第四十六話「帝国の逆襲」⑥
「心配せずとも君は軍神ユーリィとして、帝国史に名前残っちゃってるし、帝国軍の将兵達からはもう完全に神様扱いされてたよね……。いつぞやかの閲兵式だって、軍神本人の登場でひれ伏しちゃったり、中には卒倒する人も出て、大変だったよね」
……当然ながら、銀河帝国軍と言っても七帝国体制となった事で、それぞれの帝国に独立した軍が存在することとなり、当然のようにそれらは一枚岩には程遠く、例えるなら同社ライバル部門のような関係ではあったのだ。
もちろん、同じ帝国の旗を掲げる軍同士、それなりの交流はあり、軍のトップである皇帝達は、お互い家族同然の鉄の結束を誇っており、帝国軍同士が相討つような事態は起きようもなかったのだが。
戦場で一つの軍として連携できるほどではなく、その事も銀河守護艦隊との戦いで、良いように各個撃破された要因にもなっていたのだ。
だが、ゼロ皇帝とユリコの再臨は、そんな呉越同舟状態で、まとまりに欠けていた帝国軍を一瞬で一つの軍勢としてまとめあげてしまった。
今や銀河帝国軍は、人類史上最大の兵力を誇る大軍勢となっており、その将兵達も銀河守護艦隊との決戦の準備を完了させて、今か今かと、ゼロ皇帝よりの出撃命令を待っている状況だった。
「いえいえ、現人神……ゼロ陛下には敵いませんって……! なんかもう全帝国軍どころか、全国民が帝国の神降臨! みたいな感じなっちゃったじゃないですか! なんかもう、皆熱狂って感じで……見てて、この人たち大丈夫? くらい思ったんだけどさ」
「まぁ……確かにあれは凄かったねぇ……。でも、結局僕らは、過去の人間だから、そんな神様みたいな扱い受けるような立場じゃないと思うんだけど……。まぁ、そうやって皆が一つにまとまってくれるなら、こっちも助かるからね。柄にもなく、我が末裔……我が銀河帝国の諸君っ! なんてやって、長々と演説とかしちゃったよ」
「……なんかもう、大地轟くくらいの勢いだったよね……わたしの名前もめっちゃ連呼されてたし……。まぁ、そう言うアイドルみたいな役柄やるのも初めてじゃなかったから、そこは気にしなかったけどね」
「うん、君のその神経の図太さには毎度、助けられてるよ。と言うか、なんだかんだで君もノリノリだったしねぇ……」
「まぁ、昔取った杵柄って奴ですよ。ところで……この七色星団って……これって確か、先史文明の灯台説とかもなかったっけ? と言うか、色が明らかに不自然……赤、青、黄、白まではまだ解るんだけど、この紫と緑の恒星って何? どうやったら、そんな色の恒星が出来る訳? それに数が足りなくない? 6個しか無いんじゃ七色じゃないでしょ……」
アスカのいる惑星から見た七色星団は、ユリコの言うように六色の恒星しか見えておらず、確かに七色星団と言うには一色足らなかった。
「ええ、そうですね。七色星団自体はその一つは黒色矮星だとされていて、過去の銀河系からの観測結果でも、星団の他の恒星に対しての蝕……つまり、恒星規模の巨大天体が他の恒星の前を通過する様子が観測されており、極めて近くに存在しながらも、それ自体は光を発しない恒星……黒色矮星が存在すると予想されていました。だからこそ、それ故に七色星団と呼ばれていたんですよ」
「ほへぇ……と言うか、黒色矮星ってなに? そもそも、なんでこんな不自然な色なのよ……紫はまだ解らなくもないけど……うーん、緑は……ありえなくない?」
「黒色矮星は……要するに白色矮星が冷めきった恒星の残骸と言ったところですね。色についても、ユリコ様の観測データを精査した限りでは、恒星周辺に濃密なガス雲がかかることで変色して見えているだけで、実際はごく普通の恒星が密集しているだけにすぎないようです。いやはや、この事実が判明しただけでも大発見でしたね」
「そうだねぇ……。でも、おかげで皆して、世紀の大発見って大騒ぎになってるんだよね。この調子だといずれちゃんと公表しないと、皆、引っ込みがつかないんじゃないかな……。実際、情報公開請願書も山盛り届いてて、参っちゃうよ。それにアスカくん生存の件も……どうもあの時、アスカくんがこっちのネットワークに接続した際に、第三帝国のアスカくんの部下達に、死んだはずのアスカくんのIDが一時的にオンライン状態になったって事で、もう生存確実って、まとめて伝わっちゃったみたいなんだよね」
「あ、確かにアスカちゃん、そんな事やってたね……。もしかして、止めた方が良かった? わたし……またやらかした?」
