第四十七話「その星の名は」①
この様子だと、ヴィルデフラウ文明の根源地ともなると、もはやどこにあるのかすらも見当も付かなかったが……案外とっくに母星自体は絶滅していて、自分達を含む子孫たちと播種船があちこちに根付いて、今もどこかで播種を続けながら、その派生文明を生み出し続けている……ヴィルゼットもそんな風にも予想し、遠い宇宙の同胞たちの息災を祈らずにはいられなかった。
「いずれにせよ……帰還者はいずれまた襲来してくるだろうからね。あれが、そんな一回や二回返り討ちになったところで、懲りるように思えるかい?」
「思えないねぇ……。だって、自称宇宙の支配者とか言ってたし。あれよ……第二、第三のコンダクターが、忘れた頃にやってくるってそんな調子だと思うよ!」
「あれはその根っこを潰さないと、イタチごっこになるだろうね。なんせ、向こうはエーテルロードを返せって言ってたんだしね。まぁ、そう言われて、返すつもりなんて、毛頭ないんだけどね。故に双方平行線……必然的に力付くで決めようぜって事になる訳だ。そして、我々の戦争は終わらない……ということさ」
「なんとも、世知辛いけど。そんなものよね……そいや、アスカちゃんも似たようなこと言ってたよ。曰く星間文明同士はどうあっても敵対し、相まみえる事になるってね」
「さすが、解ってるねぇ……全くの同感だよ。だが、奴らが大マゼラン星雲にまで進出していたとなると、案外帰還者の大本もそっち方面って事かもしれないよね。確かに当時、連中が攻め込んできた侵攻ルートの延長線上には、大マゼラン雲があったのも事実なんだよね……。もっとも我々もそんな16万光年も彼方からエーテル空間へ侵攻してきたなんて、もしかしたらくらいにしか思ってもなかったから、さすがに完全にノーマークだったよ」
帰還者達は、エーテル空間の通行不能領域とされる……次元境界面と呼ばれる何もない空間に独自にエーテルロードを新規作成した上で、現れていたのだ。
元々、その尖兵と言えた最初の侵略者……「黒船」も同様の能力を持ち、思っても居ないところに現れる事は日常茶飯事でもありながら、人類の技術ではその新規エーテルロードを維持することも、それを再現することも出来ず、それ自体はさほど重要視されていなかったのだが。
帰還者が何処から来たのかを考えると、それが銀河系外からと言う可能性も確かにあったのだ。
「そうですね。確かに当時の状況と実際の銀河系と大マゼラン星雲の位置関係と時差を計算に入れると、帰還者は銀河の外側……大マゼラン星雲方面からエーテル空間経由で侵攻してきていた……そう仮定すると納得出来ますね。事実、このエスクロン方面以外では一切侵攻が確認されず、その結果……広く薄く守ろうとした我が帝国軍と対照的に、帰還者は極端な戦力集中を実現し、それもまた緒戦敗退の一因となったようですからね」
要するに、銀河系の一番端っこにあったが為に、エスクロン星系は、帰還者の最初の攻撃目標とされ、最大の激戦区となった……そう言う事だったのだ。
古の予言の内容と、実際に起こった事を精査すると、つまるところ、惑星エスクロンが激戦区になることが予言されていて、それ故に起こりうる戦いに備え続けろ……そう言う警告だったのだと解釈出来るのだが。
当時のゼロ達もよもやエスクロン星系が最初の戦場となり、主攻が集中するとまでは予想しておらず、銀河外周部全域に薄く広く戦力を配備し、あらゆる事態を想定し備えていたのだが。
現実は、彼らの想定を裏切ることとなった……振り返ってみると、これはそう言う話だった。
「そうか……大マゼラン星雲こそが、敵の本丸……と言うことか。確かに、そう考えると全てが繋がってくるね。となると……アスカくんの存在が今後、ますます重要になってくるね。当然ながら、彼女についての情報も取り扱いは慎重にしないといけないな」
