第四十六話「帝国の逆襲」①
――帝国歴327年9月16日 銀河標準時刻18:50――
――辺境銀河第三帝国首都星系アールヴェル中継港――
――統合銀河帝国軍 超大型拠点艦『サルヴァトーレⅢ』艦内にて――
「うひぃ……。た、ただいまぁ……。うぉおお……か、体中がバッキバキ……。ねぇ……今はいつ? なんかめっちゃ寝てたような感じがするぅ……」
憔悴した様子で、感覚遮断カプセルからユリコが起き上がるなり、大勢の医療スタッフが取り囲んで彼女のメディカルチェックを行い始める。
ユリコも一糸まとわぬ姿のままだったのだが、久しぶりに身体を動かしたことで、身体がまともに動かないようで、もはや為すがままになっているようだった。
「やぁ、おかえり……随分、長いこと向こうに行ってたみたいだけど。その分だと収穫はあったようだね。すでに報告データは受け取っているから、まずはゆっくり休むといいよ。ご苦労さま」
医療スタッフに混じって、笑顔と共に彼女を出迎えたのは、銀河帝国初代皇帝ゼロ・サミングス……その人だった。
彼はすでに名実ともに、銀河帝国皇帝に復帰し、全帝国臣民は満場一致で彼の再臨を熱狂的に支持し、僅か一月程度の間に確固たる新体制を築き上げていた。
『統合銀河帝国』
七帝国全てを統合し、銀河辺境を統べる人類史上最大の大帝国が誕生し、そんな不遜とも言える国号を名乗り、速やかに体制を最適化し、政治体制も一新された。
それまで、帝国の最高意思決定機関だった帝国議会は、大半の議員がその権限を凍結され、閑職へと回された事で事実上その機能を停止させられて……。
その役目は皇帝補佐機構と呼ばれるゼロ皇帝直属の高位AI群や、かつて七皇帝達の直属だった皇帝補佐官達が担うこととなった。
そして、各地に散っていた帝国軍の残存戦力群についても、速やかに再編が行われ、失われたエーテル空間の戦闘艦隊も再建されつつあり、着々とその牙を研いでいた。
これは、アスカ達が敢えて不利を承知で銀河守護艦隊に無人艦を中心とした艦隊で抵抗し、帝国軍自体の人的資源の損耗がほとんど出ていなかった事と、通常宇宙空間側は銀河守護艦隊も手を出していなかった為、その分厚い陣容を誇る人的資源が温存されていたのが大きかった。
要するに、銀河帝国は銀河守護艦隊相手に連戦連敗を喫していたのだが。
戦略的な視点で見ると、その国力も生産力、何よりもその豊富な人材については、ほとんどダメージを受けておらず、まるで堪えていなかったのだ。
これらは、ひとえにアスカ達七皇帝が続く戦いを想定し、最小限の犠牲で済むように立ち回ったからで、彼らの周到なる戦略の賜でもあった。
その上で、ゼロ皇帝は、占領下にある銀河連合の傘下星域の無条件解放と引き換えに、帝国各星系からの銀河守護艦隊の無条件撤退を要求し、要求に応じない場合は銀河守護艦隊を侵略者と認定し、徹底抗戦を挑むとの通達を突きつけた。
当然ながら、無条件降伏以外は認めないと公言していた銀河守護艦隊統括提督たるハルカ・アマカゼは、この不遜極まりない通達に大いに激怒し、その撤退要求を拒否しようとしたのだが。
現実問題として、銀河守護艦隊だけでは膨大な数となっている帝国の中継港群とその流域を制圧し続けるには、兵力も物資も何もかもが不足していたのだ。
そして、ゼロ皇帝の再即位宣言と共に、占領下にある各地の帝国主要中継港では、少数陸戦歩兵部隊の浸透上陸によるゲリラ奇襲や、各地に潜伏していた帝国軍潜航艦による輸送艦の襲撃に、ステルス機雷による航路封鎖と言ったありとあらゆる嫌がらせ攻撃が始まった。
それら散発的なゲリラ攻撃の前に、銀河守護艦隊は少数精鋭ゆえにそれらに全く対応できず、そのウィークポイントをさらけ出すこととなった。
そして何よりも、銀河連合各星系が無条件解放された事により、銀河守護艦隊の帝国へ敵対する名分が失われた事で、ハルカ提督の傘下提督やスターシスターズ自体に厭戦ムードが漂い出し、始めから無理があった占領計画のずさんさも露呈することになった……。
