第四十六話「帝国の逆襲」④
「実にお見事な手際でした……。さて、ユリコ様……頂いた天測データの分析が完了したようなので、この場を借りて、皆様にもご報告させていただきますが、よろしいでしょうか?」
ヴィルゼットが一礼と共にそう切り出すと、ゼロ皇帝が鷹揚に頷くと、ユリコも気をつけの姿勢で直立不動となる。
「はいっ! よろしくお願いいたします! えっと、わたしからも報告した方がいい?」
「うん? 君は楽にしてていいし、細々とした報告も別にいらないかなぁ……君、割りと説明下手くそだし……君の報告書ってむしろ、暗号解読作業に近いって、補佐官達がボヤいてたよ?」
「ふぎゃあああっ! ヤブヘビィイイッ! しかも、割りと容赦ないです……陛下ぁああ、嘘だと言って!」
……まがりなりにも公文書たる業務報告書に、ダーッと行ってバーッ! みたいな調子の頭の悪い文章を平気で書く方が悪いのだが。
こう言う直感で生きている手合に、論理的な内容の報告書など期待する方が間違っていると言えるので、そこら辺は、ゼロもアキもまるで気にしていなかったのだが……。
その報告書を、まともな書式に書き直す作業を強いられる補佐官達がボヤくのも無理はなかった。
「とりあえず、ユリちゃんは意見を求められたら、ハイかイイエで応える……それでいいと思うよ? それ以上の事は誰も求めてないからね」
アキのフォローになっているんだか、なっていないのか解らない言葉に、ユリコも無言で頷いた。
「それにしても、まさかアスカ君の転生先がラースシンドロームの拠点みたいなところだったと言う事には驚いたけど……。で、結局……場所はどの辺りなんだい? そこはまだ僕も詳しく聞いてないんだよね」
「えええっ! もう、そんなとこまで解析できてるの? それにラースシンドローム対策だって、むちゃくちゃ進んでるみたいだし、いくらなんでも皆、仕事早すぎやしないっ!」
ユリコも驚愕しているのだが、それは無理もなかった。
彼女の感覚では、つい先程までアスカの元に居て、神樹により意識転送を行われたばかりで、ゼロ皇帝の元から、神樹に言われるがままに、アスカの元へ意識転送されてから、ほんの10日程度しか経っていない感覚だったのだ。
さすがに、そんな短期間でラースシンドロームの対策が進んでいたことにも驚いていたが、彼女が見て、後方に送っていた視認データを元に惑星の座標を特定するとなると、軽く半年くらいはかかると見ていたのだ。
「ええ、ユリコ様も回帰キャリブレーションと、色々と向こうでの無茶がたたって、およそ一ヶ月近くほど休眠状態が必要な状態になってましたからね。主観的には一瞬だったと思いますが、それなりの時間が経っていましたし、実際の所、結構危ない様態ではあったのですよ」
「え? マ、マジですか? もしかして、わたし……死にかけてたとか、そんなんだったの?」
「うーん、と言うか、ユリコちゃん……向こう側で色々と付加機能盛られてて、あっちの身体に精神が最適化しちゃってて、そこから元の身体に戻すとなると、むしろ色々ダウングレードしなきゃいけなくてさ。もうこっちも四苦八苦だったのさ。ヴィルさんが協力してくれなかったら、本気でサヨナラ、ユリちゃんだったか……。もう面倒だから、向こうに永住してっ! ってなってたかもなんだよ?」
「……う、うん。あっちで永住かぁ……。あ、それはそれで別に悪くないかったかなぁ……あ、ウソウソッ! 不肖、クスノキユリコ! この銀河の守護者としての責務をまっとうする所存なのです! 向こうの暮らしが快適すぎて、住み着きたいとか微塵にも思ってませんでした! はいっ!」
「……」
アキの無言の抗議の圧を感じたのか、慌ててそれっぽいセリフで取り繕うユリコ。
まぁ、その目が泳いでなければ、立派な心がけと言えたのだろうが。
アワアワとせわしなく視線を動かして、あらぬ方向を見ている時点で、文字通り口だけなのは、誰に目にも明らかだった。
もっとも、アキもユリコが無茶をやりがちなのは昔からのことだから、半ば諦めているので、こんな風に無言の圧をかけるのが常だったし、ユリコの向こう側での暮らしっぷりをモニターしながら、アキもまた羨ましく思っていたのは事実ではあったのだ。
「もっとも、ユリコ様が向こうで見聞きした情報は、リアルタイムでアストラルネット経由でモニター出来ていたので、情報の取りこぼしはないはずです。この辺りはやはり、アーキテクト卿の働きが大きかったですね」
「まぁ、ユリコちゃんのバックアップは、昔からこの私の仕事だったからね。でも、アストラルネット経由でどこへとも知らない惑星へ意識転送とか、はっきり言って無茶も無茶! てっきり、こっちのシステム上に招いた上でいくらか、アドバイスして、向こうの話聞く程度だと思ったのに、あっち側に意識転送させるとか、デタラメやってくれちゃって! と言うか、そんな真似あっさりやってのけた向こうが凄いんだけどさ……あの神樹様ってなに? マジで軽く化物どころか、もう神じゃん……ほんと、何アレ? なんなの?」
具体的には……ユリコは「白鳳Ⅱ」の意識転送操作のみならず……。
興味本位が大半ながらも、あの戦いが終わった後、向こうの世界の情報収集と実の娘と言えるアスカと共に過ごしたいから等と言って、神樹に意識転送の受け皿となるヴィルデフラウの身体を作ってもらって、そりゃあもう異世界転生気分を堪能してきたのだった。