「そうですね。特にアマカゼ・ハルカの動きが読めませんし、何故、七皇帝でも序列最下位であり、内政官のような位置付けだったアスカ様を敵視していたのか、合理的な理由が見つからないのですよ。実際、アスカ様本人もそこまで恨まれる覚えは全くないとおっしゃっていましたからね……」
実際の所、アスカ率いる第三帝国艦隊は、接続外星系への遠征経験などを多く持つ対惑星戦闘部隊が充実していた事で、ラースシンドローム対策戦力としてもっぱら運用されており、最前線で直接銀河守護艦隊と戦う機会は、最終決戦を除いて一切なかったのだが。
ラースシンドローム罹患者と直接交戦を繰り返し、最も多くの罹患者を殺害したのは、アスカたちと言えた……。
要するに、ハルカ提督がアスカを憎むのは、筋違いではあったのだが。
ハルカ提督は、そのことが一切公表されていないにも関わらず、しきりにアスカを名指しして、批判し続けていたのだ。
「……やっぱり、そこがイマイチ腑に落ちない点だよね。そもそも、N提督の話だと、向こうも皇帝を皆殺しにしたら、帝国との停戦交渉もままならなる上に、何もかもがグダグダになって、手に負えないことになるって、そこはちゃんと解ってたみたいなんだよね。アスカくんの最後の戦いも、N提督は退路封鎖だけにとどまらず、自ら降伏交渉の使者として、単身丸腰でアスカくんの元に出向くつもりでいたみたいでね。ハルカ提督もそれについては同意してて、正面の戦いは敢えて受け身に回って、攻勢は手控えるはずだったらしいんだよね……。でも実際は……勢い余ったんだか、ついカッとなったんだか知らないけど。ハルカ提督はアスカくんの第三帝国艦隊をほぼ壊滅近くにまで追い詰めた……こんな有様じゃ、誰だってヤケを起こすに決まってるよ」
実際の所……最終決戦で、アスカの艦隊は退路を断たれたことで、もはや銀河守護艦隊主力を強行突破するしか道がないと誰もが思っており、それ故に防戦に徹するのではなく、敢えて攻勢に出るという選択を取ったのだ。
そして、それ故にアスカ達の死を覚悟した死にもの狂いの最終攻勢の勢いは、完全にハルカ提督の予想を裏切っており、彼女としては受け身に回るのではなく、全力でその攻勢に対し正面からの激突を命じる他無かったのだ……。
もっとも、あの戦いにおける銀河守護艦隊側の戦略目標は、アスカの艦隊の殲滅ではなく、その戦意を刈り取り、アスカ自身を降伏交渉の席へ着かせる事だった。
それは動かしようのない事実だった。
だがしかし……アスカはそんなハルカ提督達の戦略目標を完全にくじき、自らの死と引き換えに、銀河守護艦隊を勝ち目のない消耗戦へと引き込むことに成功していた。
この戦い……アスカ達は艦隊の全滅で完敗していたが、戦略的に見ると、ハルカ提督達の戦略目標を自らの死で叩き潰したアスカの勝利と判定すべきだった。
「……アスカ様は、始めからあの戦いで死ぬ覚悟をしていたようでした……。実際、私もアスカ様の艦隊に幕僚として同行するつもりでいたのですが……。他の補佐官同様、皇帝命令で止められてしまい、後を託される事になってしまいまして……」
「まぁ、窮鼠猫を噛むって言うからねぇ……。アスカくんも追い込まれながらも、せめて一矢報いたい……そう考えたんだろうね。それも生命を賭けて……その判断を悪く言う事はとても出来ないよ。事実、アスカくんの死で向こうは交渉の窓口を失い泥沼にハマリ込んだようなものだからね……。戦いの勝者が誰かということなら、アスカくんは間違いなく勝者だと言えるだろうね」
「何とも複雑だね……。アスカちゃんが無傷で降伏ってなってたら、完全に向こうの思うツボで、ハルカ提督に好きなようにやられて、今頃ラースシンドロームが銀河を席巻してたかもしれない。そんな状況になってたら、いくらわたしらでもお手上げだったよ」
「……アスカ様はすべて理解の上で自ら死を選んだ……そう言う事だったのかもしれないですね。そうなると、やはりアスカ様の生存は公表はしない方がいいですね。それに大マゼラン雲からの天文観測データについても……迂闊に漏洩すると、アスカ様の所在が知られるべきでない者達に知られる危険があります」
