第四十六話「帝国の逆襲」②
なお、この超大型拠点艦「サルバトーレⅢ」は艦艇というよりも、動く巨大基地と言うべき代物で、第三帝国に残されていたエーテル空間艦艇でも最大規模のkm級の破格の超大型艦艇で、第三帝国中継港の一ブロックに見せかけていた事で、銀河守護艦隊の目を逃れていた。
この巨大艦艇は、本来、アスカが配下に命じて密かに建造されていたもので、本国中継港が陥落しても、移動拠点化することで銀河守護艦隊との時間稼ぎの戦いを続けることを想定していたのだが。
結局、その完成はアスカの最後の戦いには間に合わず、完成後宙に浮いた状態となっていたのだが、その利便性と機能性に着目したゼロ皇帝が自らの拠点として接収したのだった。
かくして、今や「サルバトーレⅢ」は帝国の中枢として機能しており、銀河守護艦隊がノーマークだった帝国各地の中継港から、密かに湧き出して、至るところで潜伏しつつ再編成中の帝国軍エーテル空間無人戦闘艦艇群の総括をも行っていた。
なぜ、ハルカ提督がそれらの中継港をノーマークとしていたのか……。
その理由は簡単で、それらの多くは資源星系に繋がった無人中継港であり、帝国所有の資源星系自体も1000箇所近くにもなる膨大な数が存在し、その数の時点で銀河守護艦隊の総艦艇数を軽く上回っており、これら全てを抑えるのは全くもって現実的ではなかったのだ。
そして、それら資源星系の通常宇宙側には人員も戦力も何もないはず……ハルカ提督達もそう見積もっていて、帝国のデータベースに侵入した上での裏付け調査の結果、それは事実だとハルカ提督も判断していたのだ。
そんな戦略的に無価値なところに配置する戦力の余裕もあるはずがなく、ハルカ提督は、それらについては、完全に放置していたのだが。
アスカ自らの指示により、その手の無人運用資源星系群には、秘密裏に数多くの自動工廠が設置されていて、帝国軍のエーテル空間用の戦闘艦艇についても、ハルカ達の相手をしたのは氷山の一角程度の戦力で、軽く数千隻単位ものエーテル空間戦闘艦が温存されていて、豊富な資源を背景に日々戦闘艦艇の増産が続けられていたのだ。
そんな派手にやっていては、ハルカ提督が帝国に仕込んだスパイ網とその情報収集力ならば、絶対にバレるはずだったのだが……。
この点については、アスカの方が明らかに一枚上手で、この秘匿工廠についての情報は、たった一体の古参ネームドAIと、その監督官のみが知るところとし、その艦隊増産計画については、敢えて公式データベース上にも一切記録を残さなかったのだ。
その上で、完全に無人運用されている資源採掘星系に秘匿工廠を建造することで、帝国の者ですら、そのことを誰も知り得ないという状況を作り出していたのだ。
なお、この計画の最高責任者と言うことになっているAI監督官ですら、右から左でその古参AIからの提案を許可するだけの役割を任ぜられているだけで、本人は一体何の業務に携わっているのか全く知らされておらず、それ故にハルカ提督もこの情報を一切知る由もなかったのだ。
もっとも、ハルカ提督もこの「サルバトーレⅢ」が今の帝国の中枢であり、ゼロ皇帝の居場所でもあるとすでに見切っているようで、ほんの500kmほどの距離には、ハルカ提督率いる銀河守護艦隊本艦隊30余隻も間近に迫っていたのだが。
銀河守護艦隊の一艦隊、N艦隊がアールヴェル中継港の沖合に駐留しており、艦隊レベルで帝国軍と不戦協定を結び、それまでN艦隊が占拠していたアールヴェル中継港についても、すでに無条件解放が行われていた。
その上で「アールヴェル流域付近では、一切の戦闘行動を認めない。敢えて戦闘行動を取るものがいれば、誰であろうが実力で排除する」との提督命令が発令されており、ハルカ提督と言えど「サルバトーレⅢ」に近づくこともちょっかいを出すことも出来ないでいた。