「ま、まぁ……そうせざるをえない状況だったのさ! そう! これでも深遠なる思慮と熟考の末の決断でね! やろうと思えば出来るよとか言われちゃったら、このまま黙って帰るとかないわーって、思っちゃったのさ」
「……いや、そんな地球外起源文明の前代未聞の片道切符上等なギャンブルテクノロジーに、乗るしか無い! なんて勢いで、平気でベットする方がどうかしてるよ? ホント、陛下もなんとか言ってくださいよ! 私、なんと言うか絶対、寿命が縮まりましたってば!」
「んー、まぁ……確率論とか、ガン無視ってのがユリコくんの常じゃああるからねぇ……。今さら、ガツンと言っても、それで大人しくしてくれる訳ないよね」
「いやぁ、さすが陛下! よく解ってますな! それに、昔からアキちゃんにはお世話になってますから、ちょっとは悪い事慕って思ってるっよ。いやぁ、いつもあんがとねーっ! そして、今回も! さすが、アキちゃん! アイシテル! 略してさすアキアイアイッ!」
アキが生身の身体で、この場に居たとしたら、確実に白目を剥いていただろうが。
彼女の主体は、サルヴァトーレⅢであり、出来たこととしては、照明を軽く明滅させる程度だった。
もっとも、アキはこうは言っているが、ユリコの行動については、ゼロ皇帝公認であり、むしろ予想通りと言った調子で、軽く容認していたし、ユリコを確実に止める手段と言う物は、ゼロ皇帝でも持ち合わせていないのだ。
要するに、ユリコについては、もう好きなようにやらせるのが最善だと誰もが理解していて、これまでもそれで上手くやってきたのだ。
その上で、アキによる遠隔モニタリングが続けられた事で、帝国もアスカのいる惑星について、数多くの情報を得ることに成功しており、何よりもアスカやその配下からの心からの信頼という極めて重要な関係を構築することに成功していたのだ。
その程度には、ユリコはすっかり向こうの世界になじんで、慕われていて、完全にアスカ一味の一員と化していたのだが……。
そろそろ銀河の情勢が動くから、一度帰って来てくれないかなーと言うゼロ皇帝陛下直々の要請に応えて、渋々と言った調子で帰ってきたのだった。
もっとも、そんな無茶をやって、一ヶ月もの間、人間とかけ離れたヴィルデフラウの身体で生活した上で、即時現場復帰となると、さすがのユリコも簡単ではなかったのだ。
ユリコ達が現実世界用の仮装体としている強化有機義体と呼ばれるバイオサイボーグボディも人間を遥かに超えるスペックがあるのだが、ヴィルデフラウの身体とのギャップは埋めがたいものがあり、その差異を時間を賭けて調整し、意識体を元の強化有機義体に馴染ませる回帰キャリブレーションと呼ばれる処置を行う必要があったのだ。
そして……その回帰キャリブレーションが無事に完了し、ようやっとユリコの意識が回復した……。
そう言う状況だったのだ。
なお、神樹は同じようなことをほとんどゼロタイム&ノーリスクで軽くやってのけており、もはやその辺りからしてレベルが違った……。
「まったく、無事に済んでよかったよ。アキちゃんの話だと、向こうがあまりに高度な事をシレッとやってのけちゃったせいで、元の身体に戻すだけでも結構なギャンブルだったみたいだったからねぇ……」
「そうですね……。あれは人間に限らず、生命そのものについて、相当深い理解がなければ、到底なしえません……。まぁ、逆を言えば、こっちがあまりに稚拙過ぎたと言うだけの話なんですけどね……」
「やれやれ、神樹様か……僕は、あくまで又聞きなんだけど、あれはもう銀河人類の手には負えない存在って気がするよ。あれが人類の敵にならなかった幸運を感謝したいとすら思ったくらいだね」
「陛下が、そこまで言うなんて……。でもまぁ、そこは同意しますね……。ホント、アスカ陛下、マジグッジョブ過ぎです……。こうなると、我々も上手くやらないとアスカ陛下に合わせる顔がないですよ」
「そうだね。どっちかと言うと、こっちの心配されてたみたいだからね。まったく、帝国の開祖としては……まぁ、むしろ誇るべきかな?」
「そうだねぇね……。我が娘……アスカちゃんは、本気で未来の帝国のお母さん……みたいになっちゃうかもしれないんだからね。そうなると、銀河守護艦隊程度、軽く片付けちゃわないと嘘でしょ!」
「そう言うことだよ。でもまぁ、強いて言えば、もうちょっと早く帰ってきて欲しかったかなぁ……。いくら君の事だから、大丈夫と思ってても、さすがにこっちも心配にもなるからさ」
「そ、そうですね! すみません……後先考えずに無茶やってしまって!」
「ああ、そこは気にしなくていいよ。むしろ、結果オーライかな……。もっとも、君がなかなか起きてこないせいで、さすがにスケジュールがカツカツになって来てるんだ。なんでまぁ、ちょっとばかり巻かないといけない。そんな訳で、さっそくこの場で話を進めちゃおう。では、済まないが……ヴィルゼット君! いつも通りご説明と解説役を頼むよ!」
そう言って、ゼロ皇帝は手近にあった安っぽい簡易チュアを広げると、悠々と腰掛けると芝居ががった仕草で足を組む。
看護ロボット達がテーブルと椅子を用意してくれるので、ヴィルゼットとユリコも並んでゼロ皇帝の前に腰掛ける。
まるで、面接か何かのような雰囲気ではあるのだが、どうやら、ゼロ皇帝ももうこのまま報告連絡会議に移行するつもりのようだった。
何とも忙しない話だったが、ゼロ皇帝が拙速を尊ぶのはいつもの事なので、誰からも異論はなく、先立って、アキがこのフロアを最高機密区画指定していたので、それでも特に問題はなかった。