何よりも、傘下提督の一人でもあるN提督が散々苦言を呈していた本拠地の守りを疎かにした結果、本拠地を重力爆弾を抱えた自爆工作員によって壊滅させられた事で、その復旧の目処すら立っていないと言う現実……。
銀河守護艦隊は、元々少なからぬ問題を抱えていた兵站機能に致命的なダメージを負ったことで、その影響は日に日に顕著になっており、ゼロ皇帝の撤退要請を受け入れるような形で、占拠地域の大半の放棄を行わざるを得なくなっていた。
かくして、図らずも帝国の要求を受け入れた結果、その事について、ゼロ皇帝が賛辞を交えて、全銀河へ公表されてしまうと、さすがにハルカ提督も一旦矛を収める他なかった。
かくして、銀河守護艦隊は七帝国の首都星系中継港や、象徴的存在ながら、未だに大量の生産設備と大規模宇宙艦隊を有するエスクロン星系中継港、主要軍港と言った重要施設に小規模艦隊を残した上で、増援として急造した銀河連合諸国の艦隊を進駐させ、銀河守護艦隊主力艦隊は、一度集結の上で「サルバトーレⅢ」追撃戦……と言えば聞こえは良いのだが。
事実上、「サルバトーレⅢ」に拘束された状態で、ほとんど身動きが取れなくなっていた。
言ってみれば、戦闘で勝ち続けたのに、戦争で負けている……そんな構図だったのだが。
戦争とはそう言うもので、戦術的には負け続けだったとしても、戦略的に見ると勝っている。
そう言う事例も数多く存在するのだ。
その良い例としては、太平洋戦争の「ドーリットル空襲」や独ソ戦の前半戦などが挙げられる。
いずれも戦闘として見ると前者は部隊全滅、後者は連戦連敗で最終防衛ラインにまで押し込まれる結果となったが、その後の結果を見ると、前者はある意味太平洋戦争のターニングポイントとなり、後者はドイツ軍の戦線崩壊のきっかけとまでなっていた。
いずれにせよ、それは後世にて、俯瞰的な視点で歴史を知ることで始めて垣間見えるようなものであり、当事者の目線としては、何故自分達がそんな状況に陥ったのか、理解することも出来ない事が大半で、必然的にハルカ提督も何故、そうなったほとんど理解出来ておらず、その時点ですでに必敗と言える状況ではあったのだ。
現状、ハルカ提督に残された勝機はただひとつ……始まりにして最後の皇帝……ゼロ皇帝を討つ……それしかないと断定していた。
だが、それはそんな簡単なことではなく、数多くのハードルが存在しており、帝国も積極的に銀河守護艦隊に仕掛ける理由もなく、むしろ、時間をかければかけるほど、戦力が充実し有利になる一方……故に完全に待ちの構えだった。
攻めきれない銀河守護艦隊と、待ちの構えの帝国軍。
……結果的に、この戦争は完全に膠着状態となっていた。
そして、そんな膠着状態が発生している中、ユリコ達が待望していたアスカからのコンタクトがあり、ユリコも誰もが止めるのを聞かずに、自らの意識体をアスカの元へ直接送り込むという無茶な方法で旅立ってしまったのだ……。
そして、ひと月ほどが過ぎ、ようやっと戻ってきたユリコの意識が回復したのだった。
「うん、間違いなく、それなりに進展があったと思うんだけどね……。あ、陛下! ちょっと待っちっ! わたし、まだ何も着てないし! 裸なんだけどーっ! と言うか、お肌もふやふやでシワシワなおばーちゃん状態だから、見ないでーっ!」
そう言って、手近にあったタオルをぶん投げて、ゼロ皇帝の顔面に直撃させる。
周囲の者達もその暴挙に思わず、凍りつくのだが。
ゼロは平然とそれを受け流すと、爽やかな笑顔で答えてみせた。
「ああ、ごめんね。僕としたことが、気が逸ってしまったようだ。今更、そんな事を気にするような仲でもないけど、確かにこれは気が利かなかったね……ああ、これでいいかな?」
そう言いながら、背中を向けて、手で目を覆うゼロ。
……銀河帝国皇帝ゼロ・サミングスは、いつ何時でも紳士であらんとして、常にそれを実践してきたのだから、それは当然の行いだった。