実際、ハルカ提督もN艦隊の排除命令を発令し、潜航艦群による奇襲なども行われたのだが……N提督艦隊は元々守りに長けていた上に、その鉄壁の対潜能力については、定評があり、人知れず行われた流体面下の沈黙の戦いは、すでに銀河守護艦隊の敗北という形で、決着が付いてしまっていた。
なお、N提督も戦闘行動を認めないと言っているだけで、実際は対潜航艦戦を制する形で、銀河守護艦隊を一戦交えており、不退転の決意を内外に知らしめており、その立場を雄弁に物語っていた。
事実、銀河連合星系各地からアールヴェルへ撤退してくる帝国軍将兵を満載した輸送艦や連絡用潜航艦の類は素通し状態で、今の銀河の流通網を支えている無人輸送艦艇群も同様だった。
一応、表向きは帝国軍の封鎖と牽制だとN提督も言い張っているのだが、銀河守護艦隊の潜航艦隊の壊滅は、帝国軍将兵やその輸送網の保護活動以外の何物でもなかった。
その上で、自分達もちゃっかり帝国軍の補給物資の横流しを受けることで潤っていたのだから、とんだ茶番だった。
そして、銀河帝国側も帝国へ要求されていた銀河連合星系の無条件解放については、もはや用済みという事もあったが、間違いなく実施しており、帝国の問答無用の大幅譲歩により、銀河守護艦隊も大義名分を失い、N提督の独断による敵対行動についても、もはや黙認するしか無かった。
かくして、精強を誇った銀河守護艦隊は完全に内部分裂状態となり、その中核艦隊の戦力についても大幅に減退していた。
具体的には、N提督のみならず、G艦隊や永友提督の影響下にあったいくつかの小艦隊までもが独自行動を行うと宣言し、ハルカ提督の指揮下から離脱した。
N艦隊とG艦隊。
これらの艦隊は、どちらも10隻程度の小規模艦隊ながら、銀河守護艦隊の母体となった300年前の銀河連合辺境艦隊時代から、この2つの艦隊は、いずれも劣らぬ突出した戦果をあげており、それぞれに所属するスターシスターズも歴戦の精鋭揃いであり、銀河守護艦隊の名実とものエース提督だった。
付き合いなのか、義理立てなのか、はたまたライバル意識でもあったのか。
この二人は揃って、ハルカ提督の提唱した銀河守護艦隊へ参入し、永らく銀河守護艦隊の双璧として、数多くの戦いに参戦し、どちらも並外れた戦果をあげていた。
具体的には、先立っての七帝国との戦いにおける、銀河守護艦隊の累計撃破スコアの半分くらいがこの二人の再現体提督とその傘下スターシスターズが上げた戦果だった。
要するに、主力中の主力、重鎮の中の重鎮。
もっとも、N提督の方は、銀河帝国との開戦当初からハルカ提督に苦言や反対意見ばかり唱えていて、ハルカ提督もいつか袂を分かつ日が来ると予想していたので、予想通り裏切ったかと嘯く余裕もあったのだが。
G提督については、完全に寝耳に水で、ハルカ提督も激しく動揺し、よりにもよってプライマリーコードの使用を匂わせる事で強引に引き留めようとしたのだった。
この辺りは、ゼロが言っていたように、彼女の指導者としての適正のなさ故にだった。
攻撃的な割に打たれ弱くて、想定外に滅法弱い……彼女の側近たるスターシスターズ天霧は、かつて彼女のことをそう評していたのだが。
その欠点がモロに露呈した故の失策だった。
当然ながら、正々堂々たる武人である事を誇りにしていたG提督は激しく激怒し、それがきっかけで、G提督は銀河守護艦隊からの離反を宣言し、完全な第三勢力となってしまった。
どちらの提督も各々の信義と戦友としての信頼関係に基づき、ハルカ提督に手を貸していただけの話であり、プライマリーコードについても、本来は指揮系統の一本化が目的であり、再現体提督への命令権のようなものでは決して無かったのだ……。
何よりも、信義と好意故の協力者に対し、上位者として強権を振るおうとした……その時点で、これはむしろ当然の結果だと言えた。