「まぁ、それはしょうがないよ。アスカくんもこっちの事が気が気じゃなかったみたいだし、アスカくんの部下達の喜びようを見てると、さすがに咎める気にはならないよ。でも、おかげで皆して色々大騒ぎしてて、第三帝国の国民達にもジワジワとその話が伝わってるみたいなんだよね……」
アスカとしては、何気なく自らのIDを使って、皇帝業務用の情報ボードを閲覧しただけだったのだが。
その時点で、アスカに近い者達に一斉にオンライン通知が飛んだことで、彼らもアスカの生存を確信するに至ったのだった。
実際、彼らは喜び勇んで一斉にアスカへメッセージ送信しており、その多くに既読通知が付いたことで、彼らもアスカの生存を確信するに至っていたのだ。
もちろん、彼らも、後追いで届いたゼロ皇帝よりの箝口令から、ある程度事情を察し、それを安易に口外しない程度の分別はあったのだが。
人の口に戸は立てられないと言うように、その話は都市伝説のように第三帝国の全域に広がりつつあり、元々絶大な国民人気を誇っていただけに、今や公然の秘密のように語られるようになっていたのだ。
「そこはもう仕方ないですね……。この辺りは大々的ではなく、少しづつ専門家を中心にリークさせていく事で、あまり騒ぎにならないように致します。もっともアスカ様の件についての情報公開は銀河守護艦隊との決着を付けてから……にすべきですね。でないと、色々と面倒なことになりそうですからね。理由は良く解らないのですが、ハルカ提督はアスカ様へ随分と敵愾心を持っていたようなので……」
「まぁ、今のところせいぜい市井の噂レベルで、むしろ都市伝説みたいになってるから、かえって真偽が測りかねる状況になってるんだよね。そこら辺は時機を見極めて、少しずつ情報公開するとしよう。ああ、ヴィルゼットくんもすまないね……度々話の腰を折ってしまって。話の続きを頼んでいいかい?」
ゼロ皇帝の言葉に、ヴィルゼットも頷くと改めて空間モニターの隙間に立つと、七色星団の拡大映像をマーカーで示す。
「はい、ではまず……七色星団についての続きですが……。恒星を覆う偏光ガス雲の組成分布が極めて偏っている時点で、自然発生したものとは考えにくいですね。おそらくは先史文明の遺産……そう言うことなのでしょう。可能性としては、気の長い光通信の発信所とかそう言うものなのではないかと考えられていますね……」
「なるほど、人工的にガス雲の濃度を調整して、七つの恒星の照度を調整する……そんな仕組みかな? 確かに、それならばかなりのパターンが出来るから、一万光年単位の広範囲に向けて、そこそこの情報を示すことも出来るね……。ただ、それってめちゃくちゃ気長な話になると思うんだけどねぇ……。情報発信から一万年後に届きましたって、意味あるのかな……それ」
「そうですね……おっしゃる通り、数万年光年の単位で長い年月がかかることを承知の上で広域情報送信をしている……そんな可能性もありますね。もっとも、先史文明はやること為すこと人類の理解を超えているので、正直、考えるだけ無駄かもしれませんね」
「あー、そこは何となく解るね。実際、先史文明の遺跡とかも、もう訳がわかんないのばっかりだったし……。ドラゴンとかもアレだけ派手にやりあったけど、結局何がしたかったのかさっぱり解んなかったしねぇ……」
……ユリコの言うように、帰還者との戦いは、確かに帝国は敢えてその矢面に立った事で、一連の戦いにおける最大の激戦区となったのだが……。
実のところ、帝国はエスクロン星系も含めて、単なる帰還者達の通り道にされただけの話だったようで、その通り道以外の帝国領土の大半はまったく被害を受けず、必然的に帝国各地の軍事拠点や物資集積施設や生産施設などについては、ほとんど無傷で温存される事となったのだ。
帰還者の来襲については、帝国もエスクロン時代から伝わる予言という形で想定しており、万全の防衛体制を築いた上で立ち向かい……緒戦での大敗と言う無惨な結果に終わったのだ……。
緒戦の大敗と、銀河の最外辺部に位置していた事で、真っ先に襲撃されたエスクロン中継港の陥落により、帝国は防衛戦に投入した大半のエーテル空間戦力を失った事で、他星域の帝国領土については無防備に近かったのだが……帰還者達はそれらには一切目もくれずに、まっすぐそのまま帝国の領域を突破し、銀河中央域へとなだれ込んでいったのだ。
そして、帝国の惨状を対岸の火事のように眺めていて、自分達に飛び火はしないと高をくくっていた銀河連合諸国は、まさかの帰還者の大規模襲撃と言う事態に、大慌てで迎撃に回ったのだが……。
