような星間文明人……。そんなのこの時点でもはや神様だろ? その上で神様の言う事なら何でも聞きますってやってくれたら、惑星統治については素晴らしい追い風となる。もっとも、ここで気をつけないといけないのは、驕り高ぶって増長しちゃうことなんだけどね」
「まぁ、そこら辺……アスカちゃんは問題なさそうだったよ。あの子、なんだかんだで陛下の残した統治マニュアルとか読み漁ってたり、陛下作成の次世代皇帝の心得講義の動画とかも見まくってたみたいで、普通に陛下の弟子……みたいな感じだったよ」
「へぇ、確かにアスカくんの第三帝国の国家運営とかって、まんま僕のパクリ……みたいなことやってたけど、そう言う事だったんだね。なかなか、やるじゃんって関心してたけど、そうなると、アスカちゃんは僕と君の娘……みたいな感じだね! ……ハハッ!」
「やだぁっ! 陛下ったら、何言ってんですかぁ! もうっ!」
……照れ隠しなのか、スパコーンといい音を立てて、ユリコの平手がゼロ皇帝の後頭部に炸裂する。
銀河帝国皇帝に手を上げる……もはや、この時点で許されざる行為だったのだが。
アキ達側近にとっては、この光景はいつものことだった。
何より、ゼロ皇帝へツッコミを入れる等と言う真似を平然と出来るのは、今も昔もユリコだけだった。
これはとんでもないことになったと、オロオロしているのはヴィルゼットだけだったのだが。
アキが何も言わず、当のゼロ皇帝も叩かれた頭を擦るだけで、むしろ笑顔で機嫌も良さそうなので、これはこの二人独自のコミュニケーションであり、それもまたユリコの役目なのだと納得することにした。