「ああ、敵がハルカ提督と銀河連合の残りカスだけなんて思ってると、足元を掬われかねないからね。まだ僕らにも見えてない敵がいる……そう言う想定でいるべきだろう。いずれにせよ、天文学者達も口止めしといて正解だ。もっとも、系外銀河の内側からの天体観測データなんて、軽く天文学の常識がひっくり返るくらいの出来事だからねぇ……。あまりに公表させろとうるさく言ってきたから、思わず、君らだまらっしゃいって一喝しちゃったよ」
「仰るとおり、天文学者達が違うことにばかり興味を持って、次から次へと余計な新発見をしてしまい手がつけられなくなるところでしたよ。ひとまず、この七色星団の3D配置モデルと、ユリコ様の観測データから見つけ出したアンドロメダ銀河と天の川銀河を使った三角測量法、その他……銀河系外縁部のいくつかの特徴的な遊星星系などの位置関係から、この惑星の位置特定は極めて高い精度で特定完了しています。そして、この星系についても……陛下さえよろしければ、この星系……アスカ様の名をいただき、アスカ星系と呼称するとしませんか?」
「……ふむ、アスカ星系か。確かに彼女はこの星系を自らの手で占有するって宣言していたようだから、その名で呼ぶのが相応しいな。いいね! アスカ星系……そう言うことなら、この星系は非公開ながら、正式に我が銀河帝国の領域星系とした上で、アスカくんを僕と同格の権限を持つマゼラン方面帝国領の皇帝として認定するとしよう。ああ、これはアスカくんにも伝えた上で、僕の正式な発言として記録して、時機を見て公表するようにしてくれ」
「おお、ゼロ皇帝公認っ! それにアスカ星系かぁ……。あの子……むしろ困惑するかもしれないけど、全然オッケーだよね。そうなると、帝国軍も堂々とアスカちゃんの支援が出来るってことになるし、AI達の倫理規定問題もクリア出来る。なにせ、そう言う事なら、何が起きてもこれは全部、内輪の問題って事になるし、もう星の名前の時点でアスカちゃん……じゃなくて、アスカ陛下の名前なんだから、どこも文句なんて付けようがないよ!」
要するに、これはそう言う話でもあるのだ。
言うまでもなく、アスカの名は第三帝国の皇帝として知らない者の方が少ないような銀河レベルでの超有名人で、それは帝国以外の諸外国勢や、様々な国際組織も同様だった。
そんなアスカの名を冠した星系が些か遠いながらも正式に帝国の領域として認定されるとなると、あらゆる問題が帝国の内輪の問題として扱われることとなり、当然ながら中立星系への武力干渉という事で、とやかく言われる事もなくなるのだ。
そして、その法的根拠についても、帝国には皇帝が足を付けた土地は、その時点で帝国領土であると言うとんでもない法規が定義されているのだ。
もちろん、これをそのまま解釈すれば、皇帝が気軽に立ち寄った観光惑星などで、皇帝陛下がここを気に入ったので帝国へ編入すると言い出してしまえば、それは法的根拠に基づき、本当に帝国領扱いになると言う割と無茶な法なのだが。
まぁ、これは……帝国が銀河帝国軍と言う銀河最強レベルの武力と言う実力を持つ以上、法的根拠なぞなくとも結果は変わりないのだが……法的根拠という建前は対外的には重要であり、ゼロ皇帝も半ば確信犯的にそんな法規を帝国法に盛り込んでいたのだ。
当然ながら、銀河帝国の皇帝に一度でも踏み込まれてしまえば、その地は帝国領同然となると言う事実は、諸外国も大いに知るところで、銀河帝国皇帝にそっちから出向けなどとは、どこも口が裂けても言えず、皇帝との直接会談ともなると、中立国での非公式会談や、自分達がわざわざ帝国に出向くと言う形式を取らざるを得ず、その時点で必然的に自ら格下と認めるような形式になってしまい、この事は帝国の外交イニシアチブに対し、大いなるアドバンテージともなっていた。