元々エーテル空間の軍備を軽視し、その上で非武装平和主義を掲げていた銀河連合諸国は、当然のようにまともな防衛戦力を持たず、銀河連合諸国の中継港については、為す術なく片っ端から壊滅し、数多くの孤立星系が発生し、更にその中枢部たるセントラルストリームまでもが、蹂躙される結果となったのだ。
一方で帝国軍は、主攻が逸れた事で、これ幸いとエーテル空間戦力の再編成を行い、国家体制についても、平時体制だったのを総力戦体制に切り替えたことで、狂ったような勢いで数々の兵器を量産し、国家総動員体制のもとに、各地で大々的に兵を動員し、可及的速やかにその軍勢を再建し、逆襲の機会を探っていた。
そして、エーテル空間最外周の外側から続々と侵攻して来ていた帰還者の群れの勢いが止まった所を見計らって、分断された国土を奪還すべく、両翼からの二正面作戦の準備を行っていた。
そして、真っ先に中継港が陥落し、通常宇宙にまで攻め込まれながらも、粘り強く籠城戦を続けていたエスクロン星系の攻防についても、最終防衛ラインギリギリで、それまで現場を退いていたと思われていたユリコの復帰と、彼女が帰還者の統率体を撃破したことで、劇的な逆転勝利を飾っていた。
その上で、エスクロン防衛艦隊は、勢いに乗ってエスクロン星系の通常宇宙に侵攻していた帰還者の侵略軍の残党を一匹残らず粉砕し、通常宇宙側のゲート施設の奪回に成功した。
かくして、再建なった帝国エーテル空間防衛艦隊はその逆襲の最初の一手として……エスクロン星系中継港の奪回戦を挑んだのだ。
その戦いは、まずエスクロン星系の通常宇宙側から、解放されたままになっているゲートから、エーテル空間と宇宙空間の両対応ハイブリッド艦艇とナイトボーダー群、そして陸戦歩兵隊を満載した揚陸艦艇群を一気に通常宇宙側から大量に送り込み、周辺流域と中継港施設を制圧。
その上で帰還者が分断した回廊に対し、その両翼側に集結していたエーテル空間艦隊を一気に進出させ、分断化された国土連絡線を回復し、同時に帰還者達の連絡線を断ち切る……乾坤一擲の大作戦を実施した。
そして、その作戦は元々帰還者達も攻勢限界が近かったこともあってか、帝国軍関係者が拍子抜けした程にはあっさり成功し、帝国は失地と首都星系……全てをまとめて奪還し、帰還者達についても、銀河中央部へと閉じ込める事に成功したのだ。
その後については、しぶとく抵抗を続けていた銀河連合艦隊と呼応の上で、帝国にとっては理想的な包囲殲滅戦となり、帰還者達は文字通り全滅の憂き目をみたのだ。
もっとも……結局、何がしたかったのかと言う帰還者達の戦略目的は、帝国からの視線では、まったく解らずじまいだったのだ。
帝国関係者の視点では、当初、帰還者は帝国の主星系たるエスクロン星系の陥落を狙っていると思っており、実際、エスクロン星系は要塞化していた中継港が陥落し、ゲート閉鎖が間に合わなかった事で、通常宇宙への侵入まで許してしまい、帰還者によって惑星エスクロンの最終防衛ライン、衛星軌道防衛ラインまで押し込まれ、危機的状況を迎えたほどだったのだが。
実際のところ、帰還者達はエスクロン星系自体に対しては、そこまで固執しておらず、その戦力の大半は付近を素通りしており、要するに通り道に歯向かってくる邪魔な奴らがいたから、行き掛けの駄賃と言った調子でブン殴られた……その程度だったようなのだ。
反面、銀河連合諸国の関係者達は、帰還者が何を目指していたかについて、理解しているようだったのだが。
いずれの国家代表達もだったが、銀河連合艦隊の提督たちまでもが、それについては一様に口を噤み、帝国も結局、帰還者達の戦略目的については、最後まで理解が及ばなかったのだ。
「そうですね……。帰還者の行動原理については、これまでの研究でも良く解らない事の方が多かったですからね。ですが、こうなると先史文明がタランチュラ星雲にまで進出していたのも事実だと言うことです……。むしろ、そのことが最大の脅威と言えますね……。あれは一体どれほど広範囲に渡る文明なのでしょうかね……?」
もっとも、それを言ったら、ヴィルデフラウ文明の勢力範囲も大概ではあった……。
ヴィルゼットもアスカのいる惑星は、ヴィルアース同様、銀河系内の何処かだと予想していたのだが、実際は16万光年もの彼方の惑星だと言うことが判明し、そんな遠方に同胞たる者達が進出していたと言う事実に、そのとてつもないスケールの広さに、自分達の文明であるのに関わらず、その途方もなさに呆れたほどだった。