「気にしてくださいよーっ! 乙女の柔肌はそんな簡単に見せるものじゃありませんから! 部屋からも早くでっててよねー! もうっ!」
「そうですよーっ! ユリちゃんの裸を自由に見て良いのは、この私だけなんですからね! うん、ユリちゃんの仮装義体のメディカルチェックは全パラメーター正常値の範囲内。簡易メンタルチェックでもラースシンドロームの精神汚染の痕跡は確認されず、委細問題なしだねっ! おっつかれーっ! まぁ、お肌シワシワみたいだけど、長期間感覚遮断カプセルに浸かってたら、そうもなるから……。すぐにもとに戻るから安心して! でもまぁ、ゼロ陛下を退出とかそれはさすがに恐れ多いから、これでも着て我慢しなさい!」
どこからともなく、やはりお気楽な調子の声が聞こえてくると、ユリコの頭上からバッサとバスタオルとバスローブが降ってくる。
「……ううっ、了解だよ……。と言うか、ヴィルさんも来てるし……。なんかすっかりお待たせしちゃったって感じ?」
「まぁ、そう言うことだね。けど、これで全てのピースが揃ったよ……。アキちゃん、これよりこの場にて、帝国最高幹部会議を開催する。すまないが、人払いと一帯の情報閉鎖をお願いしていいかな?」
振り返ったゼロがそう呟くと、メディカルルームの壁面部の青いラインが赤いラインへと変わり、照明も赤色灯へと変わると、重低音のアラームが響き始める。
「只今より、当艦「サルヴァトーレⅢ」のN3メディカルセクション及び、周辺ブロックに付きましては、最高機密指定区画となります。Nフロア全域にて電子物理の両面から完全封鎖されまーす。最高機密閲覧権限所持者以外は、速やかに別フロアへの移動を願います。なお、正当な理由なく当該フロアに残存している権限非所持者は、直ちにスパイとみなし予防拘束いたしますので、予めご了承下さーい!」
続いて、先程スピーカー越しにユリコへ声をかけた者と同じ人物の声で、そんな艦内アナウンスが流れると、医療スタッフ達も慌てふためいて、撤収を開始する。
ユリコも苦笑しつつ、カプセルから出てバスローブを羽織ると軽くストレッチをすると、足元まで自走してきた冷蔵ボックスからボトル入りの飲み物を取り出すと、美味しそうに飲み干す。
「いやぁ、寝起きに甘く切ないフルーティなドリンクをキューッとやる……これはまさに生き返るねぇ……。アキちゃんも相変わらず、気が利くよねぇ……。せっかく、現世に覚醒したんだから、アキちゃんも仮装義体に意識転送すればいいのに……。今の時代は御飯も美味しいし、色々斬新な事だらけで結構、楽しいよ?」
「いやぁ、この「サルヴァトーレⅢ」が今の私の身体同然ですからねぇ。どのみち、一万隻を超える無人艦隊の指揮統制をやりながら、電子戦闘統括までやるとなると、有機仮装義体じゃ、回線容量も演算領域も全然足らないのですよー」
後世では「アーキテクト卿」と称される皇帝直属永世近衛騎士のナンバー2。
仲間内では「アキちゃん」などと呼ばれているが、彼女は『電子世界の魔王』との異名を取るほどの銀河帝国でも今も昔も並ぶものなしの電子戦の専門家でもあった。
そして、その能力は300年経った現代でも相変わらずで、衰えるどころか、超大型拠点艦のメインシステムに意識転送することで、その膨大な演算力や指揮統制能力を取り込み、その能力はかつて以上のものとなっていた。
彼女もまた帝国の守護者の一人であり、帝国黎明期に於いてその屋台骨を裏から支え、卓越した政治力と情報収集能力を持ち、最高の裏方とも呼ばれた帝国史上屈指の政治家でもあった。
彼女の復帰により、ハルカ・アマカゼの最大のアドバンテージでもあった情報戦と電子戦能力は完全に封殺されており、今も裏では電子世界での激しい攻防が繰り広げられているのだが、彼女は自らの存在を秘匿しつつも、ハルカ提督の電子攻勢を全く寄せ付けていなかった。