何よりも、惑星アスカが帝国領と認定された時点で、帝国正規軍の武力進駐に際しても、一切の枷がなくなるし、自国領土内と言うことなら、向こう側にAI達の受け皿となるハードウェアを用意できるなら、そのまま現地へ転送した上でのアスカの直接支援が可能になるということでもあるのだ。
そして、何よりも系外銀河に飛び地ながらも、帝国の領域が広がったと言う事実は、極めて大きな事実でもあるのだ。
系外銀河の惑星を勝手に領土化したとなると、銀河連合諸国や中立国、銀河広域警察のような国際組織に知られると、なかなかに面倒なことになるのも必然なのだが。
皇帝権限を持つ皇帝が進出している以上、アスカ星系は法的根拠に基づいた正式な帝国領土以外の何物でもないと言うことになり、ユリコが言うように外野が何を言っても、これは国内問題だと言い張ることで、あらゆる干渉を跳ね除けることが出来るのだ。
なお、アスカは本来は死人扱いされていたのだが。
ゼロ皇帝もアスカの生存が確認され、不死の身体を手に入れた事が解った時点で、彼女を自分と同じ永世皇帝として認定しており、この時点でアスカはゼロ皇帝と同格の権限を持つ事となっていたのだ。
言ってみれば、ゼロ皇帝はその事実を自らの言葉にしただけなのだが。
その言葉は極めて重く、国家としての最終決定と言っても良かった。
何よりも……将来的に、アスカ星系と天の川銀河間を自由に行き来が出来るようになれば、必然的にアスカ星系はマゼラン星雲方面への帝国進出の足がかりとなるのは必定だった。
……すでに、銀河系のエーテル空間ゲートは全て開かれており、将来的に人類領域の拡張の可能性が閉ざされつつあることでの閉塞感は、銀河各地にもだったが、帝国にも暗い影を落としつつあったのだ。
無限に広がる大宇宙のたった3000個程度の恒星しか、行き場が無い。
エーテルロードに頼り切っているがゆえの弊害だったのだが、それは同時にそこが人類の限界……行き止まりだと言えたのだ。
だからこそ、この時代……拡大の可能性が潰えた事での、言ってみればなんとなくの閉塞感が全銀河を覆い始めており、帝国もそれにあがらうように、無理を承知で近隣星系への亜光速航法による新天地開拓に勤しんでいたのだ。
もっとも、その範囲もせいぜい数光年程度の距離にとどまっており、宇宙の広さと言う巨大な壁にぶち当たっている……それもまた帝国の現実でもあったのだ。
なにぶん、現代の技術による亜光速航行船は、光速の30%程度が安全に航行できる限界とされており、10光年の距離ですら、その往復には60年以上もの年月がかかってしまうのだ。
そして、外宇宙については星系内と違って、デブリとの衝突事故も頻発し、これまでもいくつもの星間探査船が事故で失われており、その進出計画は遅々として進んでおらず、進出出来たとしても植民地化出来るような星系はほとんど見つかって居なかった。
もちろん、いくつか条件の良い星系は見つかっているのだが、その手の星系の惑星は高確率で、先住民……地球外知的生命体の住むような惑星であり、彼らを滅ぼしたり、押しのけてまで進出する理由は無かったし、帝国にもその程度の良識はあった。
そもそも、現地の代表者などと同盟を結ぶなどで帝国の領域化したところで、その往来や連絡には、年単位の時間がかかり、トラバーン星系のように現地委任せざるを得ず、惑星環境の差異から、帝国民を大勢送り込んだ上での植民地化も非現実的な話ではあったのだ。
だが、大マゼラン星雲のアスカ星系の存在と、銀河間の超長距離航行の実現の上で、短期間での往来が可能となる……これは、そんな人類世界の限界と言う壁を軽くぶち抜くほど可能性を秘めていたのだ。
だからこそ、アスカの存在はもはや銀河帝国にとっても、極めて重要な存在となりつつあり、その救援に帝国の総力を挙げると言うのも、ゼロ皇帝が言うまでもなく、すでに確定事項でもあったのだ。