如何に、ラースシンドロームに罹患したことで、正常な判断力を失っていたとは言え、ハルカ提督も自らの失敗を認めざるを得ず、もはや黙って二人を見送るしか無かった。
もっとも、兵站職人などと呼ばれ、銀河守護艦隊の兵站を支えていたN提督と艦隊の生産拠点が失われた事は、いずれ致命的な影響を与えうると、歴戦の再現体提督達も悟り、ハルカ提督のもとには、早急なる帝国との和平を促す声や、戦線縮小、全面撤退を促す提言などが相次ぐこととなり、彼女も頭を抱えることになった……。
……銀河守護艦隊の終わりの始まり。
そんな風に囁く者すらいる中、静かに帝国の逆襲が始まっていた。
そんな中、ハルカ提督や銀河連合関係者は、帝国軍の撤退を確認するや否や、人流ブロックを解除させようと画策していたのだが……。
これもゼロ皇帝は先手を打っていた。
それまで及び腰だったはずの銀河公衆衛生局……GPHSが大々的に活動を開始し、その強権を振るい始めたのだ。
帝国軍と入れ替わるように、GPHSの武装検疫船が銀河連合の各星系中継港に進駐し、血液検査でラース反応が出たものは、感染者認定した上で、無期限隔離処置を施すと言い張って、感染者を頑強にブロックするようになってしまったのだ。
かくして、ラースシンドロームの感染拡大は未然に防がれて、ハルカ提督が狙っていた感染拡大の思惑は完全に外されてしまったのだ。
当然ながら、銀河連合関係者各位は、GPHSの感染阻止行動を横暴極まりない越権行為だとして、猛抗議したのだが。
元来、GPHSは感染症や未知のウイルス、伝染病などに対する人類の防人を自称していて、その活動についても遥か昔……銀河連合創設時代から継続されていて、銀河人類の規範とされている銀河憲章にも、いかなる勢力に与しない絶対中立にして、国家権力をも超越する組織だと明記されていた。
要するに、GPHSが感染症対策として行う行動は、国家権力すらも優越し、国家ですらその決定には従わないといけない……そう言う暗黙の了解があるのだ。
そして、それに足るだけの実績と権威をGPHSは持ち合わせており、文字通り銀河最大最強の防疫組織ではあるのだ。
そのGPHSがラースシンドロームを感染症認定し、その撲滅を旗印にするとなると、表向きには銀河帝国ですら、その意向に逆らえない……そして、それは長き歴史を誇る銀河連合諸国とて同様なのだ。
それに、GPHSの関係者も感染者でないなら、普通に通すだけの話だと言っており、実際、血液検査でラース反応が出なかったものは、非感染者認定の上で、無制限で渡航出来てしまっていたので、銀河連合関係者もその提言を受け入れざるを得なかった。
なお、この血液検査によるラース反応の判別方法については、ヴィルゼットが開発した感染者の識別方法であり、罹患者の血液内に含まれるラース素粒子と呼称される事となったラースシンドロームの原因物質の有無を試薬に反応するかどうかで、感染者かどうかの判別をすると言うもので、極めて高い精度を持っていた。
実のところ、この試薬……ヴィルデフラウの持つラース因子への抗体反応物質を分子合成法により、部分的再現したものだったのだが、無自覚、無症状の潜伏感染者すらもこの方法での判別が可能となったのだ。
感染者への対応についても以前は、殺すか隔離放置するしかなかったのだが、アスカより提供された情報により、将来的に治療の見込みが出て来たということで、感染者についても、コールドスリープ処置を施し、隔離することで対応出来るようになっていた。
そのうえ、このコールドスリープ処置は感染者と接触することでの二次感染も防げるということが解り、帝国内では、半ば強制的な全国民の血液検査と、罹患者の冷凍隔離処置により、急速にラースシンドロームは沈静化していた。